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24 見えること見えないこと その1

 約束の10分前に嗣平が駅に着くと、小山内は既にいた。

「ごめん。待たせたか?」

「全然。じゃあ行きましょ」

 背を向けエスカレーターへ向かう小山内の後を追い、嗣平は後ろからその姿を見る。

 夏服の制服姿ではない小山内の格好。ボーダーのTシャツに紺のスカート、手にはベージュっぽいジャケットを持っている。

 その姿を見ていると、嗣平に昨夜からのモンモンが甦る。

 情報を整理してみよう。

 休みの日。二人でどこかに出かける。オシャレな格好。

 答えが出る。嗣平は、たぶん考え過ぎではないと自分では思っている。簡単な話なのだ。

 デートじゃないのか、これ?

 答えというより、新たな疑問といった方が正しいのかもしれない。だったら、答えは相手が持っているのだから聞けばよい。

 だが、それを確認するのは少々躊躇われた。

 何事もなく改札を通り、結局どこに向かうのか分からないまま、上りのホームへ降りる小山内の後を追い、嗣平はそのまま電車に乗った。

「なあ、何処に行くんだ?」

「太宮」

「太宮か。なんかまずいことでもあったのか」

「……まあ、不味いと言えば、不味いわね」

 小山内の思うところがありげな表情を目にして、嗣平はそれを終了の合図だと判断する。聞かれたくない話をして嫌われるのはなんかいやだ。駅で自分が思った疑問を訪ねる勇気すらなかったのだから、当然な振る舞いにも思われる。

 窓の外へ目を向け景色を眺めていると、小山内が小声で、

「ねえ、」

「何?」

「なんて呼んでほしいとか、ある?」

「何のこと?」

 嗣平がそう言うと、小山内はまた黙りこくってしまった。

 いったい、何なのだろう。

 そんなことを思いながらちらちら隣に立つ小山内を覗くが、少々赤らんでいるような顔に気恥ずかしさを覚えすぐに目を離す。

 二人はそのまま、太宮まで電車に揺られた。


 電車を降りると手を引かれてエレベータへと乗車した。

「なんだ。なんだよ」

「上に着いたらちょっと黙ってついてきて。ちょっと話があるから。大事な話」

 その真剣な視線にいやとは言えず、戸が開くと手を引く小山内の後を嗣平は着いて行く。小山内は弾丸みたいに目的地へと向かうので、少々もつれかけた足を何とか立て直し、言われたとおり黙ったまま歩く。

 その場所に着くと、声が出た。

「え、ここ」

 小山内は戸を開け、嗣平が入ると即座に締めた。

 こんなところでいったい何をするというのだろう。

 嗣平はそんな疑問を口にするのがちょっと怖くなって、壁の文字を追って見る。「車椅子を使用される方など身体の不自由な方が、」後の文句は見なくても大体わかる。

 障がい者用トイレだ、

「って、うわっ!」

 何度か頷いた後、急に小山内が前から抱き着いてきた。背中を叩かれる。ジーンズのケツポケットの次はジャケットの内に手を突っ込まれる。嗣平が抵抗する間もなくジーンズ前のポケットを探ると、小山内は、

「大丈夫みたいね」

 真っ赤になった顔の小山内に、真っ赤を通り越している嗣平は、

「な、何がだよう!」

 小山内は人差し指を立てる。

「発信機」

 ………………。

「は?」

「じゃあ、これで、話、できるわね。うん、いい。うん」

 一人で納得している。

「……どういう?」

「うん。ごめんなさい。話す前に、謝っておくわね。ごめんなさい。とりあえず、黙って聞いてもらえると助かる」

 それならこちらも助かる。嗣平は頷いた。

「ええとね、だから、あなたのこと、なんて呼べば……。いや、これは違うわね……。うん。最初から説明しなきゃ」

 一人で何やら格闘している。時折身振り手振りをして、うろうろ歩いて、ようやく考えがまとまったらしい。

 その割には短い一言だった。


「男女交際って、知ってる?」


* * *


 真っ赤な顔の彼女を前にして、真っ赤な顔の自分はいったいどうしたらいいのか分からない。

「つまり、俺は、小山内と、清純異性交遊をしている、と」

 小山内は首を縦に振る。

「それで、後を和也と奏がつけてきているから、見せつける、と」

 小山内は首を縦に振って、何か思ったのか、横に振った。

「何?」

「その、ふり、ふりでいいから」

 その言葉に正直ちょっとへこむ自分を嗣平は見つける。しかし、何がどうなってそんなことに、

「ええと。これには理由があって、その、あの二人、昨日ね、なんか、私のことをつけてきてたの。あ、あと、一昨日も。それで、その、先週、あなたが倒れた時、私、付き合ってるって言っちゃって、」

「……話がよくわからないんだけど、とりあえず、なんで」

「その、あなたが、私たちに協力してくれてるから、巻き込んじゃいけないから、突き放そうとして、そう言ったら、逆に火を付けちゃったみたいで、なんか、若槻を巻き込んで、ふきこまれたらしくって、」

 要するに、おっさんが高校生たぶらかした結果、自分は目の前の少女と交際するふりをしないといけない事態になったらしい。そうすることで、周りをあんな、現実離れしたことに巻き込まないで済む……らしい。

 ため息をつく。

 いったい、自分が知らない場所でなにがあったのやら。

 しかし、これは考えようによれば訳得な役割でもある。始業式の日、自分が抱いた感情はまだ心の浅い場所に引っかかっている。

 嗣平はニヤケそうになる顔を何とか抑えながら、言った。

「だったら、先に言ってくれよな。それだったら俺も協力するし」

 明るい顔に変わった小山内の表情を思いっきり直視して、嗣平は気恥ずかしさに思わず顔をそむける。

「ほんと? 本当にほんと? うそっこじゃないよね」

「本当に本当に本当でうそっこじゃない」

「じゃあ」

 小山内は嗣平の顔を覗き込んで、こう言った。

「なんて、呼んだらいい?」


* * *


 呼び方と一通り今日どうするのかを決めると、トイレを抜け、熱くもないのに汗まみれで、顔を真っ赤にして、二人は駅を後にした。

 最初は、アンティークショップに向かった。

 小山内、いや、柚瑠は嗣平に関係なく元々ここには来るつもりだったらしい。

「へえ、アンティークって、なんかおしゃれだよなあ」

「そうね。ねえ、こんなのどうかしら」

 そう言って、英国製と書かれたプレートの下にある鏡を指さし、柚瑠は笑う。

 白い歯が眩しい。長いまつげが動くたびに身体の底から緊張が襲う。整った顔が笑顔になるともっと魅力的だ。

 嗣平が思わずその美に見とれていると、

「ちょっと、聞いてる? つぐひらくん・・・・・・

「ああ、ごめん。聞いてるよ聞いてる聞いてるとも」

「それならいいけれど」

「うん。見た目オシャレだし、こういうのは和室でも洋室でも合いそうだし、いいと思う」

 鏡を通して見る彼女の顔も魅力的だった。しかし、その上にあった価格を知ると、嗣平は

「うわ、こんなすんのかこれ」

 正直、いい格好しようと思っていた。おごるよ、などというセリフを吐いてみれば、本当に軟化カップルっぽい気がする。

 そんな嗣平をよそに

「じゃあ、これにしようかな」

 そう言って、店員を呼びに行った。


 一通りのブツを見て回り、いくつかを購入するといい塩梅に腹が空いたので、その辺のファストフード店に入った。

「で、俺いない時、学校でさ変わったことあった?」

「そうねえ」

 柚瑠の話では、和也と奏のことを除けば特に変わったことはないらしい。どうやらそれなりに馴染んできたらしく、クラス内でも話す友達もできたとか。

 嗣平はなんとなく肩の荷が下りたように、背もたれに身体をゆだねた。

「それなら、よかったよ」

「そういえば、つぐひらくん、奏ちゃんと仲直りしたの?」

 いきなりアッパーを食らったように嗣平の心が揺れた。

「ええと、どうして」

「だって、あの子、すぎう……つぐひらくんが病院に来た時一緒にいたし、待ってる、って言ってたし、その、なんだか、学校でも、ちょくちょくうちのクラスを覗いてたし、だから」

 上目使いの柚瑠。目で、問うてくるとは、こやつ、やりおる。よろしい。そんなことを思うのは馬鹿だからなのだろう。

 嗣平は柚瑠の問いに二度うなずいたのち、

「仲直り、したといえばした、かな。まあ、喧嘩なんかたいそれたものでもなかったんだと思う。だから、今回の件だってさ、多分あいつらは好奇心で動いてんだよなきっと。だから、あんまり気にしないでも大丈夫。ちゃんとやってりゃそのうち別のことに気持ちが行くよ」

「それならいいけれど。仲直りで来たなら、それで」

 本当に安心したのだと、その表情に浮かんだ笑みからそのことを嗣平は受け取った。

 不安なことなど、気にしなくてもよいのだ。

 だったら、

「よし、じゃあ、今日はさ、前にあいつらと遊べなかった分、たくさん遊ぼうぜ」

 明らかに不意を突かれた表情の柚瑠を確認する。そこに少しでも同意の表情を見つけたらと思う嗣平の、その行為は報われた。

「うん。そうね。行きましょう」

 こんな素敵な顔ができる子が近くにいる。いいところを見せてやらねば、男がすたるのだ。ATMへといざ出陣する嗣平の後を、柚瑠が追いかけ、二人はファストフード店を後にした。


 この店でもおごれていないことは誰にも内緒だ。


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