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「『篠崎 絆』」  作者: 宇佐美 風音
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05.Youth play.

「『やぁ』『繋!』『何だかいやに機嫌が良さそうだね』『そんなにボクに会えなかったことが悲しかったのかい?』」



 迎え入れた絆の車椅子を押しながら目的地目掛けて少し遠回りをしながら歩いていると、そんなことを言われる。顔と人形をこちらに向けて、僕はその瞳から目を逸らす。そこまではっきり顔に出ていたのか、何だか恥ずかしいな。



「絆の判断に任せるよ」



 まぁ、どの道倉田との下校の件を隠すには下手なことは言えない。バレたら今の絆がどんな対応を取るのか定かでない以上、僕としてはあまり触れて欲しくない話題だ。


 だからここは絆の機嫌を取る意味も込めてそんな取り留めのない返答をした。ムフフ、とこれまた真似したくないような笑い声で人形の口元をそれまた人形の手で覆う。

 自分にとって都合の良いように解釈したのが丸わかりだ。お前のやってることは、まるっとお見通しだ!



「ところで、小テストはどうだった?」



 あっ、こいつ露骨に顔と人形を逸らしやがった。ついさっきの僕かよ。



「『ボクなりに尽力はしたんだよ!』『むしろ悪いのはテストの方さ』『成績だけで人を推し量ろうとするこのシステムに』『ボクは苦言を呈してたい!』」



 学校教育は社会に出ても役に立つと思うぞ、あながちテストだって悪いものじゃない。ただ、それに準じた順位付けには異論があるけれど。


 もっとも絆の場合単純に文系が苦手なので、標的がテストそのものとなってしまったのだれけど。僕だって好き好んで勉強はしたくないし、テストだって受けたくないよ。

 けどある物はどうしたって避けようがない、ならば諦めろとしか言えない。絆にも、僕自身にもね。



「まぁ……頑張ったからね。ケーキ買って帰ろうか」



「『だから繋は大好きなんだよ!』『やったね!』」



 両手を挙げて喜びを表現する。目の前に僕が居たら抱きつかれるまであった勢いなだけに、後ろから人が押す車椅子のシステムに感謝の意を示したい。

 夕日に変わる空色に照らされた僕らは、やがてぽつんと佇むケーキ屋、「プリマーケット」へ到着する。


スロープを使って入店を果たして、モダン調の店内に流れる緩やかだが曲名の分からないクラシック。そして入ってまず視界に映るショーケースから覗く色取りどりのケーキたちに目を輝かせる。

ショートケーキにチョコケーキ、モンブランにタルトやパイ。右端には誕生日ケーキのサンプルがあり、ショーケースとは違うラックにはクッキーや一口サイズのチョコレートが袋にいくつか詰められた物がある。


顔をこちらに向けて、溢れんばかりの笑みをマスクの下にて展開しているであろう絆は、人形を僕の顔面目掛けて伸ばす。



「『ここにあるケーキ』『全部買おう!』」



「何そのブルジョア思考」



 ヨーグルト並みにデロデロな脳みそにやめて差し上げろと付け足す。実際それやるの迷惑だから、店側的に買ってもらえるのは嬉しくても、箱詰めに苦労するし。

 何よりそれだけの量を平らげる宇宙に匹敵する胃袋があるわけでもなく、持って帰る手段もない。さらに言うなら、お前の財力なら可能な辺り本気でやめて頂きたい。


 明日から三食ケーキ三昧にはしたくないので、指でVサインを作り絆の顔に押し付ける。



「ケーキは二個まで。僕の分を含めて計四つ、良いね?」



「『ちくしょう』『ならせめて繋の分も選ばせてよ!』『シェアしようよ』『シェア!』」



 ケーキ屋に来てまで言うことじゃないかも知れないけれど、僕はケーキを食べない。それどころか主食がブロック型栄養食なだけに、手作りと呼べるありとあらゆる物を胃が拒絶する。

 だからこそどうしてプリマーケット来たんだよって話しになるが、まぁそこはおめでたい日であるのは確実だからだよ。そして僕は誰に言い訳をしてるんだろうか。


 ともかく、食べないにしてもそのwin-winな提案に僕は乗り、ショーケースの近くまで車椅子を近づける。前のめりになって選びそうな絆の肩を掴み、制止しながら覗き込む。

 途中、店員さんと目が合い苦笑い。いや、笑えているかも定かじゃないけれども。意図的に笑うのって難しいと感じるのは僕だけ?


 店員さんから見て笑えているはずの僕は目線を落とす。お眼鏡に叶うケーキを探す絆の背中が僕の目に映る。

 カーディガン越しにも分かる、小さな背中。歩くことが出来ないとは言え肉付きはしっかりとしており、栄養も摂取出来ていることから痩せ過ぎていることはない。


 かと言って太っているわけでもない、僕からすれば中肉中背な体型。しかし本人的にはもっと痩せたいと願う、そのままでも充分事足りると思うんだけどね。

 ましてやケーキとか痩せたいと思うのなら良くないカロリー量だろう。ショーケース越しで絆と合わさる瞳には、僕の白々しい細目と意地の悪い笑みが映っていることなのだろう、小声で「うわぁ」と言いながら若干引いてた。


 そうして絆はケーキをチョイスした。苺のタルトにチョコレートケーキ。モンブランにリンゴパイを寄り抜く。



「……って、いやいやいや、絆さんや。最後のはケーキじゃないよね」



「『いやまぁ』『何か買ってくれって言ってるような気がして』」



「リンゴパイが?」



「『うん』『リンゴパイが』」



「ねぇ絆」



「『なぁに?』」



「寝言は寝て言え」



 とは言え。

 購入する段取りを止めない僕も、中々のアホなのかも知れない。


 そんなわけで。



「『ボクはケーキを手に入れた!』『てってれれれてー!』」



 ケーキを詰めた箱とは別にリンゴパイを入れたタートルパックとやらを膝に置き、ご満悦な絆はパペットをフリフリと小刻みに揺らす。

 妙に音の外れたそれがゼルダの伝説にて宝箱を開けた時に発せられるSEであることには気づいていたが、敢えて突っ込まずにいる僕はようやく帰路につく。


 もう夕日も完全に落ちかけ、夜が迫っていることを知らせる空の下。世間では殺人犯がウロついてるから早く帰れと言われているのに、これだけ遅くなったのではもう意味がない。

 今襲われたらどうにもならないなぁ。なんて他人事なのは、あまりに現実味を帯びていないからか。

 またはそれよりも怖いものを知っているからなのか。僕の過去とか、絆のこととか。


 まぁもっとも。



「何にもないんだけどね!」



「『な』『何さ繋……』」



 元来ビビりな僕は、実は割とちゃんと成長するまで一人で風呂とか入れなかったり。恥ずかしながら絆と風呂に入ったりもしたよ、いやはや。



「絆、ちょっと飛ばすよ」



「『えっ?』『うわ』『あ』『あ』『ああああああああ!』」



 記念日でも無ければすぐに帰っていたはずの家を目指して、僕は車椅子を押す手に強く力を入れて早足になる。

 本気ではないにしろ、走り出した僕らはいやにテンションが高かった。それはもう、海に行ったことない人を山に連れて行ったら凹むの通り越してもうこうなったら盛り上がってしまおうと言う諦めの境地。


 或いは夜寝ないで次の日を過ごしてしまうあのオールテンションか。このままあとは寝るだけのスケジュールに歓喜し残り滓でしかない体力を擦り減らしひたすら走り抜けるのは、藍原繋と篠崎絆。



「『うわああああああああ!』『早いよ繋いいいいいいいいいいい!』『あっははははははははははははは!』」



「まだまだ行くぞ、しっかり手すり掴んでろよ!」



「『うわっはははははははは!』『たーのしー!』『キャアアアアアアアア!』」



 素直に車椅子越しのスピード感に酔いしれ楽しむ絆。

 今更事件のことを思い出し、早引けしたのにこの時間であることの重要性に気づいて焦りを誤魔化すように走る僕。


 ふと、僕らが普通の学生だったなら、この光景を青春と銘打つのだろうな。

 そんな感傷的な思いを掻き消すように。



「夕日のばかやろおおおおおお!」



「『おういえええええい!』『ばっきゃろおおおおおおおおおう!』」



 僕らは、帰っていた。

 絆の膝にケーキを乗せていたことを忘れて。

「『どうしろと』」



繋「まさかこんな形で合コンネタを跨ぐとは思わなかった」


絆「『小ちゃいことは気にすんな!』『はいスタート!』」


繋「何か始まったし。はいはいワカチコワカチコっと、そいじゃ……ゴホン。チョリーッス、僕藍原って言いまーす、そこんところシクヨロ」


絆「『カットカット!』『駄目だよ繋』『繋は繋でも名前変えてくれなきゃ』『ボク嫌だよそんな軽い繋』」


繋「我儘だな……じゃあ、僕の名前は駆動輪。幼馴染もいなければ友達もいないヒキオタだけど、ある日親から放たれたダンゴムシがきっかけで……」


絆「『カット!』『誰だよそれ!』『そんな人にボクがなびくとでも思ってるの!』『高嶺ぞ?』『我』『高嶺の華ぞ?』」


繋「うぜ……僕は卒塔婆陽炎。趣味は痛みをブラジルへ飛ばすこと、特技は親友の家を燃やすことです」


絆「『待ってよ!』『人として最低なプロフィールしか並んでないじゃん!』『もっとボクが惹かれるようなステータスを引っさげてよ!』」


繋「チッ……僕は富竹、フリーのエスコートキッズさ。良ければ一緒に指パッチンで……ね?」


絆「『どうしろと!』」


繋「純粋で屈託無く僕の台詞だよ」

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