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06 幼馴染

 結局、嗣平はその日も小山内にハンカチを渡すことができなかった。

 まだ痛む頭を目をつぶってこらえていると、なんとか放課後を迎え、ようやく一仕事終えたような気分になってくる。

 小山内の周囲には依然として人が集まっている。遠くから数えてみると、10人ちょいといったところか。その中に突っ込んでいって「はいこれ」とハンカチを渡しに行くような、そのあとに待ち受けているであろうヒソヒソ話を何食わぬ顔でスルーするような、そんな度胸は嗣平にはない。

 それを否定したいがためにもったいぶった理由を探すと案外転がっているもので、やれ頭が痛いだの、やれ今日は他に約束があるだの、そんな風にぐるぐると考えていると、嫌気がさしてきて結局やめた。

 輪の外にいる嗣平の肩に、後ろから和也が手をのせた。

「おーい。廊下で奥さんがお呼びよー」

「意味わかんねーよ」

 廊下のほうをを見ると、奏が教室をひょっこりと覗き込んでいる。

 嗣平は席を立った。

「あ、いたいた。帰ってないでよかったよ」

「おう。どうした」

「ほら。これなーんだ」

 奏は何かを嗣平の顔の前でプラプラと揺らしている。

 アメリカンなキャラクターがカギと一緒に踊っているように見えた。

 自分の家のカギだった。

「あ! どこにあったそれ?」

「調理室に落ちてたよ」

「いやあ、わりいわりい。今日はホントにスマンスマン」

 手を合わせて、拝む嗣平。

「じゃあ、後でおごってね」

「おう。そのくらいだったらどんとこいだ」

 奏は笑って、それから視線を人の群れへ向けた。

「あれ? なんの集い?」

「ん? ああ、転校生だよ」

「ああ。何か言ってたね。ウチのクラスでも何か噂してる人いたなあ」

 人の群れが少し広がった。その広がった隙間から、嗣平の目に転校生の顔が写った。人差し指をさして、

「ほら、けっこう美人だろ」

 嗣平がそう言って奏のほうを見ると、奏は目を見開いて、口元がわなわなと震えていた。目じりが薄っすらと滲んでいる。

「お、おい。どうした」

「え。あれ。うそ……」

 奏は教室に足を踏み入れると、ぐいぐいと人ごみをかき分け、その中心に進んでいく。嗣平はその足取りの尋常のなさに、慌てて追いかける。

「おい、奏? 何だよ急に!」

 先々の生徒たちは進んでいく奏の道を自然に作るように退いていった。皆が「どうしたどうした」といった表情で、奏が通り過ぎた後もその姿を目で追っていく。

 奏が中心に到達すると、その一帯の会話が止んだ。

 小山内がその存在に気が付く。座ったまま、顔を見上げる。

 奏と小山内が顔を見合わせて、無言の間が出来た。

 そして、その静寂を破って口を開いたのは小山内柚瑠だった。

「かなで……ちゃん?」

 

 * * * 


 海田奏と小山内柚瑠は幼馴染だった。

 柚瑠が転校する前は幼馴染だったし、転校した後でも幼馴染だと思っている。

 おんなじバスに乗って一緒の幼稚園にも通ったし、1人のピアノの先生に習った。家族といってもいいくらいだったとすら思っている。

 だから、別れの時には、二人は一生懸命に泣いた。

 

 今二人は、バドミントン部の部室の前で積もる話を一つずつ消化している。

 そして、嗣平は和也と遠くからその光景を眺めていた。窓越しに見る二人は、長年離れ離れになっていたようには見えない。

 奏の「つぐちゃんは向こう言ってて」という言葉を尊重して、西1棟からその姿を確認していた。別に嗣平がそうしたかったからではない。

 本人はこう思っていた。

「俺、もう帰っていいかな」

「ダメダメ! 正妻対決二大巨頭の大決戦は見届けなければ!」

 和也が興味津々だったのである。

 和也が茶化すが、嗣平はどうも怒る気にもならなかった。

 反応がないことにため息をついて、和也は、

「今日はダメな日だねあんた」

「なんだよそれ。つーか奏もそんなんじゃないし、小山内さんだって男いるんだろうよ」

「ばかだなあ君は。実にばかだ」

「何がだよ」

「よし、わからないな」

「当たり前だろ」

「じゃあ、今日もうちにおいで」

 特に用事もないので、嗣平は首を縦に振った。

「よし、じゃああんたのお望み通り帰ろうか」

 二人は昇降口に向かっていった。

 角を曲がるとき、小山内柚瑠がこちらを見ていたのを、和也は見落とさなかった。


 * * * 

 

 結局、その日もまたアルコールが振舞われた。

 和也は、「今日はおかん帰ってこないかへーき」とけらけら笑い、嗣平と二人で飲んでいた。

 嗣平はあらかじめ、母親に和也の家に泊まることを伝えた。そしたら「あんた、後でお父さんに怒ってもらうからね」というメールが2通も送られてきた。一つは母親からで、もう一つは妹から。

 今、父親は単身赴任で、関西にいる。先月から荷物を送って、そちらで仕事をしている。

 家には母親と妹と嗣平の三人である。だからどうしたという話でしかない。嗣平は別段自分がいないことで起こる始末には考えが及ばない。

 今が楽しくなければ、高校生ではない。そう思っている。


 午後11時を回り、和也は熟睡モードに入っていた。

「ったく、こいつは」

 やはり同じ酒を飲めば、自分のほうがましだったじゃないか。昨日のアレは自分のせいではなく、飲み物のせいだったのだ、と嗣平は一人自分を慰める。

 和也と保が言っていたのは、問題はヤケになって飲んでいた自分にあるということだった。そんなことはないと思う。そんなに飲んだ覚えはないし、あいつらの記憶違いだろう。

 和也の母親は今日は来ない。嗣平は自分の親のことが頭の片隅に浮かんだ。

 親父もこうしてお酒でも飲んで気を紛らわしているのだろうか。

 一人、嗣平は父親のことを考えていると、少し夜風を浴びたくなった。窓に近寄ろうとして、

 そして、気が付いた。

 窓に何かが当たっている音がする。

 雹でも降ってきたのだろうか。技術が進んでも、天気予報も案外あてにならない者だなと思いながら窓を開ける。

 小さな石ころが嗣平のでこに当たった。

 雨も雹も降っていない。月の灯りに照らされて、下に人影が出来ているのに嗣平は気が付いた。

 嗣平のでこを抑える姿を見て、その男は笑った。

「よお」

 スーツ姿で、髪をきっちりとオールバックで決めて、そして、コンビニの袋をぶら下げていた。

 昨日、自販機の前で合ったおじさんだった。

 

 * * * 


「何でここにいるってわかったんですか」

 二人は近くにある第二公園に向かって歩いている。

 ほろ酔いの嗣平は、自分の恐怖心を軽減しようとするのではなく、純粋な興味心から尋ねた。

「尾行してたんだ」

「うわー。つまんなー。もっと、国防軍のハイテクメカとか、魔法とかじゃないんすかー」

「嘘、嘘。当然嘘だ。君じゃないんだから。つーか、尾行も突っ込みどころだろ」

 おじさんは笑う。嗣平もそれにつられて笑った。

「こことはちょっとした知り合いでな。だから、お前のことを聞いて。あ、あの子だ! ってなわけだ」

「へえー」

 嗣平は制服のポケットにある針のことを思い出して、手を突っ込む。

 すると、おっさんは

「いや。それはやっぱりお前が持っててくれ」

 見てもいないのになぜわかるのだろうと嗣平は思ったが、気にしないことにした。

「え。いいんですか」

「ちょっと今受け取れない理由が出来たから」

「べつにいいですけど」

 嗣平に、疑問が生じた。

「あれ? じゃあ、何で来たんすか?」

「お礼にいいこと教えてやろうと思って」

 嬉しそうに口からニコチンを摂取するおっさん。

「いいことって何すか。エロ本の山とか、南のスパイの活動拠点とか?」

「お、いい線いってんな。まあ、それは行ってのお楽しみ」

「ええ~。そりゃあないっすよ」

「ははは。ガキにゃあ早い早い」

 そう言って、嗣平の顔に煙を吹きかける。むせる嗣平を尻目におじさんはニヤニヤとしている。

 水を手渡された嗣平は、それを一口飲んだ。おじさんは続ける。

「明後日の夜10時、千馬駅の階段下のロッカー。そこでいいものが見れるぞ」

 ようやく落ち着いて、嗣平は聞く。

「なんすかそれー」

「いっちゃあ台無しだろ」

 ぶー垂れる高校生。スーツ姿のおっさんは、しょうがなく妥協案を提示した。

「よし。わかった。じゃあ、なんでも一つ質問に答えてやろう! どうだ?」

 おじさんは自信ありげに、嗣平に問う。

「何がいい?」

「名前」

 聞き間違いかと思って、もう一度同じ問いをしても、同じ答えが返ってきた。

「おじさんの名前、教えて」

 おじさんは逡巡している。酔っている嗣平の目にも明らかだった。

 少しずつ嗣平には酔いが回ってきたのか、ぼんやりとしてきた。

 ま、いいかって聞こえたような気がしたが、気のせいだと思った。

「若槻だ」

「わかつきぃ~?」

「おう」

 わかつきわかつきと、リズミカルにぶつぶつぼやく嗣平。

 それを見ているおじさんこと若槻は、悪魔のような笑みを浮かべている。

「ま、ゆっくりしな。今くらいは……な」

 それを最後に、嗣平は意識を失った。

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