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不毛の子  作者: ヨシトミ
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第1話 ハーヴェスト

第1話 ハーヴェスト


俺は山道のど真ん中に座り込んで、銃を構えた。


「運は尽きた…戦うてん負けは明らか、おいはここで戦死すっ。

伯父上は兵ば連れっせえ、薩摩に帰りい…国ん存亡は伯父上ん一身にかかっちょっ」


…嘘だね。

薩摩なんか、島津なんか滅びればいい。

俺は生きる、落ち延びて新しい人生を生きてやる。

今日ここで、俺は島津豊久を殺す。

島津なんか辞めてやるよ…!

俺は安全装置を外すと引き金を引いて、近づいて来る敵に向かって発砲した。


関ヶ原からの退却戦は圧倒的劣勢だった。

俺は伯父が見えなくなるまで時間を稼いだ。

伯父を逃がしたい訳じゃない、逃げるのは俺なのだから。


だが死の方が予想よりはるかに早く近づいて来た。

死ぬなんて逃げるための口実だ、それが現実になってしまうとは。

…待て、俺はまだ死ねない。俺は生きるんだ…!

落ち延びてどこかで新しい人生を自由に生きるんだ。

あんな与えられた嫁なんかじゃない、心から愛せる女に出会うんだ。

島津の子供なんかじゃない、俺の子供だって作るんだ。

小さくてもいい、俺は俺の人生を生きるんだ…!


俺は敵に囲まれ、猛攻に遭った。

誰かが敵将を撃ったらしいが、そんなもん焼け石に水だ。

俺は刀で斬られ、無数の槍に突かれて身体を持ち上げられた。

鎧なんか最初からなかったかのようだ…くそ、こんな事で死ぬかよ。


「空中ち…足場貰ろたど、あいがとな貴様ら」


俺は槍に持ち上げられながら、手にしていた刀で下にいる敵を刺した。

自分の血で、敵の返り血で、視界が赤く染まって行く…。


そうこうしているうち追撃中止の命令が出たらしく、敵は引き揚げて行った。

俺は血を失い過ぎて、意識が混濁していた。

昼間から曇っていた空はとうとう泣き出し、晩秋の冷たい雨が降って来た。

雨の中家臣らは俺を抱えて、匿ってくれるところを探して付近の村を歩き回った。

だが島津とは関わりたくないのだろう、俺たちを受け入れる家は一軒もなかった。

当たり前だ、島津を匿えば東軍に殺される。


家臣たちは俺を背負って彷徨い歩き、家を一軒ずつ回っている間、

俺は地面に寝かされ、護衛の兵が一人ついているだけだった。

雨は血液と体温をどんどん奪って行く。

命が流れ出してゆく…。

…まだ死にたくない、俺は生きるんだ。

俺に生命を、俺に自由を…。


混濁していた意識は遠くなり、とうとう真っ暗になってしまった。

しばらく聞こえていた雨の音や家臣の声が遠ざかり、それも消えていった。

こうして俺は死んだ。

…俺を拒んだあいつら、末代まで呪ってやる。

あいつらに永遠の不毛を、何も成す事のなかった俺のように。



前世に心を残した俺は成仏も出来ず、亡霊となった。

亡霊となってやる事はただひとつ、俺を拒んだあいつらを恨む事だ。

俺はまず死んだ場所付近を呪って、草木も生えない不毛の地とした。

それからあいつらに子供が出来ないようにした。

だがよそから嫁いで来た女にまでは、呪いがかかりきらず、

あいつらの一族を細々とながらも続かせてしまった。


そうしていくつかの時代を経て、一族の末裔は数が限られて来た。

そして一人の末裔の女に行き着いた、次はあんただ。

他の末裔は子供や老人で、そんな歳じゃない。

あんたしかいない。


末裔のあんたは東京…昔は江戸と呼んだところに住んでいた。

四十歳のおばさんだが、この時代なら可能性はまだある。

そんな可能性潰してやるよ。女の夢? 関係ないね。

亡霊ってのは便利だ、どこへでも行ける、どこへでも入れる。


たどり着いた女の家は、都内郊外の小さな家だった。

2部屋と台所に風呂、便所、それだけの家だった。

その小さい家が物であふれ返っている、ちったあ片付けろよ。

壁をすり抜けて中に入ると、標的の女が寝台に寝ていた。


「起きい」


何のんきに寝てやがる、幽霊の登場だ。

俺は何度も声をかけたが、あんたはちっとも起きやしない。

部屋の物を動かしてみてもだめだ。

俺は部屋であんたが起きるのをじっと待っていた。

…ずいぶん若い四十歳だな、あんた。

俺は三十で死んだぞ、俺より若いってどういう事だよ。

あんたは結構きれいな顔をしてるんだな、こりゃ呪い甲斐があるね。


あんたはふっと気が付いて目を開くと、鼻をつまんだ。


「臭っ…!」

「起きよったか」

「臭いな。誰だお前…ああ、作物か」


あんたは俺を見て、作物呼ばわりするとまた目を閉じた。

見えるのか…! 話せるのか…!


「おまんさ、おいが事見えっとか?」

「正確に言うと感じる、感じるから見えるのだ…とりあえずお前はデブだ」


デブの何が悪い、デブ最高じゃねえか。


「てか驚かんか、おいが事作物ち何ね」

「お前、島津の落ち武者だな。島津はうちの作物だ、収穫だ」

「収穫! 作物! おいは島津又七郎豊久じゃっど!」

「とにかくお前臭過ぎだ、死ね」


「死ね」、何て事を言う女だあんたは。


「待たんか、貴様…ええと、ええと…名前!」

「井伊直美」

「…井伊直美! どこん井伊直政じゃ」

「あ、直政は知らん。直弼はよく言われる」


あんたはふとんを剥いで、起き上がって長い髪をまとめた。

ぶっ、裸かよ!


「なして裸で寝ちょっ?」

「そりゃ男が帰った後だから…見てわからんのか作物が」


ちり紙、銘柄の違う2種類の吸い殻、脱ぎ散らかした衣類…。

確かに寝台の周りには、情交の痕跡がいくつも残っていた。

それを見せられる俺の方が恥ずかしい。


「くそ、男がおっとか…こいは絶対阻止せんとな! そん男との仲ば引き裂いちゃる!

井伊直美、貴様は生涯子なしじゃっど…おいが不毛んしちゃる!

まこち恨めしか、貴様がおいば拒みよった一族ん末代ぞ…!」


ところがあんたはくすりと笑った。

たばこに火を点けると、その手を俺の方に向けた。


「ありがたいね、避妊の手間が省ける…やってみろ、所詮無駄なあがきだ。

呪い? 歓迎するぞ作物、島津又七郎豊久」


…おい! 何歓迎してる!

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