47.Refrain.(3)
篠崎頼と出会った後、図ったかのように僕が寝ていた部屋に彼は現れた。
息を呑んだよね、ついでに生唾も。だって頭は丸坊主で、右目にナイフでも振り下ろされたのかってくらい生々しい傷が縦に走り。
体長はおよそ二メートルに届きそうな程の巨体にスーツ姿、胸元にドスでも仕込んでそうな強面なんだから、渡る世間は鬼ばかり居そうな雰囲気を醸し出してるんだもの。
オプレッションばりばりのその人に恐れ戦き、完全に現状頼のことが頭から離れてしまった僕をベッドの右隣、窓とここの間にあるテーブルを挟んだ椅子に座るよう手で促し。
「まぁまぁ、折角椅子があるんだから座りなさい」
柔和で穏やかなしゃがれ声で、そんな誘いをしたものだから僕はあまりのギャップにずっこけた。本日二度目の転倒である。
何はともあれ僕の家にあったものよりも遥かに良い値段がしそうなロッキングチェアに座り、向かいの同じ椅子に腰掛ける彼は、ベッドで無邪気に飛び跳ねる頼を呼んだ。
「頼、悪いが瀬能くんに二人分のお茶を用意するようお願いして来て貰って良いかい?」
「うん、ガッテン承知の助さ! 宙船に乗った気分で任せてよ!」
それは別に構わんのだが、君が消えて喜ぶ者にお前のオールを任せるなよ?
「バールのようなお茶しかないが、良かったら飲んでくれ」
「ばぁ、る?」
別名 金梃と呼ばれる鉄製の工具のことか、それとも圧力の単位を指しているのか理解が及ばずいつぞや絆に指摘されたおうむ返しをしてしまった。
って、絆。そうだよ、頼ちゃんとやらとこの人のことで意識が逸れてしまっていた。
「絆! 絆はどこに!」
「安心しなさい、絆は今療養している。命に別状はないよ」
立ち上がって今にも駆け出そうとした僕を止めたのは、彼の答えにあった。
「自己紹介が遅れたね……私は篠崎 輝男。絆と頼は私にとって命よりも大切な孫娘たちじゃ、そんな子を君が護ってくれたんじゃろう?」
篠崎輝男と名乗る、失礼ながらその面構えから極道でヤンチャしてたのかなと思える方は深々と頭を下げた。
「ありがとう。心より感謝する」
生まれて初めて大の大人が頭を下げる機会に恵まれ、内心どうして良いか分からない僕は頭を垂れた。
誰かのためとかでなく、あくまで自分のために……僕を認めてくれた等身大の絆を好きになってしまった僕の我儘だ。
篠崎さんのためでもなければ妹と聞き及んで居た頼ちゃんのためでもない、自分のために助けた少女を想って彼は陳謝していることに……酷く胸が痛んだ。
「……そんな大層なことはしていません。あの時は必死でしたし、それに──」
僕は人を殺めてしまった。
兄を、止めに入った白百合さんたちを振り切ってナイフを突き刺し続けた。
豚箱に居ても何らおかしくない現状、こうして人と話せていることが不思議でならない。
──そう言えば、二点。気にかかる問題があった。
兄さんたち、あの島に流れ着いた僕らの他に居た黒木さんと白百合さんはどうなったんだろう。
そして兄は、白百合さんはどうして絆はいずれ僕を殺すと思い至ったのだろうか。
他人を拒絶どころか気にも留めないイメージが強い彼女からその想像に至るのは、些か飛躍し過ぎではないかと思わざるを得ない。
あの時は考える暇もなかったこと、そして今冷静になる時間を得て徐々に頭が回り始めて居た。
そうして募る疑問を僕はぶつけることとした。
「僕は、絆たちはどうなったんですか。どうして漂流していたはずの僕と絆はここに居て……」
「もっと早くに駆けつけたかったのだが、沈没してすぐに向かった救助隊が嵐に見舞われてな。恐らく君らのいた島でもあったはずだ、大雨に暴風……まるで台風のように荒れた日が」
──あの日だ。
僕が絆を護るために兄を殺した、あの日。
「その島に辿り着いた時最初に見たのは、君を庇うように倒れた絆と──二人の少女だ」
胃が痛む。キリキリと抓られているかのような激痛が体を蝕み、喉元まで熱い何かが込み上げてくる。
喉が溶けているんじゃないかと錯覚するような熱を持った何かを抑え込み、口を手で押さえ。
「生存者二名。死亡者三名──生き残ったのは、君たち二人だけだった」
現実を思い知った。
僕は確かに兄を殺した、出来ることなら夢であって欲しかった思いが儚くも散り。
「……三、名?」
疑問だけが残った。
僕は確かに兄を殺した、絆を護るためにこの手で……だけど、黒木さんも白百合さんも死んだ……?
僕は兄を殺した後、その場から離れている。じゃあどうして生きていた僕らの側で二人は死んでいたんだ?
「白百合、黒木、藍原……あの島で何があったかは知らない。だが結果だけは分かっている」
「待って下さい!」
声を荒げてしまう。篠崎さんが少し驚いた後、扉が開き頼がきょとんとした顔で僕を見ていた。
タイミングがよろしくない、そう感じて次に続く言葉を飲み込んでしまいどうしたものかとしどろもどろとしていた時。
「話しの続きは後にしよう、まずはティータイムでもどうかね?」
心臓が飛び出そうなくらいバクバクと鳴っている。正直言えば知りたいことをちゃんと知れてない、すっきりとしない気持ちでモヤモヤとしているけれど……。
「……はい」
何も知らない頼を巻き込むわけにはいかない。それにこれ以上は話してくれそうな雰囲気にないし、今は自分の思いを押し殺した。
あの日、僕も絆も瀕死だった。絆に至っては片腕を失っており満身創痍、もしかしたら僕が助けた頃にはもう意識がなかったかも知れない。
六人目の誰かが居た?
いや、それは考えられない……あれだけ見回って誰も見出せなかった。仮に居たとして、殺そうと思えばいつだって殺せたはずだ。
見張りを立てて居たとはいえ、相手は子供。夜になれば無防備以外の何物でもない、それを何故あのタイミングで殺した。
様々な要因が重なって六人目の線は消えた。だとしたら一体誰が二人を……。
「チェストぉ!」
と、思考の只中にあった僕の頬に声とは裏腹な小さくペチンと乾いた音が鳴った。
見れば新たに椅子を用意して右隣に座る頼が居た。
グーパンチを引っ込めてフンスと鼻を鳴らし胸を張る彼女は、アキラ100%が股間を隠しているような銀のトレーに乗ったティーカップを差し出し。
「ボクの淹れた紅茶、まずは飲むと良い!」
「うむ、頼の紅茶は独特でストレートに言って不味いぞ」
「えっ不味いの?」
飲む気一気に失くした雰囲気なんだけど。
「おじーちゃんは失礼だなー、ボクの淹れた紅茶は食戟でも通用する美味さだのに!」
「だのに」
いつの時代のお方だよ君。
だがまぁ、そうだよな……悩んでいてもおじさんが教えてくれない限り僕なんかじゃ計り知れないし、その時を待つ他ないしな。
あとでせめて絆に会わせてもらえるよう取り計らうこと作戦を静かに考案しつつ、ソーサーごとカップを受け取る。
「ところでボク、君の名前知らないなぁ。もし良くなくても教えてちょーだい?」
「良くないなら聞かないのがベストだよ」
考えてみれば一方的とは言え頼の名前だけを知っているのはフェアじゃない、恩人のお孫さん、それも絆の妹さんともなれば僕としても仲良くなりたいしね。
一拍挟むように折角淹れてくれた紅茶を含む。
言う程不味くない、事前にシュガーを入れてくれていたらしく程良い酸味と甘みが口一杯に広がる。
「僕は藍原。よろしくね頼ちゃんまっず!? 紅茶ゲロまず!?」
後から追いかけて来るように強烈な不味さが殴りつけて来る。今から一緒にYAH YAH YAHと殴りに来る前置きもなく、僕の胃袋に鮮烈なブローが叩き込まれる。
さっき我慢した吐き気がとんでもない勢いで蘇って来る僕を覗き込む頼は、どうしてか訝しんだ顔でいる。
「僕は藍原って……いくらボク相手でもそう言う冗談は寛容出来ないなぁ」
違うそうじゃない、「僕は」は名前に含まれないんだって言葉に出来ないラーラーラーララーラー。
この絶妙な不味さは何だ、ここまで不味く出来るのは最早才能だよ。
「天才かよ……」
「照れるなぁ!」
「褒めてねぇよ」
「逸れるなぁ!」
「何がだよ」
何だろう、まともに会話が成立したことがないけどこの子は絆と違った個性が突出してるなってことだけは理解出来た。




