第18話 おいはおまんさに恋ばすっ
第18話 おいはおまんさに恋ばすっ
「わ…デートに連れて行ってくれるんですかあ?」
いろは姫が口のまえで拳を作っている横で、あんたは声にならぬ笑いに身をよじっていた。
「デート! デートが戦! さすが作物、色気ねえ…!」
「笑うな! こいは戦ぞ、おいが心ば守っ『島津豊久防衛戦』じゃっど。
言うたが、おいと井伊直美ん一騎打ちば邪魔すっ外野は潰らかすち…!」
俺は玄関へ向かった。
「表ん出やんせ、笠垣いろは」
俺はいろは姫…害虫を連れて新井家の前の通り沿いに移動し、
そこからすぐ近くの日比谷公園に入った。
あんたがにやにやしながら追って来る。
「日比谷公園…素敵ね、ここで私たちの初デートなんて。
わかってたらお弁当作ってきたのにい…」
「デート? ふざけっでなか、こん公園が貴様が墓場じゃっど」
俺はさっそく槍を召喚し、構えの姿勢を取って害虫に突き掛かって行った。
「きゃあっ! ひっどーい、こんな明るいうちに女の子襲うなんて…。
でもかっこいい…作物さんの事、もっと好きになっちゃうな」
いろは姫はそれを避けてふふと笑い、札を束から剥いで投げた。
札には西洋の魔法陣だろう知らない陣が描かれてあり、もぞもぞとした空気を発している。
「井伊さんなんておばさんじゃないの、あんな人にやめて私に憑いて欲しいな…。
ね、慰霊してあげる…私のお札に癒されてよ」
「慰霊ちゅうとはそげん安かもんやなか、井伊直美んパントマイムこそおいが慰霊!
井伊直美ばあげん人ち言うとか…許せんでね貴様」
「…好きなの? あのおばさんの事」
とりあえずこの害虫よりは絶対まし…!
あんたはむかつく女だよ、でもあんたの方が絶対にいい。
あんたを恨んで呪っている時が一番俺らしくいられる。
「許せない…」
いろは姫は付箋の束から、新しい札をはぎ取った。
そして物陰から、俺の様子をによによ笑いながら見ているあんたに投げた。
たかが紙切れしにては良く飛ぶ、その札の端が光る。
あんたに危機管理能力は皆無、俺はあんたの前に飛び込んで身体で札を受けた。
札は霊体である俺の皮膚を切り裂き、腐った血を跳ね上げる…。
「やっぱり好きなんだ…恋してるんだ」
俺が井伊直美を新井家に帰すのを見て、いろは姫はにやりと笑った。
「恋? そうかもな、恋も呪いも誰かん事ば思い詰めっち本質は同じじゃっど…。
亡霊んおいにゃ恋も呪いもどっちでん良か、人ば思も事に変わらん。
おいが井伊直美への呪いば恋ち言うとなら…!」
俺は次の札を槍で払い、いろは姫の顔に突き立てた。
次は喉だ、そのうっぜえアニメ声なんぞ潰してやるよ。
「おいはおまんさに恋ばすっ…」
突き立てた槍の刃先から黒い物がにじみ出て、肌にしみを作った。
そしてそれを引き抜くと、位置をずらしてまた顔を突いた。
いろは姫はそのたびにきゃあきゃあと悲鳴を上げた。
「おいは井伊直美に攻撃したおまんさを思も、おいはおまんさに恋ばすっど!
永遠に恋すっ、片時も忘れんでね…おいはおまんさに恋しちょっ。
おなご? だから何ね? 手加減すっち思もたか?
紅ば渡っせえ大人しゅう家ん帰すち思もたか? 見逃すち思もたか? 」
ひとしきりいろは姫の顔を突き終えると、彼女は顔を手で覆って地べたに転がった。
俺はオーブを呼び出し、彼女の上に馬乗りになって金縛りをかけた。
「可愛いは作れっ…むぜか事は作れっ」
彼女の顔にかかる手を強引に引きはがし、
呼び出したオーブを指で摘まんで小さくちぎり、それを丸めて出来た穴に詰めた。
いろは姫の顔の中央に、白玉の入った大小の黒い穴がみっちりと並ぶ…。
「わっぜむぜかぞ…そいで行きい、モテモテじゃっど」
俺は近くの照明の柱にまで彼女を張り飛ばし、オーブを餅のように引き伸ばして、
彼女をぐるぐる巻きにして固く縛り付けた。
誰がうつむいていいと言った、俺は彼女の顔も持ち上げて柱に張り付けた。
そしていろは姫のスカートのポケットから、付箋の束を奪い取ると、
札を1枚ずつ剥いで、それを彼女の身体にぺたんぺたんと貼り付けた。
札は彼女を切り刻みながら癒し、力の抜けたその脚の間から尿が静かに流れ出た。
…気を失ったか。
「うし! 豊久グッジョブ、こいが恋ん力ぞ」
柱を背に尿だまりの中に立ち尽くす笠垣いろはの姿に、俺は拳を握りしめた。
「これのどこがグッジョブだ、島津豊久」
「何ち! …げっ、おまんさ帰ったんやなかかね?」
俺の後ろであんたが腕を組んで仁王立ちになっていた。
新井家への短い帰り道、あんたは一度も俺を振り返る事はなかった。
俺はあんたの揺れる長い髪を見つめているだけだった。
戦国じゃそんな波打った髪など不細工の条件だぞ。
「…お前はやり過ぎだ作物、男が女などまともに相手するものじゃない。
ましてやあんな可憐な美少女だ、笑って冗談のひとつも言って帰すところだろうが」
「断っ、あいはおいが恋ん証しじゃっど」
「恋が大爆笑だな、そんなんじゃお前の言う『心から愛せる女』に出会えんぞ。
せっかく可愛い女の子が、お前みたいな臭いデブを求めてくれたのに。
もうこんなチャンス二度と来ないかも知れんぞ、もったいない」
あんたが呆れてため息をつくのがわかる、たぶんそんなチャンスは二度と無いだろう。
それでも俺はあんたを呪い続ける事を選ぶ。
「要らんね…無個性チョロインは要らん、おまんさん不毛しかおいは欲しゅうなか。
無抵抗ん女子供ばうっ殺してん、おいはおまんさば呪う事真っ直ぐに選ぶ。
おいは恨みん作っ幽霊じゃから…そいが恋ちゅうとならそいで良か!」
俺はつーんと口を尖らせた。
あんたはぷっと吹き出して腹を抱えた。
「恋が笑いに泣く、やめて差し上げろ作物…呪いのどこが恋になる?
恋がどうして美少女の顔を蓮コラに仕立て上げる?」
新井家の庭に入ったあんたに金縛りをかけ、色付きの気体はぐるりと一周回って、
死んだ時から流れ続けるこめかみの腐敗した血を指ですくうと、
その指をあんたの下くちびるに置いた。
「なっど。おんなじじゃっど…」
あんたの赤い唇に触れそうな距離で俺は言った。
こんなにもの狂おしい気持ちになんかなった事などない。
誰かを呪うとはこんなにも切ないような、甘いような、もの狂おしい気持ちなのか。
これが呪詛ならば、俺は永久に恋など要らぬ…。