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2015年/短編まとめ

貴方の世界が、輝きますように

作者: 文崎 美生

努力友情勝利。

そんな某少年漫画の三本の柱は、現実には存在しなくて、あくまでも漫画の話だと思う。


努力しても結果が実るかは分からないし、努力した分だけ返ってくるなんて、所詮は綺麗事でありただの願望だから。


友情だって永遠に続くわけじゃなくて、どれだけ続くかとか本当に友達なのかっていうのは、相手によりけりだと思う。

もしかしたら、本当に友達だと言える人間には、一生出会えない可能性だってあるのだから。


勝利も努力と同じく、必ず返ってくるものではない上に、時の運だって存在する。

ずっと永遠に勝ち続けるなんてどんな化物だ、という話だ。


まぁ、とどのつまり何が言いたいって、現実にそんなにヒーロー的な人は存在しなくて、そんな三本柱をこなせるなんてことはないって話。

だから努力する奴を馬鹿だと笑い、友情を口にする奴らを白い目で見て、勝利に固執する者を遠ざける。


「そうやって生きてきた訳ですよ」


ぱたん、読んでいた本を閉じて告げれば、隣でキュッキュと音を立ててグローブを磨いていた彼が「ふーん」と興味もなさそうに頷く。

付き合って一年になる私の彼氏様。

人種で言えば苦手で嫌いなタイプ。


冒頭の三本の柱を持とうとする奴。

努力する奴、友情を知ってる奴、勝利を求める奴。

そんな奴が私の彼氏様。


「で?俺が実は嫌いでしたって話?」


「いや、別に」


首を振って読んでいた本を机の上に戻す。

スポーツ雑誌なんてこの歳になって初めて読んだ。

元々雑誌は読む方じゃなくて、むしろハードカバーの本が好き。

だからファッション雑誌も好きじゃない。

あんな月刊のチャラチャラしたのを買うよりも、長く愛読できる方がいいに決まってる。


……話を戻すが、私の価値観みたいな話は特に意味はなくて、オフの日に私を呼び付けたにも関わらず、せっせとグローブを磨いている彼を見て思い出しただけの話。

ただ思い出したから口に出した。

別に嫌味とかじゃない、つもり。


「告白を受けたのに、実は嫌いとか失礼じゃない?」


「え、じゃあ好きだったの?」


「……どうだったっけね」


はっはっはっ、と大口を開けて笑う彼。

彼の笑い方は気持ちがいい。

私の嫌いなタイプのはずの彼を、私は今現在愛している訳で、過去の話はこの際置いておこうじゃないか。

少なくとも私は、嫌いな人間と付き合えるほど器用ではない。


グローブを磨くのに使うワックスを片付ける彼を眺めながら、予め買ってきた飲み物に手を伸ばす。

彼は天才と呼ばれながらも、ひたすらに毎日毎日練習を重ねる。

汗まみれに泥だらけになる姿を私は見てきた。


「折角の休みなんだから、のんびり一人で休めばいいのに」


いつの間にか彼好みのスポーツドリンクを口にするようになった。

本当はスポーツドリンクなんて好きじゃなかったのに、飲まず嫌いだったのか、味覚が変化したのか知らないけれど、よく飲むようになった。


室温に戻ったそれを煽りながら、喉を鳴らしていると、彼が振り向く。

ぱち、ぱち、瞬きをして私を見る。


「俺的には二人の方がのんびり休めるんだけど」


「……オーバーワークしないように見張ってますから」


サラリとイケメン発言をした彼に、ごきゅり、喉を鳴らしてスポーツドリンクを飲み込む私。

平常心を保ちながらそう返せば、何故か嬉しそうに歯を見せて笑う。

白い歯を見せて大きく口を開けて笑う。

その笑顔が好きだ。


努力が全て結果に変わるとは思わない。

だって才能とかセンスとかもあるから。

友情が全て永遠に続くなんて思わない。

人間合う合わないはどうしようもないから。

勝利ばかりを求めようとは思わない。

敗北が存在することを知っているから。


少なくとも私はそう。

私の人生の中で私の努力が全て評価されるとは思っていないし、私の友情が壊れないなんて思っていないし、私が常に勝者でいられるとも思っていないのだ。

だけれど、その代わりに、彼にはそうあって欲しいと思うようになった。


彼に出会って彼と付き合って彼を見ているうちに、そう思うようになってしまったのだから仕方がない。

私の価値観が揺らいでいることなんて、百も承知だけれども。

まだまだ十代。

価値観なんて人生山あり谷あり、変わっていくものだろう。


「これから出掛けるか?」


彼の言葉に時計を見る。

デジタル時計は午後二時前を表示。

出掛けるって言っても休日はどこも混んでるし、ここまでダラケたなら動くに気なれない。


私は手を伸ばして彼の服を掴む。

シワになるんじゃないかってくらい強めに握れば、彼はまたしてもぱち、ぱち、瞬きをした。

そういう顔、私しか見れない気がする。


「このまんまでいいや」


ズリズリ、体を引きずって彼に近づく。

服を掴んだままの私の手が、彼の手によって外されて、室内なのに恋人繋ぎ。

指と指を絡めながら、ゴツゴツした私よりも大きくて皮の厚い、マメだらけの手を見下ろす。


「好き」


私の言葉に彼が私を見る。

私は顔を上げない。

彼はきっと私の旋毛辺りを見て笑う。


「……俺も好き」


三本の柱なんてくだらない。

私達は漫画の世界の主人公でもヒロインでもなくて、現実を生きる自分の世界の主人公でありヒロインなのだ。

私は主人公とかヒロインとか、柄じゃないけど。

きっと彼も同じことを言うだろうけれど。


私の努力が実らなくても、彼の努力が実りますように。

私が良き友情を見い出せなくても、彼が良き仲間達に囲まれてその友情を永遠に続けられますように。

私が勝てなくても、彼が勝てますように。


願わくば、彼だけの三本柱が存在しますように。

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