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不毛の子  作者: ヨシトミ
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第4話 ファーミング・プロダクツ

第4話 ファーミング・プロダクツ


あんたは飯とおかずを盛った皿を置いて、静かに手を合わせた。


「こいは…『お供え』じゃっどね」

「お供えなら霊でも食えるだろ、まったく呆れた亡霊だな」

「…おおきに!」


お供えを直接食べる事は出来ないが、その心は受け取れる。

湯気や香り、生物の気配を食べる事が出来る。

それは味になって、ちゃんと味わう事が出来る…!


「旨か、旨か…こげん旨かお供えは初めてじゃっど!

お供えち言うたらみいんなくだもんや団子ばっかいで、もう飽き飽きじゃあ…。

ちんたか食いもんはもう嫌じゃっど、こげんぬっかお供えはわっぜ嬉しかあ…」


俺は涙を流しながらお供えを食べた。

実に400年とちょっとぶりの温かい食事だ…!

戦国の食事からだいぶ進化し、中華だ。


「作物は太らせておかねばな」

「えっ…」

「知っているとは思うが、私の祖先はお前の死んだ地で農家をしていた。

穫れる作物はわずかだが、それ以上の収入で倉が建つほど裕福だった」

「そん収入ち…!」


俺は目を見開いた。

あんたは構わず続ける。


「私の家の主たる作物は戦からの、関ヶ原からの落ち武者だ。

落ち武者を狩り取って身ぐるみを剥ぎ、それを金に替えて生活していた。

もちろん島津も例外ではない。そして島津豊久、お前の装備と家臣らもな」

「作物ちそげん事じゃったか…おいが事どげんすっと?」


確かに…ぼろぼろの鎧はあっても、兜や刀剣類はない。

あんたはお供えを下げ、それを食べて食事を終了した。


「さあな…亡霊など金にもならん」

「そいじゃ作物ち言えんでね」

「お前にはいずれ他の方法で支払ってもらう」

「そいはつまり! こんおいに身体で払えち!」


俺は親指を立てて自分自身をびしと指した。


「断る。なぜ私が臭いデブの相手などせねばならぬ」


あんたは食卓の上の食器を片付け、台所へと運んだ。

俺もそれについて床すれすれを浮遊する。


「えー、そいじゃ何ね? おいが身体ん何がいけんが?」

「物もつかめん上に、食えもしないお前に何が出来る? いっぺん死んで出直して来い。

…お前はいつか必ず支払う、私にではなくお前自身にだ」

「何ねそい」

「いずれわかる」


食器を洗い終えると、あんたはお茶を入れてパソコンの前に座った。

ネットとやらをしているのだろうか、それにしても画面が違うな。

さっきから文字列を動かしたり、画像の色味をこまかくいじったりしている。


「何しちょっ?」

「仕事だ、邪魔するな」


あんたはそれきり口をきいてくれなくなった。

俺はその横に座ってじっとそれを見ていたら、きっと睨まれてしまった。


「お?」

「臭い。離れろ、口をきくな」


臭い臭いて…あんまりだ。

確かに死臭はするかも知れない、でも他のやつらはちっとも気付かなかったぞ。

あんたは夜をずっとパソコンの前で仕事をしていた。

…ずっとそうやって夜をひとりで過ごして来たんだろうな、淋しい女だ。くく。

俺があんたにもっと仕事を持って来たら、あんたが子を成す機会もなくなるかな。

あんたの上に、俺の望む不毛は訪れるかな。


あんたは明け方に眠る。

俺はしばらくあんたの寝顔を見て、いろんな事を考えていた。

俺、どうしたらいい?

どうしたら俺はあんたをへこます事が出来る?

俺はどうしたらあんたの涙を見る事が出来る?


気が付くと昼下がりだった。

寝ていたらしい、俺は心を残して死んだ亡霊だから感覚を持つ。

むかつく、恥ずかしい、嬉しい、感情もあるし、腹も減る、眠くもなる。

あんたはスーツに着替え、化粧をしていた。

結構くっきりした顔をしているからか、化粧をするとけばけばしい。

どこの遊女だか。


そうして支度を終えるとでかい鞄を肩に提げて、玄関の扉に鍵をさして出かけた。

俺もあわてて追跡する。


「おいこら、どこん行っと?」

「コンペだ、臭いからついて来るな」

「断っ、おいは貴様が行っとこ這うてでんついて行っ…で、コンペち何ね?」

「ここで言うコンペとは、依頼主からの仕事の受注を競い合う事だ。

それぞれが見本を提出し、依頼主が仕事を頼みたい者を選ぶと言う仕組みだ」

「ほう」


つまり! そのコンペとやらにあんたを勝たせれば、あんたは仕事で忙しくなると!

そして! 忙しくなればあんたは家にひきこもりになり、男との接触もなくなると!

あんたを不毛に、くくく…素敵じゃないか。ユア不毛メイクスおい、ラブリー!

俺がんばるわ! 超がんばる!


「そろそろ人が多くなる、以降しゃべるな作物」

「ええー、そんなあ」


あんたは駅から電車に乗り、大きな街の大きなビルへと入って行った。

今回のコンペとやらは国の美術館で開催される、とある戦国武将関連イベントで使う、

パンフレットやチラシのデザインの受注をかけたものらしい。

国のイベントだから、受注出来れば大きな功績となるはずだ。


大きな部屋に集まった者らのうち、何人かが見本を提示し、

その説明をして仕事内容の提案をしていた。

そしてあんたの番だ、俺が勝たせてやるよ。

あんたの提示する見本の写しが皆に配られた。

黒と金を基調にさし色は青の紙面、戦国らしい重厚な装飾、読みやすい文字配置。

井伊とか言ってるくせに地味じゃね? それじゃ榊原康政だ。


「続いては株式会社井伊デラックスより、制作見本を…」

「井伊さんはテレビアニメ『おいは揚丸』で、OVAパッケージデザインを手がけていますね…」

「それから原作本のカバーデザイン他、揚丸関連の仕事をいくつか、

あとは新井博物館のパンフ、新井直政展のパンフと雑誌特集誌面デザイン、

経歴としては2007年に関ヶ原トリエンナーレグランプリ、

2010年にスオミグラフィックデザインビエンナーレ金賞か…」


審査員である国の役人らが見本を見ながら、あんたの過去の仕事を参照する。

これをどういじろうか。

いかさま? そんなすぐバレる事なんかするもんか。

亡霊ならば亡霊らしくいかねば。


一通りの発表が終わると、審査員らは別室へ引っ込んで行った。

俺も彼らについて、気付かれないようあんたの後ろから一度建物の外へ出て、

外壁をすりぬけて別室へと飛び込んで行った。

行っど、「ごー」じゃっど…!


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