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26 見えること見えないこと その3

 金曜日。前日によく話し合って決めた作戦通り、和也は動く。

 昼休みだというのに人も見当たらない部室棟裏で、一人待つ。本当は部室棟の屋上に奏がいるのだから一人ではないのだが、それを知らない人であれば、少なくとも和也が一人で手持無沙汰に立っているように見える。

 ターゲットが現れた。和也も奏も、口裏を合わせたごとく似たようにほくそ笑む。

 第一段階、成功クリア

 和也は寄りかかっていた壁を離れ、小山内柚瑠と向かい合う。

「悪いね。忙しいところをわざわざ」

「いいわ。で、なんのつもり、これ」

 柚瑠の手から便箋がふわりと放たれ、それを和也は手に取る。こう書かれている。


 April 10th 22:00 本日昼休み部室棟裏にて


 自分ではよくわからない情報であっても、若槻とかいうおっさんの言うとおり、小山内には伝わっているらしい。よくわからんがとりあえず良かった。

 和也は、今朝柚瑠の下駄箱に入れたその便箋を手の内でくしゃげる。

 あとはハッタリを通せ。若槻のその言いつけを守ろう。そう和也は決心し、プランBに則って対抗する。

「さあ、なんだろうね」

 あ、イラついてるっぽい。

 柚瑠は一瞬むっとした後、直ぐに持ち直し、

「あんまり私に近づいても病気移るだけよ。少なくとも私、あなたに用はないんだから、用がないならこれで……」

「用はあるって。ズバリ、本当に嗣平と付き合ってるの? ってこと」

「……あなたには関係ないと思うけど。それとも何かしら。自分は人の恋路にあれこれ言える人間だとでも言いたいわけ?」

 柚瑠のあきれたような物言いに、和也はそれでも平常運転を意識し、

「まあまあ落ち着いて。要はさ、俺、ちょっと嫉妬してるんだよ。だから、納得いく理由があれば、それでいいんだわさ。うん。たとえば、どっちが告ったのとか、どこかデートしたのかとか、なんて呼びあってるのかとか。嗣平、今いないし。ああ、そうか、小山内さんに謝ってなかった。こないだはごめん。で、話を戻すとそれはいったいマジなのですか? ってこと」

 一方的に言葉を畳み掛けた和也の質問は、結局イエスかノーかに収斂した。それでも、柚瑠の頑なな表情は変わらない。

「……本当。本当よ」

 ――思ったとおりだ。

 後ろめたいことがある人間は、いつだって何かにこもる方を選ぶ。嘘をついてでも、自分の最初の嘘をつき通そうとする。ほじくれば簡単に真実が姿を見せる。

 逆にそれを利用すればいいのだ。

 和也は、完全に柚瑠が受けに回ったのだと、自分はもっとこの女を口撃できるのだと確信した。

 第二段階、成功クリアだ。

 改めて柚瑠へと向き合うと和也は、

「へえ。じゃあ、話変わるけど、嗣平のお見舞いとかした?」

 柚瑠は間髪をいれずに、

「した。したわよ。ちゃんと1時間くらい部屋にいた。話もした」

「ほうほう。どんな感じだった?」

「確かもう大分調子がいいって言ってた。多分、大事を取って入院したのだから、大丈夫っていうのは本当のことだと思うわよ。顔色も見た限り、すごい良かった」

「じゃあ、もう退院するんすかね? 聞いてない?」

「それは……」

 柚瑠は考えるそぶりを見せ、それから納得がいったらしい。口を開く。

「ええ、確か、今日」

「へえ。じゃあさ、」

 和也はわざとらしく間を開ける。

 言う。

「嗣平、何処の病院に入院してんの?」

 無言の時間が生まれ、明らかな柚瑠のまずった顔を和也は見つけ、内心ガッツポーズを噛みしめる。感動すらした。

 続ける。

「俺も保も、あとカナヤンもさ、心配してるわけだ。お見舞いしたいわけ。教えてくれにゃいかね?」

 返事はない。和也は答えと受け取る。

「だろうね。まあいいや。どうせ知ってても教えてくれないだろうし。でもさ、だったら、俺はあんた追っかけてでも探すよ。そしたらあんたの言うとおり、嗣平いるんだろうし」

「別に、いいでしょ。退院するって言ってるんだから」

「良いでしょう良いでしょう。別に今日だろうが明日だろうが、どうでもいい。付き合ってるの嘘だろうし、さっき言ったのだって嘘なんだろうよ。本人に直接聞けば済む話で、」

 ぴゃ。

 腰が抜けそうになった。

 頭が割れるような轟音。

 恐る恐る和也はその根源へと目を向ける。

 部室棟の下の方にちょっとしたひびが入っている。

「いい加減にして。……怒るわよ」

 めちゃくちゃ怖い。目の前の女が鬼のように殺気立っている。心臓がどくどく音を立てて怒鳴りちらかすのがすげえ不快指数マックス。

 それでも、和也は心の中で確信する。

 第三段階、成功クリア

 それと同時にこうも思う。

 ――やりすぎたかもしれない。

 しかし、後悔しても遅い。すでに若槻のおっさんの言うとおり、もうやり切るしかないのだ。

「わかってる。わかってるから、じゃあさ、こうしよう。見せてよ、デートするところ」

「はあ? な、何をいきなり。ついてくるとでも?」

「いいだろ。そしたら、俺も小山内さんの言ってること認める」

「うそね」

「本当。別に、そっちに損はないだろ?」

 柚瑠は和也から目をそらし、それから一瞥する。一人でに頷いたのち、改まったように話し出す。

「わかった。じゃあ、明日。あなたの言うとおり、その、デートすればいいんでしょ。明日呼び出すから、勝手にすればいい。でも、邪魔だけはしないで。いいわね」

「それでいいよ」

 チャイムが鳴る。怒りに蹴立てて何かものすごい歩き方をする柚瑠の後ろをさすがについていく気にもなれず、その背中が角を曲がり姿が見えなくなると、どっと疲れと油汗が押し寄せてきて、

「ふぅ――」

 和也は5限を少しサボってしばらくそうしていた。

 奏に至っては5限をまるまるサボってしまったが、これは和也も知らない。



* * *


「大事な話……だと思う」

 土曜日のカラオケ店は満員状態。そのD31と名のついた部屋では、カップルと思われしふたりが、カラオケに似つかわしくないしんみりとした顔で見合っていた。

 自分が誘ったのだと嗣平は記憶している。

 柚瑠が、口を開いた。

「実は、二人きりになれる場所、できれば個室を私も探してた。だから、カラオケ誘われて正直すごく良かったと思った」

「うん」

 誘ってよかったと嗣平は思う。

「でも、おかしいと思ったでしょう。見せつけるって言ったり、二人きりになりたいって言ったり、電車に乗ったり、こんな、デートしたり」

「まあ、うん」

「見せつける必要があったから。だから、昨日あんなふうに言われて、私悔しかったし、それに失敗したって思うとなんか情けなくなってきた。今日だって、電車に乗って太宮に来たのも見られるようにするため。前私がダメだっていったのにね」

 カラオケルームの中、柚瑠は寂しそうな表情で訥々と語りだした。それを聞く嗣平は立って相槌を打つ。「あんなふう」ってどんな風か知らないが、聞くのも野暮だと思ってやめる。

 柚瑠が続ける。

「本当は、交際をしてるって言ったのも、さっきの電車の件にしても、私が独断で決めたことなの。でも駄目ね。上手くいかない。こうやって迷惑かけてる。巻き込んじゃったのだって私だし、ごめんなさい」

 なんと声をかけていいかわからない。嗣平はとりあえず、椅子に浅く腰かける。

「それでね。組織の方も、あなたが協力者になったということで、色々決めたみたいでね。バックアップが付くことになりそうなの」

「それは……」

「うん。私じゃないわ。でも、学校外での話だから。といっても、一緒に登下校しろとかそういうことじゃなくて、監視の他に、何らかの視線を感じるようになるということ。……だと思う。だから、」

 柚瑠はなぜか、笑顔で嗣平に告げる。

「学校以外ではしばらく、そばにいることはなくなるから。ごめん」

 自分がどうして拳を強く握りしめたのか嗣平はよくわからない。

 すんなりと迫ってきた現実と向き合ってみる。

 悲しそうな柚瑠の顔も、多分おんなじような自分の表情も、それを受け入れることが正しいのだと突きつける。

 しかし、きっと、そうじゃない。どこかにあるそんな気持ちを、嗣平はかき集める。

 信じてみる。

 嗣平はゆっくりと口を開いた。

「でもさ、学校にいる間は、普通でいいんだろ」

「え……。うん。いいと、思う、けど」

「じゃあ、いいじゃんか。そりゃあ寂しいけど、その分、学校でいろいろ話したりとかさ、勉強教えてもらったりとかできるよ。な? もし、失敗したとか、辛いとか思っているんなら、それは柚瑠の考えすぎなんだよたぶん。俺はさ、むしろ感謝してるんだ。怖い思いもしたけど、守ってもらったし、何より、今日すごい楽しかった。だから、それを今度からはさ、学校でも生かせればいいんだよきっと」

 嗣平のわざとらしい励ましを聞いて、しかし、柚瑠の呆然とした顔にだんだんと色が灯る。

「そう……ね。ありがとう」

 笑みをこぼした柚瑠の髪をなでる仕草に、嗣平はなんとなくらしさを見たような気分がする。恥ずかしがる姿というのは多分初めて見た。

 ちょっとからかって見たくなった。

「あのさ」

「なに?」

「柚瑠さ、独断で、って言ってたけど、前にもこういう手を使ったことがあるの?」

「こういうってええと」

「付き合ってるふり」

 嗣平が挑発的な視線を突きつける。柚瑠はその目を見ると、何かを閃いたらしい。

「さあ」

 そして答えを聞いた嗣平が一瞬気を抜いた瞬間を狙って、

「ある」

 そう言った。

「あ、ああ、そうな、なんだ。へ、へえ~」

 言論と表情が一致していない。その間抜け面をじっと柚瑠は見つめる。

「っていったら、どう思う?」

 形勢は簡単に逆転した。それでも嗣平はけっこう頑張った方だと思う。

「だ、誰とでもそういう風にするんなら、か、感心しない」

 何だかかわいそうになってくるくらい、わかりやすい変化を見せる嗣平に、優し~い柚瑠が助け船を出してあげた。

「ない」

「え?」

「ないわよ。はじめてよこういうの」

「え? うん?」

「嬉しい?」

 嗣平が柚瑠の意図にようやく気が付くと、いきなり笑いを吹き出した。それにつられて柚瑠も笑う。

 二人は、お互いの表情を見て笑いあった。


* * * 


 二人は、奏と和也は太宮にはいない。

 では、だれが二人を追っていたのだろうか。

(和也のやつ、何なんだかいったい)

(いいじゃん。他人のデートを見るのも楽しいよ)

 小声で、保とその彼女は話す。カラオケボックスの中、二人は少し離れたD37の部屋で嗣平と柚瑠の動向を何とか確認しようとしている。

 では、奏と和也はどこに。

 いた。

 モクがいる。

 監視の監視ともいうべき、要は中間管理職的な業務をつまらなそうにしている姿は、どう見てもくたびれたサラリーマンにしか見えない。あくびを一つすると、法高ビルの4階にあるバルコニーで退屈そうに双眼鏡をのぞく。

 ――若槻の言ったとおりだ。

雑居ビル4階の突き出した場所。そこには連絡通路と非常用階段が備え付けられており、しかしその割には人がまったく行き来することはない。仮に誰かモクを見ても、バードウォッチングでもしてサボっているサラリーマンに見えるのだろう。

 和也は合図を出す。

 奏から返事。

 奏は中古車屋の裏、KEEPOUTに近づいていく。そこにはなぜか一本だけ焼き鳥の串らしきものが刺さっている。奏は和也に言われた意味はよくわからなかったが、とりあえず、それに触れるふり・・をする。

 モクが気が付いたらしい。

 通信機らしいものを持って、誰かと連絡している。

 ――狙いは、外堀から!

 オペレーション、スタート。


『いいか。本人を狙うんじゃなくて、外堀を責めるんだよ』


 昨日の、若槻との話し合い、というよりほとんど一方的な作戦教授をされた後、護符を貰った。


『大事に使え』


 思い出した手順を実行するときが来たのだ。

 一呼吸二瞬き三決心。

 行けると確信をした和也は腰の嚢から混成波長挙動操作機を取り出す。

 ジャミングを行う。

「おい……き……んだって!? ……っこえ……」

 モクが不審がっている。かなりあわててるその姿を見て、和也は背中をつたう汗の感触を、全身から噴き出る熱の出所を確かめる。

 まだ、ビビってるのかもしれない。

 しかし、上手くいってる。大丈夫だ。

 そんな言葉で不安を上書きする。

 音を立て無いよう、呼吸をほとんどせずに移動を開始する。

 目的の位置、出入り口まで来た。呼吸を吐く。横目で角から覗く。

 モクはこちらに気が付いていない。

 相変わらず大声を出して通信機を罵倒している。

 よし。

 和也はいちにのさんで深く息を吸った。このくらいの音を出してもばれないと確信している。嚢から護符を取り出し、破けそうなほどの力を込めて握りしめる。

 両の目を閉じる。

 汗が顔をつたう。

 唇が、咥内が、何処までも乾く。

 心臓が、一秒ごとに破裂へと近づいていく。

 一度、手の汗をシャツで拭く。

 喉を鳴らす。

 目を開く。

 ターゲットを確認する。決める。

 そして、地面を蹴った。

 モクが異変に気が付いた時にはすでに和也は手を伸ばせば届く位置まで駆け抜けており、そのまま、口が開いたままのモクへ向けて、全霊の体当たりをぶちかました。

 やっとの思いの忌避動作も叶わず、モクは周囲のテーブルやいすを蹴散らし、勢いそのまま、和也と共に数メートル後方へと吹っ飛ぶ。

 上手くいった。

 モクに馬乗りのまま、和也は若槻の言葉を思い出す。その通りにする。

 護符を一度撫でる。

 奴は、こう言っていた。


『護符をちらつかせとけ。向こうが一番嫌がるからな』


 若槻の言うとおり、モクはものすごい顔でその護符をにらんでいた。

 和也は開いている左手で胸ぐらをつかんだ。

 タバコ一本分の距離で、口を開く。

「ちょっと、聞きたいことがあるんだけど」


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