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ラストエイジ raison d'être  作者: 圷 啓
Prologue 新
37/45

Prologue 4月9日①

前日譚。


 避難訓練がある。

 その訓練は、正式名称を『第四防衛線緊急対応訓練あ号』という。


 どこにでもあるありふれた日常だったはずである。

 拡音器が破裂せんばかりに唸り声を上げている。ここまではいい。

 しかし、今年は強烈だった。

 耳が痛いのか、教師までもが苦虫をつぶした表情で耳に手を当てていた。生徒はさらに居たたまれない。サイレンはこすれるような異音を時折なじませる。明らかに例年と異なる事態に誰もがうんざりとしていた。

 それがゆえか。

 越境を狙う難民のように、校舎内から生徒がグラウンドへと殺到していた。


 この異音の発生源――放送担当に検討をつけるならば、それはおそらく志村だ。

 奴にしてみれば、してやったりといったところだろうか。

 サイレンはいまだ鳴りやまず、それが故に一つの疑問に突き当たる。

 制限時間。

 訓練である以上は、時間目標にも設定があるのだという。

 放送が開始されてから4分以内であれば「優」。6分半なら「良」、それ以下は「不可」。確かそんなところだ。ただしこれはあくまで噂話に過ぎない。が、幾人かの語る数値にはある程度の共通性が見られ、嗣平つぐひらがそれをある程度妥当なものだと見なすのには十分な理由となりえそうだった。

 評価に関わる。となれば、教師にとっても死活問題に違いないのに。

 嗣平は時計の横にあるサイレンを見上げた。

 何か、異変が生じている。


 それからさらに5分が経過した。

「以上を、持って、訓練を、終了、いたし、ます」

 ぷつり。

 校長の挨拶も短かに、ノイズに乗った放送が途絶えた。

 それは3年1組の避難場所、グラウンド端の木陰にも勿論聞こえている。

 ニヤケ面の男がいる。

 渋い顔の男がいる。

 心ここにあらずの男もいる。

 そして、ニヤケ面男・富田とみたたもつは渋い顔に尋ねた。

「で、今何分たったよ? 和也」

 高杉たかすぎ和也かずやは神妙な面持ちで腕時計をのぞきんだ。天を仰ぎ、何かを一度唱え始める。はーらーはんにゃーえろいむえっさいむなむみょうほうれんげーきょー、あーめん。

 それから、大きく広げた両手をパンと打ち鳴らした。

 それを合図として、それまでの喧騒が嘘のように静まり返った。

「今、時は来た」

 誰しもが和也の次なる言葉を待っている。視線が注がれ、固唾を飲む喉の鳴き音が周囲からあふれ出し、

 そして、ついに、その口がゆっくりと開かれた。


「なんと……なんと! 10分だあああああああああああ!」


 その瞬間、一部から歓声が轟き、一部で炭酸の抜けたような声が響いた。

 勝者と敗者の誕生だった。


***


「いやあ、傑作傑作」

 三人。

 杉内嗣平すぎうちつぐひら高杉たかすぎ和也かずや富田とみたたもつはその賭けに勝利した。


 毎年始業日から2日後――登校3日目に行われる「空襲訓練」。どの学校でも行われるこの行事はその学校の特色がよく現われている。この橘台高等学校においては、それは毎年恒例の「最初の祭り」であり、裏では隠れ賭博の盛り場と化していた。とりわけ、半ば強制的に乗らされる新入生は悲惨なもので、前年の新入生――上級生となった2年生はここぞとばかりに前年の恨みを晴らしに晴らす。入学後に一文無しになる生徒が続出。すると、カーストが急速に発達し、先輩は殿様、最上級生は神様としての地位を獲得するに至るのだった。

 運動部において、その傾向は顕著である。非公式な統計によれば、2年生の学校生活における満足度が10%向上、3年生に至っては38%向上した年も存在しているらしい。

 まあ、それは運動部に加入している生徒の話である。

 三人――杉内嗣平、高杉和也、富田保はその埒外にいる。

 

 室内には犯罪的な金の匂いが充満している。

 ジャラジャラと硬貨の群れに手を突っ込み、和也はにんまりと表情を緩めた。

「で、保。総額いくらよー?」

 茹ったような和也の声に対して、保は表情一つ変えず冷静に、

「5桁超えた」

「……マジ?」

「マジ」

 掛け金は一口500から。それに人数分を乗じた分の額が自分たちの手元にそろっている。確か「集結の時間」の参加者は60を超えていた。だから、

「ふっ。まるもーけまるもーけ。ふふふふふ」

 そういう風になるのもよくわかる。

 和也はおもむろに椅子から立ち上がると満足げに頷き、せわしなくぐるぐるし始める。ずしずしと入口に歩いていく。「緊急会議中立ち入り禁止」の札が垂れ下がった軽音楽部室の戸を開けた。

 ガラリ。

「やった――――――――――――――――――!!」

 ぴしゃり。

 それから鍵をかけなおすと、和也は二人にくるりと向きかえり宣言をした。

「それでは、祝勝会―――――――――――――!!」


 ジジジとなる薄暗い蛍光灯、落書きを隠したポスターまみれの壁、呼吸をするたびに軋むパイプ椅子。妊娠しそうな男臭いがする部室に、締め切った窓。

 嗣平は思案していた。

 嗣平の目の前ではいつもの光景が広がっている。

「俺パス」

「だからなぜに!?」

 和也の拳が、机を打ち鳴らした。

「今日デート」

「違うでしょ?」

「俺パス」

「だからなぜに!?」

「今日デート」

「NO!」

「違わない。今日デート」

 もはや親の顔より見慣れたと言ってもいいやり取りだ。

 嗣平は辟易として欠伸をついた。

 一方の和也は血眼である。

「間違ってるよ保! 今日は祝勝会だ!」

「間違ってないよ和也。今日はデート」

「でも」

「でもじゃない」

 それでも「打ち上げをやる」と和也が口にした以上、本人の中で意地がある。少なくとも、他人への配慮をするようなやつとは程遠い。逃げる馬を追いかけるカウボーイの攻防がふと想起される。

 でもまあ無理だろう、と嗣平は思った。

 それから数秒で、勝敗は決した。

「おし。じゃあな。嗣平」

 保の挨拶はやけにあっさりとしたものだった。

 ――ああ、やっぱりな。

 一応、返事をしてやる事を決めた。

「おう。仲良くエイズにでもなれ」

「うるせえ。部屋にこもって一人でマスかいてろ」

 お互い無言で笑みを浮かべる。

 そして、保は浮かれ足だって、部室からその姿を消した。

 嗣平は嘆息した。


 力関係は概ね、保≧和也といったところなのだ。

 普段通り退屈で陳腐な出来事が続く。そう思える。

 だから、密閉された負の空気を断ち切ろうとでもしたのかもしれない。

 しばらく机に張り付いていた和也が、突如生き返った。

 つかつかと窓辺に歩み寄ると、ガラリと窓を開けた。そのままグラウンドを眺め始める。時折人差し指で、サッカー部の青木やら新井やら相川と追いかけっこを初めては中断する。

 なにやってんだこいつ。

 とは思うものの、しかし、傍目には普段と変わる点は雲一つない。

 そして、しばらく押し黙っていた和也が、ぽつりと、

「しっかしなんだよなあ保の奴」

 嗣平はしばし無言でいた。和也の次の言葉。

「男の友情より女を取るとは風上にも置けんやつだ」

 さすがにそれは言いがかりもいいとこだろう。

 一部嗣平にも意見の一致を得る部分はある。確かに昨年から保の付き合いは悪くなった。でもだからと言ってなおざりな態度をとっているわけではない。今日だって別にもっと早くに帰れたはずだ。部室によらずに。

 だから、

「――別に、人それぞれだろ」

 そんな言葉が口をついていた。

 しかし意外な言葉が嗣平の耳をついた。

「いやね、俺としては保の方は心配してないんだな」

 心配? 和也が他人の?

 珍しいこともあるもんだ。しかもその対象が保以外となると嗣平としては実に興味が湧いてくる。何となく想像がつかないその人物に検討をつけ一人を選ぶ。

 話の流れから第一候補を決める。

「じゃあ」

 保の彼女の方?

 嗣平がそう口を開きかけたそのとき、和也は唐突に、


 人差し指。


「お前」

 真剣な表情の和也がいた。

 嗣平はその指が己へ向けてだとややあって認識する。その眉が浮き上がる。


 俺?


 今度は怪訝そうに眉根をしかめた。

 和也は言葉を続ける。

「なんか元気ないよな。うん、間違いなく元気ない。なんで?」

 言ってる意味がよくわからない。

 言葉を探すが見つからない。申し開きをする理由も見当がつかない。

 だから嗣平は、

「なんで、っていわれても、別にそんなことは……」

 和也は先ほどまでが嘘のように落ち着き払っている。

「うーん。昨日何かあったなあ?」

「別に何もないよ」

 探してみるが本当に何もない。

「お前は溜め込むタイプだからなあ。お兄さん心配」

「だれがお兄さんだ誰が。本当に何もないんだって」

 絞り出してみるが勿論本当に何もない。

「じゃあ、明日なんかあるな」

 和也は人差し指を明日の方角へ向けて、満足げに頷いた。

 さて、今度は未来予知ときた。

 付き合いきれない。

 そう思って視線をそらすと、嗣平の視界にお金が入り込んできた。今日の勝ち金だ。そこで一つ話を変えようと思い立って疑問をぶつける。

「あ、あのさ! そういえばさ」

「お?」

 ややあって和也は人差し指をしまいグッドの形へ変えた。

「いいねー。未来が見えたか」

「だから、それはもういいから。俺が聞きたいのは、お前、何で今日訓練が失敗するって思ったんだ? おかしいだろ。10分なんて時間、訓練でかかってたら担当の減給は間違いなしだぜ」

 そう。

 本日の顛末について語るのは簡単な話だ。

 決まった時間に決まった放送が流れ、後は避難経路に生徒を誘導し、決まった文句で校長の話が放送されるとそこで魂胆見え見えの訓練は終了する。それで毎年無事に5分かそこらで決着がつくのが相場だ。

 しかしそうはいかなかった。ただ定型通りに終わるはずが、何を持って「10分」という不自然な時間となったのか。

 発端として、そもそもが妙なのだ。

 今回の賭けに関して、和也は予め魂胆がありそうな口ぶりで二人を誘い出した。例年どちらかというと保と嗣平自身の方がこの企画には乗り気なのに。

 だから、何を理由としてその結論へといたったのか――いや、正しく言えば、なにを持ってその結論へと導いたのか。

 その事が、脳みそで妙に引っ掛かっていたのだ。


***


 まさかそんな反応でくるとは思ってもみなかった。


「お前、やるな」

 そんなことを和也かずやに言われたのは初めてだった。口からこぼれたような言葉に聞こえた。

「それが、引っかかってたのか」

 そう言って、和也は絡んだ糸の在処を突き止めたような表情をした。

「それなら、話せば長いが、簡潔に教えてしんぜよう」

「た、頼む」

「つぐ、『第四防衛線緊急対応訓練あ号』の回線、知ってる?」

 あてずっぽうに答える。

「普通の回線じゃないの?」

 和也は肯いた。

「うん。よし。じゃあ、普通の回線って何本あるか知ってる?」

 嗣平つぐひらはそれは知らない。何となく頭の中にへんてこなジオラマが浮かぶ。アンテナがあって、見えない通信網があって、出力系がある。だが、そこに何本割り当てられているのか、正直見当がつかない。

 無言の嗣平に、和也が「わかった」という表情をした。

「まあ、俺も実は知らない。でも見当はつけられる。だからこれは推測。多分、学校で割り当てられているのは、主に校内放送で生徒も使えるA、緊急時のみに資格を持つ教員が使えるB、今日みたいな訓練などで使うC、そして軍だけが使用できるD」

 順を追って、ジオラマに4つの回線がつながった。

「なんとなく理解はできる」

「だろ?」

「じゃあ、和也は今日それで言えばCのところに小細工を仕掛けたのか?」

 和也は眼前に両手で大きく「×」を作った。嗣平は和也の言いたいことがよくわからない。だから、

「じゃあさ、何やったんだよ和也」

「さっきのは、あくまで通常の人ならそのルートを辿るよ、というお話。おれがやったのはシンプルに足が付きにくいの。嗣平にもできるよ」

「じゃあ何だ。バリケード封鎖でもしたのか?」

 今度は「〇」だ。そして、

「それもある。でもそれだけだと?」

「――そもそも、設置する時間がない」

「まあそうね。だとしたら、いくつか選択肢を組み合わせる必要、ない?」

 

 頭がこんがらがってきた。

 嗣平は目をつぶって唸りだした。そう言われてみれば、何やら放送に妙な違和感があった……ようななかったような。記憶が改ざんされているかもしれない。

 最初の前提が不安定さを増す。それにつれて和也の言葉は鋭意さを増し始める――別に二つに因果関係にないのに、そう感じられた。訳が分からなくなってくる。

 しかもその上、和也はさらに一方的にしゃべりまくりたてた。

「だから、まずはさっき言ったCの回線は使用するとばれるのね」

「志村も馬鹿じゃない。放送担当の志村教師は実に厭味ったらしいやつだとつぐも知ってのとおりよね。だから奴は時間きっちりにやると踏んだ。生徒を恐怖に駆り立て、軍隊みたいにきびきび動かし、いい評価を貰おうとした筈だと睨んだわけ。だから音量が馬鹿みたいにでかかったんだと思う。いやじゃん? うるさいの」

「あと、教員側にも協力という態で、いろいろ言ったんじゃないかな。それこそ事前に秒単位で指定していたとか。放送の時間を職員室かなんかで」

「そのことに確信がいったのは2限の現国。しきりに時計を観た後に、現国担当の山ちゃん、言ったよな。『今日はそういえば訓練の日だな。気を付けないとだめだぞ』って。山ちゃんそんなこと言うタイプじゃないのに」

「今までが、俺が思った、志村がCに対して絶対に注意を払っている理由」

「そこで次の手だ。これは、わたくし和也も意外なことだったんだけど、実はそれ以前の問題がこの回線には潜んでいたのだ」

 ようやくの事で、嗣平が口をはさんだ。

「な、なにが?」

 笑みが一層深くなるのを嗣平は見逃さなかった。

「よくぞ聞いた! 実は先ほどの話の外側――つまり、新たな回線『X』が増設可能だったのだ!」

 だから――何なの?

 新たな回線? 『X』? さっきまでの『C』は?

 そんな嗣平の表情を気にも留めず、和也は吠えた。

「『C』は罠が張り巡らされている。そして、新回線『X』の持つ、とある効用に、ものすごい可能性が秘められていたのだ! そして俺は、その現象を最初に用いて、それから、二つ目の策としてバリケードをあらかじめ設置しておいてその方向へと誘導し、回り道をさせることに成功したのさ!」

 そして和也は言った。

「擬態さ」


 雪山で遭難するって、こんな感じなんだろうな、と嗣平は思った。

 もう着いていけない。頭がショートする。

 和也はそれでも説明をし尽くした。

「新回線は新たに開通した際に、自動で敵性を持たないか自動精査をし始める。今の設備って8年前から民間に解放され始めたじゃん? 知らない? まあいいや。で、通信だって、当然敵スパイの手にかからないとは限らない。あらかじめ対抗策が設置セットされてるはずだよな。検査もする。より深く精査もする。そして、その精査に引っかかった用に、『緊急時自動消滅作用』と、何よりも大事な『抗体性隔離措置』も備わっていると知ったのは俺も、つい最近」

 大きな手振り、大きな声。

 窓から漏れる声など気にも留めずに犯人は自供を続ける。

「要は『敵性因子』を検知したら、自動で排除しますよ。ダメだったら、ウイルスを流行パンデミックさせないため、自分を殺しますよ。という機能! ああ、なんて素晴らしい設計! お国のためなら何とやら!」

 自分で自分の肩を抱きしめている。サッカー部がゴールを決める。オウンゴール。悲鳴を上げている。

「こいつがミソなんだ。新回線を開通したのち、新回線そいつが自死をする状況に至った場合、そいつは『僕は死にます!』と高らかに宣言する! つまりそれが――」

 周囲に「こいつがオウンゴール男です」と、誰かが言った。

 そのとき、

「あ」

 何かがつながったような気がした。

 嗣平はふと気が付いて、

「それが、もしかして――」


「「サイレン」」


 声が被った。

 和也が笑みを浮かべた。

「だから、山ちゃん、めちゃくちゃ焦ってたでしょ?」

 そうだった。

 2限の現国。静かな室内。いきなりけたたましく鳴り響いたノイズまみれ・・・・・・の校内放送。そして、慌てまくっている教師山ちゃん。足を踏み外したような焦った表情。

 なぜかそのことは嗣平の目にもよく焼き付いている。

 でも、

「だったらさ」

「ん?」

「――サイレンは2度鳴った、そういうこと?」

「いや」

 くすりと笑った。

「『X』が鳴った時点で、『C』は停止。というか、優先度の問題で『緊急事態』で鳴らされたサイレンは、『訓練』に対して上級命令による書き換えを行う。ほら、実際に火事が起きているとき、わざわざ30分後に予定されている訓練なんかやらんでしょ? それと同じ。だからサイレンは1回」

 和也はペットボトルをバッグから取り出す。

 ぷはあ。

 一息に残りを飲み干しまた仕舞う。

「慌てめくわけだ。だっていきなり足元掬われるんだもん。そこに、あるはずのない通行止めだ。でもこれは先生にではなく生徒に。ジャージだの荷物だの、ホワイトボードだの荷物だの、ね。これで生徒が別ルートを通らざるを得ない。すると、校長の放送施設行きルートが逃れた生徒で通れなくなった。妨げて時間稼ぎ完了。10分たった」

 つまり、賭け事は初めから成立していなかったのだ。

「ただ大変だったわけよ。新回線内の指示系統を乗っ取るために対抗するんじゃなくて、一つ一つをチートして、目的地に到達しないとだから。だって対抗するとすぐに敵性検知するからね。だからだましだましでうまく設置できたら、そこでトリガーをわざと引いた。違う何者かが自分の姿かたちをしていたら、怖いもんね。いつの間にか『擬態』され、寄生され、そしたら最後、」

 わざと間をあけたのかつっかえたのかわからない。和也は一度息を吸って、

「もう、壊れて発狂するよね。やっぱり」

 それはもう冷酷な目だった。

 背筋が凍った。

 そんな嗣平に対して、最終的に和也は話をまとめ上げた。

「ま、あとは自動で新回線を閉鎖クロージャさせて終わり。相手が予め緻密な計画を立てれば立てるほどうまくはまる仕様さね」

 見事だと思った。

 しかし最後に一点だけ、ずっと脳裏をかすめていた疑問が嗣平の口から漏れた。

「でも」

「ん?」

「でも――おかしいだろ。賭けは前日閉めきりだったじゃん。どうして今日確信を持ったのに10分になるって賭けられたんだよ」

 おそらく、保がいたとして、したに違いない質問。

 しかし、和也はその質問を見え透いていたように、

「いくつかの選択肢があった。言ったろ。俺がやったのはシンプル。別に空き回線があるのもわかったけど、別に違うやり方もあった。例えば放送室を占拠するとか。でもこれはダメだな俺一人じゃ。お前ら巻き込んだらグルってばれてボッシュートされちゃうもんね賭け金。ま、でも『擬態』を試してみたかったってのが一番かな」

 もし、すべてこいつの言うとおりなら、と嗣平は思った。

 ――やはりこいつは、特別な人間なのだ。きっと。

 そう思うと、言葉を口にする気力がついばまれた。

 だからその代わりに笑って見せた。

 すると言葉がイタチの最後っ屁よろしく、するっと嗣平の口から漏れ出た。


「おれ、トイレ」


***


 背中越しにこんな言葉を聞いた気がする。

 この後二人で祝勝会やるぞ。待ち合わせ場所、ここな


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