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27 見えること見えないこと その4

「なんだお前。死にたいのか」

 腹の底をくぐもった、威嚇のように思える声がした。

 それでも、ドスを突きつけられた獲物のような目はしても、和也はモクにマウントを取り続ける。

「質問に答えてくれよ。あんたら、いったいなんなんだ」

「お前には関係ない話だ」

 当たり前のように即答された。めげない。

「知ってるんだろ。杉内嗣平。あいつ、どうして入院なんかしてたんだよ」

「しらん」

「いや知ってる」

「しらんったらしらん」

「見てたやつがいる」

 そう告げると和也はジャミングを切った。その代りに録音機を取り出して、いつでも再生できる体でモクへ問いただす。

 和也は一度息を呑む。

 遠くのタイルの上では、通信機が鳴いているのが聞こえる。

『こちらテン。モク。聞こえる? こちらテン。聞こえる? いきなり通じるようになったけど、これは何? 説明求ム。こちらテン……』

 虚しく響く音声など気にも留めないつもりか、モクはしつこく睨みを利かせ、それでも強情を張り、

「しらん」

 そんなわけないだろ。

 そう言いたい気持ちをこらえ、和也は質問を変えることにする。

「小山内柚瑠を知ってるはず」

「しらん」

「見た奴がいるんだって」

「何をだよ」

「あんたと小山内が一緒にいるの」

「しらん。だったら何だというんだ。失礼な奴だなお前は」

「認めるの?」

 いい加減に続く押し問答を嫌ってか、モクは目をそむけ、

「仮にそうだったとして、別に個人の関係を他人にとやかく言う筋合いはないはずだ」

 自分が押さえつけられているにもかかわらず、上手うわてに立っているつもりなのか、言い終えた顔には、嘲笑が浮かびあがっている。

 モクは和也の顔面に馬鹿にするように一度、息を吹きかけ、

「お前の名前は知ってるぞ。高杉和也。高杉信の息子だ」

 言い終えた後、完全に優越した、上に立ったような顔がそこにはあった。


 いきなり自分の父親の名前が出てきたことに和也は襟を正された。息を呑まされ、背筋が矯正される。

 しかし、ひるんではいけない。

 自分は小山内相手にもやってのけたのだ。

 こいつ相手でも、できないことはないはずだ。

 そう思い直すと、和也はモク相手にヘッドバットをかまし、その痛みを戒めとした。歯を食いしばるモクに、和也は笑って見せる。

「へへ。名前は当然知ってるだろーな。監視してたんだもんな」

 若槻が脳内で語りかけてくる。


『多分、あいつは何かビビらすことを言ってくる。だから、あえてそこにはのらない。いいな。マウントを取り続けろ』


 いい具合に決まった攻撃に、まだモクは痛みにもがいている。

「連れの女に手を出すなよ」

「……そんなことを言うために、馬鹿かお前」

 ――そんなこと。そんなことじゃねーだろ。

 しかし、再び、若槻の声がする。


『なんか言われたら、こう言え』


 若槻直伝、魔法のワードその二を使う。

「いいのか、抜いちまっても」

「はあ? 何を抜くって?」

「針をだよ」

「……意味が解らないが」

 焦りの表情が浮かんだのを和也は見逃さない。

「あの子は、見える。見えるぞ、いいんだな」

 モクは小ばかにしたような表情で和也を貶し、それでも足りないらしく、

「そうか。それは知らなかったな。いやあ、勉強になったよ。しかしな、知ってるなら話が早い。やってみればいい。無理に決まっている」

 モクには何か確信がある。これも若槻の言うとおりだった。


『知ってるっていうのは、一番の馬鹿でもある。それに裏切られたとき、人は一番弱くなる。そこをつけば簡単に宙へ浮かせられる』


 もうひと押しで目の前の巨岩をどかせるはずだ。その先にある宝は近い。

 和也は更に問う。

「いいんだな」

「いいとも」

 繰り返す。

「いいんだな、小山内がせっかく張り直したの、抜いても」

「……はあ?」

 ここだ。

 和也はようやくとっかかりをつかんだ感覚を得た。

 ということは、何を意味するのか。瞬時に考えて、その意味を探す。

 内心、モクは張り直されてない思っているということか。それが根拠にあったから、抜く意味はないと思っているのだろうか。

 正直、和也にこのことの意味はよくわからなかったが、あとは詰みも近いはずだと確信を持つ。

 一方のモクは張りつめた顔を見せている。

「張り直したわけ、ないだろう」

「だから、見てたやつがいる。さっきあんたが監視してた海田奏。あの子、小山内の親友だって知ってるだろ」

「それが、どうしたというんだ」

「約束、したんだとさ。待ってるって。ずぅっと待って、待って、待ち続けて、」

 モクが遮った。

「あいつが、ゲロったとでも言いたいのか」

「どうだか。女同士の友情は俺には分からないから」

「そんなはずはない! 張り直してたなら、俺が知らないわけ……」

 ゲロってんのは、あんただろ。

 そう言ってやりたいほど取り乱しているモクに、何とか、和也は言いたい病を抑える。録音終了のスイッチをへと手をかけ、そのボタンを目視して押そ、

 突如護符が光りだした。

「っ! 寄越せ!」

 モクが気付いた速度は常人のそれではなく、一度に精強な力で和也を振り払うと、護符を可能な限り遠くへ弾き飛ばす。その一連の所作には無駄がない。

 即座に和也をかばうように身を投げ、二人一緒になりながら転がりゆく。

 轟音と主に、吸い込まれるような風が吹きすさんだ。


* * * 


 暴風の去った空間の塵も収まり始めたころ、モクが口を開いた。

「おい、怪我はないか」

「し、心臓が止まるかと思った」

 和也は全身の感触を確かめ、自分の体に異常がなさそうだと分かると、モクに答える。

「大丈夫。怪我、してない」

 和也の表情を見るとモクは大きく息を吐く。それから、

「じゃあ、さっきの話、聞かせろ」

「え?」

「っと、ここじゃあまずいか。変な気を起こすなよ。今度、言うことを聞かないというのなら、普通の生活ができないようにするくらい訳がないからな」

 形勢が完全に変わった。和也がその言葉を受け入れるような間もないまま、

 痛み。

「痛い痛い痛い!」

 和也の手にかけられたモクの手の感触が、じわりと、冷たい汗と共にしみこんでいく。骨が折れるのではないかと思うくらいの力で、手がくい込んでいる。

 建物の崖下からは、人だかりができているのか、雑多な声が響き渡って一つの事件を醸し出している。

「ほら、テロリストにされちゃ叶わん」

 和也は、モクに拘束されたまま、その喧騒から遠ざかっていった。


 事件に近い、「本日休業」の札がかかった寂れた看板には、『居酒屋 ぽろぽろ』と書かれている。モクは何かを操作して、施錠を解除し、中へ和也を放り投げると、一方的に問いただした。

 一通り和也は自分の装備と計画をゲロってしまった。恐怖にはあらがえない。ヤクザ的案件は、案外近場に落ちていたことを、ガキの和也は初めて知った。

 しかし、気がかりなことが一つ、和也をとらえてはなさい。

 疑問に思う。

 なんで、モクはそれ以降指一本触れようともしないのか。

 和也はモクの一挙手一投足を見逃さないよう努める。モクはコップをガラス棚から取った。そのまま勝手に蛇口をひねり、ひと息に水を飲み干すと和也をにらむ。

「お前、えらいことやってくれたなあ、おい」

 目をそらして和也は室内を見渡す。モクが水をくむ音が再び場を支配する。

「嘘、だと? 本当に洒落なんねえぞ。おい、」

 アルコールが入っていないコップをもう一度飲み干し、酔っぱらいのように「カーッ」と叫んだ。今度はぶつぶつとぼやき、自答を始めた。

「はあ。まんまと引っかかったのかおれは。はあ。やべえ」

 モクは空いたコップごしに和也をとらえる。己の不始末をどう始末するかを考えようとする。が、その代わりに浮かんでくる失敗の言い訳は常に一つの答えに帰属していく。

 ガキだと思って油断したのが間違いだった。

 しかし、ガキと言っても、高杉和也はそんじょそこらのガキじゃないらしい。

 ――あのおっさんのガキなだけあって糞生意気だ。

 それをモクは認めると、最良の答えを和也に伝えた。

「内緒にしといてくれねえか」

「えーと、何を」

「ばれるとやばいんだよ。あれだよな。向こうにいた、海田奏もそうか。あと、他に誰がいるよ」

「え、俺ら二人だけだけど」

「嘘つけよ。民間の人間がこんなこすいマネ……」

 言葉の途中で、モクは顎に手を当て考え始める。和也は、多分、モクが自分とおんなじ人物を思い浮かべているのではないかと、何故か確信をもって思う。

 モクがはっとした顔で、

「……もしかして、あいつか?」

 和也は名前を聞いてもいないのに、頷く。

「あんのやろお」

 噴火寸前のモクの手にある、ぶるぶると震動するコップが、いつ叩きつけられるのか気が気でない和也は、口を開けたまま震えていた。

 モクが腕を振り上げた。和也は目を閉じた。

 しかし、モクは机にそっとコップを乗せた。

「だったら、話が伝わっているわけだ」

 和也は「え?」と返すと、モクも「え?」と返した。

「知ってるって、な、何を」

「いや、お前、それは、」

 不自然なほどにお互いは口を開かず、モクの背にも和也の顔にも汗が滴る。

 しばらくそうしていて、ようやくモクが、

「……知らないのに、こんなことやってんのか?」

「……はい」

 モクは歴代でも屈指のため息を吐く。雰囲気が急激に優しくなった。

「あのなあ、一応言っておくけどな、自分のこともっと考えておけよ? お前でなければ、多分腕の一本や二本は持って行ってたからな?」

「えっと、ごめんなさい。でも」

「ったく、重要監視人なのに、誰も連絡を寄越さなかったってことは、若槻の野郎、おさえつけやがったな」

 妙なワードに思わず和也は、

「重要監視人?」

「知らんでいい話だ」

「ねえ」

「あんまり首を突っ込むなよしょうがねえ。それより、約束だからな。この件は、他の奴には内緒だ。それを守るっていうんなら、情報を教えてやらんこともない」

 ――無視された。

 和也は少々不満げな表情を見せ、いじける。が、そうしていてもキリがないので大人になってやることにする。

 しょうがない。

「守るよ。ちゃんと教えてくれるんなら、俺はそれでいい」

「じゃあ」

 入り口の方角から足音が近づいてくる。

 モクがその方向へ目を向けると、追って和也も顔を向けた。

 モクが呼びかけるように、声を荒げる。

「お客さんも交えて、話と行こうかよ!」

 足音の持ち主の顔がはっきりと照らされた。口を開く。

「そりゃあいいな。混ぜてくれ混ぜてくれ」

 声の持ち主は、奏と、顔色が優れないように見える、スーツの女を連れていた。

 若槻とかいうおっさんは、何を考えているのだろう。

 その時初めて和也は、得体のしれないものに巻き込まれているのではないかという考えに至った。


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