表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/124

72章  迫る脅威

「おい、見ろ!」

 照りつける陽射しの元、ゆらゆらと揺れる地平線の先に目が止まる。

 駐屯した帝国軍――そのさらに奥、西の方角から無数の人影が向かって来るのが見える。

 その数は千に満たない。

「また兵を増やすのか? 帝国も懲りないねえ。しかも今度は大した数じゃない」

「バカっ! 良く見ろ! あれは帝国兵じゃねえ!」

 怒鳴りつけられ目を丸くした男は、もう一度地平線に浮かぶ人影に目を凝らす。

 近づいて来る人影は、帝国の装備とは異なっていた。

 帝国兵のような重装備ではなく、革の胸当という軽装備。

 肩から腕にかけて肌を露出させ、獣の毛皮のような腰巻で下半身を覆っている。

「なっ! アラハ族? ど、どうしてあいつ等が……」

 思わぬ人影の正体に男は絶句した。

 慌てる手つきで、腰袋から皮筒のような物を取り出した。

 その筒を構えて穴を覗き込む。

 地平線、彼方の人影が、あたかも眼前に在るように大きく見えた。

 ゴクリと喉を鳴らし、一団の中央付近へと皮筒を向ける。

 褐色の肌に、肩ほどまで黒髪を伸ばした男の姿。

 その黒髪は、一本々が細かく編み込まれ、幾本もの束となっている。

 男の左頬、目尻から口許にかけ、褐色の肌よりも濃い、炎を模したような黒きタトゥーが見えた。

「おい、間違いないか! アラハ族か?」

「……」

 相方の問いかけも耳に届かぬ様子で、皮筒を覗き込む男は呆然とし、ゴクリと喉を鳴らすだけだった。

「貸せ!」

 苛立ったように皮筒を取り上げると、同じように覗き込み、これまた同じように呆然とした。

「く、黒き火炎……アジー・ワイだ!」

 二人は緩慢な動きで顔を見合わせると、どちらとも言わず弾かれたように駆け出した。

 

 

 

「さて、どうしたものか?」

「……」

 テーブルに拡げられた羊皮紙を覗き込み、男たちが頭を傾けながら低く唸る。

 羊皮紙には付近の地形が描き込まれ、その上には大小様々な平たい石が、所々に置かれていた。

「見張りの話では、また兵を増やしたそうですしねえ――」

 のんびりした口調で答えながら、鷲鼻を人差し指でポリポリと掻く。

「やはり戦争とは、何だかんだ言っても数の理がモノをいいますからね……」

「数の差ですか……」

 日に焼けた肌の青年が、鷲鼻の男の隣でタメ息混じりに呟いた。

「こちらの状況は?」

 鷲鼻の男が訊ねると、少し離れた場所に立っていた初老の男が一歩踏み出した。

「現在戦えるのは三千弱……といったところですな」

 その解答に、鷲鼻の男はタメ息をついた。

「三千ですか……。帝国軍は、駐屯しているだけで七千はいますからねえ……」

 歴然とした補い難い差に、焦燥の色が浮かぶ。

 部屋に広がる重い沈黙。

 その沈黙を破るべく、けたたましい音を立てながら扉が開かれた。

 三人の男たちが扉に視線を走らせた。

「カムイ王、大変です!」

「どうした、騒々しい。王の御前ぞ?」

 初老の男が戒めるように言うと、部屋に飛び込んで来た若者は呼吸を乱しながら首を振った。

「帝国軍が……さらに援軍を……」

「まあ、当然と言えば当然ですね」

 鷲鼻の男が肩をすくめると、若者は険しい表情でそれを見やる。

「しかし、援軍はアラハ族です」

 その言葉に、笑みを浮かべていた鷲鼻の男の顔が曇った。

「アラハ族が? それは驚きましたねえ」

「アラハ族か……。ミューラー、彼等は非戦闘民族じゃなかったのか?」

 カムイ王が鷲鼻の男――ミューラーに問うと、ミューラーは緩くかぶりを振る。

「非戦闘主義というわけではありません。ただ、侵略には加担しない……はずだったのですがね」

「頭の痛い話だ」

 日に焼けた青年は、文字通り頭を痛めるように額に手を当てた。

 その青年の肩にミューラーが軽く手を置く。

「オツラン王子。今さら相手が増えたところで、状況に対した違いはありませんよ」

「そうだぞ、オツラン。初めから負け戦だ。今さら恐れることはない」

 高らかに笑うカムイに、オツランも肩の力を抜き苦笑した。

「どちらにしろ、戦況が絶望的なことには変わりはない……か」

 絶望的な状況――そう口にしたオツランの顔から、不思議と笑みがこぼれる。

 悲壮感を滲ませることはなく、逆に明るさを垣間見せてさえいた。

「では、私は兵たちにコトの次第を伝えて来ます」

 そう言って退室しようとしたオツランの足が、何かを思い立ったように不意に止まった。

「そうそう――」

 言いながらミューラーに向き直り、人差し指を立てる。

「何度も言いますが『王子』ではなく、ただの『オツラン』で結構ですよ」

 最後に笑みを見せると、オツランは初老の男と若者を引き連れ、軽快な足取りで退室していく。

 その後ろ姿に、常に笑ったようなミューラーの目がさらに細くなり、両目尻が思い切り下がった。

「良い跡取ですねえ」

 閉じられた扉に顔を向けたままミューラーが言うと、カムイは当然と言うような表情で深く頷いた。

「俺は、一国の王女に惚れたってだけで、王の座に着いちまったダメ国王だ。それでも、二つだけ誇れることがある」

 その言葉に、ミューラーは顔だけをカムイに向け、小さく首を傾げた。

 カムイは椅子に腰掛け、背もたれに身体を預けながら腹の上で手を組み合わせる。

「それは、最高の王となる息子と、象徴となるべく極上の娘、この二人に生を与えたことだ。こればかりは、どんな有能な人間もなかなか思い通りにはいかない」

 カムイは満足そうな笑みえを浮かべると、自分の功績を誇示するように、両腕を軽く左右に開いて胸を張った。

 ミューラーは、うつむいて笑いを噛み殺した。

 しかし、その緩んだ口許もすぐに引き締められる。

「カムイ王、失礼を承知で訊ねてもよろしいですか」

「なんだい?」

 ミューラーは逡巡して見せると、重そうに口を開いた。

「もし……もし城壁を破られ、城下町への侵攻を許した場合、王はいかなる決断をなさるつもりか?」

「……」

 カムイは即答せず、ミューラーの問いをその身に染み込ませるように目を閉じた。

 充分な沈黙を有し、ゆっくりまぶたを上げると、その口許にそっと笑みを浮かべる。

「そんなことはさせん! 仮にそうなったとしても徹底抗戦だ……って、格好の良い王様なら言うべきなのかな?」

 カムイが確認を取るようにまばたきをすると、ミューラーは小さく首を傾げた。

「だが、俺は違う。もしそうなったら、自ら俺の首を帝国兵にくれてやるさ。……それで戦争は終わる」

「降伏ですか?」

 カムイは笑みを浮かべたまま頷いた。

「だが、勘違いするなよ。負けを認めるのは、『俺の力不足』という部分だけだ。ディアドの負けを認めるわけじゃない」

「勝手な言い分ですねえ」

 ミューラーが笑い声を上げると、カムイは下唇を突き出しながら肩をすくめた。

「だから、この国の民が完膚無きまでにやられる前に、自ら首を差し出してやるのさ」

「なるほど……」

「戦争に敗れたからといって、人として敗れるわけじゃない。国が無くなったからと言って、ディアドの誇りが無くなるわけじゃない。その誇りがあれば、生きてる限りどうとでもなるさ」

 余裕さえ感じさせる笑みを浮かべたカムイに、ミューラーは数回小さく頷いた。

「……先代の王は、きっと安心して亡くなられたのでしょうねえ」

 ミューラーが言うと、カムイは腕を組んで天井を仰ぎ見る。

 そして、その姿勢のまま記憶を探るように目を閉じ低く唸った。

「確か先代の王は……死ぬ直前まで俺に不満をぶつけていたな」

「……」

 室内に広がる静寂。窓の外から鳥のさえずりだけが聞こえる。

 次の瞬間、二人の笑い声が回廊まで響いた……

 

 

 

「おまえ達、分かっているな。私の指示に従うのだぞ」

 少々上背の足りない男が、それを補うように胸張って野太い声を上げた。

 その勢いに、小脇に抱えた兜の羽飾りが揺れた。

「……」

 しかし返答は無い。

 そのことに苛立ち、角張った顔を歪ませながらその身を震わせる。

「ええい! ハマン総団長の御言葉が聞こえんのか!」

 すぐ後方に控えていた男が一歩前に踏み出し、神経質そうな金切り声を上げた。

 上背はあるが、細身で頬がこけている。

 対照的な二人組に怒鳴られ、褐色の男たちの中、一人の男がゆっくりと振り返る。

 一本々が細かく編みこまれ、幾本もの束になった黒髪が肩越しで揺れる。

「我々は、我々の意思でこの地に立っている。貴様たちの指示に従うつもりは無い」

 確固たる意思を強調するような低く静かな声。

 くだらない物を見るような、冷やかな視線が二人に向けられる。

「ぐぐぐ……アジー・ワイ……」

 ハマンは歯軋りをし、目の前の人物――アジー・ワイを憎々しげに睨みつけた。

 しかし、アジー・ワイは眉一つ動かすことはない。

「案ずるな。力は貸してやる」

「貴様ぁ!」

 アジー・ワイの言い草に目を吊り上げたとき、激しい突風が吹いた

 砂埃が舞い上がり、視界と身体の自由を奪う。

「ぐうう……」

 全ての者が風上に背を向け、腕をかざして顔を覆う。

 ディアド特有の、突如として訪れる突風。

 万にも満たない兵力しか有さない国を、今だに攻め落とすことが出来ない原因の一つ。

 突風が去ると、ハマンは口に入った砂を取るべく必死に唾を吐き出した。

 その姿を冷やかに見下ろすアジー・ワイの視線。

 その視線に気付き、ハマンは慌てて胸を張った。

 己の失態に顔を赤らめ、アジー・ワイを睨みつける。

 しかし、先ほどの姿を見せた直後では、何の説得力も無いと悟ったか、悔しげに足を踏み鳴らして背を向けた。

 捨て台詞代わりに一度アジー・ワイを睨みつけ、荒い足取りでその場を離れていく。

 細身の男も同じようにアジー・ワイを睨みつけると、慌ててハマンの後を追っていった。

「あれがこの戦線の指揮官か?」

 横に並び立った男が失笑しながら言うと、アジー・ワイがたしなめるような視線を向けた。

「怯えているのだ。怯えているからこそ手綱を握りたがる」

「帝国軍も質が落ちたものだな」

「永き争いの果て、自由を失い魂がけがれたのだ」

 アジー・ワイは東の方角を見やる。

 そして、まだ見ぬ相手を見通すように微かに目を細めた。

なんじの魂を示せ……」

 

 

 

「……」

 砂漠の只中、不意に何かの気配を感じ、砂を掻き分ける手を止めた。

「オツラン? どうしました?」

 西の方角に目を向けたオツランに、心配げな声が投げかけられる。

「アシムさん……。今、何か感じませんでしたか?」

 訊かれ、アシムは周囲の気配を探るように四方へ顔を巡らせた。

 肩に乗ったユピも同じように頭を動かす。

 しばらく神経を集中させると、肩の力を抜き首を左右に振る。

「残念ながら、私には何も……」

 ユピも同意するかのように、短い鳴き声を上げた。

「そうですか。だったら良いんです。さあ、早く済ませてしまいましょう」

 オツランは気を取り直すと、自身を鼓舞するように袖をさらにたくし上げ、再び砂を掻き分け始めた。

 二人が砂漠に掘っている穴。その穴がある程度大きくなると、その穴に樽を入れて再び上から砂をかけていく。

 蓋の部分だけが地表に出ている状態にして作業を終えると、オツランは立ち上がって背を伸ばした。

 そして、腰に手を当てたまま周囲に視線を巡らせる。

 二人の周りでは、同じ作業をしている者たちが数人いた。

「調子はどうですか?」

 誰に言うでもなくオツランが声を張ると、作業をしている者たちが手を止めて顔を向けてくる。

「もう少しです。陽が沈みきる前には全て埋められそうですよ」

 一人が答えると、オツランは白い歯を見せて頷いた。

「次はアラハ族ですか。その者たちは、それほどに手強いのですか」

 オツランの背に向かってアシムが問いかけると、オツランは振り返りながら緩くかぶりを振った。

「実のところ、その実力のほどは分からないんです。ただ、高い身体能力を有している……という噂です」

 オツランが肩をすくめるとアシムは苦笑し、西の方角へと顔を向けた。

「明日ですか?」

 静かなアシムの問いにオツランが頷いて返す。

「ミューラーさんは、ここ数日に襲撃がなかったことから、アラハ族が合流した現在いま、明日一番の突風の直後に一気に仕掛けてくると考えているようです」

 答えて、オツランも同じように西へと目を向ける。

「退けられるでしょうか」

「……」

 アシムの問いに、今度は何も答えなかった。

 そのオツランに代わるように、肩に乗ったユピが頼りなさげな鳴き声を上げ、アシムの顔に頬擦りをする。

 そんなユピの頭を優しく撫でながら、アシムは微笑んだ。

「そうですね、ユピ。弱気になってはいけませんでした」

 オツランも微笑み、もう一度西の方角を見据えた。

 傾いた陽に照らされ、紅く染まる砂地。

 明日、血に染まるであろうこの大地を、一足早く映し出しているかのようだった……

 

 

 

 つづく

 

 


 久々に登録してあるランキングサイトを見たら、なんと!今週だけで投票をクリックしてくれた方が10名いらっしゃいました。

 2日間で10名ということです! 私の作品では快挙です!

 誠にありがとうございます。


 その前にも投票をクリックしてくれた方がいらしゃったようです。

 が、そのランキングサイトは、毎週水曜日には週間のカウントが0にリセットされるようで、人数は良く分かりませんでした……。

 あまり投票をクリックする人はいないと思い、最近はほとんど確認していませんでした(汗)

 せっかく投票をクリックしてくれた方、すいませぬ!

 

 次回は5日後ぐらいを目安に頑張ります。

 どうぞ、よろしくお願いします。

 

 

 追記

 ここからは、一人に対しての後書きになるので、気にしないでください。

 新キャラ、『アジー・ワイ』の名前の由来についてです。

 今回は、連想で名前を決めました。

 逆に辿ると


『アジー・ワイ→あじわい→味わい→風味→ふうみ→元にした名前』

 

 と、いった具合です(1/31)

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ