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「『篠崎 絆』」  作者: 宇佐美 風音
7/47

07.Origin.

 某大運動会で出○哲朗が丸裸にさせられるようなノリで、上半身を脱がされ蜂蜜を塗りたくられた身体を拭き取り、スエットに着替え終わる。

 これだけの立派な屋敷にスエットとか、場違いにも程があるけれど、僕はこれが一番落ち着くんだから良いでしょ!

 何て、誰に言い訳をしてるのだろうと悩む頭を他所に、再び一階へと降りる。勝手知ったる人の家、何年も繰り返し進んだルートなので今では目を瞑っても辿り着けそうな先は、絆の部屋。

 自室同様赤絨毯が敷き詰められた廊下、白い大理石の壁を視界に捉えながら足を運ぶ中、一つだけ窓の鍵を開ける。

 すぐ側の玄関からクロックスを持ち寄り、窓を開けてその先へ乱暴に放る。そのまま何事もなかったように閉めて、鍵は掛けないまま絆の部屋を目指した。

 これも慣れたものなのだろう、彼女の部屋の前にはすでに使用人が立っており、食事の用意が出来ている旨が伝えられる。

 礼を言いながら開けてもらった先には、同じくキングサイズのベッドに腰掛け、その上にセットされたテーブルには料理が並んでいる。匂いだけで気分を悪くしてしまいそうになるが、それをぐっと堪え入室。


「『遅いよ繋!』『もうボクお腹ベッコベコだよ!』」


「何、待ってる間腹でも殴られてたの?」


 遅くやって来ると腹がベコベコになる瞬間とか割と気になる。と言うかそれもはや呪いの類いじゃない?

 そんなことを思いながら、ベッドの隣にある椅子に腰掛ける。お互い両手を合わせて、頂きますの号令を合わせる。

 途端に絆はマスクを顎までズラして、口をアーンと開く。このままパーンチしたら国民的ヒーローの技名になるなぁ、なんて愚考を巡らせながらステーキ肉を一口小まで切り、フォークで口の中へ運ぶ。

 絆は口が小さくて大きく開けてるつもりでも通常の一口とは異なるサイズでなければならない。おまけに猫舌と言うオプション付きなので、ハフハフと口の中で肉を転がしている。


「『あふあふ!』『あちゅい!』『けおおいひぃ!』」


 マスクを外すことで彼女の腹話術の技術力を見せつけられる。本当に口を動かさずにパペットに喋らせているように見えるから、ここだけは絆が凄いと素直に思える。

 あと一応解読しておくと、『あふあふ! 熱い! けど美味しい!』となる。僕もポケットからブロック型栄養食を口に含む。カツン、と言う小気味良い音を響かせながら口に咥え、ステーキ肉を均等なサイズに切り分けて行く。

 基本的に好き嫌いがないため、合間に野菜を挟みながら口に運んで行く最中、思い出したようにパペットを僕に近づけた。


「『そう言えば繋』『今日は遅くなるってメール貰ったけど』『何かしてたの?』」


「絆、あーん」


「『うん!』『あーん!』『はむぅ……』『美味しい……!』『繋にあーんしてもらうとさらに美味しく感じるなー!』『んで』『何かしてたの?』」


「はーい絆、あーん。略してはーん」


「『みゃみゃ!』『はーん!』『モグモグ……』『んー美味しい!』『それで繋』『何を……』」


「絆、絆絆絆。あぁん」


「『あっはぁっ……』『んぅ……あぁっあぁん……』『やっあぁ……いい……』『それっいいよ』『おぉ……あぁんっ……!』」


「ちょっ……急に喘がないでよ……」


「『えぇっ!?』『繋がやらせたんじゃん!?』『あたかもボクが突然感じ始めたように言わないでよ!』『あと何で前傾姿勢なのさ!』『ちゃんとこっち見てよ!』『ねぇってばぁ!』」


 今にも口を開いて抗議しそうになりながら、赤面してパペットと指を差す絆。

 いやだって、誤魔化すためとは言えまさかこのネタ振りで真面目に喘がれるとは思わないじゃない?

 生の喘ぎ声なんて聞く機会がないチェリーオブチェリーの僕にとって、この刺激は思いの外愚息を元気一杯にさせてしまい、あまつさえ興奮せざるを得ないわけで。

 もっと簡単に言うと、普通にエロくて興奮しました。口が裂けても本人には言わないけれど、今夜ムスコがお世話になります。


「『もう……』『何なのさ』『もう……!』」


マスクで赤くなった頰と腹話術を忘れて開きそうになった口元を隠し、目を逸らす絆に図らずも胸を高鳴らせてしまった僕だけれど……まぁ取り敢えずね、うん。


「ご馳走様です」


「『ど』『どう言う意味!?』」


 いや本当。

ご馳走様です。

 話しも逸らしてムスコも反らせた僕は、動揺を隠せずに自らの身体を抱くように隠す絆にただ頭を下げるばかりであった。

 それから数分後、完全に食事を終えたことで絆は背もたれに背中を預け、パペットでお腹を摩る。


「『あぁ〜……』『お腹いっぱいだよぉ……』」


「マジでご馳走様」


「『しつこい!』『訳分かんないよ繋!』」


 絆が本気で睨み出したので、いい加減感謝を示すことをやめた。そして待ちに待ったケーキを食べられる食後となったのだが、僕は知っている。

 この子は腹が満たされると、眠くなってしまうお子ちゃま体質であることを。


「『んーふふふ……』『ふぁーあ……』」


 欠伸を噛み殺し、パペットのないちゃんとした手で目元を擦る。身体がユラユラと振り子のように左右にゆっくり揺れる。

 実は僕、こうなるだろうなーとは思っていました、えぇ。僕が知る中で一番夜更かしなんかに向いてない絆が、ケーキを先回り食べなかった段階で、もしくはケーキを買った時点で薄っすらこの結末は予想していたよ。


「眠い?」


「『酔ってない……』」


「眠い人は皆そう言……え?」


「『間違えた……』『眠い……くない……』」


「眠いか酔ってるかって間違えるもんなのかな……それで、どっちなの?」


「『眠いくない……』わいな……」


 付けたこともない語尾と一緒にニューワードが生まれたが、まず腹話術になってない段階で意識が朧げになっているのは言わずもがな。

 このまま寝られると困るので、部屋の外で待機している使用人を呼ぶ。このまま風呂に入れてあげるようお願いして、僕は初めて『絆』との一日を終える。

 風呂の世話も頼まれた時期はあったけれど、鋼の理性を持つ僕を以ってしてもそこまでは流石に耐えられる気がしないので快く却下した。

 女性同士で尚且つ下半身の使えない絆の介抱をしながら入浴の世話が出来る使用人さんに任せた方が確実だし、うん、本当勘弁して。


「お休み、絆。良い夢を」


「『んぅ……』『お休み』『また』『明日ね……』」


 ベッドから車椅子に抱っこで乗せ替える間際のやり取り。細目となった絆は、ゆっくりと僕を見上げてにへらっと笑ったように見えた。


「『繋』『大好きだよ』」


「……うん、僕もだよ」


 胸を締め付けることもなくなったこの嘘も、絆にとっての救いになるのならいくらでも吐こう。

 飛び出すことの出来ない鳥かごに囚われた少女の頭を撫でて、頬に唇を寄せる。お休み、僕にとっての罪。

 絆の部屋に一人取り残された僕は、今一度自分を奮い立たせる。ベッドの側にある小さな冷蔵庫、そこからショートケーキのみを取り出す。

 使用人にショートケーキのみを詰める箱を用意して貰い、自室へ向かう……フリをして、開けておいた窓の前に立つ。

 (ふち)に足と手を置いて、ケーキがこれ以上型崩れを起こさないよう極力ふわりと着地を果たす。事前に投げておいたクロックスを履き、急ぎ足で誰かを追いかけるように屋敷をこっそり抜け出した。

 宵闇の中、ぽつりと立ち竦む街灯の下を走り抜ける。途中パトカーを見かけてしまい、補導の危険性から避けるために近場に都合良くあったゴミ捨て場の陰に身を潜める。

 毎夜のことなのでもうここら辺も慣れたもので、何とかやり過ごしたことを確認して、急き立てられるようにまたぞろ走り出す。

 絆が悪いわけではないが、車椅子が無くて走ることさえ出来れば目的地はそう遠い場所にはない。家からここへ、ここから学校へと往復するとしたら必然的に早起きを強いられてしまうけれど、今回は予想以上に早く辿り着けた。


「やっぱ、走ると違うなぁ」


 着く時間もそうだが、軽く息が乱れ肩で呼吸をする自分を省みて、そんな呟きを漏らした。

 誰に届くわけでもなく、とっくに消灯時間を迎えたそこ……ガッコウの裏口へ回る。そのまま合鍵を通して難なく入室を果たす。

 ここまで来れば、あとはもう急ぐ必要はない。キョウシツ(病室)はそう遠くないからだ。

 目の前に続く廊下は案の定暗くて、唯一の明るみはと言えば非常口への案内板、怪しく光る緑の蛍光灯のみ。

 ここは患者が緊急搬送された際に医師が通る通路にもなっているため、取り立てて何かしら意味を持つ部屋があるわけではない。

 だが、廊下の突き当たり。左手にある階段とナースステーションへ直通の廊下の向かい側。

 0号室と銘打たれた病室。その扉の前に立ち、自然と笑みが溢れたのを感じた。

 最低限のマナーとしてノックを二回。当然返事なんてないので、そのままするりと扉をスライドする。

 相変わらず気が狂いそうになる赤一色の壁、一〇畳はありそうな部屋の奥に点在するのはリノリウムと同じ白いベッド。

 サイドボードには手付かずの病院食、花瓶から廃れ枯れた花。鼻につくアンモニア臭と、女の子の姿。

 何を見て、何を思い、何を聞いて、何を嗅いで、何を感じているのか。

不可思議をそのまま体現させた少女のいるここは、確かにガッコウ……否、病院に数あるうちの病室と取っても良い場所ではある。ただし、それは表層のみ。

 中途半端な薄暗さ、部屋を完全に見渡すことは出来ないが、その少女の存在だけは明確に知ることが出来る。

 そもそもこの病室には本来天井にあるはずの電灯がない。器具はあるけれど、蛍光灯が切れたまま放ったらかしになっているからだ。

 毎夜ここへ赴いている僕がそれを拒んだから。

 そしてこの子が、光を嫌ったから。


「こんばんわ、今日は少し遅くなっちゃったけど……ちゃんと、来たよ」


 一歩、また一歩と踏み出したら、空のペットボトルを踏み抜いた。蓋もしないままだったので、半端に残った中身がリノリウムに飛び散る。

 不思議と高鳴る胸。高揚とは違った感情と身体の火照り。上気する頬は、決してここまで走って来たことによる副次結果ではない。

 僕がこの世で信頼した最初で最後の少女。この世を、人を嫌った女の子。

 生きる上での確かな象徴。


「本当は、いの一番に言いたかった。本当は誰よりも早くここに来たかったんだ。なんて言ったって今日は、記念日だからね……」


 手にしたケーキの入った箱を少女に見えるよう掲げながら、また足を前に運んで近づく。見向きもせず、虚空を眺める彼女に向けて、僕は言葉を続けた。


「誕生日おめでとう」


 短い黒髪の下から覗く顔に覇気は無くて、そこにあるはずの右腕の存在がないままダラリとベッドに上体を預けて、だけど確かに僕の声が届いていると信じて。



「……絆」



 僕が愛する「篠崎絆」に、バースデーケーキを届けた。

 サイドボードを片付けてからでも良かったのだが、いち早くこのケーキを絆に見て欲しいがために膝を借りて箱を置く。

 しかし絆はそれを拒絶するように、周りを飛び回る不快な虫を払うようにその箱を点在する左手ではたき落した。

 かつん、かつん。二回程間隔の狭いバウンドを果たして、僕が踏んで飛び出た液体の上へ箱は飛んだ。


「死ね」


 直情的だが、今度ははっきりとした声による拒絶を示す。頬を掻いてうーんと唸ってしまう僕は、その箱を拾いに行く。


「酷いなぁ、今回はきず……『(たより)』にも選んでもらったんだよ?」


「尚更死ね」


 別に機嫌が悪いわけではなく、もしくは今日だけこの苛立ちがあるわけでもない。これが篠崎絆なのだ。

 僕にとっての罪の象徴が『絆』なら、僕にとっての罰は「絆」である以上、この行為は至極当然であり、毎夜繰り返される些事である。


「今日、頼は英語の小テストがあったんだ。相変わらず予習も復習もしてないから、結果は言わずもがななんだけどさ、あいつ最終的にテストそのものに文句付けやがんの。笑っちゃうよな」


「黙れ。黙って死ね」


 本当は喋りたくもないのだろう、溜息混じりに張る気のない掠れた声を発さないと僕がとめどなく口を開くから、どちらにせよと悟った彼女のスタイルだ。

 無意識にケーキを拾い上げる僕も笑みを溢す。いつだって絆とのこの時間は楽しくて、永遠に続けたいと思い、想い、そして重いと払い退けられる。


「あぁ、それと、近所が物騒らしいよ。近々絆の方にも情報が入ると思うけど、何か危ない人がウロついてるんだってさ」


「死ね」


「そのせいで部活が休みになったせいか、ほら……前に話したと思うけど、クラスメイトの倉田、あいつと今日は初めて下校したんだ。女の子と嬉し恥ずかしの下校とか、夢見たことはあるけどまさかこんな形で叶うなんて思わないよね」


「死ね」


「頼のこともあったから、あまり長居出来なかったのは申し訳なかったけど、たまにはあぁ言う時間があっても良いのかな、とか……分不相応なこと考えちゃった」


「黙るか死ぬか、どっちも選んだ上で死ね。或いは消え失せろ」


「その後だよ、頼とケーキを買いに行ったのは。四つまでって制限したら、一個だけ何でかリンゴパイ買ってるんだよね、頼。おかしくない? ケーキ買いに来て他三つはちゃんとケーキなのに、リンゴパイが買ってくれって言ったんだってよ?」


「…………」


 ケーキを拾ってもなお立ち上がらずに、今日あった出来事を話していると、絆がついに閉口した。薄く、不快を示す舌打ちが聞こえ、やれやれと嘆息。

 ここらが潮時だと悟った僕はようやく起立し、立ちくらみを覚えながら今の殴打で形が完全に崩れたショートケーキをまたぞろ膝に置いた。


「あっという間だね、絆も今日で一七歳かぁ。どう? 何か変わったなって思うところ、ない?」


「死ね」


「成る程、変わらないと」


 ここに来て、鬼も裸足で逃げ出すようなキツイ視線が上がる。おや珍しい、滅多に目を合わせないこの子が僕と向き合うなんて。

 見下ろす少女の身体は白く瘦せ細り、ネグリジェから小さな谷間が覗く。

 好意を抱く彼女の肢体を間近にして、だけど劣情を抑えて近くのパイプ椅子を足で引き摺り寄せる。

 軋む音と共に座り、箱に入っていてクリームがべっとりと付着した保冷剤を取り出し、プラスチックのフォークを持ったところで思い出した。


「ロウソク、貰えば良かったね」


「殺すぞ」


 筋力の削げ落ちたその身体で?

 とは言わず、笑顔で返す。普通に取っ組み合いになれば十中八九僕が勝つけど、そんなものに意味はないし、彼女と勝ち負けを競いたくはない。

 ステータスが過負荷でしかない彼女と争うつもりも、戦意もない。苛立たせることはあっても、苛立つことはない。

 ……それで少しでも、外に関心を抱いてくれるのなら、僕はいくらでも憎まれ役になる。

 本気で殺意を以って僕を襲う日が来たら、その時には甘んじて死を受け入れる覚悟はある。

 僕は、君が言うのなら──絆のためなら死ねるのだ。


「食べられる? 何なら口まで運ぶけど……」


「捨てろ」


「えー……頼なら喜んで受けるのに、絆はいけずだなぁ」


「あんたが死ねば食うかもね」


 ニタァ、と上下の歯を結ぶ唾液がはっきり視認出来る悦楽に濡れた笑顔。あー、これは冗談じゃなさそうだ。

 僕の死を前菜かメインにして、ケーキをデザート感覚で食すんだろうなぁ。それはもう、志望校合格を果たした受験生並みの笑みで。

 これツンデレとかでなく、本心だから尚更がタチ悪い。何事も一筋縄でいかないのが、僕の好きな人だ。


「冗談だよ、冗談。いつもので良い?」


「ぼくが頼んだみたいな言い方はやめなさい、クソが。そんなゲロ甘なもの、とっとと捨てろってのが聞こえないの?」


「僕がしたいんだ、それじゃ駄目?」


「…………」


 黙る。もうどうにでもしろ、と言う意だ。

 肯定を示してくれた絆を前に、僕はケーキを一口大にして口に含む。

 咀嚼して口の中で刻まれていくケーキ。途端に吐き気が湧き上がり、胃がキリキリと痛み出す。

 走った時とは違う気持ちの悪い汗が流れ落ちる、腹を抑え、吐き出してしまう前にベッドへ前のめりになるように身体を伸ばす。

 やがて、ギシリと音を鳴らすベッドの上で上体を起こしたままの絆の口を、僕の口で塞いだ。

 不思議なことに、この動作で邪な感情が湧いたことはなかった。それは食事と言う行為を身体の底から嫌っているせいか、「食す」と言うことそのものから離れてしまった絆に食べさせるためと言う大義があるからなのか。

 実のところ、長い年月をかけて繰り返して来た問答であるにも関わらず答えが出ないままでいた。

 やむなく受け入れて開いた絆の口の中へ流し込まれるケーキ、甘ったるくて、互いの唾液が混ざり、それでも数秒間その姿勢を保った。

 どちらともなく離れ、パイプ椅子に座り直す僕は、分かっていたことだが噛むことも出来ない絆が喉を鳴らして腹へとケーキを溜めたところまで見遣って、息を吐いた。


「捨てろ」


 これまでの言動も冗談ではなかったのだろうが、今度の言葉には少し怒気が混じっていた。二口目はいらない、と言う意思表示だ。

 少食を通り越して絶食に近い彼女は、毎夜こうして初めて食事を行う。いつもならもっと食べさせるのだが、今日はこれで腹が膨れたのだろう、これ以上の無理強いは現状を悪化させてしまいかねない。

 鼻から抜ける息と合わせて箱に仕舞い直すケーキ。明日は少し早めに来て、栄養価があって腹に溜まるものを食べさせよう、そんなことを思いながら。


「じゃあ、今日はこれで」


「死ねば良い」


「またね感覚でそんな暴言吐かないでよ……」


 言いながら、絆の足元を覆う布団を避ける。今日もトイレを行かなかった結果がシーツに滲んでおり、ぐっしょりと濡れたパンツも見えたところで、最後の大仕事をこなす。

 長時間この体勢で居続けるから、絆はあらゆる筋肉が圧倒的に欠如している。だから立つことも、本当なら手を動かすことも億劫なのだろう、そのせいか彼女はトイレに行かない。風呂は何とかセンセイ……ナースが介助するのだが、排泄に関してはその都度ナースコールに頼らずそのまま垂れ流すのだ。

 彼女が唯一ない筋肉を振り絞るのは、眠るために寝転がる時と自慰のみ。

 睡眠と自らを慰める時以外、絆は力を使わないし、使えない。

 だから僕が来た時にこうなっていた場合、こうしてシーツと下着を取り替えているのだ。


「よっ……と」


 勿論シーツを取り替える間、下着を履かせる間絆は動かない。このまま一通りの手順を終わらせるのに慣れるまで大変だったなぁと、どこか遠い目をしてしまう。

 出入り口の隣にある上下二段構えのカゴへ汚れたシーツとパンツを投げ込み、下のカゴから新たなシーツを取り出して敷き、薄緑の下着を履かせ終えた頃にはもう日付変更を迎えるギリギリの時間になっていた。


「また明日、来るからね」


 サイドボードの隅っこにスペースを作り、そこへ食べ残したケーキを置いて扉の前で言う。

 それ以降口を開くことも、当たり前だが見向きもしないまま虚空を眺め始める絆に小さく手を振って。

 僕の長い一日は終わりを迎えた。

「『フィーリングカップル』」



絆「『何と今回!』『初めてのゲストをお迎えしてお送りさせて頂きます!』『繋と絆のしっちゃかショートラジオ!』」


繋「本日お越し頂いた記念すべき初ゲストはこの方です。どうぞ」


景子「はいはーい! 見た目は目黒、頭脳は真鯛! その名は、倉田景子どぅえーす!」


繋「あれだけ必死に絆との接点を絶ってた僕の頑張りが一瞬で無駄になるこの感じ、何だろう……得心行かぬ……」


絆「『むむ!?』『繋のクラスメイトである倉田さんとやら!』『下のお名前は景子って言うんだね!』」


景子「そうだよ! 何と偶然にも藍原と名前が近いんだよねー!」


繋「僕らが話し始めるきっかけなんだよね、名前が近いのって。と言うかそれよりも、僕は絆がしれっと他人を認識してることに驚きを隠せないよ」


絆「『良いなーそう言うの』『ボクも篠崎繋だったら良かったのに』『それと番外編とも取れるこの場でそんな細かいこと気にしてたら頭取れるよ?』」


繋「それ遠回しにハゲてると言いたいの? ズラでもなければカツラでもねぇよ。そして、篠崎繋だと僕が婿入りしたみたいになるから」


景子「ほう! 藍原と絆たそはそう言うご関係で!」


繋「絆たそって……いやまぁ、違うんだけどね。ほら見ろ、こう言うのが嫌だから倉田と絆を会わせたく無かったんだ」


絆「『倉田……絆……合わせる……?』」


景子「倉田、絆……倉田絆」


絆「『トゥンク……』」


景子「キュン……」


繋「いやノリを合わせんな」

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