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不毛の子  作者: ヨシトミ
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第43話 インテグラシオン

第43話 インテグラシオン


「え…」


俺はあんたの言葉に戸惑った。


「入れち…その、おいと…いけんでね、そん身体で」

「いや…もっと近くにおいで、最愛より近くに…」


あんたは優しい目でじっと俺を見つめていた。

わかっているくせに、そんな事言われたら男は断れないのを。

男は女の誘いにただ従うしかないと。

俺は色付きの気体に戻って、あんたの中へと飛び込んだ。

もう何も見えなかった。


霊と霊は触れ合える、霊媒を使う必要はなかった。

二つの霊にあんたの中は狭い、俺たちは狭さにかこつけて互いを寄せ合い、

触れ合って、お互いを挿し込み、流し込み、お互いを受け入れ合った。

俺たちは男と女を離れて、ただの心と心になった。

因果応報…憎めば憎しみしか返って来ないのも当然だった。

心は優しさで呼びかければ優しさで応えてくれる、愛せば愛した分だけ愛してくれる。


形ばかりの戦国の妻とのように、ただ肉体を結ぶだけではだめなのだ。

憎い一族の末裔の女とのように、無抵抗を犯すのではだめなのだ。

お互いの心を持ち寄って、二人でひとつにしていかなければだめなのだ。

…結ばれるとはこういう事か、愛するとはそういう事か。


「お前と話がしたい、誰にも聞かれたくない」


あんたは心を俺とつなげたまま言った。


「何ね、秘密ん話じゃっどか…」

「あまり時間がない、もっと近くにおいで…私とひとつになるぐらい」


ひとつにとは…可愛らしい事を言う。

普段が普段なだけに、可愛らしさもひとしおだ。

たまらない、俺はまた形を変えてあんたに流れ込んだ。

深く、深く、あんたの心の中心を探るように。

あんたの声、あんたの反応、あんたの愛、あんたの心…ずっと欲しかった。

今だって少しも満たされる事なく、あんたが欲しくて欲しくて渇き続けている。


「…私をあげる。私の命も、人生も、身体も、心も、愛も、私をみんなみんなお前に…」

「何ち…むぜか事ば言いよっ、まこち愛おしかおなごじゃっどね…」

「ばあさんも言ってたろ、作物は大事だと。

作物とはいつだって大事にされる存在、作物を慈しまぬ、愛さぬ生産者などいない。

今も昔も生産者は作物に自分の全てを注ぎ込んできた…」


初めてあんたに作物と呼ばれた時、驚いたよ。

俺の中で作物は刈り取られる存在でしかなかったから。


「戦国を生きたお前なら身に染みてわかっているはずだ。

農業がどれだけ貴い営みかを…命を育て作物とし、それを糧とする。

お前ら武家のように首を取ってそれで終わりじゃない、作物は敵の首じゃない」


確かに武家は敵の首を取ってなんぼだ。

首さえ取ればあとはどうでもいいところがあった。

俺もまたそんな武家の一人だった。

敵の首さえ取れば、それで周りも納得すると思っていた。

俺の考えて来た作物は、敵の首と同じだった。


「収穫によって捧げられた命は大事にせねばならぬ、決して無駄にしてはならぬ。

次の春にはまた次の新しい命とせねばならぬ、そうやってつなげて行かねばならぬ」

「おまんさ…おいとの間に子が欲しかち言っとけ?」

「それも悪くはないが…出来たらそうしたいところだが、もうそういう時間はない」

「時間がなかち…」


そうだ、ばあさんは霊媒師に俺の除霊を依頼するのだった。

霊媒師が来てしまえば、俺は成仏させられてしまう。

笠垣の筋の者ならば能力も高い、きっと抵抗も出来ないだろう。

いや、抵抗する…あんたのそばにいるために、あんたと心を分かち合うために。


「夜が明けさえすれば、霊媒師はいつ来てもおかしくはない。

笠垣の家が頼むほどの者だ、必ず優れた力を持つ。

島津豊久など落ち武者の霊など、あっという間に除霊されて成仏させられてしまう。

でもそれは私が許さぬ、成仏などさせぬ…」


あんたは俺にしがみついた。

その背中が震えていた。


「…島津は作物、私の一族の、私の作物。十月のあの日、祖先の地に落ちて来てから。

島津豊久なる落ち武者が一族の末代まで呪うと、死んで行ったあの日からずっと。

死者の魂を慰められるのは霊媒師などではない、呪われた本人しかおらぬ。

呪われた本人が亡霊の魂を許し、愛する事しかない。

私が叶える、お前の願いを私が叶える、全てはお前の心のために…!」

「井伊直美、おまんさ…!」


俺の願いは…どこかへ落ち延びる事、出来る事ならば薩摩から少しでも遠くへ。

そして血縁の女ではない、少しでも遠い遺伝子の女と心から愛し合って結ばれる事。

島津の子などではない、俺の子をこの手に抱く事。

それがどんなに貧しくとも、小さな暮らしであろうとも、家族を守って一生を終える事。

島津のためではなく、自分のために自分の人生を生きる事。

なにより身も心も本当に自由になる事…。


「私をあげる、島津豊久…私の作物。私の肉体で続きの人生を生きて欲しい」

「じゃどん、そいじゃおまんさ…」

「女の身体は気に入らぬか? そうだろうな、お前は男だから…」


あんたは笑顔で俺の反論を塞ぎ、俺の頬に流れる涙を優しく拭った。


「お前が願った『心から愛せる女』を探すのだぞ、作物。

今の時代も女同士の婚姻は認められぬが、事実婚ぐらいは出来る。

…まあもっとも、その女が女のお前を愛してくれるかどうかにかかっているが」

「じゃどん…!」

「私のこの身体では妊娠のタイムリミットも近いし、出産に耐えきれるかもわからない。

子を望むのならば、明日からでも動け…一日でも早い方がいい。

子種は笠垣か誰かに分けてもらって…女同士に子は産まれないから」


そんな…心から愛せる女なんて。

あんたの他に誰がいるって言うの。


「私の身体なら、お前の魂ときっとうまく融合出来るの思うのだよ。

お前に憑依されている時、少しだけだがお前との同化を感じたから。

お前の魂と融合出来るのは、この私の肉体しかない…私を使え作物。

私の全てをあげるから、私を使ってあの戦の続きを生きて欲しい」

「…嫌じゃ、そげん事おいは…!」


あんたは動いた、心と心は男と女になった。

泣きじゃくる俺を包み込んで、あんたは俺に全てを見せてくれた。

かつて眠るあんたを犯しながら、俺が望んだ全ての行為を、全ての反応を。

俺が抱くのは無機質な人形ではなかった、成熟した生身の女だった。

あんたという女は全身全霊で俺という男を求めてくれた。

俺はあんたという命の、その最後の一滴まで味わい尽くした。


俺は気付いてしまった。

これが命のやりとりだという事に。

あんたは俺に全てを与えて、死んで行こうとしている事に。

いつだって、あんたは俺に自分を差し出すつもりだった事に。

それがあんたの愛に他ならないって事に。


「いけん! け死みよったらいけんが…!」

「…今度は私の願いをひとつ叶えてくれないか、作物」


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