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不毛の子  作者: ヨシトミ
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第14話 不毛の子

第14話 不毛の子


俺は新井のじいさんに助けを求めて、宴会場へ飛んだ。

じいさんにしか俺の姿は見えない、俺の声は聞こえない。


「じじどん! 大変じゃっど! 井伊直美が…!」

「どうした作物、何があった。泣いていてはわからん…!」


じいさんは泣きじゃくる俺を連れて、台所に倒れて血に染まったあんたを見つけた。


「…直弼! 直弼!」


意識のないあんたを抱き寄せ、じいさんは声をあげて助けを呼んだ。

俺は突然の出来事に驚いて、ただ泣いているだけだった。

台所に人が集まり、皆で手分けをしてあんたの衣類を緩めたり、

助けを求める電話をかけたりしていた。

それから間もなく救急車が到着し、あんたは担架に乗せられて運ばれて行った。

病院であんたはすぐに手術室に入れられ、その後もしばらく眠り続けた。


「じいさん…」

「…直弼!」


あんたが目を覚ますと、じいさんは涙を流しながら笑顔になった。

俺は自分の無力さに打ちひしがれていた。

あんたはまた目を閉じた。


「じいさんごめん、せっかくの新年会を…」

「そんなの構わん…新年会より子より、お前さんの身体の方が大事だ…。

まさか直弼のお腹に子供がいたなんて…せめて私にだけでも打ち明けてくれたら…!」


じいさんは泣きながら、あんたの手を握った。

あんたはふんと鼻を鳴らした。


「子供…そうだったか、気付かなかったな…」


あんたに子供…そして産まれる事なく死んでしまった。

遊んでいたから当然と言えば当然なのだが、なんという事実だろう。

じいさんはあんたの側にしばらくついていたが、面会時間が終了して帰って行った。

ひとり残されたあんたは泣き出す訳でもなく、また眠り続けた。

俺はちっとも眠れやしない。


「…残念だったな、作物」


夕方に目を覚ましたあんたは、枕元の俺にくすりと笑いかけた。

いや、笑ってる場合じゃないだろ。


「じゃどん、おまんさ…」

「こんな事ごときで私がへこむと思うか」

「ごげん事ごたち…」


流産とか、普通の女ならそこは泣いて立ち直れないところだろ。

あんたおかしいよ、絶対。

何日かを寝て過ごし、起き上がれるようになったあんたは車椅子に乗せられて、

病院の1階の診察室へ入って行く。

俺もそれについて行く、あんたの行くところなら俺はどこへでもついて行く。


「子供は残念だったけれど、井伊さんを助けられたのはほんと奇跡だったよ…。

井伊さん、血を失い過ぎて相当危なかったから」

「ありがとうございます」


あんたは車椅子のまま、医師の説明や今後の治療についての話を聞いていた。


「井伊さんの赤ちゃん、見ますか?」

「はい」


医師は看護士から小さなガラスのビンを受け取って、あんたに手渡した。

中は液体で満たされてあり、その液体に小さな塊が漬かっていた。

この汚物があんたの子供らしい。

あんたは相当に遊んでいた、どうせその時のくだらない男たちの子だろ。

あんたなんかただの動物と同じだ。

因果応報だな、井伊直美。


「この赤ちゃんね…ちょっと変わってるんですよ、よく見てください。

ほら、おへそからじゃなく爪先から母体とつながっている…」

「ふうん?」

「爪先から…?」


俺ははっとして、ガラスの小瓶の中身を凝視した。

まだ人かどうかもおぼつかぬ胎児の、ようやく形成されかけた爪先は尖り、

その先が紐のように伸びて、先端が母体の一部であろう汚物の塊と繋がっていた。

化け物の子かよ、気持ち悪い。

でもこの状態には覚えがある、俺と同じだ…。


エクトプラズムは霊媒と完全に分離する事は出来ない。

それを霊が利用しても、足枷となって霊媒とつながり続ける。

まるで俺みたいな子だな…まさか。


俺の顔から腐った血がどろりと粘りながら引いて行った。

いや、でも俺はもうとっくに死んでいる。

島津又七郎豊久はこの世を呪って、不毛を誓いながら死んだ。

俺の可能性を絶ったやつらに俺と同じ不毛を、それだけを願いながら。

そんな不毛な男…しかも死霊の子種も当然死んでいる。

生命活動の止まった、腐敗に崩壊した子種などに何が出来る。


不毛はどこまで行っても不毛でしかない。

何も実りを生み出さぬ、子など成さぬ。

あんたは俺の思う不毛を腹で形にし、それを流して却下を提案したのだな…。

出来レースの決まっているコンペに使う、とりあえずの作品見本のように。

それがあんたのやり方かよ、わざわざ命を懸けてまでする事かよ。

俺の子は制作見本なんかじゃない、その人生はCMYK値なんかで割り切れない。


俺は涙を流し、声の限りを絞り出して慟哭した。

無機質な診察室には、あんたと医師の冷たい会話が続くばかりだった。


診察を終えても迎えの看護士は来ていなかった。

あんたは自力で車椅子の車輪を回し、窓際に近寄って外の景色を眺めていた。

病院の玄関に春近い風が光って、落ち葉を、外来患者の髪を巻き上げている。

まだ腹が痛むのか、あんたは白い手を添えた。


「…ごめん」

「こんなごときで私を不幸に出来ると思うな、無駄だ島津豊久」

「ごたち…そいはどげん見てん不幸じゃっど、子ば流っせえ不幸ち思わんおなごはおらん。

そげんおなごはどこんもおらん、おまんさだけじゃっど…」


俺はあんたの隣でまた涙を流していた。

あんたはそんな俺を気にもせず、ただ真っ直ぐに窓の外の風を見つめていた。


「…心の月に曇りがなければ、私は少しも不幸ではない」

「くそ…伊達政宗め、まこちむかつく。許せんでね…」

「だから島津豊久やら雑魚が伊達政宗を討伐など、大それた野望だと。

所詮寝言にしか過ぎぬ、くだらんな」


あんたは笑っていたが、それが強がりでないのがまた憎らしかった。

少しうつむいて、あんたはもう誰もいなくなった腹の上に添えた手を見る。


「…どんな子になったか」


子は流れて行っても、あんたの中に残るわずかな母性が悲しかった。

俺はあんたの膝に顔を埋めた。


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