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21 病院にて その1

四月十二日、(土)。

 体温:36度7分

 何を書けばいいのかよくわからないけれど、言われたとおりに書いておく。

 特に体調に変化はない。天気は晴れ。

 正直、首をちょっといじるのは怖いけれど、自分の中に自分以外が埋め込まれているのはもっと怖い。


四月十三日、(日)。

 体温:36度6分

 痛みは特にない。天気は曇り。

 手術はあっさりと30分少々で終わったので、少し気が抜けた。でも、今週はずっとここにいないといけないのが少々辛い。何か暇つぶしの道具とかが欲しい。

 >> 承知しました。[TRP-0116W]


四月十四日、(月)。

 体温:36度5分

 体調良。天気は曇り。

 一応、感謝はしておきます。ありがとう。でも、そうじゃなくて、いや、やっぱりいいや。

 質問を書いてもいいのかな? 

 仮に、萩原先生の言ったことが本当なら、なぜ、こんな回りくどいことをしたのか、教えてほしい。埋め込むんじゃなくて、攫うことだってできたはずなのに。

 >> その質問は受理されませんでした。病状、診断結果、相談事項等、個人のデータ範疇についてのみ、受理されます。[TRP-0116W]


四月十五日、(火)。

 体温:37度6分

 熱っぽくて少し気持ち悪い。天気は雨。

 熱が出たので、経過は良好だと医者に言われた。そう思うことにする。

 昔の夢を見た。教えてはあげない。


四月十六日、(水)。

 体温:37度0分

 だいぶ楽になった。天気は晴れ。

 前ダメだって言われたけど、やっぱり教えてほしいことがある。

 ①家族はどうしてるのか。②奏は大丈夫なのか。③留年、しないよね?

 >> 質問は受理されました。引き継ぎます。[TRP-0116W]

 >> ①杉内恵子と杉内夕月は自宅で普段通り。杉内正嗣は出張先で無事を確認されている。②海田奏は普段通り学校へ通っている。怪我もないから安心していい。③それは、あなたの努力次第。頑張れ。以上[MVO-A145]


四月十七日、(木)。

 体温:37度2分

 まだ熱いけど気分はいい。天気は晴れ。

 治りが早いらしく、首のかさぶたがとれた。医者にも聞いてOKを貰ったので少し動いた。


四月十八日、(金)。

 体温:36度7分

 体調良。天気は晴れ。

 なんかもう違和感もない。週末を家で過ごせるのはありがたい。条件は受け入れる。だから、お願いします。

 >> 承知しました。伝達事項があるため引き継ぎます。[TRP-0116W]

 >> まずは受け入れてくれたことに感謝する。ありがとう。一市民である君を守るのは我々の義務でもある。頼りにしてもらって構わない。ナンバーの発行後、経過報告義務は終了し、この経路は破棄される。退院してもらって構わない。以上。[COH-0000-0000Z]


 * * * 


 和也の手に握られていた嗣平のカードを、奪い返して嗣平は大切そうに拭き拭きして息を吹きかけた。

「やめろよなー。これあたんないだぞ!」

「えー。いいじゃん。見るくらいじゃ減んないって」

「だめったらだめ!」

 そそくさとしまって和也をにらむ嗣平の目にうっすら浮かんでいる涙に保が気付くと、和也が保と口論を始めた。男の幼なじみが羨ましいと嗣平は思う。少なくとも、自分と奏ちゃんはこんなふうに喧嘩できない。

 マンションの入り口。その上に、何もないスベースがある。立ち上がりちょっと背伸びをして見える風景が、自分の街と大きく異なっていることをはっきりと教えてくれる。そして、こうも思う。

 どうやって帰ったら帰れるのかな。


 隣町まで遊びに来たまではよかった。自転車をこぐのは大変だったけど、大ちゃんのおじいちゃん家は大きかったし、おやつは美味しかったから来てよかったと思う。大ちゃんはそのまま習い事までおじいちゃんの家で過ごすそうなので、送ろうとする気づかいを断って、嗣平は一人、自分で探検しながら帰ることにした。

 迷った。

 運動をしているのとは違う汗を感じた。喉が渇いた。

 半べそをかきながら、もしかしたら一生帰れないのではないかという不安と闘う。まだ四時くらいだったから怖さもそうでもなかったが、夜のことを考えると、だんだんと後ろからこわい化物がやってくる感じがした。

 だから、公園で水飲んでて後ろからズボンを下ろされたときは死んだかと思った。しかもむせた。

「あれ? やっくんじゃないぞ」

 背後から子どもの声が聞こえた。

 嗣平はズボンをお腹までズリ上げて声の方へ振り返ると、男の子が二人いた。

 睨みつけてやる。

「やめろよ。いきなりなんだよ」

 その成果もあってか、しかし、なぜか、ずり下げなかった方が謝ってきた。

「ごめん! こいつ馬鹿だから。君、やっくんに似てたから、いつものあいさつをして、それで」

「ねえ、君、名前なんていうの?」

「あ! こら。お前が謝れよ!」

「名前」

 ずり下げたほうが隣の男の子の話を聞くそぶりもなく、話しかけてきた。

「あ、自己紹介しないとな! 俺、和也! こいつ、保!」

「え? あ、お、おれ、嗣平……」

 和也と名乗るバカはいきなり手を握ってきた。しかも笑顔だ。

「よろしく! 嗣平!」

 それが、小学校四年の時の、ずっと変わらない親友との出会いだった。


「帰り方? えーとね、俺、取ってくるから待ってて」

 問いに対してそう答えた保はダッシュで自宅に地図を取りに帰り、和也と嗣平は二人取り残された。遊び疲れて口数が減ってきていたとはいえ、二人っきりになるとさっきまでとは少し違う関係になったような気がして、二人は気恥ずかしさを覚えたのか、なんともぎこちない。

 空には飛行機が映画みたいに大きな音を立てて通過している。後に残る雲が、知らない世界へつながっているみたいだった。

 二人して、空を眺めた。

「おれさー」

 和也が黙っていた口を開いた時、既に六時を過ぎていた。

「うん。何?」

「おれさー。大人になったら、めちゃくちゃUFO乗りたいんだ」

 意味不明な言動に、ついに気が狂ったかと嗣平は疑う。しかし、和也の目を見ると、とても眩しかった。

「だから、UFO作るんだ! 俺の親父、めちゃくちゃ頭良かったんだって! だから、俺も多分大人になったら科学者になって、UFO作る! これ、保には秘密な。あいつ絶対馬鹿にするもん」

「う、うん。言わない」

「じゃあ、約束」

 差し出した小指を絡め、ゆびきりげんまん嘘ついたらハリセンボンと唱えると、和也も嗣平もあふれんばかりの笑顔をこらえきれなくなった。

 大笑いするふたり。帰ってきた保は気味悪がって、少し引いていたらしい。



 夢から目が覚めると、全身、汗がひどかった。嗣平は、一応着替えて、それから再び床に入った。 


 * * * 


「で、なんで萩原先生が来るんですか」

「何? せっかく声が出るようになった先生にむけて、最初に言う言葉がそれ? 杉内君、人間として最低ね。評定1」

「勘弁してくださいよ……」

 嗣平がいる個室は案外広く、椅子に座るもベッドで寝るも自由と、それなりに快適に過ごせた。しかし、それでも通信機器は使えないし、テレビもないとなると、さすがに暇を持て余す。

 だから、言われたとおり書けと言われた日誌の十三日の欄に返事があったのがつい嬉しくなって、期待に胸を躍らせた。

 さらに、十四日、つまり今日の昼、モクが「期待しておけよ」なんて言うもんだから、本当に期待していたのに、

「なんなんすか本当」

 まさか、萩原先生をよこすとは思いもしなかった。

「そんなにがっかりされると、私も少し傷つくんだけど」

「俺はもっと傷ついてますよ……。青少年の淡い期待をコンクリートミキサーで砕いて業務用レンジで調理した大工くらい酷い。こんなのあんまりだわ!」

「頭も診断してもらった方がいいわねこれ……」

 ため息を二人同時に吐くと、身を楽な大勢に崩した。

 聞けば、萩原先生は嗣平たちが帰った後すぐに、襲撃されたらしい。昼にモクが謝りに来て、そのときのことをいろいろと話してくれた。まあ詳細は教えてくれなかったが。

 萩原は包帯まみれで、女と言われなければ分からないような格好をしている。彼女はそれを気にせず、嗣平の前の椅子に腰かけ紅茶をすする。

「あなたが寂しくしてるって言われたから、私も教え子のためにと思ってきてあげたんだからね」

「はう。間違ってない。間違ってないけど! 確かに間違ってないけど!」

「ま、人の好意はありがたく受け取りなさいな。それに、私も話をしたかったし」

 萩原は首からぶら下げたポーチの中を手探りし、宝を見つけた海賊の様に豪快に取り出した。

「これ、あの子からのプレゼントよ」

 差し出されたというよりぶん投げられたその紙を開いてみると、こう書いてあった。


 ごめんなさい。 小山内柚瑠


 そういえば。

 嗣平は思う。

 そういえば、あの日以降、一度も小山内とは顔を合わさなかった。自分に呆れ果たのだと思っていたのだが、そう思っていたのは自分だけだったらしい。だけど、こうこられるとちょっと嬉しい。にやける。

 萩原は嗣平のその表情からなんとなく書かれた言葉を読み取る。若さが羨ましいと思う。

 一口紅茶をすすり、年甲斐もなく過去に思いをはせる萩原。それを見た嗣平の顔が赤くなったのを彼女は気が付かない。

 しかし、こういうことがあるから、わざわざ、大人になってよかったと思う。先生冥利に尽きる。

「あの子、素直じゃないから。人の姉やってるくせして、結構手間かかるのよ。さっさと来ればいいのにね。それだって私が言わなきゃ書かなかったわよ」

「そうなんですか。ありがとうございます。でいいのかな」

「うん。でも、それは本題じゃないわよ」

 くるっくーくるっくー。

 突如として鳴り出す鳩時計に気を取られ、その方角へ視線を向けると今の時刻が三時であることを嗣平は知った。「ちょっと何か食べ物頼みましょうか」とか「お腹減りませんか」とか、言おうとして、止めた。

 萩原の方を見た。

 萩原の笑みの中に大人が加わっている。

「許可が下りてるから、いろいろ私たちについて、そして、敵の正体について、あなたに教える。いい?」

「いいんですか?」

「わかってる? 言ってる意味」

 うっすら、わかっているつもりだ。要は、決意を聞いているのだろう。そう嗣平は判断し、一度深呼吸をしっかりしたのち、

「わかる、つもりです」

 萩原は目を瞑り頷き、

「よろしい。杉内嗣平クン。あなたを監視対象者ではなく、協力者として承認します。これからの話は、別に誰かに話してもいいわよ。その代りあなたの命は保障しないけど。自らの権限において、責任を持って、鋭意行動にあたってもらう。いいわね」

 嗣平は頷く。

「じゃあ、話すわね」

 萩原は一呼吸おいてから、話し始めた。


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