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不毛の子  作者: ヨシトミ
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第29話 亡霊の命

第29話 亡霊の命


「何しよっ…!」


急に身体を持ち上げられて、短い手足をばたつかせていると、

あんたは顔をぐいと近づけて、俺の耳に口を付けた。


「ここは私にまかせろ、食い止めてやる」

「はっ…そいは」


あんたはとりあえずマグパイ不動産からの間者、真田雪を居間に通して、

お茶を入れて来ると言って、俺ごと台所に引っ込んだ。


「…そいは『捨てがまり』んごたもんじゃっどね」

「敵前に捨て置かれたその『捨てがまり』は、敵を糧とするのだ」

「ばばあわっぜ素敵い! おいたちで協力しっせえじじどんば守らんね!」

「協力なあ…お前など期待も出来ん、まあ後ろに控えていろ」


それはつまり「後方支援よろしく」って事だな、んもう照れ屋なんだからあ!

うん! おいはやっど! うん! うん!


「利害ん一致じゃあ、おいに後方支援ば頼んでくれっとはほんなこつ嬉しかあ…!」


俺は抱えられたまま短い腕を伸ばして小さな手で、あんたのデコルテをぺちぺち叩いた。

手にあんたの心臓が動く感触が伝わってくる。


「いや、単に邪魔なだけ」

「そんなあ、おいたちじじどんば守っ『じじどんの退き口』やなかかね」

「作物ごときに何が出来る」


あんたは空いた片手でグラスを用意し、麦茶を注いで居間へと運んだ。


「待たせたな」

「じいさんは少々取り込んでいる、私が用件を聞こう」


あんたはこまい女の向かいに座り、ようやく俺を解放した。


「あのっ…この博物館を欲しいってお客さんが会社にいるんです。

その、それで、そのお客さんはとは国の事なんです。

この博物館を土地と家屋ごと国で買い上げて、国営にして保存したいって…」

「それだけか?」

「その…その事について国側が話し合いをしたいと。

私どもマグパイ不動産も間に入りますからと、会社が吉弘さんに」


あんたはちゃぶ台の下でハーフパンツの脚を伸ばして、正座する女の膝を割った。


「話はじいさんに伝えよう…だが、私個人がお嬢さんに用がある。

仕事が終わったら待ち合わせして会わないか?」

「えっ…も、もうデートなんて展開早過ぎます…こんな仕事着なんかじゃ恥ずかしい」

「構わぬ、そのままのあなたが良い…」


あんたの裸足の爪先が真田雪の内股に遊ぶ。

こまい女は顔を真っ赤にしてうつむくだけだった。


「続きをしてみたくはないか? 真田雪」


こまい女はあんたと約束をして、一旦会社へ引き揚げて行った。

あんたはチラシの仕事を切り上げて、風呂をわかして入った。

念入りに髪と身体を洗って、トリートメントをしながらむだ毛の処理をする。


「作物、背中を剃ってくれないか」


あんたは戸を開け放した風呂場から俺を呼んだ。

嫌な女だね、なんで俺にそんな事をさせる。

他のやつ…しかも女と会いに行くあんたの支度を、なぜ俺に手伝わせる。

男がそれを断れないのを知ってて言ってるんだろ。

結局折れてあんたの背中に石鹸を塗りたくって、剃刀を当てて撫でていると、

だんだんとそういう気分になって来る、だから嫌なんだよ。


あんたは背中が剃りあがると、風呂場の戸をぴしゃりと閉めて俺を追い出した。

そうして風呂から上がると髪を乾かし、部屋の鏡の前に座って化粧を始める。

いやに念入りだな、男と会う時もこんな風なのだろうか。


「女と会うのはさすがに緊張する、女は細かいところまで見ているからな。

男相手なら見逃してもくれるだろうが…全く気が抜けないものだ」


俺が嫉妬混じりに皮肉を言ってやると、あんたはそう言ってふふと笑った。

化粧の仕上げにあんたは香水のビンから蓋を取って、宙に向けて頭をひと押しする。

森にむした苔や香辛料のような、深い香りの霧の中にあんたは入った。

俺もそこに飛び込んで、あんたの腰にしがみついた。


「…おまんさ、まこちあんこまんかおなごと寝っとか? いけんが…」

「何がいけない、私は何ら構わぬ」

「おいは嫌じゃ、そげん事…おまんさはおいがもん、おいだけんもんじゃっど」

「…お前に言われる筋合いはない、そういう事はお前の恋人に言ってやれ」


あんたは冷たく俺をふりほどいて、箪笥を開けて服を探した。


「恋人なぞ要らん、おいはもうけ死んじょっ…おいにゃおまんさだけじゃっど。

おいが今ここんおっとはおまんさんためだけ、そいが幽霊ちもんじゃっど…」


小太りの小さな武将は、泣きながらあんたの脚にすがりついた。

情けないほど俺は無様だ、戦国の武将としての誇りもくそもない。

事情はどうあれ、今の俺はこの女たったひとりのためだけに存在している。

成仏も出来ず幽霊になるとはこういう事か…。


「では聞くが、お前は私に一体何を望んでいる? 不幸にしたい? 不毛をもたらしたい?

その先はどうなる、お前の願い全てが叶ったらお前はどうしたい?」

「う…そいは…」

「まさか成仏さえすれば、消えて何もかもなくなるとか思っているんじゃないだろうな?

成仏ってのは消滅する事じゃないんだぞ、簡単な事じゃないんだぞ…」


あんたは振り返り、俺のまえにしゃがんで呆れた。


「おいは成仏なんぞせんでね…」


俺はあんたの首に短い腕を引っかけて身体を寄せた。


「願いなぞ叶わんでん良か、おいはおまんさに永遠ば望む。

おまんさん心ん全てが欲しか、おまんさん愛ん全てが欲しか、

そげん思っせえ、ずうっとおまんさん事追いかけたか」

「…それは愛する人に言う言葉だと言ったはずだ、私に言う言葉じゃない」


愛する人と憎い人…おんなじだよ、少しも違わない。

俺はこの手に抱く女を愛している? そんなのどっちだって構わない。

亡霊となった俺には、愛も憎しみもただの執念にしか過ぎないのだから。


「おいはおまんさん事愛しちょっ、憎んじょっ…どっちでん良か。

じゃどんおまんさん事思もちょっ、寝てん覚めてん愛してん憎んでん。

おまんさはおいが存在すっ唯一ん理由、こん亡霊ん命…!」


あんたは泣いて思いを訴える俺を無視して、出した服に着替えると、

押し入れの奥から小箱を取り出した。

中には槍の先と鎖がしまわれてあった。俺の槍の先だ…。

あんたはそれをまとめて革製の鞘に納めて、ジャケットの懐にしまい込んだ。


「行くぞ作物、デートの時間だ…命なら来い」


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