第5話 島津豊久の呪いを貴様らに
第5話 島津豊久の呪いを貴様らに
「株式会社ワナビさんの過去作は斬新ですね」
「いや、かささぎデザイン事務所さんの方が、異世界ファンタジーぽくて…」
「ちょっと待った、今回のイベントに異世界はそぐわないのでは?」
あんたのいる大きな部屋とは別の、小さな会議室で審査は始まった。
早よ「株式会社井伊デラックス」について語らんか。
「株式会社井伊デラックスさんは…」
俺がいらいらしながら話を聞いていると、審査員のひとりが触れてくれた。
きゃあ! キター! 井伊デラックス来たあ!
「博物館や美術館のイベント経験があるだけ、そつのないデザインですね」
「井伊さんは歴史系得意みたいですし」
「客層も心得ている、だがいまひとつ尖ったところがないというか」
何ち! 井伊デラックスの作品を落とすなど許せん!
俺はあんたが夜通しで仕事をしてたのを見ている。
ゆうべだけでなく、きっとその前からいく晩もいく晩も…!
井伊デラックスの作品は、この俺が絶対通してやる、
島津豊久の呪いを貴様らに! 呪ってやる! 超呪怨!
俺は白く光るオーブを召喚し、ぴしぴしとラップ音をさせながら近づくと、
まるでうんこをなすりつけるかのごとく、他者の作品にオーブをなすりつけた。
すると、その効果がさっそく発現した。
「うーん…皆今ひとつなんだよね、やっぱり井伊さんが安心安定かなあ」
「井伊さんでしたら実績もありますし、上も納得します」
「井伊さんは『おいは揚丸』のOVAパッケージデザインを手がけています。
井伊さんだったら、昨今増加の『歴女』にも受けるのでは?」
いいぞいいぞ、このまま決定しろ。
審査は投票に移り、ホワイトボードに書かれた5人の候補者の名前に、
一人がひとつずつ、丸い樹脂カバー付きの磁石をつけていくという方式で行われた。
俺はふたたびオーブを呼び出して、他者全員の名前になすり付けた。
たぶん「株式会社井伊デラックス」以外の名前に、ぞわぞわやな感じがするはずだ。
あんたの名前に自然と指が動くはずだ。
ほら、動いたぞ。
「では投票多数にて、株式会社井伊デラックスさんに発注をお願いします」
おっし! 豊久グッジョブ! グッジョブ俺!
俺は拳を握りしめ、何度も大きく振った。
審査員はあんたの待つ部屋へ行き、結果を発表した。
それから詳しい話をして、家に帰る。
あんたは途中でレストランに寄って食事をする。
一人でイタリアンかよ、周りはカップルでデートっちゅうのに。
でも昨日とはまた違って、旨そうな飯だ…!
俺が指をくわえて、よだれをぼとぼと垂らして見ていたら、
あんたは昨日と同じように小皿に料理を取り、それを供えてくれた。
さすが、わかってくれている!
あんたはスマートフォンをいじると、その画面を俺に見せた。
“臭いよだれを垂らすな、汚い”
…そういう会話方法もありますか。
あんたは食事を終えて精算すると、また街に出た。
レストランに入る前はまだ夕暮れ時だったのが、もう完全に夜が始まって、
街のネオンが群れをなして闇に舞っている。
人いきれがネオンと合わさって、なんともなまめかしい夏の宵だった。
「貴様はまこち淋しかおなごじゃっどね…何悲しゅうて一人で飯ば食わんといけん。
周りはカップルばっかいじゃ、悲しかね、お?」
俺はあんたのレストランでの様子をによによと笑った。
ところがあんたは俺を無視して、そのまま街を歩き続けた。
「どこん行っ?」
「帰る」
「ああん! まだ早かと!」
あんたの周りを俺はぐるぐると回って、帰宅を阻んだ。
「どっか遊びん行かんね、ゲーセン…いけん、カラオケ…わからん、
風俗…おなごはいけん、ホスト…わっぜいけんが! がー!
そうじゃ、海…海はどげんね? 海、良か! そいならおいも見えっど!」
するとあんたはまたスマートフォンの画面を見せた。
“ぐるぐる回って臭い風を起こすな、気持ち悪い”
「素晴らしかあ! 周りはカップル、おまんさはひとり! 淋しかあ!」
俺は凪いだ黒い海に向かって、喜びに吠えた。
へこめ! 孤独の悲しみに暮れろ、井伊直美!
「女がひとりで海に来ると淋しいのか?」
あんたは海べりの公園の柵にもたれて、たばこに火を点けた。
その周りのベンチではカップルが、いちゃこらいちゃこら愛を語らっている。
あそこのカップルなんか、もういやらしい事を始めている。
「ああもうそりゃわっぜ淋しか、孤独ばううんと思い知ったら良か…!」
「関係ないね。ところで昼間のあれ、作物お前の仕業だろ」
バレている! なして?
井伊直美、まこち恐ろしかおなご!
「そ…そげん事なかでね」
「ばればれだ、あのコンペは出来レースで採用される者があらかじめ決まっていた。
かささぎデザイン事務所とな…私は金で雇われた対抗馬にしか過ぎぬ」
「いけん! そいはいけんが! コンペち実力やなかとね!」
「大人には大人の事情がある、かささぎデザイン事務所のような、
有力者とのつながりがあるだけで、何の実績も実力もないところを採用するには、
形だけでも競り勝たせねば他が納得しない」
たばこの青い煙が海風にたなびいて消えてゆく。
俺はあんたの孤独より、そっちのが淋しい。
「じゃどん、おまんさあげん夜通しがんばっせえ…!」
「それが仕事だからだ、金をもらった以上は最善を尽くさねばならぬ。
作物の時代の政治とやってる事は同じ」
「じゃどん、じゃどん…おいは悲しか! 努力が報われんち…!」
あんたはどんな気持ちであの見本を作ったの?
どんな気持ちでそんな虚しい事を引き受けたの?
俺はあんたの仕事を見た、他社の見本も見た。
俺が呪わなくても、あんたなら受注を勝ち取れたはずだ…出来レースでなければ。
俺は怒りに震えながら泣いていた。
「おいはあげん不正許せんでね…おいが呪うちゃる、こいは島津豊久ん呪いじゃっど。
不正にゃ不正じゃっど、復讐ばすっで! 島津豊久ジハード! 超ジハード!」
ところがあんたはくすりと笑うだけだった。
「…淋しい男だな、作物」