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不毛の子  作者: ヨシトミ
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第17話 害虫キモス!

第17話 害虫キモス!


「…『いろは』とは伊達政宗の娘だな、作物よ」


笠垣と別れた後、あんたは俺をちらりと見て冷やかした。

俺は地べたに転がり、手足をばたつかせてごねにごねた。


「ああん! ひどかと! 井伊直美わっぜむかつくう! むきい!

今夜絶対おまんさん事襲っちゃる! めちゃくちゃんしっせえ井伊直美なんか孕ましちゃる!

おいが呪っせえ絶対流させんでね、おいが子ば抱きっせえ苦しんだら良かあ! うわーん!」

「無駄だ作物、いい歳こいたデブが変なごね方をするな」


あんたは突っぱねながらも、膝を折って手を差し出した。

俺はあんたの肩に頭をもたげるふりをして、腕を背中に回して軽く組んだ。

あんたは複雑な匂いのする女だ。

香水、たばこ、化粧品、皮革…あんたの過去が反映された、大人らしい複雑な匂いだ。

いい匂いだ、でも昼間には嗅ぎたくない。


「じゃどん、おい…あいつはどうも好かん」

「なぜだ、笠垣にしてはいい娘じゃないか。若く清純そうで、大人しげな美少女で。

…しかも彼女、お前が見えるらしいな。どうやらお前にひと目惚れしたらしいぞ?」


あんたは俺の耳元で声を立てて笑った。


「良いではないか、私などを呪っているよりよほど実りがある。

口説いて、誘って、犯してみたらどうだ? 簡単だし素敵だ…豊穣だな」

「そげんもん、ちいとも豊穣やなか…不毛じゃっど」


俺の豊穣はあんたの不毛、それ以外に何も無いし何も要らない。

そのためだけに俺は、あんたの先祖を代々たどって来たのだから。

あんたはいろは姫に俺を押し付けたいのだろうが、逃がしてたまるかよ。

俺はホーミング弾なんだよ、あんたが彼女を盾にしても貫いて逃がさない。


「お前はともかくいろは姫は絶対来るぞ作物、どうする?」


あんたがそう笑っていたが、それはただの冷やかしに終わらなかった。

その翌日、いろは姫は再び俺の前に現れた。


「ふおお…こいはまこち美しか、こいなら笠垣なぞ撃沈じゃっどね」

「てかじいさん何だよこれ、なぜ作物の名まで…そこは会社名だろが」


俺たち新井博物館の者は仕事を中断して、届いた印刷物より展示物紹介の写真集を開き、

あんたと俺がした仕事にじいと見入っていた。

じいさんはクレジットに俺の名をこっそり忍ばせていてくれた。

いろは姫がやって来たのは、そんな楽しいひとときだった。

彼女は鈴を転がしたような、澄んだ晴れやかな声で挨拶をした。

アニメ声ってやつか? 酒とたばこで声焼いてから出直して来い。


「こんにちはあ」

「これは…笠垣のいろは姫…」


いろは姫はあんたの肩越しに、俺を熱っぽく見つめた。

あんたはこいつを美少女とかほざいていたけれど、一体どんな目をしている。

個性がねえよ、個性が。

メンバーの顔の見分けもつかぬ、どこぞのアイドルグループじゃあるまいし。


「あのっ、井伊さん…井伊さんの後ろの方っ!」

「私かね、お嬢さん」


あんたの後ろで別の印刷物を確認していたじいさんが顔を上げた。


「いえっ…もっと若い、ふっくらとしたお武家さん…つ、憑いてます!」

「ほう…お嬢さんは作物が見えるか」

「作物?」

「ああん! じじどん作物ち言うでなか! ちゃあんと島津又七郎豊久ち名が…!」

「それじゃ『作物さん』…」


いろは姫は小首をかしげて微笑んだ。

俺は前に供えてもらった槍を、何も無い空間から召喚した。

柄の短くなった槍がぼうと青白い燐火に包まれて浮かび上がる。

その刃を寝かせ彼女の白い喉にぴたりと当てた。

刃を通して皮膚の脆弱さを感じる。


「貴様にゃ用はなか、帰りい…ぶち喰らすど」

「わ…私、作物さんにひと目惚れしちゃいました! 好きです、わ…私と付き合ってください!」


いろは姫は頬を赤らめて言った、それで清水の舞台から飛び降りたつもりか。

俺は当てていた刃を念力で少し押した。

少女の皮膚は裂けて、白に赤が滲む。


「断っ…おいは島津又七郎豊久、井伊直美が作物…。

作物ち言うとは生産者無くして実りはなか、成長ん邪魔ばすっな…こん腐れた害虫が。

作物ば収穫しっせえ良かち、生産者だけじゃっど…!」


亡霊の俺を作物と言うのならばあんたは恨みの元凶、生産者だ。

生産者が作物を収穫する、当然至極。


「あの、作物や…すごく違くね? お前さんが直弼を他の男から守るならともかく…。

そもそもお嬢さんはお前さんの恋のライバルですらないよね?」

「何ち! じじどん笑うでなか!」


作物が自分で自分を守る事の何が悪い。

俺は守る、自分の怨念を、心を。

俺はあんたを呪う、そのためなら邪魔は徹底的に排除するまで。


「可愛い彼女の誕生じゃねえか、付き合ってやれよ作物」


他人がせっかく害虫を脅しているところ、あんたはしれっと言った。


「ああん! ひどかと! 鬼い! 井伊ん赤鬼じゃっど!」

「あの…作物さんてもしかして、井伊さんと付き合ってるんですか?」

「全然。あり得んな、幽霊など話にもならん。早くあれを引き取って行ってくれ」


あんたは冷たく言い放った、ひどい…俺の気持ちを知っていながら。

俺は害虫の首に当てていた槍で、彼女の頭すれすれを突いた。

いろは姫は切れた髪を散らせながら後ろに押し付けられ、刃先が壁を貫通する。


「ふざけっでなか…おいと井伊直美はそげん安か関係やなか、因縁じゃっどね。

おいは付き合うど! 井伊直美んおっ限り未来永劫どこでん付き合うど!

ストーカーでん良か! 井伊直美こそ魂ば懸けっせえ呪う、因縁のおなごじゃっど…!」


するといろは姫は淡いピンクのスカートのポケットから、付箋の束を取り出し、

それを1枚めくって俺の額にぺたりと貼り付けた。

なんだか額がもぞもぞする…。


「慰霊のお札です。そんな辛い思いはもう忘れちゃってください、ね?」

「笠垣いろは、貴様…!」

「心霊やオカルトは好きよ…だから私と付き合って作物さん…いえ島津豊久さん」

「こげん札なぞ効くか害虫が…そげん名で呼ぶな、豊久ち言うでなか」


俺は額からお札をはぎとって、床に落とすと踏みにじった。


「…良か、付き合うちゃる…害虫駆除ち戦によう! 害虫キモス!」


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