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22 病院にて その2

 萩原はポーチの中から親指ほどのサイズの点滅する何かを取り出して、説明を始めた。

「これがナンバー。私たちの身分証明みたいなもの。ずっと携帯することになるからそのつもりで。ちょっと持ってみて」

 萩原の手元では点滅していたナンバーは、嗣平に触れた瞬間、反応を示すのをやめた。返却の手招きをする萩原にナンバーを返すと、又点滅を始める。

「こんな感じで、本人にしか反応しないからセキュリティ面は安心できるでしょ。このナンバーには所属や連絡手段も載ってるし、最悪攻撃手段とすることもできる。だから、味方かどうかはすぐ判断できるってわけ。どう? 何か感想とかある?」

「便利ですね」

「そう。まあ発行まではまだ時間かかるからあなたがすぐ使えるわけじゃないけど、覚えておいて。じゃあ、次ね」

 萩原がリモコンを取りだし操作をすると、映像が壁に生まれた。

 嗣平は向きを変え、正面に画面と向き合う。横から萩原の声がする。

「我々の構成について。簡単に言うわよ」

 映像が変わって、文字が浮かび上がる。「流動」と書かれた文字と「事業部制」と書かれた文字がゆっくりと交わり、「OoT]という文字となった。

「OoTって言うのは一応我々の組織図を指す時に使うものだけど、どうせまたすぐに変わるから忘れていい。さて、構造は簡単。いくつかの部門に分かれて、でも、その中身は流動的に変わる。集団よりも個々の能力に依存している部分も大きいから、上司とか部下とかを固定的にするよりはそっちのほうがいいの。柚瑠を例にしていえば、西ブロックの厭対策部門から、東ブロックの厭封管理部門に異動。状況と都合は待ってくれないから、バンバンできる奴を呼んできた方が楽なのよ。まあ、本当はもっと複雑だけど、こう見ると、案外普通の企業と変わらないでしょ?」

「まあ、優秀な人ばかりいるんだということはわかりました」

「まあ大きな矛盾をはらんでもいるんだけどね。専門性が問われているのに、なんてゼネラリスト的性格の強い体制を採用するのか、とかね。結局は個人の能力でその柔軟性のなさを克服しているから、いつか対応効かなくなる恐れはあったりする。で、杉内君がこのうちどこの何に所属するのかというと、」

 萩原はポインタを枠外に動かした。

 嗣平は「は?」という表情をして、今度は萩原の顔を見つめる。

 それがわかっていたのか、萩原は笑顔で、

「この組織内の一員とはならない。さっきも言ったけど、協力者だから、しいていえば、地域限定正社員的な? ちょっと違うか。厳密に言えば、第三者的立場に近接している当事者において、その重要性を保有している、能力を有さない者。こう見なされると、単なる保護下にいる人でなくて、一緒に働いてもらおう、アットホームな職場です、みたいなものを要求されるの」

「つまり、俺は道具係とか連絡係とかの、裏方みたいなもんですか?」

「ちょっとちがうけど、そういうこともあるかもね。はい、めんどくさいし、組織についてはもういいよね。うん、もういいね」

 映像を消して、二人は再び向き合った。


 * * * 


「次は君のことを、そして、私のことを襲った奴について」

 敵という言葉に唾液を呑み緊張した嗣平を気に留めることなく、萩原のポーチにあるナンバーが反応を示した。しかし萩原はそれを気にも留めず話を続ける。

「聞くの怖い?」

「ええ、ちょっと」

「やめよっか?」

「いえ、……お願いします」

 頷いて「うん」と言った萩原の表情に、うっすらと暗さが浮かんだように見えたのは自分の見間違いかもしれないと嗣平は思う。

「奴らはね、『冥界』って呼ばれてる。と言っても、向こうがそう名乗っているわけでなくて、コードネームみたいなものよ。結果的に厭を増やしてるから、私たちの敵対組織にあたるっていうわけ」

「そいつらが、俺を、先生を、その……」

 萩原は首を振った。

「ちょっとちがう。別に始末しようとしていたわけではないみたい。むしろ、欲しがっている」

「ほしがってる?」

「ええ。じゃないとね、私が奴に言われたこととか、君が今ここにいる理由が説明できない」

 急に不安が増大する。萩原先生はともかく、戦力ともならない己を付け狙う理由が嗣平にはわからない。

 尋ねてみたい衝動に駆られた。

「その、理由っていうのはなんなんですか?」

「うん」

 萩原はポーチの中から、指輪が入るくらいの大きさの箱を取り出す。ふたを開けると、目を凝らさないと見えないほど微小な機械みたいなものが嗣平の目にも映った。

「これは?」

「あなたの中にいた菌」

「え」

「これはね、今はもう使われていない寄生型機械。私たちは信号機とも言ってた。確かに10年くらい前までうちの組織で使われてはいたけど、諸般の理由で使用禁止になった。これから考えられることは3つかな」

 順に手で数字をつくる。

「一、敵は内部にいる。二、何らかの手段で入手して、とりあえず性能を確認するためにためしてみた。三、わざわざ古臭いものを使わなければならないくらい相手は遅れている」

 萩原はしかし、自分の考えが信用できないのか、自信なさげな声で、

「でも、私はどれも違うと思う」

「じゃあ、どうして」

 言葉にせずにはいられない。しかし、それもお見通しなのか萩原は、よく聞いてねと前置きを置いてから、

「なんでかっていうとね、これが君にいたの、多分もっと前から。それも、一年二年じゃない。だいぶ前。何でわかるかっていうと、理由は簡単。解析してみたら、ずっと稼働していたことが確認された。通信がずっと行われていたのね」

 嗣平の不安は恐怖へと塗り替えられた。自分が部屋でしてたことを覗かれていたなんてという、本来生じるはずの恥ずかしいという感情すら微塵も湧かないほどに、心臓が高鳴り始める。

「機能は通信だけに制約されていたみたい。でも、実はこれナンバーみたいにパーソナルで反応するタイプではないから、以前に誰か別の人の中にいたのを、君に移した可能性もある。でも、そんな面倒なことするなら普通二つ使う。だから、その可能性は低いけどね」

 自分では意識をしなかったが、、嗣平は包帯の巻かれた己の首へと恐る恐る触れていた。指を強く押し付けると感じられた脈が、全力疾走の何倍もの速さで生きていることを主張する。

 萩原は続ける。

「整理するとね、私の見解はこう。まず、これを使ったのは、裏切りの可能性を植え付けるという思惑もある。でも、機能はわかってる。技術も十分あるのは、私たちがよくわかってる。だから、本命はそうじゃない」

 萩原は嗣平を指さし、それから自分を指さし、

「あなたと私を……」

 急に口を閉ざした萩原。ちょっと遅れて、嗣平は俯きかけた顔を持ち上げ、萩原の顔を見てみると、萩原の何か新しく疑問が生まれたような表情をみつけた。

 そんな嗣平に気が付くと、こほんと咳をして、萩原はまた口を開いた。

「違う。そうだ。ああ、ごめん。私とあなたとでは違うんだ。でも、だとしたら、いや、いいや。ともかく、答えは変わらないから、杉内君。冥界は君を何らかの理由で欲していたんだっていうのは間違いない。だから、殺したり、大けがをしさせたり、向こうがしてくることはないと思う。少なくとも、杉内君の場合、そんなことはされないと思う。」

 そう言い切ると、萩原は、こう言った。

「ちょっと休もうか。時間も良い頃合いだし」

 嗣平が時計を見ると、いつの間にか時刻は四時になろうとしていた。


 * * * 


 煎餅をポリポリ喰いながら、嗣平は萩原の様子をうかがって見た。

 全治二か月の割に、痛そうなそぶりを見せない。痛くないのか気になって尋ねてみると、「痛いよ」と言われた。

「でもね、案外慣れちゃえばなんともない。それに、働かないと他の人に迷惑かかるし、人が足りてないのはこっちもおんなじ」

「へえ。あ、」

「どうした?」

 嗣平の前に、昔に思っていた疑問がまた甦ってきた。

「さっき、組織について言ってましたよね。あの若槻っていう人は、以前に確か小山内が協力関係にある組織って言ってたんですけど、それはなんなんですか」

 このときの萩原のいやそうな顔ったらそれまで見たこともなかった。

「あいつ、すっげー嫌な奴だからあんまり名前出さないで」

「ええっ? でも」

「いいの。そのことについて言えば、向こうの組織は狩り。こっちはそもそも封じるのがメイン。厭が出たら戦うけど、向こうの方がそれ用の成員を集めてるからてっとり早く、一応話し合って協力することにしてる。だから、向こうにしてみても、冥界は敵みたいなもん。それでこの話終り。いいね」

 最後の毒たっぷりの念押しには「はい」としか言えなかった。

「じゃあ、ついてでにもっとわかりやすい話をしておこう。今、戦争に近い状態にあることは君も知ってると思うけど、なんで、この状態が続いてるかわかる?」

「ええと、なんとか全面衝突だけは避けようと頑張ってるんじゃ」

「半分はそう。でも考えてみて。もう半分は衝突させようとしているから、だよね?」

「要は、バランスってことですか」

 萩原は首を横に振る。

「そうじゃなくて。それは結果。さっきも言ったけど、冥界は厭をたくさん飼ってるわけ。厭っていうのは、行ってしまえば成仏できなかった魂みたいな、怨霊みたいなものな訳でしょ?」

「それ、初耳なんですけど」

 以外にも、嗣平のその言葉に萩原が驚きを見せた。

「なに、柚瑠、言ってなかったの?」

「ええ」

「ったくこまったもんだなあ。じゃあ、今分かったよね。厭ってそう言った類だから、人間に悪さをする。悪さをされた人間は、悪意を持つ。その状態でやられてしまえば、厭は増える。昔から、復讐心とかが強烈なエネルギーを持ってるっていう話は漫画とか小説でみたことあるわね。そのエネルギーを使って、奴らはやりたいことがあるみたい。そのために、戦争を起こしたがってるわけ。戦争を続けてもらわないと、餌が足りない。妨害をたくさんする。人がたくさん死ねば厭が増えるのは、歴史が証明してる。わかってやってるんだから、本当に許せない」

 頭が混乱してきたのか、嗣平は先ほどから髪の毛をボサボサかき始めた。

「逆に私たちは何とか頑張って、いざこざをかなり抑えてきた。私たちだって、戦争が完全に終われば、こんなお役目ご免だし、そりゃあ頑張るってわけ。均衡してるのは向こうも必死なんだろうけど」

「あーもうこんがらがってきたー」

 萩原は大きなため息を吐いた。

「ま、あなたにはあんまり関係ない話か。でもね。表だって報道されている事の裏を、よく知っておいても将来役に立つから、それは考えておいて」

「……はい」

「よし、じゃあ、あとなにかあったかな」

 うんうん唸りだし何かを閃いたらしく、「あ」と萩原が言った。

「そうそう。たづな、いるでしょ。あの子まだ見習いだから、階級でいえばあなたより位が低いから。あの子みたいな見習いには、名前を勝手に別の名前で呼んでるのよなぜか。たづなの場合、『セルダ』ね」

「へえ」

「今度会ったら言っておやんなさい。すっごく面白いから」

 くすくすとひとり笑う萩原の側で、嗣平はまだ頭がごちゃごちゃしっぱなしだった。


 * * * 


 おやつもティータイムも終わり、ちょっとした無言の時間が生まれた。

 嗣平がなんとか聞いた話を反芻していた時だ。

 萩原は何かを思い出したか、急に笑顔になると、髪を触る仕草をした。なぜかその隙にポーチは萩原を離れて床へと転がる。

「あ、ごめーん。拾ってもらっていい?」

 返事もせずに嗣平は拾い、乱雑に押し付けるように渡す。

 しかし、

「あ、落ちちゃった。なんか、手に力はいらないかも。また、拾ってもらっていい?」

「……わかりました」

「ごめんねー」

 わざと受け取らなかったような気がしたのだが、それを言うとまたこじれそうなので、嗣平はしぶしぶ拾いに行く。

「首にかけてもらっていい?」

「わかりましたよ」

 嗣平は萩原の前に立つ。

 が、萩原は笑顔を浮かべ、ふんぞり返っている。

 なにくそ、乳でも揉んだろか。

 そんなことを思っても実行する勇気はない自分が、嗣平はちょっと悲しかった。

「はやくぅ」

「はいはい」

 身を少し乗り出してかけようとしたその時だった。

「うわ」

 嗣平は、萩原に抱きしめられた。

 後ろからかかった力が萩原の腕によるものだと理解するのに少し時間がかかり、その間におもいっきり顔が胸に沈んで、なんか、そう、なんて言っていいのかわからないけど、とにかく、よかったと嗣平は思う。

 何しろ、本当に急だったのだ。どう返事をしていいかわからない嗣平をよそに、萩原は通常運行だった。

「つかまえた」

「え? ちょ、、っちょ、、」

「杉内君。よく見れば結構かわいい顔してる。ねえ」

 大人の吐息がゼロ距離で顔にかかる。首に違和感がないことなどに、嗣平の思春期は気が付こうとしない。

「良い事、教えてあげようか?」

「いや、その。あ、今のいやはいやだって意味じゃなくてつまり」


 ちょうどその時だった。

 入り口の戸が開いた。

 一般的に男女の距離が近いということは他人の目からはどう見えるのだろう。男が女に跨っている状況など尚更どう見えるのか気になる。

 しかし弁明の隙など与えないのが彼女だった。

「何やってんのあんたたち……」

 酷い面をして、汚らしいものを見る目。小山内はため息ついて、それから、

「……正座なさい!」


 二人は小山内にこってり絞られた。時計の長針が一回りするくらいには、怒られたような気がする。

「連絡入れてるのに出ないと思ったら……」

「あれ、あんただったの?」

「私にきまっているでしょ! 通知で分かるでしょうが! わかって言ってるでしょ!? だいたいね……」

 こんな調子で話がこじれまくったせいだ。

 それでも楽しそうな萩原を嗣平はちょっぴり羨ましくなると同時にこうも思う。

 噂には根拠があるのだ。

 この女、絶対、性格が悪い。


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