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不毛の子  作者: ヨシトミ
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第3話 ゴースト・メイ・クライ

第3話 ゴースト・メイ・クライ


「お前こそ何を必死に祈っている」

「えっ…そいはもちろん『井伊直美が石女になりますように』じゃっど。

そいから『井伊直美の一族に不毛を』じゃっどね、おまんさは?」


するとあんたはまたくすりと、嫌味な笑みを浮かべた。

そういうところも井伊直政そっくりだ。


「『島津又七郎豊久を始末してください』だ、お前臭いし」

「始末!」


恐ろしい! 俺は目をむいた。

するとあんたは髪に挿してあった金属製のかんざしを抜き取った。

髷がほぐれて長い髪が夏の湿った闇に広がった。

そしてそれで俺を刺した。

かんざしを持つ手は俺を突き抜けて行った。


「危なか! 何しよっ!」

「…まあこんな事だろうと思っていた、お前は物に触れる事が出来ない。

つまり直接の物理攻撃はない、それこそ念でなければ」


くそ…俺を試したのか。

俺が物に触れる事が出来ないのを、あんたに知られてしまった…。

あんたは家の見えるところで不意に立ち止まった。


「あ」

「やあ…買い物に行ってたんだ?」


そこにはサラリーマンとおぼしき背広姿の男が玄関の段差に座っていた。

あれがあんたの男って言う訳か。

冴えない男だな、背広も体型もだらしない。

あんた、あれの一体どこがいいんだ?


「会いたくて来ちゃったよ…」


男はあんたの手を引いて抱き寄せようとした。

許さぬ、あんたに子などこの俺が許さぬ!

俺はイラっとして動いた。

動くたび、ぴしぴしと樹脂の膜が張りつめたような音がする。

あんたの時代でいう「ラップ音」てやつだよ…!


「貴様、おいが標的ん何すっとか! け死みい! 呪怨! 超呪怨!」


俺はたまゆら…オーブを召喚すると、男の背中目がけて思い切り投げつけた。

そして男の首をぎゅうと締め上げた。

男は目を白黒させながら苦しんだ。


「な、何だ…化け物か? ひい!」

「妖怪やなか! おいは島津又七郎豊久、こん世に恨みば残す亡霊!

こん女はおいが呪うんじゃ、邪魔すっでなか!」


俺は浮遊するオーブを両手につかむと、男のあんぐりと開いた口に押し込んだ。

男は悲鳴を上げて帰って行った。

ふっ、決まった…これであんたふられたな、次から連絡も来ない。


「今の、あいつに見えてないだろ」

「しもた…まあ良か、とりあえずおまんさはあん男にふられよった。

さあ悲しみい! 泣いてん良かよ…えっ?」


見るとあんたは泣くどころか、顔色ひとつ変えていない。


「なして泣かん? 今んは立派な失恋じゃっど」

「グッジョブだ作物、あの男は既婚者…つまり妻子がある」


あんたはそれだけ言うと、長い髪を夜風になびかせて家の中へと入って行った。

「グッジョブ」…褒められたぞ俺、いやあ…あの、その…むひょ。

しまった、くすぐったがっている場合じゃない。

もしかしたら家の中に男がいて、あんた子づくりを敢行しているかも!

俺は鍵のかかった玄関の扉をすり抜けて、あんたを追いかけた。



「何のんきに飯ば作っちょっ?」


追いかけた家の中で、あんたは料理を始めていた。

炒めているにんにくから香りが立つ。


「一人暮らしが自炊しないでどうする、作物」


確かあんた、井伊直美の家族はもう死んでいたな。

井伊家は案外短命の家系らしい、俺が呪うまでもなかった。

しかしいい歳をした女がこんなところで一人暮らしか、無様だな。

一人暮らしに慣れたのか、もともと上手かったのか手際がいい。

飯を炊いているうちに、おかずが何品も出来上がって、

茶の間にしている部屋の中央に置かれた食卓に、ところ狭しと並べられた。


「…ちいと待ちい、おまんさ一人暮らしじゃっどね?

そんおかず一人でみんな食うんけ?」


そうしき盛りのどんぶり飯を運んで、あんたは食卓についた。


「何か?」


あんたは手を合わせて食べ始める。

くそ、旨そうだ…ぴかぴかの白い飯に中華のおかずか。

飯は戦の前に少しばかり食べたきりだ、俺は空腹のまま死んだ。

動きが鈍くなるから、戦の前は腹いっぱいに食べてはいけない。


「…旨そうじゃっどね、まこち良か匂いがすっど」

「腹が減っているのか…食べたいのか?」


そう言うとあんたはまたくすりと、井伊直政風に笑った。


「残念だったな」


俺は指をくわえて、食事を続けるあんたを見ているだけだった。

ああ…麻婆豆腐が、餃子が、青椒肉絲が、かに玉が、どんどんなくなっていく…!

…しかも飯をおかわりまで! いやじゃあ! やめてえ!

目の前に旨そうな食事があるのに、それを食べる事も出来ないなんて。

ぼろぼろの青っぽい甲冑姿のまま、あんたの横に正座をしている小太りの戦国武将は、

涙がぽたりぽたりと落ちて、さめざめと泣きだした。


「何を泣いている、作物」

「ひどか…こげんひどか飯テロなかあ…わっぜわっぜひどかと…!」

「…………」


あんたは泣きじゃくる俺に、ため息をついて呆れ返っていた。

そんな俺を置いてけぼりにし、あんたは突然立ち上がって台所に消えていった。

ひどい! 俺の気持ちを知っていて!

するとあんたは間もなく戻り、持って来た小皿に飯とおかずを少量ずつ盛り始めた。

そしてその小皿を俺の前に置いた。

これは…!


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