表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不毛の子  作者: ヨシトミ
39/50

第39話 あんたの作物

第39話 あんたの作物


俺が心から不幸を願った人は、もうこれ以上不幸になる事のない人だった。

島津豊久とか雑魚の落ち武者ごときが、400年以上追いかけた呪いも、

まったく意味をなさない、まったくの無駄だった。

「無駄だ作物、あきらめろ」、その通りだよ井伊直美。

しかしなんとも苦しい事、俺はこんな気持ちをどうしたらいいのだろう。


俺はあんたを恨んで憎んでいる。

あんたは俺の新しい人生を否定した、俺の可能性を潰した恨めしい一族の末裔、

恨みを晴らさなければ、俺という魂はまったく行き場が無い。

生きてさえいれば死という退路もあったが、亡霊にはそれも無い。

戦で言う敵中に相当するのだろうが、ここは戦場じゃない。

斬って突破出来る程度の窮地じゃない。


あんたの傷は癒えて来て、吉弘の家から新井の家へと戻り、

デザインの仕事は受けずに、博物館の仕事だけを手伝っていた。

博物館のイベントは好評で延期もしたが、それも終わって通常の展示に戻っていた。

傷は癒えても、あんたはどこか力がなかった。


「直弼、疲れただろう…私が替わるから大丈夫」

「ありがとうじいさん。やはり歳か、前ほど回復しない」

「そうだなあ…直弼の歳だとちょうど衰えを感じ始める頃だからね。

若さとのギャップに慣れぬのも無理は無い…」


あんたはじいさんと笑っているが、それは絶対に違う。

俺があんたに憑依した事で、体力ゲージそのものが小さくなったのだ。

いくら強い霊能力があっても、あんたは霊媒師ではない。

訓練を受けていない素人では、受けるダメージの量が絶対に違うはずだ。



そんなある日、あんたは1本の電話で知らせを受けた。

新井博物館の新井花イベントにまつわる一連のデザイン活動が、

新聞社のデザイン関連の賞にノミネートされたのだ。

その後日、ノミネート者一覧が新聞で発表された。

作品名は「『新井博物館 新井花特別展』にまつわる一連のデザイン」、

作者は「株式会社井伊デラックス/井伊直美、島津豊久」となっていた。


「むひょ」


井伊直政特大リボルテック魔改に入った俺は、じいさんの膝の上で腹を撫でられながら、

くすぐったい気持ちでいっぱいになった。


「作物は『井伊デラックス』のオペレータだからねえ」

「むひょ。むひょ。『島津豊久』ん全国デビューじゃっどな、むひょ」

「誰だよ『島津豊久』とか雑魚の名を入れたのは」


あんたは不服そうにしていたが、俺は純粋に嬉しかった。

命を捨てる事でしか名をあげられなかった、戦国の雑魚武将だった俺が、

あんたの許でちゃんと努力して、それが評価されたのだ。

あんたとだからやれたし、あんたとじゃなきゃやれなかった。

井伊直美、あんたの作物が評価されたんだよ。


俺はそれからしばらくずっと、むひょむひょ言いっぱなしだった。

笠垣もこの知らせに博物館へ飛んで来て、あんたのノミネートを祝った。


「井伊さんすごいね、やっぱ俺なんかとは訳が違うよ。

俺なんかコネを使ってやっと仕事取れるぐらいだから」

「お前は政治の世界の方が活躍出来たかも知れんな…裏工作だけは得意な男だ。

三男で好き勝手しているが、たぶん笠垣家中の誰よりも政治の才能はある」

「チームメンバーの『島津豊久』て、あいつだよね…?」

「知らんな、誰が勝手に伝えたのだか」


博物館の誰もいない玄関で、拭き掃除をしていたあんたを笠垣は抱きしめた。

ひょろいキモオタでも、あんたを愛すればせつない顔ぐらいするのか。


「島津さんが生きていたら、『島津豊久』は今頃『島津悠(はるか)』だっただろうね…」

「過ぎた事を…」

「俺もいつか『島津豊久』を『笠垣豊久』…いや『新井豊久』にしてみせる。

井伊さんの心を全て俺のものにしてみせるから…」


無駄だ笠垣豊久、それは俺にも出来ない。

あんたの心は島津さんの心と一緒に死んだのだから。


「おいこら、笠垣豊久」


俺は帰ろうとしていた笠垣を、博物館の庭で呼び止めた。


「なんだ亡霊、俺が羨ましいか」

「うんにゃ、貴様なんぞキモオタどうでん良か」

「ははあ、さてはお前島津さんの事知りたいんだな? 

これだから彼氏気取りは…まあうちの会社来いよ、島津さんの記録残ってるから。

あんたのガキみたいな淡い恋心なんか、ささやかな望みなんか叩き潰してやるよ」


笠垣は笑って、小さな武将を脇に抱えた。

短い手足を宙でばたつかせる俺を無視して、博物館の玄関からあんたに声をかけた。


「ああん」

「…島津さんはいい男だったからな、くやしいけど今の俺でもちょっと敵わないね。

あんたなんか彼の足許にも及ばなくて絶望するね」


歩いてかささぎデザイン事務所に向かう笠垣は、足取りも軽やかに楽しそうだった。

敵の本丸であるかささぎデザイン事務所は、博物館の本当にすぐ近くで、

横の通りを皇居とは反対方面に少し行った、国の施設が立ち並ぶ区域の一角の、

ビルの1フロアを借りて、そこを会社としていた。


「うちはね、国からの細かい仕事が多いんだよ…俺はそういう裏工作が得意だから」


笠垣は俺をソファに座らせ、部屋の本棚を漁った。

そして雑誌やファイルをいくつか持って、俺の隣に腰かけた。

するといきなり俺の股間を揉みだした。


「何しよっ!」

「あんたのその容れ物は男として機能しない、そんなんでよく張り合おうとするな。

…この人が島津悠(はるか)、島津さんだ」


呆れながら、笠垣はファイルを開いて中の集合写真からひとりの男を指差した。


「井伊さんとは5歳くらい上かな」

「…何ね、こんいかついヒゲん巨人は? こいんどこが『はるか』ね?

もっとおなごんけされたごた…」


写真の男はどう見てもやくざにしか見えなかった。

ジャケットとパンツだけでなく全体的に黒い服装で、アクセサリーがごちゃごちゃうるさく、

髪も長目に伸ばして適当に後ろに流した黒髪が、不真面目そのものだった。

顔は濃いめで悪くはないがやはり強面で、頬に大きな傷跡が十字に走っており、

目もすわっていて、武家のような戦う人の鋭い目をしていた。


「ぶひょっ、どげん顔で『はるか』ち言うとか…ぷぎゃ」

「『はるか』と呼ぶと殺されるよ、井伊さんにも『島津さん』と呼ばせていたぐらいだし。

みんな大体『島津さん』か『ゆうさん』だね…ちなみに背中にすごい彫り物があるよ」


笠垣は別の雑誌をめくって見せた。

そこは広告のページで、化粧品メーカーの物だった。

女性のタレントをモデルに、ファンデーションや口紅など春の新商品を紹介しているが、

ピンクを基調に、誌面にたくさんの濃淡を花びらのように重ねてあり、

そのそれぞれが計算され尽くした位置に配置されてあった…まるで愛が降るように。

シンプルだが、優しく繊細なデザインだ。


「島津さんの作品だよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ