第一話 『・・・っかしいなぁ、絶望感ねぇぞ、この状況なのに』
七月末日。
名古屋市の端の方の七星小学校
もう夏休みに入り、新校舎にも誰もいないだろう。
体育館などの非常口の明かりぐらいしかついていない。
まぁ、それ以外のやつらが居るけど、気にしない。
というより、もう、異界に変わってる。
本来はあるはずの野球ネットがなく、旧校舎に面して校庭が広がっていた。
時刻は日付が変わった頃。
あの双子謹製のイヤリングとペンダントやらなんやらのお守りやら。
ゲームっぽく言うなら、自身の精神力を消費しないで術式を扱えるそういうアイテムに近い。
一応の観音経やら色々仕込んだ黒いベストにスラックス、半そでワイシャツまではまぁ、普通だ。
その上に、簡素な装飾のなされた千早を着ている。
・・・今晩に限りだけど、色々の便宜の引き換えに、伊勢のお姫さんが自分の名代という証に渡したそれだ。
何かあれば、伊勢の姫の手柄にもなるし風聞にもなる、と言うこと。
うん、色々と珍妙だ。
手柄と言うよりは、ほとんど人食いライオンを街中に移送するような話だし?
んで、蒼真さんも似たような感じ?
アースカラーのジャケットとチノパンなせいもあって涼しげではある。
ちなみに、ばあちゃんの遺言と霊感持ちとしては色々と便利なんで、栗色の髪をシッポにしてるんで長い
。
後ろから見たら、ゴールデンレトリバーのシッポみたいに見えて可愛い。
私は、短めのウルフカットがせいぜいだ。
暑がりだし。クセ毛だし。
すんげーキューティクルなんだ、蒼真さんは。
髪に関しては、確実に女子力負けてると思う。
その蒼真さんの肩にちゃっかりと、白足袋キジトラの猫又・葉月が乗っている。
ちなみに、猫又であることを隠さず九本尻尾になってるから、蒼真さんがそういうツケエリをつけているように見えるのは言わぬが花だと思う、うん。
そして、予定外の一人もいた。
暗い茶髪を自由に跳ねさせた小奇麗なイマドキの若者、ただし、指抜きグローブや色々と入ったタクティカルベストが少々剣呑だ。
ちなみに、どういう形であれ、『ウラ』稼業に関わった連中に何やかにやと名前の知られているハッカーだったりする。
そして、基本的に細いが東海林先輩と付き合いがあったせいもあり、脱ぐと結構いい身体をしている所謂細マッチョなんだわ。
喧嘩殺法だけど、そこそこ強いし。
東海林先輩が亡くなってから、何故か空手通いだしたし。
・・・なんで裸を知ってるかと言うと、この間、風呂貸したんだわ、トラックに水かけられたコイツに。
そいつが何でいるかと言うと、コイツは私のことが好きらしい。
んで、私が蒼真さんに懐いてるもんだから、ちょっと仲が悪いのだ。
私自身としては、東海林先輩の件もあってそこまで恋愛に積極的になれないんだけどもね。
とりあえず、時間に関係の無い生活をしている為か、コンビニの帰りに見かけて声をかけてきたようだった。
東海林先輩のことを知っていることもあり、そうグイグイ推して来ないが、それは助かる。
「・・・あー、なるほどね、“ななせさま”か。
まだ、いるんだね、ココに。」
「はい、拓真って出身こっち?」
「小中はこっちだよ、高校生になる直前に親が離婚したから富山に引っ越したんだわ。」
「・・・と言うか、拓真くんもリタイアしたクチ?」
「そう、一人で忍び込んで無理だったんで、ゲームボーイライトとポケモンを“貢物”にしてリタイアしたんだわ。」
「なら、“チケット”用意しろ、後、五分かな、完成に閉じて、今夜の円形無音区域が完成する。」
「ハイハイっとね。」
特段、説明や躊躇もナシに手帳にマジックで「七星小学校入場券」と拓真は書き殴る。
――――そうして、世界は暗転した。
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木造の四階建てのコの字の立て棒を校庭に面させた校舎。
空は、夜色に近い夕焼け空で固定されている。
むしろ、校庭の方に夜がたゆたっていた。
そして、乱立する墓。
仏式から神式、十字教式まで古今東西、定型などないがどうしようもなく、“終わって”しまっているのは、判る。
周りに立つ死者を見ずとも。
そこに、現実にある墓地ほどすら生気はない。
・・・そして、わたしは理解する、みっちゃんを含めたあの日の友人は全員、此処に居ると。
小学生と言うのは、程度の差もありいたずらっ子だ。
そして、あの日、私とみっちゃん以外は昇降口の下駄箱までたどり着けなかった。
そして、あの日、私以外の友人は全員戻ってこなかった。
そして、あの日以来、彼らはこの墓地の一部になっているのだろう。
七不思議の内、四つの時点で逃げ出したのだ、あの日は。
当時十歳程度の子どもだった、なんてのは言い訳でしかない。
私にとって、「それ」らはよき隣人であって、それが後ろ手にナイフを持っているなんて考えもしなかったから。
「さて、苦手は苦手なので、反則だけどね。
蒼真さん、区切りだけよろしく。
コースは一直線で、有効時間六十秒。
『かしこみかしこみもうしあげる。
かけまくもかしこき いざなぎのおおかみ
つくしのひむかのたちばなのをとのあわぎはらに
みそぎはらへたまひしときになりませる はらへどのおおかみたち
もろもろのまがごと つみ けがれをあらんをば
はらへたまひ きよめたまへともうすことを
きこしめせと かしこみかしこみももうす
せいじゃとししゃ すべからくわかたまへ されどはらえたまうなかれ 』
というわけで、走るよ、拓真。」
暗くなりかけた思考を振り払い、予めの打ち合わせ通りに、祝詞を唱える私。
信じてもいないカミサマだけれど、言葉に宿るチカラは中に有用だ。
そこの辺りは、叔父さんに仕込まれたんだし、そこそこ仕える上に今日は、伊勢のお姫さんの千早が後押ししてくれているから、超がつく一流のカンナギ程度には威力がある、と思う。
蒼真さんがある程度、霊力を込めてジャケットの下から針を投げる。
元々、大筋の道はあるから其処から脅かしにすら出来ないように区切るだけ。
ただし、墓は壊さないように微妙にそこは歪に結界を歪ませる。
七星小学校 旧校舎の七不思議 その1 校庭に出現する墓地
これがスタート。
禁忌は死者たちを怒らせるような事をすること。
要するに物壊しちゃいけません。ついでに言うなら粗末にしてはいけません。
基本通過するだけなら脅かし要素はあるけど危害は加えられない。
通過して学校の扉を開けるとクリア。失敗すると生き埋め。
そういう場所なのだ。
ついでに言うと、多分、と推測が混ざるけれど、此処の死者にはかすかな自我と言うか、生前の記憶があるのだろう。
蒼真さんと拓真の昔の写真を見たことがあるけれど、かすかな面影がある。
もちろん、私もだけど、ね。
少しだけだけど、反応したのが二十体近く居た。
多分、そのかすかな生前の記憶で反応したのだろう。
此処まで自我のない連中が反応した場合、十中八九、食べる為の反応だろうね。
だから、“ななせさま”に止められたのだろう、今は気配すらしない。
「了解。」
そうして、三人は走り出す。
正面の入り口、片側づつが一枚板で、ステンドグラスのような色ガラス入りの重厚な扉を開き中に滑り込む。
その間も、霊力が尽きた順々に道も崩壊する。
ノリで言うなら、モーゼの海開きのように後ろから崩壊していった。
二百メートルを全力疾走した為か、三人が三人とも息を切らしている。
一応、余計な大きい電気ランタンを持っているせいもあるんだろうけど。
「・・・っかしいなぁ、絶望感ねぇぞ、この状況なのに。」
ようやくと言った具合に、拓真がそう言ったが、ほっとけ。
++++学校の屋上
「あれぇ、突破されるのはともかく、全員オトナなのですねー。」
屋上の出入り口になる隅の給水タンクの乗った箱形のそれ。
ちょこんと座っているのは、幼女。
年の頃、十歳に届くかそこらの幼い少女だ。
黒い髪を両耳の少しだけをちょこんとつまんだ可愛らしい少女。
薄暗い境界の沈みかけの夕焼けの中にあっても、不思議と解る赤の解けた黒い瞳。
幼女であるはずなのに、それ以上の成長が見出せない可愛いよりも綺麗と言う感情が先立ちそうなそんな幼女だ。
白いブラウスと鮮やかな赤が綺麗なスカートをサスペンダーで吊っている。
彼女が、作られた七つ目の七不思議こと、『ななせさま』。
この学校の敷地内のことならば、彼女の手のひらの内。
そして、今、雪乃達が入ったのがわかった。
また、ななせさまも覚えていた。
三人が揃って、年代は違うけれど、途中棄権した面子だと言うことも。
「ふーん、物好きなんだね、おにいちゃんおねえちゃんたち。」
けらけらと、ななせさまは笑う。
あの霊能力者が封じたこの場所だけれど、ここが自分の領域だ。
かつてのように何十人も呼べないけれど、年に二組ぐらいは呼び寄せれる。
そうやって仲間を増やしてきたのだから。
さてさて、こうして、長い夜が始まった。
何と言うか、ホラーのキモは『どう足掻いても絶望』なんですが。
ななせさま以外の七不思議達にとって、『どう足掻いても絶望』なんじゃねぇかな、と思う今日この頃。