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28 見えること見えないこと その5 本当の理由

「ま、及第点ってとこだな」

 和也の前を通り過ぎる際、若槻はそう言った。連れて、奏とスーツ女が後を歩き、二人は空いている席に腰かけた。スーツ女はぐったりとうなだれ、奏の「大丈夫?」に対して「へいきへいき」と明らかに平気でない様子で返答する。

 その様子を確認すると、若槻はくすくすと笑う。

 モクが立ちあがった。

 空いているコップに水を灌ぐと、スーツ女に触れようかというほど近くへ置く。女は顔も上げずに呟いた。

「ろめんらさい……」

「いいからだまってろ」

 モクは、そのまま和也へアゴで何かを告げる。

「え? 何? え?」

 返事はない。

 若槻の声が代わりに聞こえる。

「で、どうよ。ちったあ満足か? 高杉のとこのぼっちゃんは」

「満足も何も、別に……」

「そうかい。まあいいや。こいつに一杯喰わせてやったしな」

 若槻はそう言うと、指で銃を形作り、「バン」と口でモクを撃った。

 和也はそおっとその方角を見てみる。あんまり見たくはないけど、見てみる。

 モクが小刻みに震えている……ように見える。ビビってるんならいいけど、あれは明らかに

「おこってるよな☆」

 若槻がウインクをしてくる。

 思考を読むなよ。

 すると、そんな若槻のニヤケ顔に向けて、パルメザンチーズの容器が飛ぶ。避けない。顔に着いた粉をぺろりと舐めて一言、「うん。うまい」の声がする。続けて、今度はタバスコの瓶が浮く。これはさすがにたまらないのか、重心を後ろへそらし、過去、顔のあった場所で瓶は手の中に納まっている。

 その後も飛んでくるものを避け、若槻は平然とした様子で、

「はらへったなあ。おい、飯ないのか飯。食べなきゃ仕事もはかどらんぞ。アフターファイブとしゃれ込もうじゃないの。それともそんなに厭が好きなら、厭でも食うか?」

「うっせえ! 死ね! 気持ち悪いこと言うな!」

 ガキの喧嘩みたいなやり取りが続いた。

 右にも左に、ものが飛び交う。

 和也もいい加減嫌気がさしてきた。最初は止めようか迷いもしたのだが、しまいにゃ「バカ。お前の母ちゃん胸毛濃い」だの、「バカって言う方が馬鹿。禁煙できない精神薄弱者。おまえなんか犬のうんこ踏んで電柱にぶつかれ」だの、身体がデカいだけ、中身は小学生のような二人が、悪口を言い合っている様は現代社会の闇と言うべきものに思える。

 後ろから何か聞こえた。

「……。……」

 か細い声が聞こえたほうへ和也は体を向ける。

「あいふらねえ……いつも……ばからんだよ……ばか」

 死にかけた鳥みたいな声のスーツ女が呟く言葉を聞き取れた。奏が背中をさすると、女は手でバッテンをつくる。さすらないでほしいらしい。あ、

「うおえ」

 女が吐いた。

 そんな光景を見ていた和也は、最後の思考へ行きつく。

「だれか、助けて……」


 * * * 


 要するに、あれは酒に呑まれたおっさんだと思えばいいらしい。

 テンという名前のスーツ女が吐きえづきだすと、あっさりと二人はケンカをやめ介抱を始めた。なにしろ使ったブツがアルコールと相性が抜群に良かったものらしく、若槻も申し訳なさそうな態度で謝ったところをみると、さすがにふざけてもいられない事態なのだろう。

 しかしそのくせ、若槻は適当に冷蔵庫を漁り、何を発見したのか、すごい表情をしてモクの元へ飛んできた。

 和也と奏は手持無沙汰に、足をそよがせ目を泳がせ、その様子を眺める。

 和也がつぶやく。

「ねえ、結局、あの女の人、何がどうなってるの?」

「わかんない。いつの間にかそばに来てた女の人に、あの若槻とかいう人か何かしたみたいで、いきなり腰砕けのほにゃららになってた」

 二人の会話が数度交わされているうちに、何やら今度はいい香りがやってきた。

「おい。お前らも食うか?」

「ええと、なにこれ」

 パッと見は面の種類的にパスタ。のはずだが、色が変だ。

 和也の疑問に、若槻は悪びれずに、

「なにって、焼きそばパスタだ。地味に上手い。さっと一振りパルメザンチーズ入り。ほら、喰って見ろ」

 無理やり口に突っ込まれたパスタ? を咀嚼。

 うん。けっこうイケる。

「じゃなくて、話はどうなったのさね!」

「お、ノリツッコミ」

「聞きたいなら話してやる」

 横からモクが声を割り込んだ。何やらひどく疲れたような表情をしている。それに対し若槻は無邪気なガキみたいに、

「えー話すの?」

「お前は黙ってろ」

「はいはい」

 若槻がしぶしぶ焼きそばパスタを持って「おーこれ焼けただれた厭の味がする」とかほざきながら空きテーブルに消える。

 奏には一切目もくれず、和也へモクは血走った目で、

「ところで、高杉和也。お前は自分の父親についてどれだけ知ってる?」

 いきなりの質問だった。しかし和也は案外すんなりと、

「研究者でおかんの離婚届けにいつまでたっても判を押さないけどお金はそこそこ送ってくれるふさふさ頭で決して禿げではないダンディ顔のコピ・ルアクが大好きな45歳」

「よく覚えてるねえ……」(←ドン引き)

「そうだ。だが、どこで働いているか。それが抜けてるよな」

 言われなくても分かっている。そんな表情の和也に向かって、モクは続ける。

「西だ。そしてだな」

 やっぱり。和也はそんなことを思う。

「本当はな、来年になったら、の話だったんだ。しかし、どうも様子がおかしい。というわけで、俺たちがここに来たことに繋がる」

「何やらさっぱりで」

「本来、お前が俺に聞いてきた杉内嗣平なんざどうでもいいんだ」

 奏がその発言にピクンとしたことなどお構いなしに、モクは和也へ、

「高杉和也に、西の方に来てもらうことになっている。これはお前の父、高杉信の強い要望だ。だから、これだけの人員を割いて、この街に来たのも、お前のためというわけだ。俺たちはいわば、さっき言った怪物退治と、お前の教育及び保護を目的にこの街へ来ている。杉内のためではないんだ。本当はお前の誕生日が過ぎてから接触するはずだったんだが」

 モクが指を指すと、あれ・・はずるずるパスタを吸いながら、「ん?」と返事をしてこちらを見た。

「あれが、何かやったらしい。お前、杉内がお前の家の帰り、あれと何度も接触してたって知らなかっただろ」

 確かに知らなかった。その割には様子は別に……

 その時、和也の記憶に、一瞬、小山内柚瑠の顔がよぎった。

 変だった。

 確かに、ちょくちょくおかしかった。それは小山内のせいだと思っていたが、

「あの野郎、全部台無しにしやがった。だから、杉内は今、我々に保護されている形になる。でも、まあ、それはいい。しかし、そこの横の海田奏まで巻き込んだのは完全にあれが悪い。とりあえず、代わりに謝っておこう。すまない」

 突如降ってわいた自分の話に、奏は少々あわてる。

「え? いやいや。そんな、勝手に首突っ込んでるの私だし」

「そう言ってもらえると助かるが、君に関しては、あまりこう、言うのもなんだが、あんまり首を突っ込まない方がいい。あいつも悲しむ」

「あいつ?」

「ああ、小山内の柚瑠の方だ。昔からの知り合いだということで、かなり気にしているみたいでな。だから、あんまり、できたら、なんといっていいか……」

 モクが何やらもごもごしだすと、その後ろから、

「つまり、仲良くしてやってくれというお兄さんからのお願い」

 若槻がもぐもぐしながら言った。続けて、

「あれも相当ぶきっちょだからダメダメ。なんか優等生気取ってるけどへぼへぼ。尻拭いしてやってるのはこっちの方だっつーわけ。おわかり? モクさん」

「ああ! わかったよ! お疲れさん! これでいいか!? 向こういってろ!」

「わかればよろしい。ところで」

 若槻は口のパスタを呑みほして、指を指す。

「あれ、いつまでああしておくんだ?」

 テンが、スーツ姿の女が、ひとり仲間外れにされていることをうじうじ嘆きながら、ビール瓶に手をかけていた。


 * * * 


「やっほー。やっほー。聞こえまーすかあ! よしよし」

 のそのそと大柄ガニ股でやってくるテン。

 おっさんみたいな絡み方。和也も奏も、もしテンと食事をするなら、絶対にアルコールを出さないようにしようと心の中で思う。

「お姉さんねえ。あ、おっさんかなあ。ぐふふふふ」

 ゆるりと伸びてきた手に一度は飲まれかけても、和也は身を引いて事なきを得る。

「ああ。ひどーい」

「ちょ。マジで絡まないでよ」

「いいじゃないの――ああ! 若い! 若いわ! うら若き乙女のにおいがプンプンする! ああ!」

 そう言いながら、今度は奏にダイブ。「ひ」と小さな悲鳴が上がる。

「コラ」

「ぐえ」

 ブラウスの襟を後ろからモクは掴んだ。

「お前、さすがにこれはアウト。罰金か懲罰。やられた分は構わん。しかし、その上飲んだのはアウト」

「いいもーんだ。どうせ行き遅れて部屋に段ボール積み重なりっぱなしの小じわまみれのババアは転勤続きで、ロクに彼氏もできないからって、それは誰かのせいじゃなくて、私のせいだもんねー。へー。いいもんだねー若いって、で、」 

 短い髪をぶんぶん横に揺らし、ぼさぼさ頭のままテンは、

「あんたら、つきあったんのか? ええ? 青春か?」

「ノー」

「ないです」

「あっそ」

 答えを聞くと急につまらなそうな顔で、眠そうに、

「まあ、生徒はあと一年だし、楽しめよ少年少女」

 フラフラのまま立ちあがり席を離れた。

 ぼーと見送っていた二人。その前にモクが来た。

「じゃあ、大体、話せるところは話した。まあ、お前の父親がどうしてお前をいまさら呼ぼうと思ったのか、その詳しい理由は知らんし、知ってても話せないだろう。ただ、お前は傍観者ではない。それは知っておいてくれ」

「はい。それはわかってる。でも、嗣平は」

「杉内のことなら心配しなくていい。その代り、お前らは杉内の前で今まで通り接してやれよ。向こうもそうしようとしてたんだろうから」

 和也も奏も嗣平に振る舞いを思い出してみる。

 確かにモクの言うとおりで、ぎこちないこともあったが、決してこちらに心配をかけさせるようなことはなかったと思う。

 二人は見合って、何故だかわからないが、同時に頷いた。

 和也が口を開く。

「それは、心配しないでいい。俺らもあいつには普通であってほしいから」

「それならいい。後は、全部こっちでやっておくから、今日はもう帰れ。あいつに送らせるから」

 モクが目配せをすると、若槻は外へ出ていった。

「あれに着いて行け。車で送らせる。じゃあな」

 話はそれで終わった。モクは立ちあがると、潰れたテンに向かい、後始末を始めた。

 和也と奏は若槻の後を追って、そのまま店を後にした。


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