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83章  少年少女

 夜道を歩く三人の影。

 その一つが、背後からの視線を感じ取り不意に足を止めた。

「ん?」

 ネイが方眉を上げながら、小首を傾げて低く唸る。

「気付いたか?」

 同じように足を止めたアティスが、さも前から気付いているような顔をして見せた。

「……さっきの反乱組織ガキかな?」

 ネイが訊ねると、アティスがすました顔で小さく頷く。

「おそらくそうだろう」

「いつ気付いたんだ?」

「少し前だ」

 アティスが表情を変えることなくサラリと言うと、ネイは口笛を吹く真似をして見せた。

「さて、どうしたものか……」

「目的が分からん以上、ルーたちと合流するわけにもいかない。それに――」

 アティスはわずかに顔を動かし、背後に向かい横目で視線を走らせる。

「ちょうど訊きたいこともある」

「なるほどね……よし、じゃあこの先の角を曲がろう」

 言うとネイがルーナの手を引き、三人は歩調を変えることなく路地へと入った。

 

 

 

「路地裏に入った」

 トゥルーは声をひそめて言うと、リムピッドと頷き合って歩調を速める。

 路地裏への角まで辿り着くと壁に身を寄せ、そっと先を覗き見た。

「いた……」

 突き当たりで左右に別れる暗い路。

 その路を左に曲がった少女の後姿がチラリと見えた。

 二人は身を低くし、少女の後姿が見えた角まで駆け寄ると、再び顔だけを出して覗き込む。

 次の瞬間―――

「あっ……」

 二人の口から驚く声が同時に上がった。

 眼前で一人の男が腕組をし、覗き込んだ二人に笑みを向けてくる。

「よお」

 男は二人に軽く手を挙げ、親しげに声をかけた。

 しかし、二人がクロスボウを構えようとすると、慌てて掌を左右に振る。

「バカ、やめろっ! 首が飛ぶぞ!」

 男が言った直後、背後に強烈な殺意を感じ、二人の首筋がゾワリとあわ立つ。

 一人だけ突き当りを右に曲がり、トゥルーたちが来るのを待ち伏せていたのだろう。

 トゥルーたちは完全に背後を取られる形となった。

 背後の人物は、クロスボウを構えようとする二人に淡々とした口調で語りかける。

「ヤツの言う通りだ。やめた方が良い……。こちらとしては、一人いれば充分だからな」

 感情の色が無いその口調に、二人の顔が蒼ざめる。

 声の具合から、一緒にいた髪の長い女だというのは分かったが、振り返ることが出来ない。

 クロスボウを中途半端な位置まで上げた二人に、背後の人物がさらに言葉を続ける。

「まずは、クロスボウそれを置いてもらおうか。死の世界へ旅立ちたいのなら、反抗的な態度を取っても構わんぞ」

 余裕を感じさせるでもなく、警戒するでもない。変わらぬ口調で指示を出してきた声に、二人が同時に喉を鳴らした。

 そのトゥルーたちの様子に、向かいの男が苦笑する。

「悪いことは言わない。素直に従え。後ろのお姉さんは、『情け』というモノを持ち合わせていないぞ」

 警告を受けたトゥルーは悔しげに男を睨みつけると、勿体つけるようにゆっくりとクロスボウを地に置くいた。

 それを見て、リムピッドも同じようにクロスボウを置く。

「そう、それで良い。腰の矢はこっちに投げろ」

 男は手を差し出し、ヒラヒラと振って見せた。

 トゥルーとりムピッドは躊躇ためらいを見せたが、不愉快さを顔いっぱいに表すと、それぞれ腰に下げた矢筒を男の足許に投げ捨てる。

 男は捨てられた矢筒を拾い上げて傍らに立つ少女に手渡すと、再び向き直ってトゥルーたちの背後を顎先で示した。

「あとは後ろのお姉さんが、おまえたちに訊きたいことがあるそうだ」

 その言葉を受け、再び背後から声が上がる。

「おまえたちは反乱組織レジスタンスの者だろ?」

 どう答えるべきか多少返答に遅れたが、結局トゥルーは小さく頷く。

「俺たちは……牙の団だ」

「血路の騎士を狙ったんだな?」

「……狙ったと言っても、別に仕留められなくても構わなかった。俺たちが本気だと分からせたかっただけだ」

 失敗した言い訳をするようにトゥルーが無愛想に答えると、背後の女が低く笑った。

「それであんな無茶をしたのか? 本気だと分からせても、全滅しては意味が無いぞ?」

「……おまえたちには関係ない」

 トゥルーがわずかに返答に詰まりながら答えると、その微妙な間を女は見逃さない。

「なるほどな……。今回参加した者の他にも仲間がいるのか」

 その言葉に、トゥルーとリムピッドの身体がギクリと素直に反応した。

「まあ良い……。ではここからが本題だ。素直に答えろ。……おまえたちは、どうやって血路の騎士が来ることを知った? そして、ヤツらは何のためにこの街まで来たのだ?」

 その問いにトゥルーとリムピッドは揃って口をつぐむ。

 絶対に言わないという意志表示か、二人はあらぬ方向を睨みつけるように顔を背けた。

 その二人の様子に、背後で再び低い笑い声が上がる。

「安心しろ。我々は帝国側の人間ではない」

 女がさとすように言うと、リムピッドが顔を背けながら舌を打ち鳴らした。

「そんなことは知ってるよ。だって、馬小屋に火を放ったのはあんただろ? 顔を見たもの」

 リムピッドが鋭く睨みつけると、男はわずかに背を反らして鼻を鳴らす。

「あの暗がかりでよく見えたな……」

 茶化すのではなく、本当に感心したような口ぶりだった。

「あいにく、目は良いんだよ」

「……そんなことはどうでも良い。そこまで知っているのなら、素直に答えろ」

 背後からの強要する声に、トゥルーたちは顔を見合わせた。

 小さく頷き合うと、トゥルーがゆっくりと口を開く。

「俺たちは、本来『ゴルドラン』っていう街を拠点にしてる。そこからヤツらを追って来たんだ」

「ゴルドラン……」

 男が反芻はんすうするように呟くと、トゥルーは小さく頷いた。

 ゴルドラン――アーセン地方で最も西に存在し、ヴァイセン帝国本土の国境沿いにある街だ。

「ヤツらはこの街に来る前、ゴルドランに来ていたんだ。それで……」

「ヤツらはなぜこの街に来た?」

「詳しいことは知らない。ただ、この街まで『教会の人間』を迎えに来たみたいだ」

「教会の人間……。枢機卿すうききょうか?」

 背後から聞こえる声が、わずかに力強さを増した。

 しかし、トゥルーはそれに対して首を小さく左右に振って返す。

「そこまでは分からない……と言うより、教会の誰と会うかに興味は無い」

 トゥルーの一連の発言に嘘は無かった。

 女もそれを感じたからこそ追求せず、男もただ黙って聞いていた。

 二人は互いに何かを思案するように沈黙を守る。

 しかし、その沈黙がトゥルーたちをより不安にさせた。

 緊張した面持ちでトゥルーったちが男の様子を窺っていると、再び背後から声が上がる。

 その瞬間、二人の心臓が大きく弾んだ。

「ネイ、どうやらこの少年たちは使えそうだ」

 その女の言葉に、鼓動を早めたトゥルーが驚きの表情を見せた。

 背後の女が言ったのは、正面に立つ男の名だと分かる。

 ただ、自分たちの前で名前を口にするとは思わなかった。

 その事実に、トゥルーの胸に不安がよぎる。

 その胸中を察したように、向かいの男――ネイはトゥルーたちの背後に向かって一度頷くと、ニヤリと笑った。

「おまえたち、俺が火を放ったのを知っているなら、俺のおかげで逃げられたのも分かっているだろ?」

 二人はネイの問いに顔を歪めると、うつむいて視線を逸らす。

 二人のその態度にネイが満足げに頷いた。

「十分に分かっているみたいだな。だったらその借りを返せ」

 突然の申し出にトゥルーとリムピッドは眉をひそめ、あどけないさの残る顔に訝しげな表情を浮かべた。

 

 

 

「ゴルドランまで案内しろって?」

 路地裏、建物の壁際に押しやられたトゥルーが上擦った声を上げた。

「そうだ。俺には借りがあるだろ?」

 ネイが二人を逃がさないように壁に手を突きながら満面の笑みを浮かべると、それを批難するように二人が上目遣いに睨む。

「どうしてゴルドランに?」

「おまえたちには関係の無いことだ」

 ネイの隣、同じように壁に手を突いたアティスが冷たく言い放つ。

 ネイとアティス、大人二人が少年少女を壁に押しやり逃げ路をさえぎるやり方は、強迫以外の何物にも見えない。

 トゥルーとリムピッドは正面の二人を交互に見ると、顔を伏せて口を尖らせた。

「あたしたち、あんたたちを裏切るかもしれないよ」

 リムピッドが無愛想に言うと、ネイはさも意外そうな顔を見せたあとに吹き出した。

「裏切るって? どう裏切るんだ? 帝国軍にでも密告するのか? 僕たち、侵入して騒ぎを起こした反乱組織レジスタンスの者ですが、同じ侵入者を捕まえました……とでも言うか?」

 茶化すように言ったネイを、リムピッドが鋭く睨む。

 黒目がちの丸い目は、愛らしさがあるとも言える。

 しかし、短く切った赤茶の髪はクセのおかげで毛先が跳ね、気の強さを主張しているようだった。

「密告とは限らないだろ」

 吐き捨てるように言ったトゥルー。

 髪の感じはリムピッドと似ていたが、目許はリムピッドよりも弱冠細く垂れ気味だ。

 そして二人に共通することだが、どちらもよく陽に焼けていた。

 そんな二人を、アティスが冷たい視線で見下ろす。

「ではどうするというのだ? どういう手段でも構わんが、顔は覚えさせてもらったぞ。もし我々に不利益な行動を取ったら――」

 そこまで言うと、わずかに顔を近づけてリムピッドの腹に人差し指を軽く当てた。

「必ず見つけ出し、内臓器官を全て鳥の餌にしてやる。……おそらく痛いぞ」

 切れ長の目に、それを際立たせるような長い睫毛まつげ

 少し厚めの桃色の唇は、どこか妖艶さを感じさせる。

 その整った顔立ちで、無表情にアティスが言い放った。

 その顔立ちと言動のギャップに、二人は顔を蒼ざめて背筋をピンと伸ばす。

「あのなあ、タメにならない補足をすると、このお姉さんは冗談ってものを全く言えないぞ?」

 ネイ本人が言った通りの余計な補足に、二人はさらに身を硬くし、恐ろしい者を見るような視線をアティスに向けた。

 

 

 

「なあ、一つ訊いても良いかな?」

 捕虜さながら、リムピッドと並んで前を歩かされているトゥルーが、肩越しに振り返りながら言葉をかける。

 それに対してトゥルーの背後、アティスが了解するように静かに頷いた。

 トゥルーはネイとアティスを交互に見ると、その後で二人に挟まれるように歩くルーナを見る。

「まさかと思うけど、そのはどっちかの子供じゃないよな?」

 トゥルーが真顔で訊ねると、ネイどころかアティスまでもがわずかに顔を歪める。

 アティスの表情の変化を初めて目にし、トゥルーが意外な物でも見たように目をしばたかせた。

「そんなわけないだろ」

 ネイが苦笑しながら否定すると、今度はリムピッドが肩越しに振り返る。

「じゃあさ、二人は恋人か何か?」

 その質問を受け、二人とも思い切り嫌そうに顔が歪む。

『ふざけるなっ!』

 ネイとアティス、二人の怒鳴り声が重なった……

 

 

 

 つづく

 

 


 ええ、前回からの間、投票をクリックしてくれた6名の方、大変ありがとうございます!

 

 次回は……出来るだけ早く更新したいと思います(3/6)

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