06.Going home.
結論から言おう、ケーキはぐちゃぐちゃである。いやもうくちゃくちゃだ。
しばらく走って息が切れたところでゆっくり歩き出した時、僕と絆は想起した。
あれ、ケーキ 買うてなかったっけと。思わず大阪弁になるくらいには嫌な予感が過ぎり、二人で膝を見るじゃないですか。
敬語になった僕と絆は静かに振り返ります、ケーキが入った白い箱も何故か買ったリンゴパイも落ちてます。理由を聞いても誤魔化します、名前を聞いたら引きますよ。ケーキにパイが一杯、ケーキにパイが一杯。泣きそうになってる子猫ちゃんと言う名の絆です。
何て替え歌を口ずさみながら、トボトボと帰る二人の見上げる空は、もう真っ暗だった。
街灯がちょこちょこ見えて来て、どこへ行っても続きそうな塀に沿うように歩く僕、車椅子に乗った絆だったが、ふと思い出したように顔とパペットをこちらに向けた。
「『そう言えば繋』『ケーキ食べられないんじゃなかったっけ?』」
うん、ケーキどころか基本食べるべき物は食べられないよ。料理と相成るものから始まって、何ならお握りとか特にNGだね、食べるくらいなら文鎮で殴られた方が何倍もマシだね。
「そうだね」
「『……何で買ったの?』」
「記念日ですから」
「『天才ですからみたいに言われても……』『いやでも本当どうしたの繋』『今日は徹頭徹尾おかしいよ?』」
「うわっ、絆が四文字熟語使ってる。明日は熱帯低気圧かな……」
「『失敬な!』『いくら文系苦手だからってボクも四字熟語くらい使うよ!』『あとそれ普通に台風って言えば良いから!』『伝わるから!』」
「じゃあ聞いてみようかな、他に知ってる四字熟語は?」
「『夜路死苦!』」
どうしていきなり血の気が増したように感じるのだろうか。そもそも四字熟語でもないし。
「期待した僕が悪かった」
「『頭を垂れて溜息吐きながら言われた!』『ちょいと繋さんや!』『ボクは今!』『非常にプンスコだよ!』」
「激おこプンプン丸?」
「『イラダッチムナクソマントルヒートだね!』」
何それ凄そう、なんて語彙力すら蒸発する熱気を放っているけど、目を輝かせながら言われても誠に残念ながら怒っているようには見えないよ。どうしても僕の目にはチワワにしか映らない、「どうする、アイ○ル〜」みたいなチワワね。
……このCMネタ、どこまでの年齢層に通じるか不安だな。
そんなこんなでようやく家の門扉に到着。格子で出来た門の横にある鉄製の扉の鍵を開けてノブを回し、約五〇〇m続く庭園を真っ直ぐ突っ切って行く。
長いことこの屋敷とさえ呼べる家に住んではいるけれど、いまだにこの赤や黄色の花々の名前を僕は知らない。
庭師の手によってその可憐さを保ってはいるものの、もう何年も知る機会も知ろうと言う気概もないまま今に至る。屋敷から覗く数多の窓も暗く、右端の使用人専用住居スペースのみが明るみを持っている。
つまりこのプレハブ……と呼ぶにはあまりに大きな別館を除いて、この家で僕と絆は二人で暮らしている。洋館とも呼べそうな装いをそのままに、スロープを緩やかに昇り自分たちの身の丈よりも大きな玄関を開け放つ。
流石に家屋の中はアメリカンスタイルよろしく靴のまま動けないので、電気を付けると同時にどこからともなくやって来た使用人が三人、笑みを浮かべつつ絆の車椅子の足を拭いて行く。
その間僕は遅れてやって来た二人の使用人にお帰りなさいませと迎え入れられながらスリッパを差し出され、履き替える。
「すぐ食事にします。あと、これを絆の部屋の冷蔵庫に入れて置いて下さい」
言いながら、ケーキとパイの入った箱を渡す。ここで絆とは一旦お別れだ、僕は間借りしてる自室で着替え、使用人の手によって絆は着替えさせてもらうこととなる……のだが。
「『繋!』」
決して使用人には向けないであろう期待に満ちた瞳の奥には、光がなかった。
絆は僕以外の人間に対して許容範囲を設ける。その範囲には、およそこの屋敷にいる使用人が入っていない。
簡単に言ってしまえば、僕かセンセイ以外の存在を認めていないのだ。だから絆には車椅子を拭いて貰っても、食事を用意しても、着替えさせてもらっても、全て「勝手に行われた」ものとして処理してしまう。
だから僕に出来ることは僕が対処し、僕に出来ないことを使用人に任せると言う暗黙の了解が構成されている。
「うん、着替えたらいつも通りで。それじゃ、また後で」
「『うん!』『また後で!』」
だから僕は、後で着替えを手伝いに行く旨を短いやり取りで終え、自室へ車椅子で押されて行く絆を見送る。
今この時も絆には勝手に車椅子が動いている、そう認識されている。不思議に思っているのか、もう遠くではしゃぐ声が聞こえる。
……まぁ、これも僕のせい、なんだよな。
その昔、僕が『絆』を見なかったから。
『絆』は僕しか見ないんだ。
自らに課した罪に苛まれそうな心を払拭するように両頬を叩く。ジンジン痛むが、おかげで落ち込むことなく踵を返して自室のある二階を目指すことが出来た。
この屋敷、篠崎邸は現社長を務める篠崎 輝男の所有物である。僕、センセイ以外で唯一許容範囲に含まれる人物であり、命の恩人。その孫である絆がこの通りのため、車椅子生活に事足りる改築は行ったもののほとんど僕と絆しか出入りしない。
そして僕のように身寄りのないものが集められ、ここに住み込む代わりに一通りの家で行わなければならない用事を済ませる使用人たち。
その例に漏れず僕も似たようなものだ。使用人とまでは行かないが絆との登下校や面倒を任されながら、重ねて己の意思で行なっている。
篠崎輝男はその身分のせいかほとんど家に帰らず、今日で丁度半年になる頃だ。
ある程度絆にお金を持たせ、管理及び使用は僕かガッコウのセンセイのみに判断し、それ以外は取り立てて何も言ってない。
良く言えば孫思いの優しいお爺ちゃん、悪く言えば放任主義。何を隠そう、この人はぱっと見極道の頭か何かじゃないかと錯覚する程の強面なのだ。
ただ性格は柔和なため、初対面で勘違いされやすい。僕もいまだにその威圧感に押し潰されそうになるもん、声も低いし。
それでも命の恩人であるのには変わりないし、出来ることなら任せられたことは最後までやり遂げたい意思を持っている。
と、そこまで想起していたらあっという間に自室まで到着した。玄関先に居た使用人とは異なる三人組がそこにはおり、一人が扉を開けてくれた。
立場上対して変わらないのだから、こんな王様みたいな扱いは御免被りたいのだが、それではこの方たちの気が収まらないらしく今までの関係で繋がっている。
部屋はもう何十畳あるのか分からないほど広く、最低限の家具を除いて物を置かないせいでさらに無駄な大きさを誇っている。
床は赤一色の絨毯、過去絆から誕生日プレゼントに貰った似顔絵を壁に貼る以外は取り立てて目立つ物はない。ただベッドは一人しか使わないのにキングサイズなのはいまだに謎だ。
ブレザーを脱ぐとすぐ様それを受け取り、その間もう一人の使用人がネクタイを解いてワイシャツを脱がして行く。
三人目がズボンに手を掛けたところで、僕は声を掛けた。
「そこは自分でやります」
屈んだ使用人が上目遣いにきょとんとして、あぁ、と何かを察した後にスカートからオナ○ールを取り出した。いや何でだよ。
「自分でやるってそう言う意味じゃないから……自分で脱ぐって意味ね」
すみませんと言いたげに眉間に皺を寄せ、他の使用人がテキパキ視界の端で動いてる中、オナホー○をこちらに手渡そうとする。それはもう、下々の民が王に貢物を捧げるように、だ。
「うーん、あのね? 自分で脱ぐって言ったの。抜くって聞こえたのかな?」
仮に抜くにしても、人前じゃ死んでも抜かん。
そして使用人は自分の頭を叩き、困った困ったと言うが、僕はこのままこまどり姉妹だなんて新喜劇で見慣れたネタの掠め取りはしない。
「いいえ、スラックスは自分で脱ぎます。抜きません脱ぎます、オーケー?」
もう英文みたいな言い方になっちゃったよ。このままMr.betterみたいなノリを続けていたら、流石の絆も怒り狂いそうだから一歩下がって自分で服を脱ごうとしたら。
「何で上半身裸な上に蜂蜜漬けにされてんだよ」
使用人のお三方が、テカる僕から一斉に目を逸らした。
「『全ては絆が教えてくれた』」
絆「『プリマーケットと言えば』『プリマーケットの代表作であるプリンはお店に置いてないよね』『あれってどうしてなんだろう?』」
繋「そもそもプリマーケットのプリンはコンビニで販売したのがきっかけだからあれはいつ如何なる時も初志貫徹のコンビニにしか並ばないし、そもそもあまりの人気のせいで入荷から一時間ですぐに売り切れて翌日のその時間にならないと販売されない大変希少価値の高いものであり、それも混雑緩和のために数も増やしたのにも関わらずすぐに売り切れてしまうって言う、それこそ混雑を避けるためって理由もあってケーキ屋として展開したプリマーケットにはプリンを並べないように決めたんだ」
絆「なっげ!? 思わず普通に喋っちゃったよ、なっげ!?」
繋「全部絆が教えてくれたことだけどね」
絆「『切ない曲の歌詞みたいに言って遠い目をされた……』『昔のボクどんだけ熱心に語ったんだろう……』」