貴方の世界が、輝きますように
努力友情勝利。
そんな某少年漫画の三本の柱は、現実には存在しなくて、あくまでも漫画の話だと思う。
努力しても結果が実るかは分からないし、努力した分だけ返ってくるなんて、所詮は綺麗事でありただの願望だから。
友情だって永遠に続くわけじゃなくて、どれだけ続くかとか本当に友達なのかっていうのは、相手によりけりだと思う。
もしかしたら、本当に友達だと言える人間には、一生出会えない可能性だってあるのだから。
勝利も努力と同じく、必ず返ってくるものではない上に、時の運だって存在する。
ずっと永遠に勝ち続けるなんてどんな化物だ、という話だ。
まぁ、とどのつまり何が言いたいって、現実にそんなにヒーロー的な人は存在しなくて、そんな三本柱をこなせるなんてことはないって話。
だから努力する奴を馬鹿だと笑い、友情を口にする奴らを白い目で見て、勝利に固執する者を遠ざける。
「そうやって生きてきた訳ですよ」
ぱたん、読んでいた本を閉じて告げれば、隣でキュッキュと音を立ててグローブを磨いていた彼が「ふーん」と興味もなさそうに頷く。
付き合って一年になる私の彼氏様。
人種で言えば苦手で嫌いなタイプ。
冒頭の三本の柱を持とうとする奴。
努力する奴、友情を知ってる奴、勝利を求める奴。
そんな奴が私の彼氏様。
「で?俺が実は嫌いでしたって話?」
「いや、別に」
首を振って読んでいた本を机の上に戻す。
スポーツ雑誌なんてこの歳になって初めて読んだ。
元々雑誌は読む方じゃなくて、むしろハードカバーの本が好き。
だからファッション雑誌も好きじゃない。
あんな月刊のチャラチャラしたのを買うよりも、長く愛読できる方がいいに決まってる。
……話を戻すが、私の価値観みたいな話は特に意味はなくて、オフの日に私を呼び付けたにも関わらず、せっせとグローブを磨いている彼を見て思い出しただけの話。
ただ思い出したから口に出した。
別に嫌味とかじゃない、つもり。
「告白を受けたのに、実は嫌いとか失礼じゃない?」
「え、じゃあ好きだったの?」
「……どうだったっけね」
はっはっはっ、と大口を開けて笑う彼。
彼の笑い方は気持ちがいい。
私の嫌いなタイプのはずの彼を、私は今現在愛している訳で、過去の話はこの際置いておこうじゃないか。
少なくとも私は、嫌いな人間と付き合えるほど器用ではない。
グローブを磨くのに使うワックスを片付ける彼を眺めながら、予め買ってきた飲み物に手を伸ばす。
彼は天才と呼ばれながらも、ひたすらに毎日毎日練習を重ねる。
汗まみれに泥だらけになる姿を私は見てきた。
「折角の休みなんだから、のんびり一人で休めばいいのに」
いつの間にか彼好みのスポーツドリンクを口にするようになった。
本当はスポーツドリンクなんて好きじゃなかったのに、飲まず嫌いだったのか、味覚が変化したのか知らないけれど、よく飲むようになった。
室温に戻ったそれを煽りながら、喉を鳴らしていると、彼が振り向く。
ぱち、ぱち、瞬きをして私を見る。
「俺的には二人の方がのんびり休めるんだけど」
「……オーバーワークしないように見張ってますから」
サラリとイケメン発言をした彼に、ごきゅり、喉を鳴らしてスポーツドリンクを飲み込む私。
平常心を保ちながらそう返せば、何故か嬉しそうに歯を見せて笑う。
白い歯を見せて大きく口を開けて笑う。
その笑顔が好きだ。
努力が全て結果に変わるとは思わない。
だって才能とかセンスとかもあるから。
友情が全て永遠に続くなんて思わない。
人間合う合わないはどうしようもないから。
勝利ばかりを求めようとは思わない。
敗北が存在することを知っているから。
少なくとも私はそう。
私の人生の中で私の努力が全て評価されるとは思っていないし、私の友情が壊れないなんて思っていないし、私が常に勝者でいられるとも思っていないのだ。
だけれど、その代わりに、彼にはそうあって欲しいと思うようになった。
彼に出会って彼と付き合って彼を見ているうちに、そう思うようになってしまったのだから仕方がない。
私の価値観が揺らいでいることなんて、百も承知だけれども。
まだまだ十代。
価値観なんて人生山あり谷あり、変わっていくものだろう。
「これから出掛けるか?」
彼の言葉に時計を見る。
デジタル時計は午後二時前を表示。
出掛けるって言っても休日はどこも混んでるし、ここまでダラケたなら動くに気なれない。
私は手を伸ばして彼の服を掴む。
シワになるんじゃないかってくらい強めに握れば、彼はまたしてもぱち、ぱち、瞬きをした。
そういう顔、私しか見れない気がする。
「このまんまでいいや」
ズリズリ、体を引きずって彼に近づく。
服を掴んだままの私の手が、彼の手によって外されて、室内なのに恋人繋ぎ。
指と指を絡めながら、ゴツゴツした私よりも大きくて皮の厚い、マメだらけの手を見下ろす。
「好き」
私の言葉に彼が私を見る。
私は顔を上げない。
彼はきっと私の旋毛辺りを見て笑う。
「……俺も好き」
三本の柱なんてくだらない。
私達は漫画の世界の主人公でもヒロインでもなくて、現実を生きる自分の世界の主人公でありヒロインなのだ。
私は主人公とかヒロインとか、柄じゃないけど。
きっと彼も同じことを言うだろうけれど。
私の努力が実らなくても、彼の努力が実りますように。
私が良き友情を見い出せなくても、彼が良き仲間達に囲まれてその友情を永遠に続けられますように。
私が勝てなくても、彼が勝てますように。
願わくば、彼だけの三本柱が存在しますように。