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「『篠崎 絆』」  作者: 宇佐美 風音
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02.Re:life

『……い……け…………(けい)!』


 耳をつんざくような大声で僕を呼びかける。

 その少女は心配そうに眉を八の字に歪め、右手に着けたパペットを僕の胸板に押し付けていた。


 頭を振り、遠い彼方へ飛んでいた意識がはっきりとしていることを確認する。

 春らしい暖かい陽気に包まれた町の中、青信号を確認し木漏れ日を受けながら歩き出す。

 まだ喧騒のない静かなこの時間、僕らは二人だけの世界を形作る。


 その上で眼下、車椅子に乗ってマスクで口を隠した彼女に笑みを投げかける。


「青、だね」


「『そう!』『青信号なのにいつまでも動かないから心配したよ』『どうかした?』」


 喋っているにも関わらず、マスクを微動だにせぬままパペットを右往左往して、僕の見慣れた腹話術を見せつける。


 それでも安心してくれたのだろう、数字を象った眉毛は元の位置に戻り薄っすらとマスクが左右に広がるのを確認する。この子が笑った証拠だ。

 しかし信号越しの青く広がり晴れ渡る空を指したのだが、どうやら彼女には伝わらなかったらしい。


 なので高くも無ければ低くも無い、中性的な声による問い掛けに車椅子を押しながら答える。


「今日は (きずな)の嫌いな英語の小テストがあったなーって思ってさ」


 こちらを見上げる表情がマスク越しでも読めるくらいには苦悩したそれに変化する、先程もそうだし常々思うが顔を隠していても心中の分かりやすい奴だ。

 素直は美徳だと思うがね、分かり易すぎるのもこう言う時に考えものだとも思うよ。


「『うへぇ』『必死に忘れようとしてたことをわざわざ言うなんて』『繋はあれだね!』『好きな子に意地悪しちゃう系の男子だね!』『繋だけに系』『我ながら面白いこと言った!』」


「親父ギャグは総じて寒いと言う定説を知らんのか。つまりお前は今、盛大に滑っているんだぞ」


 例外もあるけれど、無論長い付き合いの彼女には分かり切っていた顛末なのか、詰まらなそうに目を細めて前へ向き直る。


「『繋は詰まらないなぁ』『偶然の産物とは言え面白いと思ったんだけどなー』」


 竦めた肩に合わせてひょいっとパペットの腕を横に動かす。微塵もそんなこと思ってないくせに、良くもまぁ言えたものだ。

 そんな平和な花園に強い毒性を持った蜂を投入されたような声音で言われても、英語の小テストはなくならないぞ。


「例によって予習はしてないんでしょ?」


 これは別に顔を背けられても、何なら黙ってても構わない類の疑問だった。昨日の夜速攻で寝息を立ててたのを真っ先に聞いたのは僕だからだ。


「『繋が教えてくれるから余裕だよ』『ボクらは一連托生だからね!』」


 フフン、と鼻を鳴らして胸を張ろうとするが僕がそれを肩に手を置くことで制してやる。


「或いは悪魔との相乗り、またの名を道連れ」


「『やれやれ』『繋ってば』『良くもまぁそんなツラツラとボクを傷付けるねぇ』『ボクを救ってくれる甘々でねちょねちょな台詞をくんかくんかして待ってるのに!』」


「今か今かみたいに匂い嗅がれてもね……事実として話してる以上、嘘は吐けない」


 君を除いてはね。


「『どうでも良いけど』『オートクチュールってエロくない?』」


「本当にどうでも良いな」


 そしてこれまた付き合いの長い僕には分かるぞ、巧妙に話しをテストから遠ざけようとしてるね。絆がパペットの顔を小さな手で潰すように覆っているのが何よりの証拠だ。顔を見ないでも分かる、きっと渋面だ。


 残念だがこればかりは真実だし、彼女も思うところがあるのだろう、頭頂部と肩越しだけだがここから先の抵抗を諦めたのかその肩を落とす仕草が見て取れた。


「『ボクは繋とこんなアンニュイな話題で盛り上がりたくはないよ!』『もっと明るいテーマを要求するね!』」


 おっと、今度は僕が充満する番のようだ。

 明るいテーマねぇ……。四六時中行動を共にしている以上時事ネタとか雑学以外で話すネタも尽きているから、そんなことを鼻息荒く求められても返答に窮するってものだ。


 僕自身根が暗いのは認めている。その上で突然「暇だから何か話して」みたいな、しれっと面白く滑らない話しを要求されると悩むね。


「悪いけど絆に話すようなことはないよ」


「『ちょっと』『それ本気で言ってるの?』」


「本気で言ってたらこうして毎朝車椅子押してないでしょ」


 それから一拍空けて。


「『エヘヘヘヘ』」


「エヘヘヘヘ」


 なんて言うオードリー風味の仲良し加減を、わざわざ顔を見合わせ少し反り返りながらのたまった。うん、このノリ悪くない。


「『ところで繋』『今日のご予定は?』」


 それでも話しをテストから遠ざけようとするこの子には困ったものだと思いつつ、容認してしまう自分もまた困ったものだ。

 またあの人に僕の監督不行き届きを遠回しに責められる未来が見える、僕も好きじゃないが絆の英語嫌いはそれだけ深刻で露骨なのだ。


「今日はいつも通り帰るけど、ちょいと別件で寄り道するよ」


「『ほほう!』『寄り道とな』『何さ繋!』『それは迂遠な言葉で誤魔化した所謂デートのお誘いだったり?』『駄目よ』『駄目駄目!』『ボク今日は勝負下着じゃないから後日ね!』」


「たまに絆の脳内が快適過ぎて不安になるよ」


 そんなに内地に行きたいのか、球筋に出てるぜ。と言うか、毎朝服を着せてるのは誰だと思ってるのさ、一度もそんな下着の指名を受けた試しはないぞ。言ってないだけかもだけど。


 ちなみに今日の絆のパンティーは橙色だよ。先に言い訳しておくと、着せている僕の趣味とかじゃないからね、絆は曜日で下着の色を決めるのだ。

 今日は木曜日だから橙色、明日はピンクみたいに決めていたりする。それもそのはず、下半身不随の絆は自分で着替えをすることが半分程出来ない。


 背もたれが無ければ上体を起こしたままにするのも覚束ないため、着替えられるのは上着だけ。だからブラやらは自分で着けてもらい、動けない下半身は毎朝僕が担当することとなってからは、着替えの簡略化も兼ねて曜日で決めるようになった。


 以上、結局曜日で下着の色を決めた答えにならないだけでなく、途中から話しがすっ飛んだのかと誤認してしまいそうになるが、安心して欲しい、僕自身未だに理解出来てない。

 そもそも僕は誰に言い訳しているんだろうか。絆かな……それとも、絆?


「今日はちょっと特別な日だからね。ケーキを買って帰ろう」


「『えー?』『今日って記念日か何かあったっけ?』『サラダ?』」


 突然懐かしいネタぶっ込んで来るねぇチミは。サラダ記念日を知る同学年が果たして何人居るのか気になるところではあるけれど、違うから。


「絆は今日のテストを頑張ったら、好きなケーキ買ってあげるよ」


「『マジで!?』『何よちょっともー』『繋ったらボクに黙って突然デレないでよ!』『いつそんな許可出したのさ!』」


 僕はお前の何なのかが気になって夜から朝方までぐっすり眠れそうではあるけれど、ひとまずはキャラブレてるからね。

 そのテンションで今から「ガッコウ」へ向かったらまず間違いなく二度見されるからね、そのまま僕の方を訝しむように「センセイ」が睨むまである。


「だからまぁ、取り敢えずは今日を乗り切ろうか」


 カラカラと回る車輪が向かっていた先は、純然なまでの白い巨塔。

 横にも縦にも大きな白色建造物、その周りはここまでの道中目にしていた緑生い茂る木々が立ち並び、そして本来病人を相手にするはずのそこへ、今日も僕らは向かっていた。


 その入り口で待つセンセイに軽く手を振り、僕らに気づいたのをきっかけに振り返してくれる。


「『センセーイ!』『おはよー!』」


 絆も声を張ってセンセイにパペットを嵌めた方の手で大きく振るけれど、さっきからパサパサと鼻先を掠めてるのはわざとなのか、それとも偶然なのか。

 答えが分からないので怒ることも出来ないまま到着した僕は、頭を下げた。


「今日も一日、よろしくお願いします」


 茶色がかった髪、センセイ(ナース)らしい白い制服に「駒田(こまだ)」と書かれた名札、今日はこの人、か。ちょっと安心。


 ──帰りはいつも通りの時間で良いの?


 僕を見ているようでその実、全然あらぬ方へ向けた瞳と共に問われる。構わず答える。


「はい。僕の方はこれまたいつも通り予定がないので、真っ直ぐ迎えに来ます」


 了解、じゃあまた後でね。


 そんな短いやり取りの末、絆をセンセイに託して車椅子の前まで回り、同じ目線になるよう腰を屈める。


「それじゃ、また後でね。学校が終わったら迎えに来るから」


「『ケーキ!』『忘れないでよね!』」


 短い黒髪を揺らして笑っているように見える絆は、ずいっとパペットを僕の頬に押し付ける。


 本人曰く行って来ますのチューのつもりらしいが、僕はこの熊のパペットに対して興奮するフェチズムを持ち合わせていないため、ただ笑顔で返す。


 腰を上げて後ろで待機してくれているセンセイにもう一度頭を下げて、まだ診療時間ではない ガッコウ(病院)内へと車椅子を押して行くセンセイの後ろ姿が見えなくなるまで眺めた。

 後頭部を掻き、僕は僕で自分の学校を目指すため今来た道を辿るように歩いて行く。


 ────篠崎(しのざき)絆がこうなってしまってから、それなりの時間が経過したなーと今では思う。

 あの子の車椅子を押して、この春を迎えたのは何回目だろうかとも重ねて。


 僕のためにこんな目に遭ってしまった彼女への罪悪感が、歳を重ねるようにのし掛かって来る。その都度吐き気を催すような自己嫌悪に陥ってしまうが、何とか冷や汗を垂らしつつもこの思いを胸の奥に仕舞うことに成功して、一人嘆息。

 どうやらここ数年で会得したのは絆の車椅子を押す気持ちだけではないらしい。


 だけど忘れてはならない。

 歩けなくなり、自らの口を封じて人形を介してしか喋れなくなったこの子の未来は、そうしてしまった僕が約束する。

 毎度のことながら決意を新たに、踵を返して僕は僕で自分の学校へと足を運んだ。

繋と絆のしっちゃかショートラジオ


02

「『特技/ハライチ』」



絆「『やっほー!』『皆大好き』『メインパーソナリティの篠崎絆ちゃんだよ!』『身長一四八cm!』『体重四七kgの七月七日と七夕産まれ!』『今年で一六歳でーす!』『横ピース!』」


繋「はいどうも、初めまして。同じくパーソナリティの藍原繋です。身長は一六八cmで、体重は五二kg、誕生日は無しで今年一七歳の男です」


絆「『繋と絆のしっちゃかラジオ』『このラジオ番組は』『ビジュアルアー○』『ブ○ロード』『タブリエ……』」


繋「それ実在するラジオの提供だからやめなさい。えぇっと……このラジオは、章を跨ぐ際に放送されるショート番組となっております、初回で緊張してるけど、今後ともよろしくお願いします」


絆「『はてさて!』『本作の主人公でありボクの愛する繋だけど』『実は作品公開してからも趣味が無記入のままお話しが進んだって聞いたよ?』」


繋「初っ端からメタな発言だね……確かに僕、弱いと言われておきながら実は強い系の主人公とかお構い無しに何も特技らしいものがないからね」


絆「『繋はあれ得意じゃなかったっけ』『カラオケ』」


繋「あれは得意とは言わないでしょ、世の中には一〇〇点とか余裕で出す人いるし、そもそも小説じゃ伝わらない特技だわ」


絆「『繋も中々にメタいね……』『じゃああれだ』『特定の人間に対してだけ透明になれなかったっけ?』」


繋「もう世界線違うし超能力になったよそれ。当然そんな中途半端な能力はない」


絆「『念写』」


繋「人を見ただけで透過して下着を履いた写真は作れないし、もうシャーロットの世界線はどこかに置いといて?」


絆「『小籔千豊』」


繋「美容院に行ったらついうたた寝しちゃいましてですね、起きたらこんな木村カエラみたいな髪型になってました」


絆「『松本人志』」


繋「めっちゃダウンタウンやっちゅーに」


絆「『さまぁ〜ず』」


繋「喋れよ!」


絆「『板尾創路』」


繋「うんもう特技関係なくなっちゃった」

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