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82章  護衛者

 目と鼻の先、飛び出せば辿り着ける場所に血路の騎士がいる。

 邪魔な帝国兵は散り散りになり、行く手を阻む者はわずかな兵士。

 訪れた好機にアティスの身が震えた。

 届く――アティスはそう判断すると、拳先突剣ブンディ・ダガーを引き抜き立ち上がった。

 が、次の瞬間、背後の気配に我に返る。

 ドス黒い歓喜の渦が急激に引き、視界が開けるように自我が再構築された。

「おまえ……」

 振り返ると、アティスに合わせて背後のルーナも立ち上がっていた。

(まさか、着いて来る気か!)

 その予感に、焦りと苛立ちが湧き上がる。

 アティスは一度外に目をやると、急いでルーナの手を引き部屋の隅まで連れて行く。

 その場所なら外から死角になり、外から姿を見られることはない。

 うつむき加減でいるルーナの前に膝を突き、か細い両肩に手を置くと、下から陶器のようなその白い顔をジッと見上げた。

「おまえがネイに何を言われたのかは知らん。だが、ここで大人しくしていろ。残念だが、私はおまえをまもってやることは出来ない」

 護れるわけが無い。自分の身を投げ出すつもりの人間が、他人の身を護るなど不可能だ。

 その考えが、アティスの顔に自嘲的な笑みを作らせる。

「いいな? ここでネイが戻るまでじっとしているんだぞ?」

「……」

 理解したのかどうかはアティスには判断出来ない。

 ルーナはまばたき一つしなかった。

 しかし、アティスはその様子を了解の意思だと受け取り、小さくタメ息をつくとゆっくりと立ち上がった。

 きびすを返し、再び窓際に歩み寄ろうとしたところでギクリと足を止める。

 ルーナが動く気配。

 アティスが肩越しにルーナを見ると、ルーナは先ほどの位置より二歩分ほど歩を進めてうつむいていた。

 アティスの中で苛立ちが限界を超え、怒りへと変わる。

「おまえは……」

 ルーナの身体を壁に押し付けると、その頭を上から睨みつけた。

「おまえは何がしたいんだっ!」

「……」

 ルーナは応えない。

 アティスは整った顔を歪ませ、肩を微かに震わせる。

 が、すぐに怒りを抑えるように大きく息を吐き出した。

 気を落ちつけ、もう一度ルーナを見下ろした後に外へと視線を向けた。

 暗闇の中、馬小屋から上がった炎に照らされ、慌てふためく帝国兵の姿が見える。

 まだ騒ぎは治まってはいない。

 しかし、グズグズしている時間も無い。

 焦る気持ちを抑え、アティスは目を閉じ思考を巡らせた。

 ルーナを振り切り窓から飛び出すか? が、すぐに緩くかぶりを振る。

 飛び出すということは、自分の潜んでいた場所も知らせることになる。

 ルーナを振り切れたとしても、もし窓際までルーナが歩み寄れば、その存在に気付かれてしまう。

 だが、それだけならまだ良い。

 仮に外まで追って来るようなことがあれば、後に続くルーナは標的になり易い。

 混乱した帝国兵に、それが少女だと気付く余裕があるとは思えなかった。

 では、ルーナを部屋に閉じ込め、他の部屋から外へ出るか?

 その考えも、アティスはすぐに否定した。

 この部屋こそ絶好の位置。

 迂回し、これ以上に血路の騎士との距離が離れれば、気付かれた後でも充分に対応するだけの『間』が出来てしまう。

 アティスは目を閉じながら、険しい表情を浮かべた。

 それは非情な決意の表れ。

 その決意を固めてまぶたを上げようとしたとき、まるでそれを見計らったかのようなタイミングでルーナが動いた。

 その行動に、アティスの目が大きく開かれる。

 ルーナは顔を上げ、アティスがまとったフードをしかっりと握っていた。

 ジッとアティスを見上げるルーナ。

 その顔はすがりつく幼子のようでもあり、行かせまいと強い意志を秘める、大人びた顔にも見えた……。

 

 

 

 紅蓮ぐれんの炎に照らされ、チラチラと揺れる兵士の影。

 地に映るその影は、業火に焼かれて踊り狂っているようにも見える。

 庭園の混乱が、徐々に規律を取り戻していく。

 その様子を、アティスはルーナと共に身を屈めながら窓際で窺っていた。

 結局、アティスはルーナを置き去りにすることが出来ず、部屋でネイが戻るのを待ったのだ。

 ネイが戻り次第、窓から飛び出し血路の騎士に襲い掛かる―――が、その考えは脆くも崩れた。

 いくら待てどもネイが戻って来ない。

 だが不思議と焦りは無く、怒りも湧いては来なかった。

 ただ冷静に、機を逃したということだけを受け入れ、傍らにいるルーナの肩を抱いていた。

「行こう……。ネイを探すぞ」

 騒ぎが終息する前に、アティスは窓際から離れて立ち上がると、ネイの荷物を手に取った。

 ルーナと共にワイン樽に隠してあったものだ。

 アティスが振り返ると、ルーナが静かに歩み寄り隣に並ぶ。

 その行動にアティスは微笑んだ。

「さっきまでは、まるで影のように後ろに着いていたのにな……」

 アティスは皮肉を一つ漏らし、ルーナの背に手を当てると扉の前に導く。

 外の気配を探った後に、一度だけ窓を振り返りゆっくりと扉を開いた。

 扉を開け、視線を上げたアティスの身体が一瞬で臨戦態勢を取る。

 誰もいないと思っていた通路。その通路に人の影があった。

 アティスが咄嗟にルーナを庇う姿勢となる。

 相手は開いた扉の正面、壁に背を預け、腕を組んで目を閉じていた。

 アティスたちが姿を見せたことに気付くと、その閉じられていた目をゆっくりと開く。

 と、同時にアティスの口から驚きの声が漏れた。

「ネイっ! おまえ……いつから居たんだ?」

 アティスが眉をひそめるが、その問いにネイは何も答えず、壁から背を離すと口許に笑みを浮かべた。

「次はどうするんだ? 協力するぜ?」

 ネイが言うと、アティスはわずかにうつむいた。

 ネイはずっと居た。馬小屋に火を放ち、ここで自分たちが出て来るのを、ただ待っていたのだ。

 それに気付き、うつむいたアティスの口許にも力の抜けた笑みが浮かぶ。

「……脱出するぞ」

 アティスが顔を上げてきっぱりと言うと、ネイは大袈裟に頷いて見せた。

「だったら騒ぎが治まる前にとっとと逃げようぜ。脱出ルートは確保しておいた。この棟の裏口だ」

 ネイがニヤリと笑うと、アティスは目を丸くする。

「おまえというヤツは……」

「なあに、ワイン樽もそこから運び込んだんでね。それに、脱出ルートの早期確保は潜入の基本だ」

 ネイが自信に満ちた顔で笑うと、アティスは苦笑して緩くかぶりを振る。

「よし、では案内しろ」

 何かを振り払ったように颯爽と歩き出すアティスの背後、ネイはルーナの頭に手を置き片目をつぶった。

「よくやった」

 ネイを見上げるルーナ。

 その頬が、窓から差し込む炎の灯かりで朱色に染まって見えた。

 

 

 

 脱出は至って簡単だった。

 帝国兵が東の棟に集まっていたこと。庭園の騒ぎ。

 西の棟は完全に手薄となり、さらに裏口となると番兵の数も二人だけと少ない。

 尚かつその二人の番兵は、アティスがおもむいときにはすでに気を失い、手足を縛られている状態だった。

 もちろんネイの仕業だ。

 裏口を出てしばらく行った丘の上、今だに炎の立ち昇る帝国兵宿舎を三人は見下ろしていた。

 炎は馬小屋から庭園の木々に飛び火し、その規模を大きくしてる。

 しかし、兵士が落ち着きを取り戻した状態なら、鎮火するのにさして時間は掛からないだろう。

「死に損なったな」

 ネイが宿舎を見下ろしながら言うと、アティスは何も答えなかった。

「……あの娘には何と言ってあったんだ?」

 返事の代わりに質問を返すと、ネイが肩をすくめる。

「別に。ただ、おまえから離れるな……そう言っただけだ」

 アティスが合点がいったように頷く。

「協力するんじゃなかったのか?」

「『俺は』しただろ?」

 ネイの言い分にアティスは小さく吹き出した。

「ずいぶん勝手な言い分だ……。もし、私が飛び出して行ったらどうするつもりだった?」

 アティスが笑みを含んだ目で見ると、ネイは低く唸って首を捻った。

「そうだな……。もしそうなってたら、俺一人でさっさと逃げたさ。多少の罪悪感を抱いてな」

 何でも無いことのように言い、ネイが笑うとアティスも低く笑った。

「おまえは――」

 一人で逃げたりはしない。

 その言葉をアティスは飲み込んだ。

 代わって別の言葉を口にする。

「おかしなヤツだな。ギルドの人間は皆そうなのか?」

「さあ、どうだろうな。ただ、変り種は腐る程いたぜ」

 アティスは目を細め、再び宿舎に視線を落とした。

 しばらくそうして眺め、小さく呟く。

「……礼を言っておく。良かったのかどうかは分からんが、命を拾ったのは確かだ」

 顔を向けずに言ったアティスに、ネイは苦笑して頬を掻いた。

「よく言うよ。俺の言うことなんて聞かなかったろ。それに、礼なら他のヤツに言え。おまえを救ったのは俺じゃない」

「なに?」

 アティスが小首を傾げると、ネイは視線をルーナに向けた。

 ルーナは興味が無いかのように宿舎に背を向けている。

「そうだな……」

 アティスはルーナを見ながら頷き、堪えきれぬといった様子で笑い声を漏らした。

 その様子に、ネイが驚いた表情を見せる。

「どうした?」

「いや、自分よりもか弱き者に命を救われるとはな……。初めての経験だ」

 笑い声を漏らしながらアティスが答えると、ネイは再びルーナに視線を向けた。

「それは滅多に出来ない経験だ。なにせ、最弱の『護衛者』だからな」

「なるほど。護られていたのは私の方か……」

 アティスはそう呟くと、今度は高らかに声を上げて笑う。

 そんな二人をよそに、ルーナは素知らぬ顔で蒼い月を見上げていた。

 

 

 

 追ってきた帝国兵をどうにかき、建物の陰で乱れた呼吸を無理矢理に整える。

「トゥルー……。行った?」

「ああ……」

 トゥルーは答えながらそっと顔を出し、ギクリと身を固めた。が、すぐに安堵の息をつく。

「どうしたの?」

「リム! 不用意に顔を出すな!」

 トゥルーが怒鳴ると、リムピッドが慌てて出しかけた顔を引っ込める。

「何かあったの?」

「……何でもない。帝国兵かと思ったけど、違った」

 ぶっきらぼうに答えるトゥルー。

 リムピッドも今度は充分に気を配り、そっと顔を出して覗き見た。

 通りを歩く三人。一組みの男女に少女が一人。

 その中で、男に目を留める。

 褐色の肌に、肩のあたりまで無造作に伸びた黒髪。

 その横顔を見て、リムピッドが短く声を漏らす。

「あっ……」

「どうした?」

 トゥルーが心配げに声をかけると、リムピッドは男から視線を外さずに呟く。

「あいつ……馬小屋に火を放ったヤツだ!」

「何だって?」

 トゥルーも再び顔を出し、三人の様子を窺った。

「……あいつが?」

 コクリとリムピッドが頷く。

 トゥルーは男の顔を記憶から探るが、やはり見覚えの無い顔だった。

「何者だろう? どうして俺たちを助けてくれたんだ?」

「……もしかして、あいつ等も侵入していたんじゃない?」

 リムピッドが言うと、トゥルーはわずかに考え込んだ後に力強く頷く。

「かもしれないな……。よし、後をけてみよう」

「えっ! ……はぐれた皆は?」

 リムピッドが心配げに問うと、トゥルーは笑みを向けた。

「大丈夫さ。無事ならアジトに向かうはずだ」

 トゥルーのその言葉に、リムピッドも意志を統一するように小さく頷く。

「でも、気付かれないかな?」

「心配するなよ。盗賊ギルドに入るために訓練してたんだ。あんなヤツらに気付かれるもんか」

 自信満々の笑みを見せるトゥルーに、リムピッドも笑って応えた。

「よし、行くぞ!」

 言うと建物の陰からそっと身を出す。

 盗賊ギルドに入るために訓練したという足取りで、少年たちは後を追う。

 盗賊ギルドのトップクラスだった男の後を……

 

 

 

 つづく

 

 


 ええ、昨日更新して今日も更新……自分的には早かったと思います。

 理由は、前回の話と今回の途中まで、元々は一つの話でした。

 が、長すぎたため途中で切ったので、今回は早かった次第です。

 

 次回は……出来るだけ早く更新します(3/1)

 

 

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