第32話 ダウザー×ダウザー
第32話 ダウザー×ダウザー
「あんな鋭利な刃物が刺さったのを抜いて放置したのよ、馬鹿ね。
私がダウジングで追跡しなければ、井伊さん今頃危なかったわよ…」
真田雪は俺をきっと睨みつけた。
こまい女だけに視線に刺々しい鋭さがある。
俺は再び槍先に憑依して構えた。
「貴様、なして追跡ば…」
「決まってるじゃない、井伊さんは私の思い人。心配して当たり前よ。
井伊さんを刺した島津さんなんかに渡せるはずないでしょ」
「直弼はどこに運ばれた? 今誰がついてる?」
じいさんは真田雪に詰め寄った。
「さあね…命は大丈夫だから探してみたら?
あ…でも島津さんのダウジングじゃ迷いが多過ぎて、井伊さんが帰って来る方が早いかも?」
「…おいは亡霊じゃっど、おいがペンデュラムじゃっど。
貴様ごた段階ば踏まんで良か、おいが直接井伊直美ん居場所ば指すど。
おいはちいとも迷わん…おいは井伊直美んペンデュラム、ダウザーん手に戻っまで…!」
「どこにダウザーを傷つけるペンデュラムがあるのよ、島津さん。
井伊さんを傷つけるのは、いつだって島津さんの意思じゃないの?」
真田雪はふふと笑って、俺とじいさんを置いてけぼりにして夜へと消えていった。
くそ、確かにあんたを傷つけたいのは俺の意思だ。
でもそれはあんたの女としての幸せだけだ、あんたの血が途絶える事だけだ。
「作物や…直弼を恨んで呪う気持ちはわからんでもない。
でも人を呪うってそういう事なんだよ…とにかく直弼の居場所を探そう」
じいさんは宙で頭をもたげてうなだれるペンデュラムを撫でた。
そして尾になった鎖の端をつまんで持ち上げた。
「救急車で運ばれたのならば、たぶんこの近くの病院だ。
夜間救急の患者を受け入れる病院は区内にいくつかある、わかるかい?」
鎖につながれた槍先は、芝生の上にこの周辺の地図を呼び出した。
そして公園の裏手付近の病院を指した、ここしかない。
他の病院は皇居の反対側か堀から外れたところにあり、ここから少し離れている。
救急もまずここに受け入れを問い合わせるはずだ。
何よりそこにあんたの気配を感じる。
「じじどん、公園のそばん病院じゃっど。そこしかなか。
じゃどん人ん気配がすっ、じじどん近づけんかも…」
病院のあるポイントにはあんたの気配だけでなく、他の人間の気配がする。
医療関係者のものではない、もっと嫌な感じがする。
…あんたには護衛がついている?
俺とじいさんは一度家に戻った。
普通ならばあんた本人から聞くか持ち物を改めるかして、病院は自宅に連絡するはずだ。
それもない、留守電にもそれらしき録音はなかった。
「連絡もないとは…お忍びの要人でもあるまいし」
じいさんはそう言って、着替えてあんたの入院の支度を始めた。
俺も井伊直政特大リボルテック魔改に入り、それを手伝った。
それから色付きの気体に戻って再び家を出た。
家の前からタクシーを拾って、皇居を背に横の道を走る。
そうして着いた病院の夜間受付で事情を話した。
「井伊直美さんて…ああ、さっき救急車で運ばれて来た女の人。
あれ? 連絡が来ませんでしたか? 井伊さんのご身内の方が自分でご家族に連絡すると…」
対応に当たった職員が意外な事を言った。
どう言う事だ、あんたの家族は皆もう死んでいる。
「彼女の身内は同居人の私しかいないはずだが?」
あんたの身内は新井のじいさんしかいない。
友達も見た事がないなら、今付き合っている男もいないはずだ。
男は怨霊の俺だけのはずだ。
今までの男は皆、不運な事故で死んだはずだ。
「えっ…でも井伊さんの…」
職員は戸惑った。
その時夜間出入り口の扉が開き、中から男が出て来てじいさんに話しかけた。
品のある柔らかな口調だった。
「婚約者は身内に入りませんか、新井直花さん」
「そなたは…笠垣殿」
男は笠垣豊久だった。
今夜はスマートなイケメンからひょろいキモオタに戻っている。
仕事中抜け出して来たらしい。
彼のオタ臭い長目の髪が夜風になびいて、そのひと筋が角のように立っていた。
「婚約者とはどう言う事だね」
「便宜上ですよ…まあ、もっとも婚約者となるのは時間の問題ですがね」
ふざけんな笠垣め、井伊直美に夫など要らん。
あんたという女は生涯夫も持たず、子も成す事なく、ひとり淋しく死んで行くんだよ。
俺がそうしてやる、あんたは不毛の女だ。
あんたの人生を左右するのは俺だけでいい。
「なぜ直弼がここに運び込まれた事を知っているのだね?」
じいさんは目を光らせた。
「一羽のかささぎが知らせてくれたのですよ、井伊さんが危ないと。
事務所の近くなのですぐですよ、行ってみたら井伊さんが外苑の芝生に倒れていました」
「かささぎ…」
真田雪の事か…!
あの女…あんたに惚れているふりして、実は笠垣とつながっていたのか。
そうだな、あんたも「マグパイ」を「かささぎ」と訳していた。
「井伊さんは今、面会謝絶になっています。俺も病室の前にいるだけで彼女には会えません。
着替えはナースステーションに預けてください」
「…それはあなたとお仲間が直弼を守っているからですか、笠垣殿」
「井伊さんには悪い男がつきまとっているみたいですから…」
悪い男…俺はどうせ悪霊だよ。
笠垣豊久は絶対的な正義の勇者、島津豊久は圧倒的な悪。
貴様らで言うところの、勝ち確定チート無双な伝説の選ばれし主人公と、
出落ちレベルの負け確定な、異世界生活初討伐の雑魚モンスターみたいなもんだ。
悪が正義を倒すのはいつだって楽しい。
行っど、GOじゃっどガスクラウド…笠垣に亡霊は、俺は見えない。
俺はじいさんの横を、笠垣豊久の身体を抜け、夜間出入り口のガラス扉をすり抜けた。
その内側、院内に入ると形状を変えた。
色付きの気体は小さな雲となり、その先端を尖らせて尾を引きながら探索を始めた。
ペンデュラム、対話を始める。
あんたの居場所はどこか、進路が分岐したら方向を指して俺を導いてくれ。
是か否か、イエスかノーか、0か1か、トゥルーかフォルスか。




