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19 戻らない時計

 奇跡的にも被災を免れた保健室の一角で、病人よろしく萩原はベッドに横たわっていた。

「目が覚めた?」

 小山内柚瑠は、混乱した目と至近距離で向き合う。

 萩原が口を開こうとした瞬間、

「あ、しゃべらない。まだ救急縫合で、一応の処置しかできてないから、これで」

 そう言うと、札を渡した。

(柚瑠。あなた、どうしてここに)

「それは後。その体で無理させるかもしれないけど、教えてほしいの」

 教えてほしい。

 もしかして、が甦る。

 切断されるのと爆発するのどっちが好き?

 思わず飲んだ唾の一濁が激痛を呼ぶ。萩原の顔に苦痛のお面が浮かぶと、心配そうな表情が柚瑠に表れた。

「ちょっと、大丈夫?」

 柚瑠は両手で萩原の手を包む。

(大丈夫。ちょっと嫌なこと思い出しただけ。要件は?)

 手が離れる。

「敵の正体。あと、杉内嗣平。それと伝えなきゃいけないこと」

(順番に言う。敵は冥界。ホシはセルダが連れてった)

「やっぱり、か」

 そうごちると、柚瑠は爪を噛んだ。すぐさま申しわけなさそうに、

「ごめんんさい。もっと早く伝達できれば、こんなことにならなかった」

(あなたのせいじゃない。で、冥界のこと? 伝えなきゃいけないことって)

「それが一つ。冥界が動き出して、戦争の長期化を図ってきたのが確定的。そして、儀式が近いらしいわ。だから、」

(ホシを狙っているのね)

 柚瑠が頷く。

「それで、プリンセスはたづなといっしょなのね。連絡は?」

(そうだ。でも、あいつ、道具以外何も持ってきてなかった。だから--)

 柚瑠の顔がゆがむ。こいつも人の姉なのだな、と状況にもかかわらず、萩原は思う。

(早く、行ってやれ)

 優しい口調で、柚瑠は言う。

「今は萩原が先。いつまでも軍の手を煩わせるわけにもいかないわ」

(でも、)

「ううん、大丈夫。安心して」

 自身のなさそうな口ぶりに、萩原は目しか動かないので、驚いた目をする。

 疑問を、はっきりと、伝える。

(なんで)

「私より、ずっと頼りになるから、そいつ」


* * * 


 嗣平は目の前の紙人形を3秒だけ見つめ、何かに気づき、起き上がる。

 目の前に奏がいる。しかし、すぐにその後ろの自転車に目が行く。

 立ち上がり、その自転車にまたがると、

「早く! 逃げるぞ!」

 奏は豆鉄砲。壊れたATMのように「えっ? えっ?」と繰り返す。しょうがないと嗣平は半ば無理やり奏を引っ張り荷台に乗せる。

「つかまれよ!」

 急な申し出にしては、奏はよく頑張った方だと思う。つかまるというより、つまむという感じで、嗣平の制服ごと手繰り寄せる。

 自転車が駆け出す。


 その後方500m。ベンチのそばで、一人の少女が片腕を抑えている。

 強い。

 大男が先ほどから小規模な爆発を起こし、おかげで服がボロボロになった。にっくき敵を、ボマーと仮に呼ぶことにして、そのボマーの攻撃を避けるのがいっぱいいっぱいで、たづなはなかなか攻撃の隙を見つけられずにいた。

「この、変態! さいてー! しんじゃえ!」

 くちばしバレルの先が花のように開く。強力な反動に耐えるため、たづなは右手と右足に根を張り、アスファルトの地面を噛む。半ばヤケに放つ軌道はあながち悪くはない。

 しかし、ボマーの横にツボが三つ生まれる。一筋の軌道が三又へ分断、轟音と主に消失。

 ここしかない、たづなはそう確信する。

 息つく間もなく、飛びクナイが二投。そして二段。

 どこでもいいから当たれ、と言わんばかりに雑な攻撃。顔面、右肩、すい臓、そして、隠しクナイが膝裏ひかがみへ向け飛び交う。

「いい加減にしろ!」

 ボマーの一喝。クナイが全て地へ還る。生まれたての雛鳥を樹から付き落としたように、クナイは死んだ。

「まったく。余計なことをしてくれたもんだ」

 ボマーが掌を立て、しきりに表裏を返す。

 たづなが気付いたのは音。

 後方で爆発。当然の爆弾の蹴りに背中を小突かれ、まるでそうすることが当たり前のように、地面を舐めた。

 わざとだった。隙なんかじゃなかった。

 そんなたづなの失意の中、ボマーは今まで一度も動かなかった(・・・・・・)場所を、ようやく離れた。

「ちったあ手加減する側の気持ちにもなれってんだ。ま、こっちもそろそろ我慢の限界だったんだけどよ。あとちょっとのしんぼうだったなあ、お嬢ちゃん」

 絶対性格が悪い。わざとらしくゆっくり近づいてくる。

「景気よくドカンと行こうぜ。俺は、あいつみたいに性格悪くねえから、一瞬だよ。安心しな」

 右手を伸ばし、左手で手首をつかむと、握った拳の先に、台風のような暴風が起こった。

 ボマーの顔で絶頂寸前の顔が爆発している。黙っていればいい男なのに、ドブ川のような悪意を撒き散らす。

 なにかが、いる。

 その表情が溶けた。

 しかし、ボマーは振り返らない。獲物をなめまわすように、たづなを見ては離さない。

 たづなには何も見えない。ボマーがちょっとよければ見えるのに、その後ろにいる奴の顔が見えない。せいいっぱい首を伸ばしても、ビニール袋が見えただけだった。

 誰でもいい。助けて! たづなは、本気でそう願う。しかし、ただ、地面の草を掴むしかできない。

「い、い、今、いいとこ。いいとこなのにぃ! な、なんだ、なんだよお前! 邪魔すんなよぅ!」

 ボマーのいかれた生殖器のような声に、しばらく、返事をしないでいるそいつ。

 紙面では書けないような罵詈雑言を並べ立て、ボマーは一人叫ぶ。

 一声で止んだ。

「だまれ」

 そいつが、何かを喋った。

「手を挙げて、ちゃんとこっちへ向け。お前に、聞きたいことがある」


* * * 


 奏を抱きかかえて、自転車から転がり落ち、今まで自分のいた場所で小さな爆発が起こったのを、嗣平はその目でしかと見届けた。

 肩から落ちる。二重の重力が働いたと思わずにはいられないほどの衝撃が襲う。体の軸が何本も歪んだような一瞬がやってきて、すぐにそれは痛みへと変換された。

 自転車には紙人形が張り付いていた。それでもボロボロとなった自転車は、もう使えそうもない。

 確信はない。でも、嗣平には、その紙人形が自分たちを守ってくれたのだと思えてならない。

「いっつ――! 奏、大丈夫か」

「な、なんとか」

 ボサボサの奏がのそりと立ち上がり、嗣平も続けて立つ。

 三度目の正直というやつだ。

 これまで2回の爆発は何とか当たらずにすんだが、3回目はどうしようもない。正面が行き止まりだった。瞬時に紙人形が嗣平へと体当たりをし、進行方向の逆へと奏を抱きかかえ、自分が下になるように落下したのだった。

「い、行くぞ」

「え、ちょ、ちょっとまってよ」

「待たない。立ちどまっていると危ないから、ほら、早く!」

 嗣平が走り出す。奏がそのあとを追う。

 しかし、それも長くは続かなかった。

 しばらく走ると歩くとを繰り返し、奏が止まった。

 後方の足音が突如止んだことに嗣平は驚き、振り向くより先に声を荒げたが、反応がないことにいやな予感がよぎる。

 急いで振り向く。

 一瞬視界にとらえたそこには、羽が落ちた鳥のように走ることをやめた奏が、もの凄い顔をしていたように映る。

「いったいなんなのよ! いきなり逃げて、走って! わけわかんないよ! なんなの。本当にもうやだよ」

 嗣平は内心焦る。しかし、なぜ自分の言うことを聞かないのかと思うと腹も立つ。

「今は、逃げないとまずいんだって!」

「一人で行けばいいでしょ!」

「だめだ! お前に何かあったら」

 そのさきの想像、一瞬で消す。

 そのとき初めて、奏の顔をちゃんと見た。

 しっかりとみれば、おびえている。その視線の先に、自分がいる。

 一つ、わかった。奏は、己を畏怖の対象として見ている。

 無意識に、嗣平は手を伸ばしていた。

「信じてくれ」

 目を閉じる。もしこの手を取ってくれなかったら、いったいどうなってしまうのだろう。自分も、奏も、そして、自分たちの関係も。

 一瞬の間であっても、永遠に近い空間を生きたような心地がする。

 ぬくもりが、伝わって、絡んだ。

 目を開き、顔を上げる。

 強く何度も力がかかる。痛いくらいの力が何よりもうれしい。

「わかった。わかったから」

 そう言った、奏が一度うなずく。

 嗣平も、頷いた。走り出す。


 公園のドームといえば、子どもたちがかくれんぼうのときに使用するスポットである。

 いま、二人はその中ににいる。

 何とか振り切ったと思った嗣平は、次にどこか身を隠さなければならないと考えた。たづなに教わったことの中にも、事態を確認するための時間を設けるための退避があったことを思い出し、条件に一致したのが、この場所であった。

 嗣平は子どものころより狭いと100%そう思う。

 この場所で、手をついて、頭を下げると、もっと狭い。

「すまなかった」

 嗣平は真剣に、謝った。自分が何かに追われているとか、どんなことが起こったということを伝える前に、前日やさらにその前に己の取ってきた態度を、恥じて謝罪した。

「お前のこと、俺、勝手に決めつけてた。ずっと謝ろうって思ってたんだ。でも、なかなかうまくいかなくて、余計怒らせた。だから、ごめん」

 奏は、ずっと放心状態だった。当人はむしろ逆で、心がずっとあるからこそ、どうしていいかわからなかったのだが、少なくとも、嗣平の目には逆に映っていた。

 しかし、

「ごめん」

 その言葉を契機に、あふれてきた。

「私の方こそ、ごめん。何度も、謝ろうとしてくれたこと、実は知ってた。私も謝ろうと思った。でも、なんか、嗣ちゃん見ると、なんか、なんでかダメだった。許せないって思った。本当に許せないのは、そんなこと思う自分だったのに、それをぶつけてた」

 そんなことはない。嗣平には奏の言うことが正確に伝わった。痛いほど、その気持ちがよくわかった。

 しかし、顔を上げてみると、若き胸を打つ奇妙な感覚が襲った。

 あのときは、涙であった。

 しかし、今は、微笑んでいる。

 老け込むにはまだ早い記憶が、ページをめくった。

 昔見た奏は、今の奏とは違って見えた。

 魅力的な笑顔だった。

 刻が、一秒、また一秒、終わりへ向けて動き始めた。

 だから、嗣平は決めた。右手を奏の顔の前に差し出す。

「仲直り」

「え?」

 小指を立てた右腕を揺らす。

「だから、仲直りのゆびきりだよ。昔、よくやったろ」

「え、ああ、うん。……そうだね」

 奏がゆっくりと手を差し出す。小指を絡める。

 それから30分間を、二人は昔話で過ごし、その間に、決着がついた。

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