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不毛の子  作者: ヨシトミ
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第31話 ペンデュラム

第31話 ペンデュラム


「…ペンデュラムか、作物」


あんたは槍先に憑依した俺を笑った。

しんと静まり返っていた槍先はぐるぐると激しく動き出した。

ダウジングは嫌いじゃないぞ、パソコンと同じで0と1から分岐していくからな。


「井伊直美、おまんさにダウジングは無理じゃっど…おいが狂う、迷いが出っと。

おいが自分ですっしかなか、おいはこん矮小女ばうっ殺してん良か。

ペンデュラムが動いちょっ、答えはもちろん是じゃっどね…!」


槍先はホテルの一室の淡い闇を裂いて、真田雪の頬を撫でた。

鮮血を散らして新しい傷が走る。


「新井ん博物館ば売却してん良かかね…もちろん否!」


通り過ぎた先から槍先が舞い戻り、今度は耳を落とす。

真田雪は耳から流れる血も拭わず、頭を掻いた。


「…島津さんはどうしてあたしを攻撃するのか、あたしが島津さんの敵を奪うから。

違うわね、井伊さんを愛しているから…イエスかノーか、答えなさいペンデュラム」


槍先は少し回って横から首を狙った。

真田雪はそれをすっと躱して避けた。

槍先は突きを連続して出すも、あっさりと躱されてしまった…まるで踊るかのように。

そんな彼女の両手の指先にはY字に折り曲げたヘアピンがあった。


「ダウジング! 貴様…!」


ダウジングで俺の攻撃を読んだのか…。

しかもヘアピンのこんな小さなロッドで、手練かよ。


「ダウジングはあたしも得意よ…不動産とも関係が深いから。

今少し迷ったでしょ島津さん、島津さんとあたしは井伊さんをめぐる恋敵。

そうでしょ? イエスかノーで答えなさいペンデュラム、島津豊久…!」


真田雪は動いた、槍先はそれを追跡する。

そうして心臓を狙うと、彼女はバスルームの扉をがばりと開いた。

攻撃は跳ね返され、本能に盲目となる夜のようにあんたを目がけた。


「…ご苦労、グッジョブだった島津豊久」


槍先があんたの肩にようやく着地した。

あんたはそれを抜くと、着衣を直しジャケットを着て元あった懐にしまった。


「帰る。楽しい夜だったぞ、“マグパイ”真田雪」

「…今度は二人きりで、井伊さん」

「そうだと嬉しいがな、マグパイ…いや日本語でかささぎか」


あんたは俺というペンデュラムを連れて、カードで支払うとホテルを出た。

玄関で客待ちをしているタクシーに乗り込んで、走ってもらう。

だが信号待ちの時、あんたは手にぬめりを感じてタクシーを途中で降りてしまった。

通りを少し歩いて、ようやく皇居の堀まで出る。

新井家まではまだ距離があった、近道なのかあんたは外苑を通る。


「おいこら、井伊直美…」

「…少し疲れた、休憩だ」


あんたは道ばたの芝生に入って、仰向けに倒れ込んだ。

俺は窮屈で槍先から抜け出た。

見るとあんたの肩の傷から血がジャケットの上まで染み出して流れていた。


「おまんさあ…!」

「お前が邪魔してくれたおかげでデートは台無しだな、作物よ。

でも楽しかったぞ、今度は二人で行こうか…お前とデートだ。

旨い物を食べて、夜を燃えて過ごそうか。かささぎの巣でな…」


あんたはパントマイムで顔を覗き込む俺の頭を撫でた。

それからポケットを探って、500円玉を差し出した。


「…たばこが切れてしまった、買って来い作物。いつものだ、覚えてるはずだ。

いつもするように耳から魂を抜いてな、私はここで寝てるから」

「たばこち…! こげん血い流っせえ、助けっ…おいが助けっ、待っちょれ!」


とは言っても、エクトプラズムによる実体化では足枷がある。

恐らくそんなに遠くまでは行けない、俺は再び槍先に憑依した。

俺はこの女を助けられる? イエスかノーか? いや、必ずイエスにする。


ペンデュラムは動き、あんたのジャケットを少し破いて赤い切れ端を刺して運んだ。

ナイトランニングとか意識高いやつらの袖を切り裂きながら、

派手なランニングウェアの中から、袖の下から血しぶきを産みながら。

俺はまたあんたを傷つけてしまった…これが俺の呪いか、これが俺の望みか。

あんたの身体の傷なんか、俺はちっとも欲しくなんかない。

俺が望むのはいつだって、あんたの心、あんたの愛だ。

傷や病があんたを殺すのではない、あんたが死ぬのは俺の心が勝つ時。

あんたの心を俺が完全に征服したその時。


俺はあんたを憎んでいる? もちろんイエス。

俺はあんたを愛している? もちろんイエスだ、愛と憎しみは同義。

あんたは俺をどうしたい? なぜ暴力も傷も何もかもを黙って受け入れる?

それは俺を愛してしてくれる事なのか、イエスかノーか、答えろペンデュラム。


槍先は外苑を抜けて桜田門の前で道路を渡り、飛び地のように飛び出した庭を走り、

新井家屋敷の玄関の戸に突き刺さった。

さすがに一発では無理か、貫通出来ない。

俺は戸から一旦離れてまた突き刺さった、同じところを何度も何度も。

あんたに憑依した時もそうだった、白い炎が何度も境界の突破を試みた。

あんたが子を宿した時も、無数の精子たちが卵を覆う透明帯の突破を試みただろう。

俺はいつだって一匹の精子、ペンデュラムだった。


「じじどん! じじどん!」


俺が玄関の戸をどかどかやっていると、突然内からがらりと開いた。

槍先はじいさんの脇すれすれを横切って、玄関の三和土に落下した。


「どうした作物、憑依を解けばよかろう。直弼は?」


憑依を解く間も惜しかった。

ペンデュラムは尻から鎖をぶら下げて頭をじいさんの方に向けた。


「これは直弼の…直弼に何かあったのだね」


俺はようやく憑依を解いて、槍先から抜け出した。


「またおいがせいじゃっど…」

「案内しなさい、話はあとだ」


じいさんは靴箱の上から鍵を取って、寝間着のままつっかけを履いた。

三和土に落ちた槍先を拾って、ぐっと握りしめる。

色付きの気体はじいさんの先を飛び、あんたの待つ地点へと導いた。


「あれ…」


ところがそこにあんたの姿はなかった。


「確かにここん寝ちょったはず…血痕があっと」

「入れ違いになったんだろうか」

「まさか、そげん事なか。おなごが恥ば忍んでここに寝っほどじゃ、動けん」

「誰かが発見して救急車に乗せてくれたのだろうか」

「そいなら良かけんど…」


俺たちが困惑していると、さくりと芝生を踏む足音がした。


「私が救急に通報したわ」


振り返ると、真田雪がY字に折り曲げたヘアピンを元の形に直して髪にとめていた。


「貴様…!」


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