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不毛の子  作者: ヨシトミ
40/50

第40話 スティグマ

第40話 スティグマ


笠垣は俺に他の島津悠作品も見せてくれた。

水底の冷たさ、降りしきる雪の閉塞感、光の優しさ、初冬の夜の澄んだ闇、

楽しさ、愛、柔らかさ、かっこよさ、可愛らしさ…。

テーマはクライアントの要求に応じて様々だった。

しかし写真のいかついやくざは、なんと細やかで深い表現をするのだろう。

あんたと仕事をしたから、彼がどれほど優秀だったかわかる。


「…島津さんは不幸な育ちの人なんだ。

両親を早くになくし、養父母に虐待されて育った。

だからこそそういう表現が出来るんだよ。

誰よりも辛酸を舐め、誰よりも他人の傷や痛みがわかる。誰よりも人を思った人だよ…。

俺も井伊さんもそんな島津さんだから、厳しくてもついて行った。

そんな人だったから、彼は俺たち部下の盾になった…」


島津さんはきっと、この作品たちのように丁寧に、深く、あんたを愛した。

俺と言う呪詛の前に立ちはだかるのはいつも愛だ…。

愛に負けてはならぬ、俺はこの恨みを貫き通さねばならぬ。

怨念こそ俺が俺であり続ける理由、亡霊の命なのだから。


それからも力の抜けたような日々を送るあんたに、俺は島津さんを見ていた。

彼は俺の邪魔をした、俺より先にあんたを不幸にした。

あんたの心も愛も何もかも、俺の欲しい物を島津さんは奪って行った。

夜、じいさんの魂を借りてあんたを滅茶苦茶に犯しても、

腕の中には狂った抜け殻しかなかった。


俺が島津さんだったら、あんたも応えてくれただろうか。

少女のように恥じらって、娼婦のように誘って、白い手足を俺の身体に巻き付けて、

涙のひとつぐらい浮かべて、俺を受け入れて応えてくれただろうか。

暴力の中、俺は島津さんとの時間をあんたの身体に問いかける。

どうして島津さんを愛したの、どんな風に彼を愛したの。

あんたにとって俺はどういう存在なの、俺も「島津さん」だよ…。



「何ち! 今日がおまんさん誕生日!」


あんたは誕生日が来て、またひとつ歳を取った。

10月21日のことだった。

俺が生前を過ごした戦国で言うと、ちょうど関ヶ原の戦があった日だった。

あんたはじいさんとパンの朝食を食べていた。


「おいが命日! 関ヶ原からん退却戦でおいが、こん島津又七郎豊久がけ死んだ日!

つまり、おいが呪いん誕生日!」

「くだらんな」

「直弼の祝いもだが、まずは作物の命日供養もしないとね」


じいさんは笑うと、パンをちぎってお供えにしてくれた。

朝食の後、じいさんは居間にダンボール箱で簡単な祭壇を組み、

そこに台所のバナナやみかんの有り合わせの供物と、懐中電灯の燭台を置き、

「島津又七郎豊久」と俺の俗名を、切ったチラシの裏に筆ペンで書いた位牌を祀り、

夏の残りの蚊取り線香を手向けて、自分で「ちーん」と言って手を合わせてくれた。


「…じじどんおおきに、おいは嬉しかあ」

「間に合わせで正式な法要とは言えないけれどね」

「ああん、やっぱいじじどん大好きじゃあ!」


小さな武将はじいさんのやせた胸に飛び込み、頬ずりをした。

じいさんも俺の出っ張った腹を撫で、頬ずりを返してくれた。


「さて、直弼に博物館をまかせて少し出かけて来ようかの」

「じじどん、どこん行っと?」

「ケーキ屋さんだよ、夜は直弼のお祝いだから」


じいさんが出かける支度をしている間、俺は食器を洗うあんたのシャツの裾を引っ張った。


「あのよう、おまんさ…誕生日ん祝いに何欲しかね?」

「要らん、臭い亡霊からの祝いなど」

「ああん! ひどかと! せっかくおいが…言いやんせ、何でん欲しかもんば!

例えばおいとか…言うちょったとね、おいとデートばしてくれんねち。

そいでん良かよ、確か場所はかささぎん巣じゃったな。夜そこで燃えっせえ…ぐへらり」

「なぜ私が笠垣の自宅で、お前と三人で乱交パーティせねばならぬ。

てかお前が笠垣と結ばれたいのか? 豊久どうしだからって」


あんたはくるりと腰をひねって、俺の手を払った。


「そうだな…欲しい物はあるぞ」

「何ね? 言うてみやんせ、今日んおいはおまんさんもんじゃっど」

「お前が成仏してくれるのが、一番の誕生日プレゼントだな」

「ああん!」


結局その夜はじいさんが買って来てくれたケーキを、皆で囲んで祝った。

…何も笠垣豊久まで加える事はないだろ。

笠垣はでかいダイヤモンドのついた指環を祝いに贈って、じいさんにも挨拶をしたが、

あんたはアクセサリーは好かぬと言って、はめられた指環をすぐに箱へしまった。

笠垣はそう来ると思ったよと笑っていた。

俺はと言うと、何も出来なくてずっとしょんぼりしていた。


あんたは疲れたのか片付けを終えると、風呂に入ってすぐに眠ってしまった。

…指環か、俺はふとんからはみ出たあんたの左手をじっと見ていた。

あんたに指環とか愛の証しなど要らん、女の幸せなど許さぬ。

色付きの気体は伏せて、あんたの長い指にそっと唇を寄せた。

すると白い指に赤黒い斑点がぼつぼつと浮かび上がり、

それが数を増してつながって行き、いびつな輪を形成した。

あんたの指には男が贈る愛ではなく、呪われた烙印こそがふさわしい。


でもそこはこれ以上不幸にはならぬ女、斑点だらけの指を見ても反応はなかった。

斑点は指だけじゃない、色を消して全身に点在しているはず。

女なら恥じろよ、愛してもいない男から受けた暴力の痕跡だ。


俺は矛盾していた、笠垣曰く矛盾は俺のお得意らしいからな。

あんたを守ると言って暴力をふるう、あんたを呪うと言ってあんたの心を求める。

あんたに孤独を望むくせに、自分は独占して自分だけのものにしたい、

自分は婚姻歴があるくせに、あんたの過去が許せない。

恋と呪詛は同義だ、誰かの事を思いに思う本質は同一。

恋する者の矛盾は、そのまま呪う者の矛盾となる訳か…。


俺の生きた戦国は苦しかった、でもあんたのそばにいる死後の方がはるかに苦しい。

いく晩あんたに触れて過ごしても、安らぎは来やしない。

苦しい心を何度あんたの中にねじ込んでは吐き出しても、そこに実りはない。

いくら肉体が生きていても、あんたは死人だった。

俺から吐き出された心は、受け止められる事なくすり抜け、すれ違い、

ただ虚しく流れ出し、無駄を俺に思い知らせるだけだった。


秋も終わっていくと寒さがいよいよこたえるようで、あんたはより弱っていった。

弱った身体は感染しやすいらしく、あんたはしょっちゅう熱を出すようになった。

寝たり起きたりして、起きている時はパソコンに向かって何かをしていた。

そんな年も明けたある日の午後、あんたは俺に仕事を手伝えと命令した。


「どこん仕事ね?」

「コンペに出す作品だ、黙って手伝え」


俺はその日からパソコンに入り込んで、またあんたの手足となった。

曲線は方向と力量を計算して走り、図形と図形は複雑に重なり合い、

加算や減算を繰り返して別の図形へと形を変える…。

コンペ用とあってあんたのだめ出しはより厳しく、俺は何度もやり直しをさせられた。

たった1ピクセルの違いもあんたは見逃さない。

あんたはデザインの基礎から、嫌らしいほどねちねち俺に言い聞かせる。

俺はあんたの中に島津悠の命を感じた、今も生きていると。


3月も終わりの夕方、郵便屋が作業中のあんたに一通の速達封書をよこした。

あて先は株式会社井伊デラックス、井伊直美様と島津豊久様、

差出人はあんたを賞にノミネートした新聞社だった。


「何ね?」

「作物、お前開けてみろ」

「むい」


井伊直政特大リボルテック魔改に入った俺は、小さい手で封をやっとこ切って、

恐る恐る中の手紙を開いた。


「…むひょう!」


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