7章 夜明けの刻
「はい、じゃあ皆さんちゃんと並んでください」
場の雰囲気にそぐわない口調で発せられた言葉に、野次を飛ばす者、言い訳を始め泣き崩れる者と様々だ。
「ニヤニヤしてんじゃねえ! こっち来て勝負しろ!」
そう威勢良く挑発する者もいる。
「元気が良くて結構。でも残念ながら笑ってるわけじゃなく、私は元々こうゆう顔です」
そう言って、ただでさえ細い目をさらに細めた。
「その調子でいてください。その態度の方が拷問のときに胸が痛まずに済む」
人差し指を立て、子供に言い聞かせるように言うが、口調と台詞が合っていない。
そのことが却って男たちの恐怖心を煽ったようだ。
一様に顔色が青ざめる。
「ミューラー団長、連れて来ました」
部下に名を呼ばれ、盗賊たちとやりとりをしていたミューラーが振り返った。
「やあ、すまないね。下がって良いですよ」
そうミューラーが言うと、部下が一礼をしてキビキビと歩いていく。
「あれが元傭兵かよ……まるで飼い慣らされた猫だ」
立ち去る様子を見て、連れてこられた男が手首をさすりながら毒づいた。
「やあ、ネイ君。手荒な真似して悪かったね。大丈夫かい?」
そう言われ、ネイは手首の縄の痕をミューラーに見せた。
「これが大丈夫に見えるか? 力任せに縛り上げやがって」
不機嫌そうなネイに、ミューラーは天を仰ぎながら高笑いを上げる。
「すまないね。君が協力者だと部下に伝えるのを忘れてた」
ミューラーが髭を蓄えた口を大きく開いて笑う。
ネイは鼻を鳴らした。
「協力した覚えはないがな」
「じゃあキミは尾行に気付かなかったんですか? 鷹の眼とまで呼ばれる君が?」
ミューラーは、わざらしく手を開いて驚いて見せた。
そんなミュラーのおどけた様子に舌打ちすると、ミューラーが再び笑い声を上げた。
「まあ、キミが何と言おうと、キミのおかげで悪名高い盗賊団を一網打尽に出来たのは事実だ。お礼を言いますよ」
「なにが一網打尽だ」
ネイがそう吐き捨てると、ミューラーの顔も弱冠雲ったように見えた。
「……そうですね。肝心の人間を取り逃がしましたからねえ」
そう言って眉尻を下げながらワシ鼻をポリポリと掻く。
肝心の人間……
そう。捕縛された男たちの中にキューエルの姿はなかった。
もちろんネイにしても、キューエルが簡単に捕まるとは思ってはいなかった。
しかし、いくらキューエルとはいえ仲間を失った以上、そうそう一人で逃げ切れるものではないだろう。
特にこのミューラーからは……。
険しいネイの表情を見たからか、ミューラーは極力陽気な口調で口を開いた。
「大丈夫ですよ。遅かれ早かれ必ず捕らえます。こう見えても私は結構有能なんです」
その言葉にネイの表情も多少緩んだ。
そのとき、二人の会話の合間を狙っていたのか、一人の部下が近付いて来た。
明らかに他の部下とは雰囲気が違う。
鋭く切れ長の目に、肩まで届こうかという黒髪が揺れている。
「団長。洞窟内の探索も終わり、身柄、盗品の類は全て押さえました」
弱冠『全て』の部分を強調して言った。
その言葉を聞いて一瞬、ほんの一瞬だけ、ミューラーの表情が険しくなったのをネイは見逃さなかった。
「カーク君、報告ありがとう」
カークと言われた男は一礼すると、その場を離れていった。
歩く姿にすら無駄がなく、かなりの腕だというのが見てとれる。
その視線に気付いてか、ミューラーがネイに耳打ちすように話かけた。
「彼、カーク君はかなり優秀な男ですよ」
そう言ったミューラーの表情はすでに笑顔が戻っている。
「ところでネイ君。ちょっと訊ねたいんですが、中で何か変ったものを見なかったですか? もしくは彼からなにかを聞いたとか……」
ネイは少し考える仕草を見せた。
もちろん何のことを言ってるかはすぐに分かったが……。
「いや、キューエルとはあまり大した話はしてないんでね」
そう答えたが、そのときミューラーの目はネイの胸中を覗き込むように鋭くなった。
しかしすぐ笑顔に戻ると
「そうですか、なら別に良いんです。気にしないでください」
そう言ってネイの肩に手を乗せた。
「じゃあ我々はもう行きますが、本当に君には感謝していますよ。お礼と言ってはなんだが、一つ忠告を……」
ネイに肩に乗せたミューラーの手にわずかに力がこもった。
「早くギルドから正式に足を洗いなさい……」
その眼はいつもの笑顔ではなく、真摯な光を含んでいた。
ネイは、私兵団の一向が砂煙を上げ、去っていくのを見送っていた。
盗賊連中は手を縛られ、馬に引かれながら一列に歩いている。
時折ムチを振るミューラーの姿が見え、それと同時に盗賊の悲鳴が聞こえた。
「やれやれ……」
苦笑いをして私兵団が去ったのを確認すると、再び滝の裏の洞窟に向かう。
中に入り、消え落ちた松明の一つに火を付けると、それを持って岩壁の一角に向かった。
そして、そこにある岩を少しずつどかしていく。
洞窟内が暗いのと、綺麗に岩を積んであるため、傍目には他の岩壁と見分けはつかない。
そして、岩をどけ終えると小さな穴が姿を見せた。
ネイはその穴に松明を照らし、中を覗き込む。
「おい、もういいぞ」
「……」
思ってはいたが、やはり返事は無い。
もう一度中を照らし、今度はさっきよりも顔を中に入れた。
するとそこには銀髪の少女が腰を下ろし、膝を抱えて大人しく座っていた。
表情は相変わらず無い。
(まさか、大人しく膝でも抱えてろ、と言ったから本当にそうしてたのか?)
少女の格好を見てそう思ったが、それはよく分からなかった。
反応がない少女を見て、恐がって出て来ないのかとも思ったが、どうやらそういう具合にも見えない。
(まさか……)
そう思って、ネイは自分の顔を松明で照らした。
「俺だよ。もう出てきて大丈夫だ」
そうすると今度は反応があり、少女が穴からその姿を見せた。
(こいつ……顔を見せるまで出るな、と言ったからか?)
もしそうならこの少女について、とりあえず二つのことは確認出来たことになる。
目が見えること、とりあえず耳も聞こえているということだ。
ネイが呆れたように少女を見下ろすが、少女はジッと前を向いたまま、黒い服と真っ白な頬に付いた泥を落とそうとすらしない。
ネイはその様子を見て大きくタメ息をついた。
「来いよ」
そう言って少女の手首を掴み、入り口まで連れて行く。
外はもうすぐ夜明けだ。
「とりあえず顔くらい洗え」
入り口の滝まで連れて行き、そう声をかけたが相変わらず正面を向いたまま無反応だ。
その様子を見てネイは舌打ちをする。
「こうやるんだよ!」
そう言って流れ落ちる滝の水をすくい、顔を洗って見せた。
そのネイの行動を少女は見上げて見ていた。
「やってみろ」
そう言うと少女は両手を差し出し、水をすくうとそれを無表情に見つめる。
両掌から水が零れ落ち、アッと言う間にすくった水がなくなる。
その行為をニ、三度繰り返すと、再びネイを見上げた。
ネイが顔を洗う動きををして見せてやると、それに習って少女も顔に水をかけた。
無表情な顔をボタボタと水が流れ落ちる。
それを見てネイは何か拭くものを探したが、これといって適当なものが見当たらなかった。
「まあ、ほっときゃ乾くさ」
「……」
そして、再び少女の手首を掴むと獣道を通り、滝の上まで連れて行った。
やや俯き加減にたたずむ少女。
ミューラーにこの少女を渡さなかったのは、キューエルが利用価値があると言ったからだ。
おそらく近いうちにキューエルはミューラーに捕まる。
もし少女をミューラーに渡せば、ミューラーに保護された少女と、捕まったキューエルは必然的に再び近づくことになる。
キューエルが価値があると言い切った少女だ。
簡単にキューエルが諦めるとは思えなかった。
もしかしたら、少女がミューラーに保護されたと考え、あえて捕らえられることも考えられる。
とにかく再びキューエルを少女に近づけるのは得策では無いと感じた。
なぜかは分からない。
しかし、自分の直感を信じることにした。
少女を想ってか、もしかしたらキューエルへのただの反抗かもしれない。
少女の銀髪が朝日に照らされ、淡い赤みを帯びながらキラキラと柔らかく揺れる。
そしてその紅い瞳はより鮮烈な輝きを。
二人の姿は朝日の光に包まれていった。
運命の扉は開かれた……
つづく