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其の二十



屋敷の着くと、由貴はテツにこのまま茜を送るように指示する。茜は残りたいと由貴に頼むも、流石に危険過ぎると言い、二の言葉も聞く暇も与えず、テツに車を出させる。

門をくぐると玄関前に茜から写メで見せてもらった瞳が立っていた。

義彦達は弁護士事務所に居る。そろそろ夕飯時なのでテツの奥さんも居ない。屋敷周りは風と木々の音以外何一つ聞こえない。

そんな中で由貴と瞳は互いに視線を交わす。


「わざわざ出向いてくれるとはね。それと熱烈な歓迎ありがとう」


由貴は瞳に向かってボロボロになった髪留めを投げる。


「それで、一体何の用かしら?観念して剥がされに来たの?」


瞳は能面のような表情で何も言わず一言、少女とは思えない低い声で死ねと言った。

瞳の髪がユラユラと逆立ち不可視の衝撃波が周りに広がり飛んだ。屋敷のガラスが砕け散り、土埃が舞い上がる。続いて由貴に手を向け、先程の不可視の衝撃波が飛んでくる。由貴はその場から動かず、直撃した。

爆発のような衝撃にまたしても土埃が舞い上がる。


「ふん、霊能者の分際で首を突っ込むからこうなるのだ」


勝ちを確信した口調で嬉しそうに1人言を呟く。

邪魔者の排除が終わり、帰ろうとすると土埃が突風に吹き飛ばされ、命中した箇所には黒い和服姿の女が立っていた。


『いきなり本丸は討ち取れないでしょ?』


「…何者だ、貴様」


『あら、そんな事より余所見して良いの?』


千都世が瞳の背後を指差し、そこには由貴が既に印を結び終え、法力で作り出した呪縛の鎖が瞳に巻きつく。


「ぬぐ!?…この様な鎖など!」


瞳の言う通り、鎖が悲鳴を上げ、引き千切れていく。

しかしそれを読んでいたのか、既に由貴は神楽舞の様な足取りで地面に足で順に木→火→土→金→水→木と文字を書いていく。

書き終えると文字同士が光の輪になり、続いて木、金、火、水、土、木の順に光の線が引かれ五芒星になった。その瞬間から暴れていた瞳は身動き一つ出来なくなり、焦っていた。


「ば、馬鹿な。神である儂を縛るだと!?」


「勝負あった。今すぐこの女から出て行けば見逃そう」


「巫山戯るな!儂は諦めん、諦めんぞ!」


「そう…」


由貴は縛られている瞳の前に立ち、九字の印を結び、横5本・縦4本。指2本をたてて、すばやく空間を切る。目を閉じ、両手を合わせて真言を唱える。


「オン・マリシュイ・ソワカ」


合わせた片方の右手を瞳の鳩尾辺りに素早く当てる。

すると瞳の背中から蝉が脱皮するかの如く、憑いていた神が押し出された。瞳そのまま五芒星の中で眠る様に倒れている。

そして、出て来た者の姿はキリスト教で描かれている様な悪魔そのものの姿だった。


『な、何だ!?貴様!何をした!?」


「簡単な事よ。追い出しただけ」


淡々と告げられた事に神は唖然としていた。

確かに他の有名どころの神とは格が違うが、それでも神だ。その辺の霊能者風情がどうこう出来る存在では無い。そんな事が出来る輩はーーー


『き、貴様、まさか十二天将の者か!?』


「私、貴方に名乗ったかしら?」


由貴の肯定とも取れる言葉に迷う事無く神は逃げ出した。十二天将。その名は神々の間でも有名で、中には現代で信仰されている神をも超える者も数人居ると聞く。

いくら末席とは言え十二天将の事は知っていた。

兎に角この場から逃げねば。この娘は十二天将とは言え所詮小娘。十二天将の末席に違いない。であればこの場から逃げるのは容易い。

人の身では到底追いつかない程の猛スピードで由貴から遠ざかり、かなりの距離とったので安心した。スピードを緩め、何となく後ろを振り返る。


『鬼ごっこはお終いかしら?』


『!?』


背後には黒い和服姿の女がピッタリと背後霊の様についていた。

小娘と十二天将の事が衝撃的過ぎて忘れていたが、あの時。自分が放った攻撃を打ち消した自分と似たような存在がいた事を思い出した。


『な、何故貴様ごときが儂に追いつける!?その矮小な力で何故!?』


この霊から感じるのは浮遊霊と同じくらいなモノ。

十二天将の小娘が連れているので只者では無いと思っていたが、何故だ。逃げ出した神は何故か震える手を抑えていた。


『ああ、これね。貴方と違って私の力は強過ぎてね。抑えておかないと、皆んな死んじゃうのよ』


クスクスと袖で口元を隠して笑う千都世。


『ふん。出鱈目を。そんな事が出来るのは将門と神格が高い神ぐらいな者よ』


『まぁ信じて何て言わないけどね…無駄話は終わりにして、消える準備は出来た?』


神は千都世の薄ら笑いに根源的な恐怖を感じたが、感じる力は、やはり自分より弱い。ならばコイツを逆に消し去り、逃げさせてもらう。

先手は神が仕掛けた。神通力で霊体に直接攻撃する。空間が歪み、千都世の右腕が弾け飛んだ。


『フハハハ!その程度か?』


神の言葉を無視して、吹き飛ばされた腕を見ていた。流石に恐怖を覚えたのだろうと思っていたが、千都世は吹き飛んだ右腕を見ても薄ら笑いを辞めてなかった。


『その程度かしら?』


千都世は吹き飛んだ右腕を神に向けて振り、挑発する。神はその行動に激昂し、歯を食いしばり更に神通力を強めた。続いて左腕が吹き飛び、右足、左足と順に引き千切る様に飛ばした。それでもまだ千都世の顔からは余裕の笑みが消えない。それどころか高笑いまでしました。


『あははは!』


『何がおかしい!?』


異質。余りにも異質な光景に攻撃仕掛けた神本人でさえ恐怖を感じていた。神の問い掛けにも千都世の耳には届いておらず、ひたすら狂った様に笑い続けている。


『黙れーー!!』


自分が感じている恐怖を消す様に、手の平を向け、握り潰す動作と同時に千都世の頭を空間を歪めて消した。高笑いの声が消え、どこかホッとした。

しかし、何故かまだ胴体が残っている。いくら霊体と言えどダメージを受けすぎると消える筈だと思っていたが消えてない。それどころか各切断面から新しい腕や足が骨、筋組織、皮膚と凄まじいスピードで元に戻る。最後に黒い靄が首に纏わりつき、靄が形どり顔になった。元に戻った顔にはやはり薄ら笑いを浮かべ続ける女がいた。


『化物め…』


『私と会った人や妖怪は皆んなそう言うのよね。さてと、飽きたから終わらせるわよ?』


『やってみろ!貴様ごときが神を超えるーーー』


一瞬たりとも目を離さなかった。なのに今、自分の目の前には赤い真紅の目と自分の目が合っていた。

優しく頬を撫でる様に触れ、千都世の髪が意思を持ったかのように動き、孔雀が羽を広げるがごとく美しい髪が広がった。髪は両者をゆっくりと包み込む。すると髪の隙間、間に大勢の人が目が神を見ていた。

その目に光は無く、井戸のように真っ暗で、その光景に恐怖を覚えた神は自分を掴んでいる千都世の手を引き剥がそうとするがビクともしない。


『は、離せ!』


手が離れず、暴れていると、足を掴まれた。

下を見ると年老いた老婆が自分の足を欠けた歯で噛み付き肉を食べようとしている。


『ぐうっ!離せ!』


鈍痛が走り、振り解こうとしても、老婆以外の人の手が伸び、少しづつ肉を持っていかれる。

何とかしようと再度、千都世の手を振り解こうとしたが、何時の間にか手は離れていた。チャンスと思い逃げようとしたが、自分の周りには何百何千の人が自分を囲んでいた。ゆっくりとした足取りだがその輪は縮まり距離を詰めてくる。


『やめろ!儂に近寄るな!』


【まんま、まんま】【救ってくれ】【痛い】

【憎い】【恨めしい】【助けて】【殺せ】

【許して】【どうして】【暗いよ】【お腹空いた】


騒めく声に神の言葉は届かず、振り払っても振り払っても、アリの巣に落ちた虫のように集られ、蝕まれる。髪を引き千切られ、指を噛みちぎられ、血を啜られ、自分の存在を、魂を喰い消されていく感覚に半狂乱になり、叫んだ。


『嫌だ!喰わないでくれ!ああああ!!!』


その断末魔は存在が喰い尽くされるまで続いた。





千都世が神を追っている間。倒れた瞳をテツの奥さんに頼んで介抱してもらい、遠くで神の気が消えるのを感じ、茜に連絡する。1コール目で出たところを考えるにずっと待っていたようだ。瞳の両親に連絡するように頼み、今日は遅いからまた明日にでも事の顛末を教えると言って電話を切る。


『ただいま』


「お帰り。どうだった?」


『勿論。残さず喰べてきたわよ』


「そう。アレが何だか分かったかしら?」


『本人に聞けば早いんじゃない?』


千都世は着物の前を少し開き、胸元から肉が盛り上がり顔が出てきた。その顔は所々欠けているが、瞳を苦しめていた神だった。

神は苦しそうに呻き声を上げながら話始めた。元々は祟り神として祀られていたが、長い年月で誰も信仰する事が無くなり、神としての存在が危うくなっていた。そんなある日。1人の女が崩れた祠を掃除して祈ってくれた。

そこで考えた。この女を取り込んで現人神として新たに信仰を集めようと。残った力でとり憑き、元々人気が有った瞳と神通力で人を更に集めた。


『結局、貴様に邪魔されたがな!』


「そう。彼女は何もしていないのね。千都世、もういいわよ」


『分かった』


神は戻されるのを嫌がり、抵抗するが別の所から手が生え、顔を掴み引き摺り込む。そして抵抗虚しく胸元から出ていた顔が底無し沼に沈むように千都世の中に消えていく。


「お疲れ様。位は低いとは言え、神の相手はどうだった?」


千都世は顎に指を当て、目を瞑って考える。そして直ぐに答えは出た。


『拍子抜け』


そう言って千都世は由貴の背後に戻る。


「そういえば、胸の中ってどうなってるの?」


『知りたいの?』


「そうね。興味があるわ」


『なんて事は無いわよ。怨念が作り出した人口の地獄よ』


ほら、と言って千都世は胸元をはだけさせ、黒い靄の小さな渦が出来、その中には赤黒い空間に大勢の亡者がこちらに向かって手を伸ばしている。

中には由貴の見知った元クラスメイトや親族の顔もチラホラと見れた。


「…辛く無いの?」


穴の中を見ながら千都世に聞くと、穴を閉じ、服装を正す。


『今は何も辛く無いわよ。私の可愛い由貴が居るもの』


「そう。それじゃあ、ご飯にしましょうか。もう直ぐ出来る時間だしね」


素っ気なく答える由貴を千都世は由貴の背後から抱きしめながら頭を撫でる。由貴は子供扱いなのは少し気に入らないがと思ったが、千都世と比べたら皆んな子供かと思い、されるがまま義彦達が待つ部屋と向かった。






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