第19話 リボルテックでん愛されたか
第19話 リボルテックでん愛されたか
今かけた金縛りがもう解けそうだ、あんたは口だけで声を出した。
「作物が…生意気な」
「恋と呪いはおんなじじゃっど…方向性こそ違えど、誰かん事一途に思も事はおんなじ。
そいはわっぜか純粋な気持ちじゃっど、不幸んしたか幸せんしたか、
うっ殺したか抱きたか、恨めしか愛おしか…呪うてん恋してん、おんなじじゃっどね。
寝てん覚めてん誰かん事ば思いに思も事、自分がもんにしたかち術ばかけっ事…」
…俺の術なんてちっともあんたに利きやしないけれど。
あんたは俺という亡霊に少しも驚きも恐がりもしない。
あんたの仕事を増やして男との接触を絶とうとしても、裏目にしか出ない。
あんたの男を呪っても殺してもだめ、あんたの毎日は変わらない。
犯しても孕ませてもだめ、その子を流させてもだめ、あんたに女の不幸は一切通じない。
「…別物だ、呪いは恋になり得ぬ」
俺はあんたの背中で腕を交差させ、唇に乗った俺の血を自分の唇で吸った。
俺のしている事はまったく無駄でしかなかった、亡霊に実体はない。
どんなに接近しようが交差するのみ、俺はあんたに触れる事が出来ない。
「恐らくお前はまともに恋など知らぬ、だからそのような安易な事が言えるのだ」
「じゃどんおい…知っちょっ、知っちょっで…」
…切なくて切なくて、苦しくて苦しくて、涙が出る。
もし俺があんたを恋させる事が出来たら、俺はあんたを陥落させられるだろうか。
泣いて俺の足にすがりついてくれるだろうか。
夜ごと切なさに身体を火照らせて、俺を求めてしがみついてくれるだろうか。
そんなあんたを冷たく振りほどいて、俺はあんたを不幸に出来るだろうか。
俺のする事全てを不幸に思ってくれるだろうか。
実体が欲しい、あんたに触れられる自分の身体が欲しい…。
「何? 身体が欲しいだと?」
「欲しかと」
「パソコンで良くね?」
じいさんとイベントの準備をするあんたに、俺は肉体が欲しい事を言ってみた。
「ああん! そいじゃおまんさん事ぎゅうぎゅう言わしきらんでね!
そいから…おいも仕事ば手伝いたか」
「作物が自ら進んで使役を志願するか…考えておこう」
その晩、作業の合間にあんたは中古オタショップへ足を運んだ。
ところ狭しとアニメグッズが並ぶ店内を、あんたはつかつかと足音高らかに歩き回る。
ロング丈のぱりっとしたトレンチコートを着込んだ、でっかいおばさんは実に迫力がある。
腰まである髪を揺らして、オタク共を蹴散らして行く。
すごい浮いている…しかも超威圧的だ、井伊直美恐ろしか…!
「おっ、『おいは揚丸』んOVA発見じゃっど」
俺はあんたがパッケージデザインをしたと言う、「おいは揚丸」OVAを見つけた。
黒い…黒過ぎる、夕飯の時じいさんがつけていた可愛らしいテレビ版とはすごい落差だ。
「黒かあ…真っ黒々じゃっどね…」
「その落差が毎度の名物なのだ、それが『おいは揚丸』なのだ。
作者の成富信とも会った事があるが、ケチケチおばさんだったぞ。
仕事場を訪問したのだが、『トーン貼るならベタを塗れ』と吠えておった。
貧乏でスクリーントーンを節約し過ぎた結果がこの黒さだ…」
あんたは向かいの商品の棚から、箱をひとつ取った。
「風呂場の壁のしみになってむひょむひょよがったり、
パソコンに入り込んで機械を自在に操れるなら、物にも憑依出来るはずだ」
そして箱を俺に見せた。
「お前に肉体を与える…新生島津豊久の誕生だ」
「ぶひょっ。何ねこいは!」
あんたの見せてくれた箱は、萌えアニメの美少女キャラのフィギュアだった。
水着でも裸でもないのにすごい露出だ…まこちいやらしか。
「ふおお、こいが新生島津豊久じゃっどか…んな訳なかと!
何考えちょっ、こげんやらしかおなごんどこが島津又七郎豊久ね!」
「では仕方あるまい…」
あんたは箱を戻して、別の箱を取った。
「これなら良かろう」
「アホか貴様! こいは机じゃ! 椅子じゃ! 動けん!」
それはフィギュア用の学校セットだった。
「むう。リボルテックか…贅沢な」
あんたは棚の表にかかっている袋を取った。
「どうだ、これならリボルテックだし動けるぞ」
「ひい! こいはリボルテックでんスタンドじゃっど!
新生島津豊久はリボルテックんスタンド! まこちひどか…ひーん!」
俺は上の「揚丸特大リボルテック」を指差した。
「あいが良か…!」
「却下する」
見ると値段が6桁もしていた…プレミアか、くそ。
あんたはワゴンセールから大きな箱を取った。
「これならどうだ。大きさもあるしリボルテックで可動だし、価格も980円だ。
しかもイケメン武将だ、これだったら許可するし惚れるぞ」
「却下すっ…!」
それは「井伊直政特大リボルテック」だった。
ゲームか何かの関連商品らしい、ワゴンセール980円とは…。
さすが井伊直政、この時代でも人望がない。
「ああん! おいは島津又七郎豊久! 井伊直政やなかでね!」
あんたは俺を無視して、井伊直政特大リボルテックをレジへと運んだ。
新生島津豊久はどうやら、井伊直政とか赤備えの武将になりそうですよ。
違う、すごく違う…。
「さ、入れ」
新井家に戻ったあんたはさっそく箱を開けて中身を取り出し、俺に差し出した。
しぶしぶ憑依し、手や足などあちこちを動かしてみる。
…一応は動く、あんたの指先にも触れる事が出来る。でも井伊直政…。
「可愛らしい武将でいいじゃないか」
「むう」
さすが井伊直美、井伊直政ならばあんたは可愛らしいと言ってくれるのか。
俺は顔を傾け近づけるあんたの頬に、ポリ塩化ビニルの小さな手をぴとりとくっつけた。
「…体温があるのか、いっちょまえに」
「あっど…」
そこまで言うと、涙がこぼれて俺は泣いた。
塗装の目から落ちた涙は、途中で消えずちゃんとあんたの頬に届く。
井伊直政ならあんたは俺を可愛がってくれる?
「いっちょまえに泣くのか…」
あんたは笑って、樹脂製の濡れた頬を人差し指の腹でそっとなぞった。
その優しさが心を切り刻むようで痛かった。
井伊直政ならあんたは俺を愛してくれる?