第1話 -3-
女同士で、接吻。
妙にこれを意識するようになったのは、2年前……中学3年生の時だ。
「……結局、貴女には一度も勝てなかったわね。宮野さん」
剣道部の、中学最後の大会。
自分を負かした好敵手へ、握手を求める。
「ふふ、今回は危なかったけどね。……今まででいちばん」
明るい茶髪を肩口で揃えた、小柄な少女……この地区で最強の剣士、宮野りりな。
中学での3年間、凛花がついに一本も取れなかったライバルは、にこっと微笑み、手を握り返してきた。
……内心悔しいのも本当だけど。けれど凛花は、このライバルの剣筋を、
(すごく、綺麗。天真爛漫、天衣無縫……彼女らしい、真っ直ぐで自由な剣)
美しいと、憧れていた。
「リベンジは高校で、させてもらいますね。宮野さんも、高校でも剣道、続けるのでしょう?」
「んー、そうしたいけど……。高校入ったら、バイトもしたいんだよね、私。稽古の時間取れるかな……? ま、太刀花さんをがっかりはさせないよう、がんばるよ」
そう言ってライバルは、控室へ下がっていった。
(やっぱり、すごく悔しい……)
太刀花の家は苗字の通り、遠い昔から剣に生き、剣に死す家系。
自分だって物心ついた時から、剣の道ひとすじだった、のに。
剣道に全てを賭けてる様子でもない宮野さんに、とうとう勝てなかった。
(何が違うんだろう。私の剣と、彼女の剣)
お手洗いでこっそり泣いて、顔を洗った後。
胴着を脱ごうと、更衣室へ入ると……、
「ちゅ……ん。ちゅぷ、んむぅ……♪ 早百合、もっと、ご褒美ぃ……♪」
「ちゅ♪ りりな、試合前も、したでしょう? もう……♪」
ライバルが女子マネージャーの子と、キスをしていた。
それも結構激しいのを。女の子同士で。
「な、なななにを……っ!? みみ宮野さん……!?」
「げぇっ太刀花さん!?」
宮野りりなが羞じらったのは一瞬。腰に手を当て、何やら自信満々に、胸を張った。
「ふふん、何を隠そう、これが私の強さの秘密よ! 女の子の唾液には不思議な力が有ってね、私は長い修行の果てに、キスでそれを吸い取れるようになったのよー!」
「……ちょっと、りりな。彼女、真面目そうだし、真に受けたらどうするの」
そして太刀花凛花は、真に受けた。
※ ※ ※
(いえ別に、真に受けてるわけではないけれど)
あれから2年。宮野りりなとの再戦は果たせていない。
……たぶん、今でも勝てない。
朝、始業前……星花女子の剣道場で正座し、瞳を閉じて精神統一しながら、凛花は考えた。
(あ、あんなに……キスも堂々とできる宮野さん。彼女は、自分を隠したりしない。……その素直さが、迷い無き剣へと繋がっているんだわ)
そう解釈していた。
翻って自分は、どうか。キス……女の子同士で。考えただけで、頬が熱くなる。
(む、無理無理! わ、私にもイメージというものが……!)
ああ、だから私は、彼女には及ばない。こうして周囲の眼がとか、恥ずかしいとか、考えてるうちは。
心に仮面を被っているうちは。
宮野りりなの、天翔けるがごとき剣には、届かないだろう。
「ああ、随分早いですね、先輩?」
後輩の声に、瞑想から覚める。
瞳を開けると、1年生の剣道部員2人……凛花よりわずかに長身の紫咲弘美と、ショートカットの早乙女千夏が制服姿で立っていた。
「ふふ、太刀花先輩も気合が入っておられるのだろう。今年こそは、聖城学園に秋芳……2強の牙城を、私たちの手で崩すのだからな」
(……言えない。キスのことを考えてたなんて)
曖昧に笑って、凛花は誤魔化した。