第11話 アドミッション・フリー
第11話 アドミッション・フリー
「じいさん、これはかささぎデザイン事務所の…」
さすがのあんたも平静ではいられないか。
「お、直弼も知っているか。かささぎデザイン事務所は偉い政治家先生の身内の会社でな、
今回のイベントのパンフなど、印刷物のデザインを請け負ったんだが、
どうやら受注までだいぶ揉めたらしい…あまりいい噂のない会社だね」
あんたはパンフレットを手に取って、ぺらぺらとめくってみた。
俺もあんたの横からそれを覗く。
…まったく期待出来ない、どこの腐向け同人誌だよ。
さしずめおやかたさあ×伯父、もしくは父が総受けか?
見てはいけない物を見てしまった俺は、目を手で覆った。
「きゃっ。恥ずかしかデザインじゃっどね、きらきら異世界BLファンタジーじゃっど。
風呂場んしみんなっせえ、ぎゅうぎゅうこすられっよか恥ずかしかあ!」
「そのしみから汚い水を出してむひょむひょよがっている、お前の方がよほど恥ずかしい」
「水! おいが子種は水やなかでね! そげん薄うはなかと!」
新井のじいさんは封筒から出てきたパスをひとつ、あんたの前に差し出した。
「ひとつ見に行ってみるかの、直弼や…その『きらきら☆異世界BLファンタジー』とやらを。
もちろん作物も来るだろう?」
「行っど、じじどん。おいは亡霊じゃからパスは要らんが。
つまりこん島津豊久は『アドミッション・フリー』じゃっど…!」
その週末、あんたは美術館の前でじいさんと待ち合わせて、入口でパスを提示する。
ほくほく顔をした小太りの戦国武将が、その後ろについて入口を突破する。
係員の誰も俺に気付かない、誰も俺を引き止めない。
俺はどこへだって入場無料、アドミッション・フリーだ。
くくく…かささぎデザイン事務所の異世界ファンタジーが楽しみだな!
館内では島津四兄弟のイベントのために1フロアを割いており、
薩摩より借りて来たであろう甲冑やら何やらが展示されてあった。
…とても見覚えがある、見覚えあり過ぎな物ばかりだ。
島津にはいい思い出がない、嫌な思い出ばかりが脳裏をよぎる。
赤い着物を着せられ、顔に紅を引かれ、大人らの前で舞わされた事とか、
伯父をはじめとした、おっさんらの夜伽の相手をさせられた事とか、
無意味な結婚を一方的に決められた事とか、伯父の戦に巻き込まれた事とか…。
しかし玄関のポスターや、館内のあちこちに置かれてあるチラシのセンスの悪いこと!
無難過ぎてつまらない、井伊デラックスの提出した見本の方がはるかにましだ。
史実がなぜ異世界ファンタジーになる? 頭おかしいんじゃね?
なぜあの血と死体だらけの腥い戦場が、花咲くきらきら背景に?
なぜあの薩摩とかくそ田舎が、きらびやかな京に?
しかも島津のあの小汚いおっさんらが、なぜイケメン青年軍団に?
島津豊久ですらほくほく顔の小デブだって言うのに、頭わいてんじゃね?
「作物よ…お前の嫌いな島津は、かささぎデザイン事務所によって成敗されたらしいな」
「すごいね…まだ美少女化されなかっただけでも良かろう」
「そげん事どうでん良か。かささぎデザイン事務所め、よくもおいが呪いば…」
そこへひとりのオタク臭いひょろひょろの青年があんたを見つけ、近寄って来た。
どこのヒキオタニート主人公だよ、こいつもあんたの男か?
「これは…まさか井伊さんが来ていたとは。ご挨拶が遅れて申し訳ない。」
「わざわざかささぎデザイン事務所社長がご挨拶とは、光栄な事だな」
「まあそうカッカしないで…あ、こちらは新井直花さんですよね、新井博物館の。
かささぎデザイン事務所の笠垣です」
笠垣と名乗るオタ青年はあんたの後ろのじいさんを見つけ、挨拶をした。
「井伊さんに協力していただいたあのコンペは、何かあったらしくてね。
井伊さんにはとんだご迷惑を、本当にすまなかったね」
「承知の上での参加だから私は別にいいがな…」
あんたは槍を片手に笠垣に飛びかかる俺を、ちらりと一瞥した。
ラップ音が場内にぴしぴしどんどんと響き渡り、来場客らの悲鳴が聞こえる。
「こんヒキニートが! ひき肉んしちゃっど! よくもおいが井伊直美呪詛プランば…!」
「…妖怪かな?」
笠垣はあんたの表情に、目をくりくりさせて不思議そうな顔をした。
「おいは亡霊! 妖怪やなかと! 一緒くたんすっな!」
俺は無視か! くそむかつくわ!
「無視すっでなか! おいは佐土原城城主ん島津又七郎豊久!
貴様おいが標的ば横取りすっとか、許せんでね! こんおなごはおいが呪い殺す!
邪魔すっとなら貴様も道連れじゃっど、種無しんすっどコラ!」
俺は槍で笠垣の下腹部を狙った。
その時和服姿のじいさんが草履を脱いで足を高く上げ、
俺の前にプリントアウトした美少女の萌え絵を、足袋の指で挟んで突きつけた。
萌え絵は透明の壁を形成し、俺はそれに弾かれてしまった。
「結界…!」
「…直弼よりLINEでお前さんの弱点は、従順な没個性ヒロインと聞いておる」
じいさんは俺の耳にささやきかけた。
「くそ、井伊直美め…さすがわかっちょっ!」
「作物よ…要らぬ殺生はならぬ。あんなオタ臭い男は放置だ放置、どうせ女に縁などない。
空想の中の没個性ハーレムでいきがっているのが関の山だ」
「ほほう、さすがじじどん」
笠垣はじいさんを見て、あんたに言った。
「井伊さんて新井さんと仲いいんだね、確か井伊さんて新井博物館の仕事してたよね」
「言っとくが愛人じゃないからな、変な想像するな」
「娘みたいなもんだよね、ほら私も直弼も独り身同士だし。
直弼と直弼の会社の新人さんには、今大きな仕事を頼んでいてね…今日はその勉強にな」
うはあ、じいさん嫌味炸裂! じいさん無双か!
しかし笠垣はちっとも動じない。
「えっ、井伊さんの会社て井伊さん一人では?」
「最近物好きなオペレーターが入ってね、変わったやつなんだがこれがまたすごいんだよ。
どちらかと言うとセキュリティに強いけどね…“ロジックマスター”島津豊久」
「そんなすごい人なら有名なはずだけど…俺知らないよ? 島津豊久? 誰それ?」
むぎゃあ! 俺、誰それ扱い? 忠恒ん「あい」呼ばわりよりひどか!
殺す…呪い殺してくれるわ、笠垣withかささぎデザイン事務所!
「誰そい? おいは島津又七郎豊久…」
俺はオーブを召喚し、それを手の内でこねた。
手を動かすたび、みしりみしりとラップ音が鳴る。
「井伊直美ん一族に第二の人生ばうっ潰らかされたもん…そいから!
こんおいこそが井伊直美ば呪い殺すもん…他人ん不幸ば邪魔すっな貴様!」
俺はじいさんと話す笠垣目がけ、オーブを力いっぱい投げつけた。
もう我慢は出来ぬ、じいさんが結界を張っても無駄だ。
「まこち怨めしか…呪怨チェスト行けー!」