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「『篠崎 絆』」  作者: 宇佐美 風音
28/47

28.Relief.(2)

兄からの誘いより翌日、僕が将来通う予定らしい大学で出題される数学のテストが行われた。

もちろん兄さんも同じ問題を解いている。広々とした室内で机を並べてテストに勤しむ僕らを、父は腰で手を組んで見やっている。

チラリと兄さんの顔を覗くと、笑っていた。何がそんなに楽しいんだろう、僕はそんな満面の笑みを浮かべられる程今は穏やかじゃないし、穏やかでいられる気がしない。

理解に苦しみする気もない数字の羅列に圧倒されつつも。


「それまで」


父の制止により、部屋の外から二人の使用人が姿を現わす。そのまま僕と兄さんの答案を回収して、部屋を後にする。

この部屋はいつも僕と兄さんを勉強で比較するための部屋。いくつかこう言う専用の部屋が存在しており、それら全てがこの三人のみ自由に出入りすることが許されている。

謎の規約に則り長居をせず別室で朱入れをしているであろう使用人が戻るまで、この空間で家族による会話はない。

どうしてそんな制度を実施したのか、家族が揃っているのに口も開かない、開けないなんて、と思う。

産まれてこの方、家族らしいことをした覚えがない。旅行だとか、食事での語らいも、最近どうだなんて言う近況報告を兼ねた父親とのキャッチボールなんかもない。

母は僕が産まれてすぐに他界した。死因は知らされてないが、父がこうなったのはその死がきっかけだと最近兄から聞いていた。

苦しみをぶつけているのか、それとも彼の素なのか。判断するには材料も深いプロフィールも理解していない僕にはままならないけれど、何にしてもはた迷惑極まり無い。

それと同時に、僕にはついぞ両親のありがたみ、ましてや存在理由が分からなかった。僕が生きているのがその確固たる理由なのだろうが、逆に言えばそれだけだ。

だから両親がいた、親がいたとまともに考えたことはなかった。


「…………」


僕と兄の答案、その採点が終わった紙を使用人から受け取った父は黙ってその二枚を交互に見た。その内片方の答案を見る度眉間にシワが寄っている。多分と前置かずとも分かる、あれは僕の答案だ。

思えば一度も自分の点数を見たことがない。意図的に見せないことで劣っていることを示したいのか、見せるまでもない点数なのか。どちらにせよ、こと運動に於いては完全に負けているので大敗はしているのだろう。火を見るよりも明らか、その言葉があまりにマッチしている。

そして満遍なく見終えた父は、溜息交じりに眉間にシワを寄せていた方の答案だけを紙片と呼べるサイズまで破り去った。

兄の顔色が変わったこともまた、分かった。


「感想を言うのも馬鹿らしい」


またか。

そう思わざるを得ないくらい清々しい回答だ。赤ペンで朱入れされているであろう答案を見つめ、だけど決して父を見ようとはしなかった。

家畜を見下ろすようなその目に好きこのんで合わせようとは思わない、何を言われたところで構わない。僕は僕であるように、父もまた父なのだ。変わらないものからの脱却、それは決して違わない。

一つ違うとすれば、その答案の不審点。父の手にある兄の答案を見上げると、そこには赤ペンで全ての答えに丸が付いていた。

なのに、もう一度見下ろした先にある答案には、赤ではなく黒く丸が書いてあったこと。

この誤差はなんだ、どうして僕の答案だけ黒で採点されているんだ。赤と黒を交互に使ったのか……いや、父に雇われた使用人だ、そんな効率の悪い方法は取らない。

そんなことをすれば、最後に答案を見る父が訝しむからだ……ん?

先程、父は眉間にシワを寄せていなかったか?


「聞いているのか」


「……はい」


絞り出した答えは曖昧で、聞こえたかすらも定かじゃない。謎を残したこの時間は一〇分と言う説教で終えたものの、僕の中でモヤモヤを残している。

確かなのは、父は訝しむことはしても、その後赤と黒を使い分けたことを問題視せず、あまつさえ触れなかった点だ。

やはりこの人は分からない。何故ここまで完璧を追い求めるがゆえに完璧を目指すよう施している父が、そんな無駄な手順に意見しないのだろう。

無駄ないざこざや説教タイムが長引くことを恐れた僕は、何も言わずに、だけど久しぶりに父と目を合わせてその時間を終えた。


「それと、繋」


部屋を去る間際。いつもならここで二人にさせられて休憩を与えられるはずのルーティンが揺らいだ。

父がこれまた珍しく僕の名を呼んだのだ。兄ではなく、僕を。


「乗るなら早く決めろ。お前のために相手を待たせている、今日中に答えを出せ。以上だ」


次は武道館集合だ、遅れるな。

そう言い残して、僕らはほぼ同時に顔を見合わせた。兄も僕と同じで、今までにない反応に驚いている。


「父上、珍しくなかったか? お前の名前呼んだの、何年振りだよ」


いや本当に。誕生日ですら何もくれず何も言わず名前も呼ばない父が、わざわざ僕を名指ししたのはほぼ三年振りだ。

あの時は何故そうだったのかは覚えてないものの、それでも驚天動地とさえ言えるあり得なかった展開が起きている。

何はともあれ父が僕の返事を待っている。てっきり難癖付けて罵倒した後却下されるものとばかり思っていたから尚更驚きだ。どう言った心境の変化なのかはともかく、この好機を逃したら僕は一生兄離れ出来ずに終わるだろう。

そう考えた時、僕は父に参加の意を示していた。

オマケラジオは後日更新予定

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