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眩しくて霞んでいる人  作者: スタンドライト
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 一生に一度の出会いって言う言葉があるけど、僕は今までその言葉に対して懐疑的だった。なんとなく口当たりの良い、夢見がちな少年少女に対して道徳を教える為に作られた口上のような気がして仕方が無かったからだ。

人はたった一度の人生の中で様々な人達と出会います。そしてそれは一期一会、たった一度きりの物でしか無いから大切にしないといけないのです。

そんなのは言われなくたって分かっていた。それに言われなくても分かる事を敢えて言われる事は非常に不愉快な事だと思っていた。だから僕は小さい時から反発するみたいにその言葉を否定して歩いていた気がする。

そんなのどうだっていいじゃん。関係ないじゃん。

そうやって肩肘を張って歩いていた。だけど年を重ねるにつれて僕は気付き始めていた。人と人との出会いが人生において一回ずつしか存在しない事について、それは確かに事実なのかもしれないと。でもそれと同時にこう感じるようにもなっていた。

案外人って、ろくでもない奴も多いんだな、って。

その考えが僕の思想として定着するまでにかかった年月は社会人になってからの五年間を費やした。

手を抜く奴、さぼる奴、言い訳する奴、責任逃れする奴、足を引っ張る奴、嘘をつく奴。

色んな人に出会って、色んな事を考えている内に僕はこう思うようになっていた。

一期一会。たった一度の出会いでしか無いのだから、大切にしなさい。

それを真っ向から否定するように僕はこう思うようになっていた。

たった一度の出会いでしか無いのだから、それを大切に留めておく事は止めなさいと。

ちゃんと人を見極めなさい。

ちゃんと人を見て、自分にとって相手がどんな存在なのかを考えてから行動をしなさい。

僕にとっての一期一会は正にそれだった。

全ての人との出会いを大切にしていたら疲れてしまう。そんな当たり前の事に気がついたのは僕が二十七になったばかりの頃の事だった。

介護の職を辞めて一か月。やる事もなにもない時間の中で、失われてしまった自信を取り戻すが為に僕はあがいていた。

自分の中に存在した醜い部分を切り捨てて、振り返るべきはずの過去をどこか遠くへと放擲してしまった僕に寄りかかる物は何もなかった。誰の支えも、何の壁もない状態の中で僕は一人、ただ自分に自信が欲しいと思っていた。

それが正解だったとは思えない。選択肢は無数に広がっていたはずだし僕にとっての最良を決める時間は沢山あったと思っていた。だけどそこにあったのは数限りのある、数少ない選択肢の中の一つでしか無かった。結局の所人間には無現の可能性なんてものはないんだって、僕は痛感させられた。

それが一体何故なのかは、きっと今までの人生を振り返れば簡単に分かる事だと思う。そしてそれを、今へと通じるその道を辿るからこそ現実に意味があるのだろう。

眩しくて霞んでいる人の話しをしようと思う。

僕が思い悩んでいる時、ふと目の前に現れて手を差し伸べてくれた彼の話しを。差し伸べてくれたその手で僕を奈落の底へと付き落してくれたその話しを、これからしようと思う。

始まりは僕が始めた一人旅がきっかけだった。

今までため込んで来た貯金を降ろして一人、電車に揺られながら茨城にある田舎道を車窓から眺めている時、僕はその人と出会った。





            ●

 「うるさくって済みません」

確かにそう思っていた矢先だった。地方電鉄の和やかな雰囲気に包まれながら、緩やかに過ぎて行く風景を見つめている時声をかけられた。

僕のすぐ隣には四人連れの家族がいた。お父さんとお母さん、そして十歳位の息子と五歳位の娘が二人。

乗客が少ないせいか二人の子供は通り過ぎて行く風景を見て大はしゃぎしている。そんな喧騒からか、隣りにいたお父さんが謝罪をして来たのだ。

「直ぐに静かにさせるんで」

人の良さそうなお父さんだった。年齢は僕の一回り位上だろうか? 子供に向かって怖い顔をしているお母さんとは対照的に温かみのある表情が特徴的だった。

「別に気にしないでください」

つられて僕も笑顔になる。東京発の鈍行列車に乗ってから二時間半。次第に少なくなっていく乗客達を見ていたせいか久々に他人の声を聞いた気がした。

一人旅を始めてから二時間半。腐るほどある時間を少しでも有意義に使おうと、気が付いたら電車に乗っていたけど自分でも一体今、どこに向かっているのか定かではない。とりあえずのの荷物と現金をリュックに詰め込んでただひたすら東京から北に向かっているだけだ。そんななんのプランもない旅だったからこそ、僕はフラットに見ず知らずの人と会話が出来たのかもしれない。

「お子さん、おいくつなんですか?」

お母さんに怒られて小さくなっている子供二人を見て僕は微笑んでいた。特別子供が苦手でもない僕は二人に笑いかける。すると人懐こいのだろう。怒られているにも拘らず二人共に同じような笑顔を見せてくれたのだが、お母さんがそれを寛容に許す人では無かった。

同じ車両にいる人は僕等を除いて三人。ウトウトしている老人と、耳にイヤホンをつけて携帯をいじっている女子高生二人。

親が子を叱るには容赦しなくても良いシチュエーションだった。

「今年で九歳と六歳になります」

お父さんの柔らかいトーンの声に僕は頭の中で計算をする。

「小学四年生と年長さんです」

僕の思案顔を直ぐに読みとったのだろう。お父さんは笑顔で言った。

「結構分からない物ですよね。僕なんかも子供が出来るまではサッパリでしたもん」

確かに納得である。既に通り過ぎてしまった年齢と学年を照らし合わせる作業など、親にもでもならない限りする事はないだろう。

「失礼ですがどこまで行かれるんですか?」

今度は逆にお父さんが僕に質問してきた。だけど僕自身、特に何かを決めて出発した訳では無い。自分の自信を取り戻す為なんて体裁を整えた事は言ってるけど、結局の所は時間を持て余していることによる気分の問題なのだ。事実ついさっきまでどこまで行ったら引き返そうと考えていた矢先だった。

「とりあえず水戸の方まで」

適当に放った言葉だった。茨城辺りにまで繰り出せば何となく旅した気分にはなれるんじゃないだろうかって、安易に放った結果がそれだった。別に嫌になったら途中で電車を降りればいいだけの話しだし。

だけどそんな僕の安易な考えはあっさりと固定されてしまった。

「へえ、それは偶然ですね。自分達も水戸まで行くんですよ」

その言葉を聞いた瞬間、僕の表情がどう歪んだのかは分かる由もない。だけど実際、僕はバツの悪そうな顔をしていたんだと思う。適当に言ったは良い物の、それを途中で覆して下車してしまうのもなんとなく悪い気がしたし、なにより格好が悪いと思った。

こんな所にまで来ても、たった一度の一期一会の出会いでも、自分の見栄と言う物を気にするんだなあと率直に思った。僕の格好を客観的に捉えると、それはどうみても若者の一人旅だろう。わざわざ鈍行の列車を使って水戸まで行くのだ。なんとなく何かを思い悩んでいるに違いないと言う事は簡単に想像が出来る筈だ。それが水戸まで行くと言っておきなら結局途中下車するなんて、ハッキリ言ってバツが悪すぎるとはこの事だ。

まいったなあ……

胸の内でそう呟いた僕ではあったけど、間違ってもそれを表に出す物かと、懸命に感情を抑え込んで笑顔を振りまくのだった。

 その後の水戸までの時間は何とも言い難い、僕にとって初めて体験するある意味濃密な時間となった。

お母さんに怒られ終えた子供達は僕の存在に興味を持ったらしく途中から沢山の質問をして来た。お兄ちゃんは名前なんて言うの? 何歳なの? 何の仕事してるの? どこに行くの? なにしに行くの? どうして一人なの? 友達いないの? 将来何になりたいの? 好きな食べ物は? 好きな色は? 好きな芸能人は? 等々。本当にどうでもいい事を楽しそうに、沢山聞いて来た子供達だったけど余りにもたくさん聞きすぎてしまった。途中で再びお母さんの逆鱗に触れてしまい、最初の出会いのパターンと同じくお父さんが謝罪をするというデジャブめいた光景を見せつけられた。

しばらくするとお母さんの方も会話に入ってきて少し世間話をした。どうやら水戸にお母さん方の実家があるらしく毎月一回は一家で帰っているらしい。車を持っていないから電車を利用しているらしいけど、東京からでは無いにしろいくらか距離のあるその乗車時間を車の中に変えられたらと、奥さんは愚痴っていた。それを隣りで聞いていた旦那さんはなんとなく謝りながら、「まあ仕方ないよなあ」と何となく口にして濁していたけど、奥さんがそれを追及する事もなかった。そしてそれにともなう気まずさなんかもなく、ただ日常と化した空気が流れて行くばかりだった。

子供達はさん十分位過ぎた辺りからコテンと眠りに入ってしまい、車両の中は子供達が入って来る前の静けさを取り戻していた。

家族、という物を見ているとどことなく気持ちがざわつく自分がいる事に気付いていた。それはつい先日、僕とたもとを分かった彼女にも子供がいたからなのかもしれないけど、実際僕が子供と接した時間は皆無に等しかった。それなのに何故心がざわざわとするのか僕には分からなかった。

自分に自信を持てないと言う言葉を頼りに家を出た僕が欲しかったのはもしかして自分の意場所だったのだろうか?

隣りにいる一家のやりとりを見ているとふとそう思った。

僕は今社会的にどこの組織にも属していない。会社を辞めて何もする事が無い事が、時間をかけて自分の首を絞めているような気がしていた。

介護はもう二度とできないと思った。彼女が放っていた言葉の数々を思い出す度僕は自分の器の小ささに悩まされる。自信を根こそぎ奪われたと思ってもいいのかもしれない。そして自分の社会的な意場所を失った。外側から見たら自分から捨てたと言う見方の方が正しいのかもしれないけど、でも僕は捨てざるを得なかった。これ以上介護を続ける事は僕にとって耐えがたい苦痛でしか無かったからだ。

もしかして僕は家族に対して就職と言う言葉あてがっていたのかもしれない。だから居場所を無くしてしまった自分にとってそれは眩しく、そして安易な物に思えて仕方が無かった。

自信を持ちたいが誰、かに求められたいと言う願望にすり替わっている事は気付いていた。だけどそれが分かった所でどちらにしろ何も生み出しはしない事くらい僕自身分かっていた。

結局僕の隣りに座った家族とは沢山の事を話したけど、何故僕が一人旅をしているのかは聞いてこなかった。当たり前だろう。見るからに聞いていけないオーラを出し続けていたのだから、常識的に考えれば触れないのが当然だ。所詮もう二度と合わない人だし。そう分かっているからこそ自分の感情を表立たせる事も出来たし、内に沈めておく事も出来た。もし旦那さんに聞かれていたとしても、それはそれで答えても良かったと思ってもいた。

だけど結局何も聞かれなかった。水戸につく頃には会話も尽きてお互いがお互いの時間を潰しあう事に終始していた。

旅もこれで終了だ。短い旅だったし、自分に自信がつく事もなかったけど、とりあえず帰って寝たいななんて思っていた。その矢先だった。

とりあえず水戸駅で降りた僕に声をかけて来たのは旦那さんだった。

寝ぼけ眼をこすっている子供二人を傍に立たせながら言った。

「なにか見つかるといいですね」

相変わらずの人の良さそうな顔をしながら、包み込むように言ってくれた。

「でも何も見つからなくたっていんですよ。なにも見つからなかった事が分かっただけでも、それは発見なんですから」

駅構内に充満する様々な声の中で、それは一際僕の耳にハッキリと届いていた。何気なく言われた一言に僕は思わず聞き返してしまっていた。

「あの」

それは極自然な流れの中の一部だったんだと思う。

「そういえばお名前伺ってませんでしたよね?」

別れ際。僕は純粋に彼の名前を知りたいと思っていた。もう二度と合わないんだからとか、そう言うのを関係なく、ただ知りたいと、そう思っていた。そしたら言葉が口を突いて出ていた。彼も少し面食らったようだったけど、でも僕の言葉を受けると素直に答えてくれた。

「加藤重明です」

加藤さんの笑顔はとても眩しかった。僕が直視するには少しキラキラしすぎていたようで、目線をずらすしかなかった。でもどこか、直視してあげないとその場からいなくなってしまうような、そんな雰囲気もどこかにあった。なんとなく霞んでいるような、そんな感じだった。

眩しくて、それなのに霞んでいる人。

相反する事柄が共存する人に僕は一礼をして、子供達と奥さんに手を振ってその場を去った。

なんとなく良い出会いだったと思った。

そしてもうちょっと旅を続けても良いかなって、そう思えた。



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