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不毛の子  作者: ヨシトミ
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第9話 新井博物館

第9話 新井博物館


「え…彼氏やなかでね、おいはただ呪いに…」


驚きだ、あんたの他にも俺が見える人間があったとは…。


「違うの? これは残念…」


しかも話せる…新井のじいさんも相当の霊能力者なのだ。

歳で若干ボケているようだが…。

俺はあんたのしょうもない男たちのひとりかよ。


「で、直弼や。お前さんの彼氏はどういった人なのだい?」

「ああ、あれ…あれは彼氏などではなく、収穫した作物だ」


あんたは俺をびしと指差して、真顔でじいさんに答えた。


「ぎゃひ! ひどか! おいが事あい呼ばわりすっでなか! あいは忠恒だけで良かと!

おいは島津又七郎豊久! 島津ば救うた救世主じゃっど!

関ヶ原ん戦から落ち延びっ時、井伊直美ん先祖に保護ば拒否された恨みば晴らすため、

一族ば代々追跡しっせえ呪うちょっもん! 作物やなか!」


俺はあんたとじいさんの間に割って入り、集中線やベタフラッシュを背負い、

目いっぱい威嚇しながら名乗った。


「豊久? ああ、あの一発屋の雑魚か…てか同じ捨てがまりで死んだのでも、

はっきり言って長寿院盛淳の方がすごいよね、こんなデブじゃないし」

「一発屋! 雑魚! デブ!」


俺は思わずのけ反ってしまった。

このじいさん、あんたより強敵かも…!


「そんなおっとりしたほくほく顔じゃ、武功など無理無理。一発屋がいいところだよ」

「で、じいさんが見つけた面白い物とは?」

「そうそう、直弼に一番に見せたかったんだよ…」


じいさんは足を伸ばし、部屋の隅に転がっているファイルを足の指で挟んで、

それを持ち上げると、あんたに渡した。

足癖の悪いじいさんだな、横着するな。


「槍かよ」


ファイルにはパソコンからプリントアウトした、古い槍の写真があった。

笹の葉のような長い刀身に、樋には覚えのある彫り物に朱が流し込まれてある。

ああ、俺の槍だ…。


「直弼がこないだLINEで、島津とか言ってたのを思い出したんだけど、

新井の誰かが島津との戦で拾ったものらしい…ま、要は不燃ごみだね」

「不燃ごみ!」

「そうだな、持ち主の判別も出来ないのでは価値もない。ごみだな」


新井のじいさんはまた足を伸ばして、細長い包みを爪先で引き寄せた。

博物館だろ、古物はもっと大事に扱えよ!


「その不燃ごみなんだけど…なんか呪われてるらしいんだよね、臭いし。

ぞわぞわと冷たい嫌な感じがするんだよ、台所のかまどで焚いても冷たいままなのさ」

「つまり、始末に困っていると」

「始末! ぎいい!」


俺は包みを奪い取ろうとしたが、手はすうと包みを貫通した。


「ああん! そげん事なか! おいが呪うちょっとは井伊直美だけじゃっど!

おいが槍はそげん怪しか不燃ごみやなかと!」

「あ、お前の槍だったか。どうりでじいさんが臭いと言うはずだ」

「で、直弼や。お前さんにこの槍の始末を頼みたいのだよ。

臭いし、博物館に展示するのもちょっとなあ…」


するとあんたは包みをほどき、折れたり焼けたりして短くなった柄のついた槍を、

俺の前に置いて差し出し、手を合わせた。


「こいは『お供え』じゃっどね…!」

「始末など簡単だ、持ち主に返せばいいだけの事」


お供えならば、実際に手に取る事は出来なくとも受け取る事が出来る。

俺はお供えの槍を手にした。

多少柄は短くなっても昔のまま、戦場の武将がよみがえって来る…。


「おっしゃあ! 島津又七郎豊久復活じゃっど! さっそく井伊直美ば…ぐひひ」


俺パワーアップ! 俺レベルアップ! 俺ステータスアップ!

俺は背後に集中線ときらきら乙女なスクリーントーンを背負い、ホワイトを纏った。


「無理。そんな実体のない槍など無効だ、あきらめろ作物」

「てかその槍だと化け物とか、同じ実体のないやつしか倒せないよね?」

「ああん! 二人よってたかってひどかと! 大体博物館ち何ね、こん民家は!

こいんどこが『新井博物館』ね! ただんボロ家じゃっど!」


俺はそこらに形成された物の山をびしびしびしと指差した。


「あ、ここは居間。この博物館の家屋、新井家桜田門屋敷はじいさんの自宅を兼ねている」

「男の一人暮らしはどうも散らかりがちでな…」

「屋敷! こげんこまんか屋敷なんぞあっ訳なか!」

「それがあるんだよ、島津作物くん」

「作物! じじどんまで! おいは島津又七郎豊久!」


じいさんは面倒くさそうに立ち上がって、別の部屋へとのろのろ移動した。

俺とあんたもそれについて行く。

そして入った隣の部屋には甲冑や刀剣類が、ところ狭しと展示されてあった。

居間の山とは違って、手入れが行き届いている。


別の部屋には新井家の先祖たちが、日々の暮らしに使っていた道具類があった。

驚いたのは俺の死んだ時代のすぐ後に、製氷機が存在していた事だった。


「この製氷機は初代の新井直政が発案したんだよ。

よく熱を出す人で『お熱さん』と呼ばれていたほどだったから」

「ふうん?」

「それからこの麺棒は二代目当主で女人の大老、新井花のものだ。

私の『直花』の花は『新井花』の花から頂いたんだよ…」


じいさんは亡霊の俺にもひとつひとつ丁寧に説明をしてくれた。

足癖の悪いじじどんだが、話しぶりから教養は高いようだ。

物持ちが良いようで、展示された物のほとんどが俺が死ぬまでいた時代の物だった。

全てを見終わった後、俺はまだ生きていた頃を思い出して懐かしんだ。

そして、夏の緑の濃い匂いがする縁側で少し泣いた。


新井のじいさんがうどんを茹でてくれたと言うので、居間に戻った。

あんたはもう食べ始めており、俺が部屋に入って来たのを見て、

少量を小皿に取り分け、「お供え」にしてくれた。


「新井家には落ち度のあった者は罰として、麺打ちを行うと言うしきたりがあってな。

『新井の手討ち』てやつだ、私も先代からよく手討ちにされたもんだ」


じいさんは山からうどんを箸ですくった。

その間にもあんたが山をみるみるうちに縮小していく。

確か最初は霧島の山などよりずっと高峰だったはずだ、恐ろしか。


「して、島津の作物よ…直弼を呪うとかほざいておるが、どう呪うつもりなのだね?

ほら、もっとこう具体的に『井伊直美呪詛プラン』とかないのかね?」

「はっ! そいは…『プレゼンテーション』じゃっどね!」


あんたもあのコンペで「プレゼンテーション」をしていたな。

「プレゼンテーション」とは今様の戦!

つまりこの島津又七郎豊久に出陣せよと?

新井のじいさんは物の山から、足でノートパソコンを引っぱり出して俺の前に置いた。


「パワーポイントあるよ?」


パワポ? まかせろ。


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