【拝啓君へ−5】
教室の窓から射し込む夕日が、教室全体を茜く染める。
笛や掛け声の飛び交う賑やかな校庭とは違って、俺を除いて誰も居ない教室の中は、何処か寂しそうだ。
「·······。」
そんな教室で1人、宵月の机を見つめる。
机の上には白菊の花が手向けられ、教室の静かさも相まって余計に寂しさを感じられた。
君の死が告げられてから、クラスメイト達は3日も経たずに君の存在を『過去の出来事』として脳内から隔絶した。
まぁ、当然と言えば当然だし、宵月は何とも思わないのかもしれない。
「だけど······」
だけど、俺は、哀しくて仕方ない。
否、もしかしたら寂しいだけかもしれない。
もしくは、其の両方かもしれないし、他にも沢山の何かが在るのかもしれない。
君が居ないという喪失感と、其れを証明するかの様な周囲の様子に、頭がどうにかなってしまいそうだ。
君はもう居ない。周囲の態度も当然。
頭では解っている。
だけど、精神的にどうしても割り切れない。
こんなにも簡単に、元クラスメイトの死を過去のモノに出来るモノなのか?
他人の死とは、こんなにも軽いモノなのか?
いや、実際そうなのだろう。
······でも。
そっと右手で宵月の机に触れながら、もう片方の手を握り締める。
誰か。
誰でも良い。
誰か他に、『そうじゃない』奴は居ないのか····?
誰かーーーー
ガラッ…
「きゃっ····!」
「····!!」
突如、背後で教室の引き扉の開く音が響いた。
続けて聞こえる小さな悲鳴。
誰だろう?
忘れ物でもしたのだろうか。
それとも····?
ある筈のない事に期待しながら、そっと背後を振り返る。
「君は·····」
「·····ぅ」
扉を開けたのは、隣のクラスの女子生徒だった。
名前は確か····『日隅 茜恵』。
手には···花。
「ぁの、御免なさい····」
「···!あぁ、悪い今退く。」
俺が右に1歩除いて道を空けると、日隅は栗色の髪を揺らしながら俺の横をすり抜けて行った。
そして、手に持っていた淡い水色の花を花瓶に差し込む。
其の仕草は、単純な機械的作業ではなく、何処か重みがあるように感じられた。
「······」
チラリと、花を手向ける彼女の横顔を盗み見る。
花を手向け終え手を合わせる彼女の横顔には、俺とよく似た喪失感が染み付いていた。
「····!」
ーー居た。
沈んだ胸の奥に、小さな光が灯る。
居たんだ、宵月の事を『過去の出来事』にして居ない人が。
······良かった。
1人でも、悼んでくれる人がいて。
確か、宵月と彼女は同じ中学校出身だった筈。
もしかしたら、仲が良かったのかもしれない。
「ぃ、失礼しました···!」
「あっ···」
俺が静かに喜びを噛み締めていると、花を手向け終わった日隅は逃げる様に出て行ってしまった。
残念だ。
宵月の事を知っているなら、是非話をしたかったのに。
まぁ、彼女は隣のクラスだ。
まだ話す機会はあるだろう。
唯、今は宵月を悼む人が居た事を素直に喜ぼう。
夕焼けに染まる教室で、日隅の手向けた花だけが、染まらず淡い水色のままであった。