其の二一
評価してくださった方、ありがとうございます!
日間のランキングにも乗りました!
翌朝。屋敷には茜と瞳が由貴に訪ねてきていた。
どうやら瞳には昨日から神憑にあった日までの記憶が有るらしく、自分に憑いた神が何をしたか、昨日の由貴と神の会話の内容も全部覚えていた。その事で今日は礼に来たらしい。
「あの、助けてくれてありがとうございます」
「礼なら茜さんに。私は知らされなければ何もしていませんので」
「茜には礼を言いました。だけどやっぱり由貴さんにも礼を言いたいんです。本当にありがとうございます」
そういって瞳は涙ながら深く頭を下げた。
自我が残って、周りを傷つけているのに何も出来ず、ずっと辛かったそうだ。今では解放されて嬉しい涙を流しているが、瞳には伝えないといけない事がまだ残っている。
「瞳さん。実はまだ貴女にあの神の呪いが残っているんです」
由貴の言葉に瞳と茜は絶句した。もう終わったと思っていたのに、まだ訳の分からない呪いが残っていると言うのだから。由貴はそのまま話を続ける。
「仮にも神ですから。浸透した呪は解呪に時間がかかるのです」
「そ、そんな…」
「ですが、安心して下さい。月に1回。この屋敷に来てください。どれだけ掛かるか分からないですけど、私が解呪してみせます」
「そ、それで普段の生活も大丈夫になるんですか!?」
「はい」
残っている呪いは発動するのを止められる。止めている間に少しづつ由貴の解呪で、いずれ呪いから解放される。その言葉に瞳はまた涙を流し何度ありがとうと呟いた。取り敢えず幽霊の事を信じていない両親には由貴が募集している家政婦のバイトだと言っておく事にした。丁度、瞳自身もバイトを探していたので一石二鳥だった。
♢
神憑の騒動から2日後。
今日は家政婦のバイトに奈美と瞳が屋敷にやってきた。
「なぁ、由貴ちゃん。何でメイド服なん?」
「私、初めて着ました」
「えっ?家政婦さんってメイド服を着るのが当たり前なんじゃないんですか?」
由貴の家政婦のイメージは、かつてホテルに居たメイドを基準としていた。だからこそ、わざわざメイド服をサイズに合わせて特注で作っていた。
「まぁ、慣れてるからええねんけどな。てか生地がええな気に入ったわ」
「良かったです。ではこれから仕事の説明をしますね」
仕事の内容は至ってシンプル。先ずは朝御飯の支度。次に昼までに洗濯、そして掃除に昼食と夕食の準備の為に買い物。以上が仕事の内容で、奈美と瞳には入れる時間に今言った仕事をしてもらう。
「それでは、後は任せます」
後の説明はテツの奥さんに任せ、瞳には最初に解呪と呪い進行の抑えを施す。
瞳はもっと仰々しい儀式と想像していたが、由貴はササっと九字を切ると、はい終わりですと、側から見たら適当にやっているように見えた。
しかしあの夜の事を覚えている瞳は特に疑う事もなく仕事へ戻っていった。
奈美はメイドのバイト経験があり、炊事洗濯はお手の物だった。瞳も瞳で奈美には敵わないが良くやっている。
「お嬢の友人さんは手際が良くて助かってます。今じゃ部下達の人気者ですよ」
弁護士事務所にも奈美と瞳は掃除やゴミ捨て、備品の買い出しなどもやっている。奈美は千都世の事を知っているし、瞳は神憑の件などもあり、2人とも強面の男達相手でも臆する事なく笑顔で喋れる。
その純粋さに義彦の部下達は皆んな鼻の下を伸ばしているそうだ。
「…もし奈美さんと瞳さんからセクハラされた。なんて聞いたら千都世を向かわせますので、そのつもりで」
「急用が出来たんで事務所に戻ります!」
どこか覚えがあるのだろうか、義彦は休憩を取りやめて、大急ぎで弁護士事務所に戻り、急遽、ハラスメント講座の先生を呼んで部下全員に受講させた。
「お前ら死ぬ気で覚えろ!出来なきゃクビだ!」
「「「押忍!」」」
「…」
妙に気合の入った社員達にセクハラの教えに来た先生は戸惑っていたが、それだけやる気があるのだろうと考えるのをやめた。
暫く、弁護士事務所の前を通ると暑苦しい男達の声で、ハラスメントに関する禁止事項を読み上げる声が響いていた。
「本当に大丈夫かしら」
♢
全ての仕事が終わり、由貴は少し暇をしていた。
何もない事は良い事なのだが、流石に暇が過ぎる。
そこで、丁度手が空いているのだからと、以前にやっていた売人狩りを再開してみるかと思った。
狩り尽くしてからかなり時間が経っている。もしかしたら懲りずにまた始めているかも知れない。
そうと決まれば千都世と共に街をぶらつく事に決めた。
「千都世〜。居た〜?」
『うーん。かなり警戒してるのか分からないけど反応が無いわね』
人の悪意を感じ取る千都世が言うならば間違いは無い。以前なら入れ食い状態だったのにと思う反面、それだけ街が平和になっている証拠だなと嬉しい気持ちもあった。
「それじゃあ何も無いみたいだし、帰る?」
『そうしたいんだけど、何か感じるのよね〜。悪意ではないのだけれど』
「気になるの?」
『少しね。ちょっと見てくるから先に帰ってて』
「分かった。何か有ったら呼んでね」
千都世は了解と言うと何を感じる方向へと壁抜けして向かう。人と違って歩く事なく、ほんの少し浮かんで飛んで行くので目的には5分くらいで辿り着く。
千都世の目の前には大きな五階建てのマンションが建っており、最上階の端から何かが感じる。
浮き上がって壁抜けして部屋に入ると中はゴミなどで散らかっており、そこにガラの悪い男と金髪のケバケバしい女が1人。今は2人揃ってテレビを見ている最中だ。
(気配は…こいつら、からでは無いわね)
確かにこの部屋から何かの気配は感じのだが、いかんせん気配が小さ過ぎて何処に居るのか分からない。
取り敢えず、部屋中を隈なく探したが、お目当ての物は無く、隣部屋も探してみようかと思った瞬間。
ベランダからクシャミが聞こえた。
窓を通り抜け、ベランダを見ると水でもかけられたのか、濡れた裸の男の子が唇を紫色にして震えて座っていた。
(ああ、私の中の人が知らせたのか…)
千都世は人同士で行われた蠱毒よって出来た悪霊。
その中には子を失った母親も居た。だから子の事になると敏感に感じ取ったらしい。
何が有ったのかを震える少年に触り、記憶を読もうとした。すると徐ろに少年が顔を上げ、千都世と目が合った。まかさと思い、右に左にと動くと少年も後を追うように視線を動かす。
『驚いた。君は私が見えるんだね?』
「う、うん。ま、前か、ら。色々、見える。だ、だから、お母さんと、お、お父さん、お、怒る」
震えて上手く喋れない少年に、千都世は抱き寄せる。
少年は今まで幽霊を見てきたが此方を驚かすばかりで怖い存在だと思っていた。たが今、本当の母親のように抱きしめられ、肉体が無いはずの幽霊から温もりを感じ、震えが収まる。
『そう。寒いだろう?家に入らないの?』
「だ、駄目。僕の頭が治るまで入ってくるなって言ってた。だけどまだ見えるから治ってない。だから家に入れない」
少年の話を聞いている時に頭に触り記憶を少し読んだ。母親は実母だが、男は再婚相手。
本当の父親は誰か分かっていない。母親には毎日の様に罵声を浴びさせられ、家の家事などを奴隷のように扱っていた。どうやら母の愛など微塵も無いみたいだ。再婚相手はヤクザでは無いものの、暴力団関係の仕事に就いて、俺は〇〇組で働いていると、偉そうに少年にまで自慢しているらしい。
『そうか、でもそれは変な事では無いよ。皆んなが知らないだけで、そういう存在は何処にでも居る。私の大切な人も、君と同じで多くのものが見えるんだよ」
「じゃあ何で僕は怒られるの?」
難しい質問だと千都世は頭を悩ませた。人は時として思いもよらない狂気に走る事がある。
かつて蘆屋道満は安倍晴明に勝ちたいだけの事で多くの人を殺め、私を生み出したように、人が人を理解するのはとても難しい。それでも自論ならばと千都世は話す。
『そうだね…人は弱いんだよ。何かあれば直ぐに人を羨むし憎む。君の両親は偉く無いから、自分より下の君に憂さ晴らししたかったんじゃないかしら』
少年の記憶を読む限り、千都世の言っている事は間違っていなかった。母親は金欲しさに売春をして、その時に誰の子か分からない子を妊娠した。
親に勘当され、子育てのストレスからいつしか少年が悪いと思い込む事で現実から逃げていた。
そこで出会った男も真っ当な仕事に就けるでも無く、ヤクザに入れる訳でも無く中途半端な男だった。
その劣等感から少年に暴力を振るう事で自分は強い、自分は偉いと自己陶酔していた。
「お姉ちゃんのお話、難しいくて分からない」
かなり頭を悩ませて考えたのに、少年の素直な感想に千都世は苦笑した。
『そうだね。じゃあ難しい話はヤメにして、君が良ければ私の家に来る?』
「でも、家から出るなって言われてる」
『君が望めば外に出られる。約束するわ』
千都世の言葉に少年は考える。人生で初めての選択肢だ。千都世は急かす事なく少年を抱きしめ、いつまでも待った。
もし、少年が残ると言えばそれも運命だと置いて行く事も考えていたが、運命は違ったようだ。
「連れて行って。もう叩かれるのは嫌だ」
千都世の目を見て少年はハッキリと言った。
『分かった。それじゃあちょっと待ってなさい。直ぐに戻るから』
その言葉に千都世は笑顔を見せて壁をすり抜けて少年の服を探す。部屋が汚いので探すのに苦労したが、漸く見つけて少年に服を着させる。
『それじゃあ立ち上がって玄関に向かって歩きなさい。怖かったら目を閉じて歩きなさい。私が連れて行ってあげるから』
「うん」
千都世が窓を開けると男と女が振り向く。ベランダに出した少年が目を閉じて玄関に向かって歩いている。
いつもなら許可するまで入ってこない少年に驚いていたが、直ぐに男が怒鳴り声を上げて少年を止めようとする。
「お前何勝手に出てきとんじゃ!」
「ちょっと顔はやめてよね。痣とか出来たら学校の先生とか色々五月蝿いのが多いから、身体にしてよね」
「分かっとるわ」
母親は止まるどころか世間体を気にして男の暴力を認めている。ヘラヘラしながら少年に近づく男に感じるこの怒りは私のものだろうか?それとも私の中にいる母親のものだろうか?男が少年の肩に手をかける頃にはそんな事どうでもよくなっていた。




