似てるって言われても嬉しくないわ
白い肌が、薄く朱に染まる。
細い喉が、高く喘ぐ。
長い睫毛が、細かく震えた。
黒と赤のセーラー服が、シワを作り乱れる。
「あ、あぁっ……やぁ」
細かな違いは、本人ではないと再認識させる。
例えば、白い肌はもっと不健康に青みがあるのが本当の本人のそれだった。
体付きはもっと細く、華奢に、線を細くした曲線。
大きく波打つ黒髪も、胸下くらいの長さだ。
セーラー服ではなくて、ブレザー。
「っあ、だめぇ……」
こんな胸焼けがしそうなくらいの、甘ったるい声は聞いたこともなかった。
単純に聞いたことないだけ、と言われればそれまでだけれど、少なくとも喜怒哀楽を含む声音すら、薄らとしたものなのに、そんな声が出ると想像するそとの方が難しい。
後、一番は、その瞳だ。
真っ黒な日本人らしい瞳は、もっと透き通って、黒く染められたガラス玉のようだった。
光を映さない代わりに、決して濁ることがないような透明度を持つ黒目。
ベッドに背を預け、口元を手で覆う。
違いは明白だ。
些細な違いと言われるような違いも、俺なら、彼女のことなら、分かる。
分かっている、はず。
無骨な指が滑らかな肌を探るように動く。
気持ちが悪い。
細い腕が太い首に伸びる。
気持ちが悪い。
高い水音と高い声。
気持ちが悪い。
あれは、あの子なんかじゃ、ない。
***
「要〜昨日のどうだった?」
ぽんっ、と軽く肩を叩かれ、のろのろと顔を上げれば、締りのなかった笑顔が固まった。
ズレた眼鏡を押したげて、その顔を見る。
「え、なに、お前何でそんなやつれてンの。ヤリ過ぎ??」
僅かに引いたように口元が引き攣るのを見て、深い溜息を漏らしてしまう。
同じ軽音部所属のこの男は、はて?と首を捻っており、本当に何も分からないらしい。
クラスも違うし、そうかも知れない。
「もう良い、返す」
とすっ、とソイツの胸に、鞄から取り出したそれを押し付けるが、顔が歪められる。
俺が手を離したところで、たまたま通り掛かった校則違反の赤い髪をした女の子が、あ、と声を出す。
足を止め、こちらを見つめ、ソイツに返したそれを見て、瞬きをする。
ゆっくりと視線を追って、俺は自分の机に額を打ち付けた。
鈍い音が響く。
返したそれは、受け取った時には黒い袋に入れられていたが、今はパッケージが剥き出しだ。
黒いセーラーに、赤いタイというベターな制服を着た女の子が映っているパッケージ。
それだけならまだしも、その女の子のセーラー服は、酷く乱れている。
冷や汗が流れ出す。
「……じゃ、俺は自分の教室戻るわ」
ひょい、と上げられた手。
剥き出しのDVDは、制服の中に押し込まれている。
声を上げるまもなく教室を飛び出してしまい、残ったのは俺と赤い髪の女の子と沈黙。
女の子は、赤い髪を揺らしながら、一つ頷く。
「あれはね、安っぽいもんだった」
その女の子は、高校で出会った、男女間を超えた友人で、友人だと思っていた。
流石に、納得したような声音を聞けば、これが友人?と首を捻ってしまう。
冷や汗が脂汗に変わる。
「ベターと言えば納得出来ると思うって言うのが許せないよね。折角、似てる、ありかもって思ったのにね」
ね、が同意を求めるように強調された。
人好きのする笑顔を浮かべているが、あのDVDの中身は男性向けで成人ものだ。
いつどこで入手して見たのか。
脂汗をカーディガンで拭う。
その間も、目の前のその異性の友人の口は止まらずに、制服は良いけどソックスを脱がさないのが気に入らないとか、オッサン相手は嫌だとか。
昼間の教室で飛び出す言葉ではない。
「結局、あんな目が異常に違うって思っちゃう紛い物よりも、本物が良いよね」
「うん。MIOちゃん、あれ見たの」
友人――MIOちゃんは、笑顔をキョトンとした間の抜けたような顔に変え、頷く。
ふわりと赤が揺れて、目の奥が痛い。
日本人の髪とは思えない鮮やかな赤は、目に優しくなかった。
「作ちゃんみたいって思うと、食指が動くんだよね!!」
花が咲くような笑顔。
むしろ背景に花が飛んでいるように見える。
「うわ、AVと比べられても嬉しくな」
花が枯れた。
脂汗がまた冷や汗に変わり、油が差されていないロボットのように首を横へと動かす。
二人揃って同じ動きをしたが、第三者として吐き出された言葉の主は、無表情だ。
セーラー服ではなくブレザーを着ている。
目も光るような生気がなく、黒塗りの硝子玉の様な光を含まない目をしていた。
不健康な白い肌に華奢過ぎる体つき。
黒髪は大きく波打ち、肩口で一つに結えられている。
「生理現象としては認めるけど、受け入れるのとは話が別だね」
「いや、作ちゃん……」
胸下で腕を組んだ女の子、作ちゃんは背後に男女二人の幼馴染みを引き連れている。
因みに、MIOちゃんも作ちゃんの幼馴染みだ。
何でこっち側にいるんだろうね、MIOちゃん。
俺の心の声が聞こえたのか、MIOちゃんの空笑いが響く。
「……はぁ」
「作ちゃん!聞いて!誤解だから!!」
「俺が好きなのは作ちゃんだけだから!」とか、浮気した彼氏みたいな台詞を出したら、一ヶ月口を聞いてもらえなかった。