【ーーー2】
須賀と夜深が火葬台にてコフィンを焼却している頃、黒瀬は1人、湿った洞窟の入口に立っていた。
「·······」
黒瀬が強制送召でトバされたのは、戦時中餓死者が多く放り込まれたという洞窟。
人工的に広げられたであろう洞窟の奥は、ドス黒い『死穢』で埋め尽くされいて先が見えない。
外にいる時点で感じる死穢の『重み』は、まるで黒瀬の事を拒絶している様でもあり、呑み込もうとしている様でもあった。
「······行く、か。チッ」
湿った重い死穢の漂う洞窟。
此んな所に自ら足を踏み入れるなど、正直御免だ。
しかし、強制送召にそんな我儘は通用しない。
遣るしかないのだ。
早々に済ませるのが最善。
煙草に火をつけ、昏い洞窟の奥へと歩き出す。
黒い死穢に、煙で白い線を引きながら。
✠
「·····チッ」
昏く、黒い死穢だけが重くのし掛かる洞窟に、黒瀬の舌打ちが響く。
洞窟の中は思ったより入り組んでいて、死穢で周りが良く見えないのもあって下手すると出られなくなりそうだ。
そうなる前に、対象を潰して脱出するべきなのだが、駆逐対象である死穢の変異生物は、中々姿を現さない。
「···チッ」
再び、黒瀬の舌打ちが洞窟に響く。
ジャリ………ッ
そして其れ以外にも、響く音がもう1つ。
「····!」
突然背後に現れた気配に、黒瀬は咄嗟に振り向き、後ろに一歩跳び退く。
ガチリ……ッ
続いて響く、固い何かがぶつかる音。
「······!」
先程まで黒瀬が立っていた場所に居たのは、死穢の異形。
土色の細い体に不釣り合いな口を大きく広げ、フラフラと歩く様は、まるで餓鬼の様だ。
其の後ろにも、似たような異形が3体。
ガチリッ
ガチリッ
カチカチカチ……
異形達の歯を鳴らす音が、湿った洞窟内を埋め尽くす。
顔に口以外のパーツが無い異形の人が、黒い涎を垂らしながら歯を鳴らす様は、洞窟の雰囲気も相まって悍ましい。
「········」
ガチンッ
フラフラと歩いていた1番前の一体が、黒瀬を喰らってやろうとばかりに襲い掛かる。
「·····チッ」
其れを黒瀬はしゃがんで回避し、体勢は其のままに異形の足を払う。
「あ"ァ"………!」
足を払われた異形は、後ろの異形1体を巻き込んで体勢を崩す。
彼らの動きは単調で鈍い。
バシュッ!
「あ"···」
そして残った、即座に翼で狩る。
残り2体。
更に足を払った回転の勢いで立ち上がり、残りの2体を翼で切り裂く。
ーーー……
静寂。
異形は土に還り、辺りは黒瀬以外誰も居なくなった····が、死穢の重苦しさは消えない。
普通死穢は、悪寒こそするものの重さは感じないモノだ。
しかし、此の洞窟を漂う死穢は妙に重い。
つまり、死穢が何らかの変異をしているという事だ。
そして其れが消えないという事は、まだ奥に何かが居るという事。
まぁ、先程の異形は何所にでも居る程度のモノだ。
此の程度で強制送召されるなんて有り得ない故、親玉が居るのは当然だ。
「どうせ出るなら、一気に出てくればいいものを····チッ」
黒瀬は煙草の火を踏み消しながら、面倒臭そうに溜息を吐く。
「はぁ、面倒くs·····」
ガチンッ!!
「!!」
突如、周りの死穢が重みを増した。
息が苦しくなり、謎の飢餓感が黒瀬を襲う。
ガチンッ!!
何かが、洞窟の奥で歯を鳴らしている。
先程とは、比べ物にならない大きさで。
「·····チッ」
間違いない。
奥で歯を鳴らしているのは···
「·····さっきの奴らの、親玉、か。」
ガチンッ!
ガチンッ!!
漸くお出ましかと眉間にシワを寄せつつ、黒瀬は洞窟の奥へと目を凝らす。
其処に居たのは、巨大な人の口を持つ土色のーーー
「蛙?」
喰わせろ、喰わせろと言わんばかりに、ガチガチと歯を鳴らす其れは、口を除けば蛙の様で、さっきの異形よりも段違いに濃い死穢を纏っている。
此んなモノが、人里に下りでもしたら、大問題である。
恐らく、家一つ容易に潰せるだろう。
ガチンッ!!
黒瀬の姿を目に捉えた異形が、勢いよく彼に飛び掛かる。
「····!」
迫り来る巨体を、右に跳んで回避····
ガチンッ!
「····!!」
回避、したはずだった。
否、回避したのだ。
身体は。
黒瀬の揺らめく黒煙の翼が、半分程喰われていた。
「蛙、翼を·····」
非常に宜しくない。
別に黒瀬は『Ⅱ型』である故、翼の半分など一瞬で再生するので問題ないが、相性がかなり悪い。
黒瀬の翼は、黒煙が翼の形を模ったモノで、実体がない。
其れでも物を切ったり出来るのは、煙を限界まで圧縮し勢いを付けているから出来るからで、あくまで『煙』なのである。
故に、吸い込んだり喰いかかったりしてくる死穢の変異生物とは相性が悪いのである。
ガチンッ!!
「······チッ、うぜぇ」
再び襲い掛かってきた異形が、翼での端を喰い千切る。
普段は機械質な翼を持つ須賀のサポートがある為、此のテの相手に苦労することはない。
しかし、今其の須賀は居ない。
「····チィッ!」
相性の悪い相手に本日何度目になるのか分からない舌打ちをしながら、腰に携えた『モノ』へと手を伸ばす。
バンッ……!!
「あ"あ"あ"ァ!!」
そして、洞窟に響き渡る破裂音···もとい、銃声。
「·····五月蠅ぇな」
発砲したのは、勿論黒瀬である。
鈍く輝く黒い自動拳銃は、彼の手によく馴染んでいる。
よく馴染んでいるのは、其のマフィアの様な容姿故か、其れとも、『生前の職』故か。
「あ"ァ····」
パァン……ッ!
目を撃たれ、のたうち回る異形に向けて、更に発砲する。
相性の悪い相手と対峙した場合、相手に実体が無ければ意味がないが、矢張り銃が1番有効だ。
2発目に脚を撃たれた異形は、動きが鈍くなった。
「·····とっとと死ね、クソ蛙。」
バシュッ!
2回の発砲により、動きを鈍らせ、岩の壁を蹴って跳び上がり、上から仕留める。
縦に真っ二つになった異形は、声を上げる事もなく土塊に戻った。
「····はぁ、怠ぃ」
相性が悪かったり、最後に銃を使ったりと色々あったが、ひとまず一件落着···である。
[Ⅱ型(の翼)]
翼と身体がより密接な為、身体にダメージが無ければ翼は一瞬で再生する。
[餓鬼]
輪廻転生の六道において、餓鬼道に堕ちた人がなるモノ。手足は痩せ細り、腹部だけが出ているのが特徴。