34.Relief.(8)
「疲れた……」
未来の嫁さんらしい女の子との顔合わせを終えた後、挨拶に出向いていた兄と合流してまた挨拶回りに付き合わされた。
僕と言う特異点は他の家からすれば意外に思うものだったらしく、父が挨拶を交わす都度こちらに目線が落ちて話題になる。
挨拶や世間話で終わるものが僕を中心にした話しに珍しく花が咲き、これまた珍しく気疲れなんてものを肩に乗せて甲板に寄りかかる。
緊張と気恥ずかしさから解放された頃にはもう日は沈み、どっぷりと闇に浸かった夜となっていた。
「良いザマじゃない、そのまま死んでみたらもっと素敵よ?」
「労うどころか死を望まれるとは……」
まだたった一日だけれど、絆の死ねは慣れたよ。挨拶みたいなものだと思えば割と胸に刺さらないことに気づいたからね。
「デレデレしてるその顔に狙いを決めて、ベンザブロック叩き込みたい気分だわ」
「何そのエキセントリックな感情。是非ともやめてね」
「まぁそんな気色悪いあんたは置いといて、ちゃんと明日来なさいよ。来なかったら殺すわ、来てくれたなら綺麗に殺すわ」
「僕を置いて僕の話しをする絆のそう言うところ、嫌いじゃないよ」
「…………」
「い、痛い痛い! 何すんのさ!」
突然真顔で左上腕二頭筋を両手で執拗に抓られた。絆の心の機微は最近流行りのインスタ映えってやつ並みに分からないよ……。
ともかく抓られた上腕二頭筋を摩りながら甲板から見える景色を眺めつつ、返事を考える。
「先に言っておくと、期待しないでね。僕の料理は兄さんに遠く及ばないからさ……」
負けても努力しない僕を置き去りにして、兄さんは常に上を目指す。だから肉迫したなんて強がりを嘲笑うように、彼はもっと先に立っていることだろう。
悔しくないのか、と問われれば──そりゃ悔しいさ。
けれど兄さんの才能はそんな感情も意味を成さない程圧倒的だ。
……もしも。
もしも何もかもをかなぐり捨てて兄さんに立ち向かえば、こんな僕でも並び立つ権利を得られるのだろうか。
「どうだって良いわ。あんたの兄さんが神だったとしても、ぼくはそんな物に縋ろうなんて思わないし興味もない」
気づけば絆は僕のすぐ側まで距離を詰めていた。いきなりだったので震えながら驚いてしまったけれど、そんな僕を押さえつけるように両肩に手を置き、掴まれる。
その先にある絆の顔は、これまで見たことのないような真剣なものだった。これまでのようにつまらなそうに世界を映していた目ではなく、凛としたそれで僕を見つめている。
「良い? 一度しか言わないから耳の穴かっぽじってしっかり聞きなさい」
絆は続ける。
──はずだった。
「……あれ?」
船上であるがゆえに多少の揺れは考慮していた。乗り物酔いをしない体質だから大丈夫だろう、くらいの軽さでいたが案の定こんな揺れ如きで酔うことはなかった。
それでも今僕と絆の感じてる揺れはおかしい。傾くのかと心配する程じゃないが、それでもこの揺れはあり得ない……立っているのがやっとな船上が不安定この上ない。
「絆……!」
異変を察知した僕よりも、絆の行動は早かった。
手を伸ばした僕の二の腕を掴み、前のめりになった体を絆は抱きしめた。必然的に胸へ顔が埋まり、恥ずかしがる暇もなく船がウネリ。
「────」
彼女が何かを叫ぶ。
今から地球が滅びます、だからこそやりたいことをやれだなんて言われたのかと聞きたくなるような必死さだったけれど、ついぞその意味を垣間見ることもなく。
かと言って耳にすることもないまま──僕らは転覆した船によって、海に放り投げられた。




