【歪好−1】
読み方……歪好
日隅 茜恵視点。
貴女みたいになりたくて、なりたくて、なりたくて···
けれどなれない貴女は、亡き今でも私の憧れです。
貴女に対して、好意にも似た憧れを持つようになったのは、中学2年の夏。
生まれつき髪色が明るい事を理由によく周囲から嫌がらせを受けていた私は、プールの授業の終わり、体を拭くためのタオルをフェンスの向こうへ落とされてしまった。
今回の嫌がらせは、恐らく今までで一番えげつない。
「あっ、ゴッメーン!ワザとじゃないんだ〜」
「なら仕方ないねー、そうだよね?日隅さん!」
「ぅ······」
チラリと、落とされたタオルを見る。
薄いベージュだったタオルは、校庭の土とプールサイドに放水した時に漏れた水でぐちゃぐちゃだ。
とても体を拭けるようなシロモノではない。
「····先生」
助けを求めるように、先生の方を見る。
もしかしたら、予備があるかもしれない。
しかし先生は面倒くさそうに目を逸らすだけで、何かしようという気持ちは無いようだ。
其れでも教師か。
バシャバシャッ……
「きゃっ····」
どうしようかと頭を悩ませていると、不意に冷たい水が上から降り注いだ。
犯人は、タオルを落とした女子いつもの女子数名。
「何?ボーっとしてるから水掛けてあげただけだけど?」
「そうそう、熱中症対策!感謝してよね」
どう考えたって、唯の嫌がらせ。ドコに感謝する要素があるのだろうか。
他のクラスメイト達は、我関せずと更衣室へと退散してゆく。
いつもの事だ。
だけど、今回のタオルはかなりエグい。
本当にどうしよう。
バシャバシャッ…
「あはははっ」
「行こー」
「そうだねー、チャイム鳴っちゃうよ。」
私を囲んでいた3人は、ひとしきり私を虐り終えると、笑いながら更衣室へと続く階段を降りていった。
「······うぅ」
3人の姿が見えなくなると、不意に涙がこみ上げてきた。
何で。
どうして、私はこんな扱いを受けなければならないのか。
此の明るい髪色は生まれつき。
けれど、両親が共に一般的な髪色だった為、世間は私を受け入れなかった。
こんなのは小さい頃からだから、慣れてはいるが、此処までされると泣きたくなる。
本当に、次の授業どうしよう····
タオルも拾わないと。
「·····此れ」
涙を拭って、階段へと向かおうとした時、突然背後から声が掛かった。
誰だろう?
また嫌がらせかな····
やだなぁ
私は少し肩を強張らせながら、ゆっくり背後を振り返る。
「·····!」
背後に居たのは、いつもの女子生徒ではなかった。
「宵月、さん···」
黒い髪に、青灰色の目。
いつもクラスに馴染もうとせず、本ばかり読んでいる彼女が、こんな時になんの用だろう?
もうすぐ授業も始まるのに、わざわざ嘲笑しに来たワケでもないだろう。
「····此れ」
「?」
宵月さんが、動かないままの私に「何か」を手渡す。
其れは···少し大きめのフェイスタオル。
「!!」
何かの勘違いではないか、という疑いの念とは裏腹に、止まりかけていた涙が溢れ出る。
「····髪拭く用のヤツだけど。使ったら捨てていい」
唐突に差し伸べられた救いの手に、沈んでいた心が温まる。
こんな事、今までで一度も無かった。
こんな風に、優しくされるなんて。
ボロボロと涙を零しながら、震える手でタオルを受け取る。
其の様子に、彼女の少し細い眉が顰められる。
まぁ、当然だね。
「有難う····御座いますッ」
「·······」
彼女の手からフェイスタオルを有難く頂き、そっと濡れた顔に当てる。
「·····ッ」
タオルはフワフワしていて、甘やかな香りがした。
再び溢れそうになった涙を、ぐっと堪える。
涙が滲んだ目で、チラリと宵月さんを盗み見る。
彼女の瞳は、日本人とは違う青灰色。
クラスでは何も言われていないようだけど、宵月さんも周囲とは違う目の色に、苦労しているのだろうか。
だから、助けてくれたのだろうか。
「····もう行くから。」
「あっ」
そんな妄想をしていると、彼女はクルリと向きを変え、階段を降りて行ってしまった。
「·····」
少しの寂しさを感じながら、何となく時計を見上げる。
「うわ····」
あと3分で次の授業だ。
絶望的。
ふわり、と諦めと喜びの混じり合った気持ちを押さえる様にタオルを顔に当てる。
まだ、甘やかな香りは残っていた。
此れが、始まり。
フェイスタオル:お風呂上がりに、肩に掛けておくくらいのサイズのタオル。