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86章  経験不足

 丘の上で紅の空に向かって顎を突き上げる獣の影。

 仲間を呼んでいるのか、その獣が発した遠吠えが周囲に高く響き渡る。

 その声にドキリと心臓を弾ませ、ビエリが手にした木々をガラリと地に落とした。

 静まり返った森は、その音を必要以上に大きくする。

「どうした?」

 火を着ける準備をしていたネイが訊ねると、ビエリは首を左右に振って頭を掻いた。

 ネイが小首を傾げると、照れ臭そうに苦笑いを浮かべて落とした木々を拾い始める――が、ビエリの心臓が再び大きく弾む。

 屈んだビエリの背後、茂みを掻き分ける音が突然に耳に届いたのだ。

 ビエリが恐々と振り返ると、茂みの中からひょこりと顔出す人物――ルートリッジだ。

 髪にはいくつかの小枝が引っ掛かり、鼻に掛けてある眼鏡は傾いている。

 ビエリが胸を撫で下ろすと、ルートリッジはそれを不思議そうに眺めていた。

 そして、大きく息を吐き出し、茂みの中から身体を引きずり出す。

 続いて二人の人物――トゥルーとリムピッドも同じように姿を見せる。

「どうだった?」

 ネイが茂みから身を出した三人に訊ねると、ルートリッジが眼鏡のほこりを拭いながらくたびれたように吐息を漏らした。

「いやあ、参った参った。やはり、私は肉体労働は向いてないな」

 肩を叩きながら首を動かすルートリッジにネイが苦笑する。

「何が肉体労働だよ。ただの食材探しだろ。単純に年のせいじゃないのか?」

 冷やかすように言うと、ルートリッジはジロリとネイを睨みつけた。

 

 

 ネイたち一行がサイホンを脱出する際、街の出入り口にはすでに帝国兵が立ち並んでいたが、トゥルーたちの協力により事無きを得た。

 トゥルーたちが街へ侵入する際に利用した『裏路』を、ネイたちも利用させてもらったのだ。

 もっとも、裏路とは言ってもそれは単純な物で、金を握らせている帝国兵に手引きしてもらっただけのことだ。

 二人の話では、反乱組織レジスタンスが買収した帝国兵は各地にいるらしい。

 ヴァイセン帝国は侵略によって版図を拡大し、その土地の男を徴兵して軍力を強化させた。

 そのため、全ての兵士が『帝国』という肩書きに忠誠を誓っているわけではない。

 買収される兵士がいることが何よりの証拠だ。

 しかしその反面、買収されるような者は、トゥルーたちのように表立って帝国軍に楯突くこともしない。

 良くも悪くも変わり身が早いのだ。金で動く代わりに、金で裏切りもする――。

 そうしてサイホンの街を出たネイたちは、アティス、ギーと別れて西のゴルドランへ歩を進めていた。

 

 

「これ、ちゃんと食えるのか?」

 トゥルーたちが森で捕って来た食料。その一つである赤いキノコを摘み上げながらネイが眉を寄せると、トゥルーがコクリと小さく頷いた。

「ルー先生が大丈夫だと言っていました」

 兵士のように背筋を伸ばし、きびきびとした口調で言葉を返す。そのトゥルーの態度にネイは顔をしかめた。

 街を出る少し前からトゥルーの様子がおかしい。

 生意気さがなくなり、やたらと素直になった。

 その変化にネイは薄気味悪さを感じたが、扱い易くなったのは確かだ。

「どういった心境の変化かねえ……」

 手許で赤いキノコを遊ばせながら、横目にトゥルーを見やった。

 トゥルーは背筋を伸ばしたまま、視線を合わせぬように斜め上に目を向けている。

「まあ、良いさ。――おいビエリ。これ、おまえが先に食ってみろ」

 ネイが赤いキノコを差し出すと、ビエリは両目尻を頼りなく下げながら首を振った。

 

 

 

「あの、ちょっと良いですか」

 食事を取り終えてネイが荷物の中を漁っていると、トゥルーが歩み寄り、直立不動の姿勢で声をかけた。

 その声に、ネイは荷物に入れいた手を止め、睨むようにトゥルーを見上げる。

「……なんだよ?」

 不機嫌そうに返事をすると、トゥルーはそそくさとネイの向かいに腰を下ろし、ジッとネイを見据えて来る。

 その真摯な視線にネイは不吉な予感を抱き、顔を歪ませながら身を反らした。

「おまえ、もしかして『その気』があるのか?」

「違いますよ!」

 即座に否定したトゥルーは一度うつむき、何かを決心するように再び顔を上げる。

「あの、『ネイさん』はベルシアのギルドに所属していたんですか?」

「なんだ急に?」

 唐突な質問に、ネイが眉を寄せる。

「ですから、盗賊ギルドに所属していたのかと聞いているんです」

 なぜそんな質問をしてきたのか分からず、ネイはチラリと視線を逸らした。

 その拍子に、少し離れた場所に座るリムピッドと目が合う――が、リムピッドは慌てて顔を伏せてしまった。

 どうやら二人の会話に聞き耳を立てていたらしい。

「そんなこと、おまえたちに何か関係があるのか?」

 ネイがトゥルーの顔を覗き込むように睨みつけると、トゥルーは変わらぬ真摯な眼差しで頷く。

 その眼差しにネイは諦めるようにうな垂れ、大きくタメ息をついた。

「確かにギルドにいたよ。今は理由ワケあってギルドを抜けているがな」

 ネイの言葉が期待通りだったのか、トゥルーは途端に目を輝かせるとリムピッドに顔を向けて頷いた。

 それを合図にリムピッドも歩み寄り、トゥルーの隣に腰を下ろす。

「な、なんだよ」

 向かいに座り込み、目を輝かせる二人にネイが口を尖らせる。

「ねえ、じゃあさ、ゴルドランまで案内したら、誰かギルドの人間を紹介してよ」

 はしゃぐようにリムピッドが言うと、ネイはあからさまに嫌な顔を見せた。

「ギルドの人間を? どうして?」

「俺たち、いつかギルドに入りたいって思ってたんです!」

「……」

 嬉々とする二人にネイは目を丸くした。次の言葉がなかなか出て来ない。

 ふざけて言っているわけではないようだが、二人の眼の輝きに危険を感じる。

 その目の輝きは、子供がおとぎ話を聞くときに似ていたからだ。

 どういった理由か、盗賊というものに妙な憧れを抱く――そういう若者は思いのほか多かった。

 だが、そういった若者は大概に痛い目を見て終わる。

「……あのなあ、おまえたちがギルドにどんな幻想を抱いているか知らないが、そんなに良いものじゃないぞ。それに、おまえたちは反乱組織レジスタンスの人間だろ? どうしてギルドなんだ?」

 ネイがタメ息混じりに言うと、その質問を見越していたのか、トゥルーとリムピッドは顔を見合わせて頷き合った。

「レジスタンスを作ったのは、単純に帝国軍に一泡吹かせたかったからよ。アーセンの大人は、侵略されたにも関わらず簡単に帝国兵になっちゃったの。でも、アーセンの全ての人間が、帝国の一部になることを受け入れているなんて思われたくないでしょ?」

「だからって、反乱活動なんていつまでも続けていたら殺されちまうぞ。現に死にかけたじゃないか」

「そうだけど……。でも、遊びでやってるわけじゃないんだから、中途半端にはしたくない」

 熱く語るリムピッドにネイは目眩めまいがしそうだった。

 端から見れば無謀な行動以外の何物でもないが、当人たちは真剣そのものだ。

『死』というものを理解していないわけではない。

 頭で理解はしているが、経験の不足から自覚へと結びつかないのだ。

 しかし、当人たちはそのことにはまだ気付いてはいない。

 それが子供の子供たる所以ゆえんだが、おそらく自覚が出来たときは『手遅れ』のときだろう。

 していることを考えた場合、トゥルーたちが大人になる時間を悠長に待ってくれそうには無い。

 しかし、それを今ここで言って聞かせたところで仕方が無いのも事実だ。

 人は、大なり小なり『危険』というものを実感することで学習していく。

 その順番を飛ばし、いきなり特大の危険に身を晒す――そんな二人に現実味を持てというのは無理な話だ。

「……それで? どうしてギルドに入りたいんだ? さっきも言ったように、そんなに良いものじゃないぜ」

「どうしても会いたい人がいるんだ」

 きっぱりと言い切ったトゥルーは真っ直ぐにネイを見据える。

 その目を見て、ネイはトゥルーがギルドに向いていないことを悟った。

 良くも悪くも真っ直ぐ過ぎるのだ。

 不意にネイの脳裏に砂漠の王子の顔が浮かんだ。

「会いたいヤツ? ……何ていうヤツだ?」

 ネイが訊ねると、少し離れた場所で聞き耳を立てていたルートリッジも興味深げな目を向ける。

鷹の眼ホーク・アイっていう人です」

 トゥルーがその名を口にした途端、ネイは思わず倒れそうになり、ルートリッジは飲んでいた水を思い切り吹き出した。

 吹き出た水はビエリの顔に見事に命中し、水を被ったビエリが悲しげな呻き声を上げる。

 表情を引きつらせるネイと、咳き込むルートリッジにトゥルーとリムピッドが首を捻った。

「どうしたんです?」

「い、いや、何でもない」

 ネイが慌てて手を振ると、それまで黙っていたリムピッドが上目遣いでにじり寄って来る。

 その目は子供が何かをねだるときのものだ。

 そういう目をしているときの子供はろくなことを言い出さない。

「な、なんだよ!」

 ネイは警戒するように語気を荒げながら顔を背けた。

「ねえ、ギルドの人間ならホーク・アイを見たことある?」

「……」

 ネイは無視をしたが、リムピッドはそんなことを気にも留めずに目を輝かせている。

 どうやらトゥルーも同じことを知りたかったらしく、リムピッドと同じように目が輝いていた。

「噂は色々聞くの。若いうちから名を売ってたとか、最近じゃ暗殺者アサシンを三人ほど血祭りに上げたとか……」

 その話を聞き、噂とは尾ヒレが付くものだとよく分かった。

 少なくとも、アサシンを血祭りに上げた覚えは無い。現実は逃げただけだ。

「でも、実際に『見た』っていう人はこの地方にはいないんです。だからどんな人なのか知りたくて」

「ねえ、ベルシアにいたなら知ってるでしょ。どんな人? 背は高い? 低い?」

「アサシンを蹴散らすくらいだから大きいですよね? それとも凄腕の剣士でもあるのかな?」

 二人が妄想を好き勝手に口にする。

 その二人の背後では、ルートリッジがニタニタと笑みを浮かべている。

「ねえ、どんな人?」

「教えてください」

 二人の好奇の目にネイは言葉を詰まらせた。

 そうして出した答えは――

「い……イイ男だ。それも凄く! お、女にモテるぞ」

 引きつった笑みを浮かべるネイに、二人は口を開けたまま表情を固めた。

 一呼吸分の沈黙を置き、その後でトゥルーとリムピッドは顔を見合わせる。

「リム、そんな話を聞いたことあるか?」

「さあ……」

 二つの好奇の眼差しは、徐々に疑惑の眼差しへと変わり、そのままネイに向けられた。

「ねえ、あんた本当にギルドの人?」

「なっ!」

 ネイが反論しかけるが、ルートリッジの笑い声がその邪魔をする。

 ルートリッジがルーナの肩を叩きながら腹を抱え、ビエリは必死に笑いを噛み殺す。

 肩を叩かれるたびにルーナの頭が前後に揺れ、ルートリッジと共に笑い転げているように見えた。

 

 

 

「完全に信用を無くしたな」

 ルートリッジが笑いを含みながらネイに声をかけた。

 ネイが顔を歪めながら少し離れたトゥルーたちに視線を向けると、二人は白い目を向けて顔を背ける。

 それを見たネイも舌打ちし、二人と同じように顔を背けた。

 その様子にルートリッジが堪えきれずに低い笑い声を漏らす。

「なぜ自分だと教えなかった?」

 ルートリッジが隣に腰を下ろしながら言うと、ネイは顔を背けたまま鼻を鳴らした。

「見知らぬヤツにほいほい通り名をさらすバカはいねえよ」

「なるほどな。まあ、意味も無く子供の夢を壊すことはないな」

「どういう意味だよ」

 ネイが胡座あぐらの上で頬杖を突き、憮然とした表情をルートリッジに向ける。

「おまえのことをホーク・アイだとはつゆほども思わないのは、おまえが二人の理想とは違うという証拠だろ?」

「ああ、そりゃあ悪うございましたね」

 もう一度顔を背けたネイに、ルートリッジは目を細めた。

「しかし、なかなか愉快な二人だな。ルーナと同じくらいの年か?」

「そんなこと知らないよ。それより――」

 ネイは傍らの荷物の中を漁り一冊の書物を取り出すと、顔を背けたままルートリッジに突き出した。

「これの中身を教えてくれよ」

 突き出された書物に目を落とし、幾分驚いたようにルートリッジが目を大きくする。

「持ち出してきたのか」

 ルートリッジは半ば呆れたよう言うと、突き出された書物を手に取った。

 表紙には擦れた文字で、なんとか読み取れる程度に『始まりの王』と書かれている。

「良いだろう。知りたいのは『復活際』、及び『聖女』についてだったな?」

 確認を取ると、ネイが神妙な面持ちで頷いて返す。

 ルートリッジは一度だけルーナに目をやり、再び書物に視線を落として表紙に手をかけた。

 大事そうに項をめくるルートリッジの手許。

 それを見ながら、ネイは微かな鼓動の高鳴りを感じた……

 

 

 

 つづく

 

 

 前回からの間、投票をクリックしてくれた11名方、大変ありがとうございます。

 

 次回は……今回よりも早く更新出来るようにがんばります。

 どうそよろしく(3/19)

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