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84章  宣告者

「どこに向かっているんだ」

 暗い路地を行くトゥルーが、不満げな声を背後に向かって声を投げかけた。

 しかし振り返ることはなく、顔を横に向けただけだ。

「黙って歩け」

 背後から返って来るアティスの冷たい言葉に、トゥルーは口をきつく結んで顔をしかめる。

 続けて不満の声を漏らそうとするが、それをネイの緊迫した声が制した。

「……誰か来るぞ」

 路地の出口、大きな通りを行く人の気配を感じた。

 アティスとネイは顔を見合わせて頷き合うと、素早く次の行動に移る。

「ぐえっ! 何すんだ!」

 ネイは前を歩くトゥルーとリムピッドの襟元を掴み、無理矢理に建物の陰へと引きずっていく。

 一方、アティスはルーナの手を掴み、別の建物の陰へとルーナを隠す。

「頼んだぞ」

 ネイはアティスに声をかけるとそのままトゥルーたちと身を隠し、アティスは小さく頷いて走り出した。

 

 

 

 建物の陰に身を隠したリムピッドが、前に身を屈めるネイに向かって疑問を口にする。

「帝国兵かな?」

「おまえら、ちゃんとかなかったのか?」

 ネイが苦笑すると、リムピッドがわずかに頬を膨らませた。

「馬鹿にしないでよ。ちゃんと撒いたよ。……そうだよね?」

 トゥルーに同意を求めると、自信に満ちた顔でトゥルーが力強く頷いて返す。

 それを確認するとネイは二人から視線を外し、向かいの建物の陰に身を隠すルーナに目をやった。

 ルーナは身動きをとることなく大人しくしゃがみ込んでいる。

 そのことに小さく安堵の息をつくと、ネイはそっと顔を出しアティスを覗き見た。

 

 

 

 壁際に身を寄せたアティスに近づいて来る人の気配。

 しかし、鎧の擦れ合う音はもちろん、足音や息遣い、その類の音はアティスの耳に一切届かない。

(帝国兵ではないな。だが……)

 完全に音を消して移動する―――その事実が、アティスに警戒心を与えた。

 路地を素通りしてくれれば問題は無い。

 反対に、もし路地へと足を踏み入れて来たら……。

 アティスはネイたちの潜む場所へと目をやった。

 そこではネイが顔だけを覗かせ、小さく頷いてくる。

 それにアティスも頷いて返すと、再び近づく気配に集中した。

 間もなく、アティスの望みは虚しく散る。

 近付いて来る人物は素通りせず、路地へと足を踏み入れて来た。

 その際、その人物はまるで消えるように完全に気配を消す。

(やはり、ただの住民ではないな……)

 瞬間、アティスはその人物の前に立ち塞がるように飛び出し、その姿を確認した。

 同時に、軽く握った右拳を腹部目掛けて突き出す。

 アティスと顔を合わせた人物は男だった。

 飛び出したアティスによほど驚いたのか、目をいっぱいに見開いている。

 アティスは瞬時にそこまで確認し、その顔が見覚えのある顔だと気付いた。

 しかし、腹部目掛けて突き出した拳は止まらない。

 いや、男の顔を確認し、『心情的』にあえて止めなかったのかもしれない。

 腹部に当たる直前に固く握られた拳。その拳が驚く男の鳩尾みぞおちに的確に入る。

「ぐえっ!」

 男はかえるのような声を上げ、両膝をガクリと地に突いた。

 

 

 

「どう?」

 ネイの背後、リムピッドが心配げに声をかける。

 その言葉にネイは返事をせず、代わってアティスを責める言葉が口をつく。

「あいつ……何をしてるんだ!」

 アティスは確かに右拳を叩き込み、路地に入って来た人物は膝を突いた。

 そこまでは良い。問題はその後だ。

 アティスはその場を離れるでもなく、完全に気を失わせるでもない。

 膝を突いた人物を、ただ静かに見下ろしていた。

 まるで立ち上がるのを待っているかのようだ。

 すると膝を突いた人物はヨロヨロと立ち上がり、アティスの肩に手を置く。

 街路灯の灯かりが逆光となって顔を確認することは出来ない。

 しかし、どうやら何か文句を言っているらしいことは分かる。

「何をしてるんだ」

 もう一度ネイはアティスを責めた。

 アティスが一撃を見舞ったことから、相手が喜ばしくない人物だというのは分かる。

 間違っても、ただの住民ということはないだろう。

 そこをアティスが見誤り、無意味に乱暴を働くとはネイには到底思えなかった。

 しかし、その後の状況が全く理解出来ない。

「くそっ……」

 ネイは吐き捨てるように短く言うと、トゥルーとりムピッドに大人しく待っているように告げる。

 そして一度だけルーナに視線を向けると、素早く建物の窓枠に足を掛けた。

 ネイはそのまま難無く屋根の上へと昇っていく。

 その身軽さと手際の良さに、トゥルーとリムピッドは呆然とした表情でネイを見上げていた。

 

 

 

「本当……だな……」

 男は充分な間を置いて立ち上がると、顔を苦痛に歪めながらアティスに掴み掛かった。

 アティスは振り払うことはせず、ただ冷淡な顔で前屈みになる男を見下ろす。

「それで……どこに……」

 男が途切れ々に問いただすと、アティスはネイの隠れる建物へと視線を向けた。

 が、その視線はすぐにその真上に上がり、そのまま屋根伝いに視線を移動させる。

 何も答えないアティスに、前屈みになりながら喘いでいた男が苦しげに顔上げた。

「おい…どこに……」

 そこまで言い、アティスの視線があらぬ方向に向けられていることに気付く。

 男の顔に、苦痛に混じって困惑の色が表れた。

「おい! どこにいるんだよ!」

「そこだ」

 アティスは素っ気無く答えると同時に、男の後方斜め上、宙を指差した。

 その意味不明な言動に男が眉をひそめる。

 その直後――

「ぎゃうっ!」

 側頭部に走った衝撃。

 アティスが指差した方向に男が顔を向けようとしたとき、男の眼が飛び出さんばかりに開かれ、弾かれたように吹き飛んでアティスの前から姿を消した。

 まるで男と入れ代わるように、アティスの前にネイが『着地』して姿を見せる。

「何やってんだ! 絡まれてる場合じゃないだろ!」

 即座にネイが怒鳴ると、アティスは反論することなく無表情に視線を地に落とした。

 アティスの向けた視線の先、男が地面に顔を着け、尻だけを上げた不様な格好で倒れている。

 ネイはアティスの様子に首を傾げ、その視線を追って倒れた男に目をやった。

「ん? ……げっ、ギー!」

 地面に倒れて泡を吹く男――それは、赤い矢レッド・アローのギーだった……。

 

 

 

「おまえ、こんな所で何をしてるんだ?」

 ネイがそう声をかけると、地べたに座り込みながら首を擦っていたギーが下から睨み返す。

 その目には憎悪が宿っている。

「帝国宿舎の方で騒ぎがあったから、様子を見て来いと尻を叩かれたんだよ!」

 ギーが口を尖らせながら言うと、ネイは訊ねるような視線をアティスに向けた。

「おそらくルーの指示だな」

「なに? ルーまでギーを知っているのか?」

 驚くネイにアティスが静かに頷いた。

「知っているも何も、我々はここしばらくこの赤毛と同じ場所で生活している」

「……どういう状況だよ」

 ネイが呆れたように笑うと、今だに立ち上がらないギーが再び口を尖らせ、自身を囲む五人を睨みつけた。

 その中にはギーの知らぬ顔が二つばかり在った。

「……それより、先に俺に言うことがあるだろっ!」

 ギーがそう言ってネイとアティスを交互に睨むと、二人は顔を見合わせ小首をかしげる。

 そして思い当たったようネイが手を打ち鳴らし、アティスは首を振った。

「ああ……。よお、久しぶり!」

「私は特に言うことは無い」

 ネイとアティスが思い々の言葉を口にすると、ギーのこめかみに青筋が浮く。

「久しぶりだあ? 特に無いだあ? そんな言葉は待ってねえっ! そっちに言うことが無くても、こっちは言われたいことがあるんだよ!」

 鼻筋に深いシワを作り、噛みつきそうな勢いで歯を剥き出しに怒鳴る。

「まずは謝れっ! 悪いことをしたら、まずは『ごめんなさい』だろうがっ!」

 ギーが盗賊とは思えない常識的な言葉を口にすると、ネイとアティスが一瞬嫌そうな目をギーに向けた。

「何だその目は! こっちはいきなり腹を殴られた挙句、頭に『飛び蹴り』を喰らったんだぞ! 人として謝るのが当然だろうがっ!」

 唾を撒き散らしながら怒鳴り、手足をバタつかせる姿にネイが苦笑した。

「分かった、分かった。冗談だよ」

 言いながらギーの肩を軽く叩き、なだめるように笑顔を作る。

「悪かった。まさか、おまえだとは思わなかったんだ。その恥かしい髪の色を見れば気付いたはずなのにな……」

「私もすまないと思っている。おまえだと気付いた瞬間に力を込めてしまった。感情が勝ってしまったのだろう」

 二人がそれぞれ謝罪の言葉を口にすると、ギーは顔を歪ませて肩を小刻みに震わせた。

 目許には薄っすらと涙さえ浮かぶ。

「そんな……そんな謝り方って……くっ! おまえら……おまえらは人間のクズだっ!」

 ギーはそう叫ぶと急に立ち上がって走り出した。が、すぐに一度立ち止まる。

 しかし、ネイもアティスも引き止めに来ないと悟ると、肩越しに二人を睨み、目許を拭ってそのまま走り去った。

「何なのあいつ……」

 去って行くギーの背を見ながらリムピッドが呟くと、ネイは苦笑してかぶりを振った。

「さあな……。そんなことより、アティスおまえたちがあいつと関わりを持っていることの方が驚きだ」

 ネイがチラリとアティスを見ると、アティスは小さく鼻を鳴らす。

「あの赤毛が勝手に着いて来ただけだ」

「……なるほどね。まあ、そのへんの話は歩きながらでも聞かせてもらうさ。どうせギーもルーたちの所へ向かったんだろ?」

 ネイがタメ息混じりに笑うと、一行はギーの去った路を歩き始めた。

 

 

 

「あら? ずいぶんな団体様の御越しね」

 空が白み始める刻、酒場に足を踏み入れて来た団体にクレアが目を白黒させた。

「迷惑をかける」

 アティスが一度小さく頭を下げると、ドカドカと慌しく階段を下て来る足音が店内に響く。

 その足音の主がひょこりと姿を見せる。ルートリッジだ。

 ルートリッジはアティスの顔を見るや、責めるようにその名を呼んだ。

「アティス! 無事だった……か?」

 叫ぶと同時にアティスの背後に立つ四人に目をやり、口を開いたまま眉間にシワを寄せる。

「ルーナ……。ネイ、おまえ何を考えてる! ルーナまで連れてきたのか! ん……誰だその子供たちは?」

 矢つぎに質問してくるルートリッジにネイは顔をしかめ、トゥルーとリムピッドはムスっとした表情を見せた。

「まあ……成り行きでね」

 ネイがルーナについてのこととトゥルーたちのこと、その両方についてそう答えると、ルートリッジは釈然としない様子でネイを横目に睨んだ。

 そこで再び慌しい足音が二階からに響いてくる。

 今度はビエリだ。

 ビエリは傷だらけの凶悪な顔に満面の笑みを浮かべたが、口許には微かによだれの跡があった。

 今まで熟睡していたということに疑いの余地は無い。

「…ネイ……」

 嬉しそうにネイの名を呼んだビエリに、ネイが軽く手を挙げて応えると、ビエリの頬は上気したようにわずかな赤みを帯びる。

 照れたようにモジモジとするビエリ。

 そのビエリに、トゥルーとリムピッドは気持ち悪い物を見るような視線を向けていた。

「悪いが、再会を喜び会うのは後回しだ。とりあえず、すぐに荷物をまとめてくれるか?」

「どういうことだ?」

 ルートリッジが質問すると、ネイは右手を開いてそれを制した。

「事情は後だ。とにかく、グズグズしているとこの街から出ることも難しくなる」

 ネイが静かに言うと、その口調にルートリッジは切迫の色を感じ取り、自身を納得させるように数回頷く。

「分かった。話は後で聞くとしよう……。アティス、悪いが手伝ってくれ」

 ルートリッジは言うが早いか二階へと駆け戻った。

 その背を階下で見送ったクレアは小さなタメ息をつき、チラリとネイの顔を盗み見る。

 突然に現れた客。

 その客が告げたルートリッジたちと別れの宣告に、クレアは淋しげに顔を伏せた……

 

 

 

 つづく

 

 


 前回からの間、投票をクリックしてくれた5名の方、大変ありがとうございます!

 

 次回も出来るだけ早く更新したいと思います。

 どうぞ次回もよろしく〜(3/8)

 


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