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66章  街角の少年

 鳥のさえずりが起床を急かす。

「うう……ん」

 セティはベッドからのっそりと身を起こし、今だ開ききらぬ目を窓に向けた。

 両開きの窓からは白い陽射しが差し込んでいる。

 一度大きく欠伸あくびをし、両腕を天井に向かい力一杯に伸ばす。

 直後にダラリと腕を垂らし、同時にうな垂れた。

「……」

 気だるげにベッドから這い出ると、椅子に掛けられた衣類を手に取りそれを身に着ける。

 服を着ると鏡台の前に立ち、跳ねた紅茶色の髪にクシを通した。

 鏡の中に冴えない表情が映る。

 一通りの身支度を整えて部屋を出ると、廊下を進み別の部屋へと向かう。

 二つ隣の部屋だ。

 目的の部屋の前に立ちノックををしようとしたが、思いとどまりその手を止めた。

「ルーナ、入るわよ」

 代わって声をかけながら、扉を開けて中を覗き込む。

 ルーナはベッドの傍らにある椅子に静かに腰掛けていた。

 やや紫がかった赤い服が、陶器のような白い肌に映えている。

 セティは部屋に入ると顎に手を当て、ルーナの周りをぐるりと一周する。

「う〜ん……ちょっとあんたには大人っぽすぎる色じゃない?」

「……」

 無表情のルーナに苦笑すると、鏡台に眼をやった。

 鏡台には手提げのかごと小石が一つ置かれていた。

「準備は出来てるみたいね。じゃあ行きましょうか」

「……」

 セティが言うとルーナは立ち上がり、籠に小石を入れてその籠を手にした。

 そしてセティに近づき傍らに立った。

 

 

 

 二人は揃って部屋を出ると、城の中庭まで出る。

 中庭の中央には大きな噴水があり、そこから流れ出る水がキラキラと輝いている。

 花壇には色とりどりの花が咲き、良く手入れの行き届いた芝生は足の裏に心地良い感触を与えた。

 セティはルーナの背に手を添えると、中庭の一角にある長椅子に導きそこに座らせた。

 昨夜セティは、ルーナを街に連れ出すことをエインセに進言した。

 グロスローに来てからルーナは城外に一歩も出ていない。

 それではルーナも息が詰まる――というのを理由にしたが、実際は息が詰まりそうなのはセティの方だった。

 エインセはセティの申し出に迷いを見せたが、それでも渋々ながら首を縦に振った。

 ただし、一つだけ条件を付けてだ……。

「まだ来てないみたいね……。まったく、レディを待たせるとは何事かしら」

 腰をに手を当て鼻を鳴らすと、セティたちが来た通路からちょうどエウが姿を見せた。

 エインセの出した条件――それは、彼を同行させるというものだった。

 エウはセティたちに気付くとソツの無い笑顔を浮かべ、軽く右手を挙げて見せる。

「いやあ、すまない。アティス団長が不在のため、私の仕事が増えてしまって……。待ったかな?」

「かなり待ったわよ」

 顎を少し上げながらセティが平然とウソをつくと、エウは苦笑しながら髪をかき上げた。

「まいったな。では機嫌を直してもらうために、今日は誠心誠意を込めてエスコートするとしよう」

 軽く頭を振って前髪を払い、白い歯を覗かせる。

 その仕草にセティは思い切り顔をしかめると、ルーナの手を取りエウを置いて歩き出した。

 エウは二人の後姿に小さくタメ息をつき、小走りに二人の後を追った……。

 

 

 

 此処グラスローは大きな谷を挟み、北側と南側に分かれている。

 北側は主に住宅地となり、エインセの城はその中でも最北端に位置する場所にあった。

 南側は様々な店や娯楽施設がある。

 こうして南北の利用法がはっきりと別れているのは、永く続いたヴァイセン帝国との戦争の名残だった。

 戦争当時は谷を防衛線にして帝国を退け、休戦後に南側の街が建設されたという。

 街の中心には南北を繋ぐ大きな橋があり、それが現在ではグラスローの名所ともなっていた。

 その橋に差し掛かったとき、セティが口を開いた。

「ネイたちは今頃どの辺かしら?」

「そうだね……順調ならば、もうすぐ『アーセン地方』に入る頃だと思うよ」

 エウが顎に手を当てながら答えた。

 アーセン地方とは、バルト大陸の中心地でもある『聖都ミラン』と、この国フォンティーヌの両国の隣に位置する大地だ。

 バルト大陸の中心やや西よりに位置し、縦長に横たわる大地。

 もともとは『アーセン』という一つの国だったが、ヴァイセン帝国の侵略により消滅し、現在では帝国領内となっている。

 ネイたちがその土地に向け、グラスローを発って三日が過ぎていた。

 目的はもちろんヴァイセン帝国本土への潜入だ。

「しかし、まさかルー先生も一緒に行くとは……。足手まといになっていなければ良いのだけどね」

 エウが肩をすくめて見せると、セティは小さく笑った。

 ルートリッジも一緒に行くことになったのは、出発直前のことだった。

 ヴァイセン帝国の兵器や、その他の郷土品に常々興味を持っていたらしく、この期をチャンスとばかりに同行を申し出た。

 もちろんアティスとネイは猛烈な反対をしたが、当人は気にすること無くさっさと馬車へと乗り込んでしまった。

 その光景がついさっきのことのように思い出され、エウは苦笑した。

   

 

 

 グラスローの見物をセティは楽しんでいるようだった。

 露店に並べられたアクセサリーの類に目を輝かせ、グラスローの郷土料理などに舌鼓を打った。

 ルーナは……楽しんでいるのかどうかはエウには判断出来なかった。

 幾つかの露店で足を止めて商品に目をやるが、その基準が分からない。

 子供喜ぶ人形のときもあれば、年配が好みそうなアクセサリーのときもある。

 そもそも、それらの類に興味を引かれたのかどうかも怪しい。

 しかし、それでも一つだけ興味を持ったというのがはっきりと分かるものがあった。

 それは、グラスローの娯楽の一つでもある『サーカス』だ。

 サーカステントの前に立ち止まり、しばらくテントの外観を凝視していた。

 その様子に気付き見物することに決めると、ルーナは表情を変えることこそなかったが、それでも演目が始まると目を逸らすことはなかった。

 特に動物の演目のときは、瞬きすらしなかった――ようにも思う。

「それなりに楽しんでもらえたかな?」

「……」

 テントから出てエウが質問を投げかけたが、ルーナがそれに応えることはなかった。

 エウは救いを求めるようにセティを見たが、セティも苦笑し小首を傾げるだ。

 まるでエウの質問など耳に入らなかったかのように、ルーナは一人先を歩いて時折露店に顔を向けている。

 自分が眼中に無いことを悟り、エウはがっくりと肩を落とした。

 その横でセティが笑った。

 

 

 

 夕刻。

 辺りが紅く染まり出し、せっかちな街路灯に火が灯る。

 太陽は月に、陽射しは人工的な明かりに、子供は大人に、清楚は艶やかに……。

 グラスローがその表情を変え始める時刻。

「さあ、そろそろ戻ろうか。ここからの時間は君にはまだ早い」

 エウが中腰になってルーナに笑いかける。

 ルーナが持った手提げの籠には、ガラス細工の人形、髪留め、安物のアクセサリーなどが入っていた。

 それらの類は傍目はためから見て、ルーナが興味を持っただろうと思えた物だった。

 もちろん実際はどうなのか分からないが……。

 ちなみに、代金はエインセから預かった金でエウが全て支払っていた。

「あら、副団長殿じゃない?」

 中腰のエウに向かい、一人の女が声をかけてくる。

 肩から胸元にかけ、これ見よがしに肌を露出した服。

 目元と唇を強調した派手な化粧。

 一見してどういう類の人間か分かる。

 その女を見たエウの顔にぎこちない笑みが浮かんだ。

「こちらはお知り合い? 趣味が変わったのかしら?」

 女はそう言うとセティとルーナを値踏みするように観察する。

 右手は親しげにエウの肩に置かれていた。

「いや、将軍の客人でね……」

 エウは答えながら、女に何やら目配せをする。

『もう行け』といった意味が込められているのだろう。

 女はそれを察すると、つまらなそうに小さく鼻を鳴らし、エウの耳元に唇を近づけた。

「それじゃあ店で待ってるわ」

 女は一度セティに目を向け、口許に小さく笑みを浮かべると腰をクネらせるようにして去って行く。

 女の後姿にセティは舌を出し、鼻筋にシワを作って顔を歪めた。

「確かに、これからの時間はルーナの教育上あまり良くなさそうね」

 セティが腕組をしながら白い目を向けると、エウが乾いた笑い声を上げる。

「さあ、ルーナ帰りま……」

 セティの言葉が途切れた。

 ルーナが何かに気を取られ、顔を横に向けていたからだ。

「どうしたんだい?」

 その様子にエウも気付き、二人はルーナの視線を追った。

「あ……」

 ルーナの視線の先。建物と建物の間。

 明かりが届かぬ薄暗い路地裏で、数人の少年が輪を作っていた。

 その中心には、一人の少年が腹を抱えるようにしてうずくまっている。

 周りの少年たちが嘲笑しながら冷やかしの声を上げている。

 その光景にエウが顔をしかめた。

「士官学校の子供だな」

 子供たちは一様に、紺色を主とした同じ格好をしている。

 エウは一度大きくタメ息をつくと少年たちに歩み寄った。

「こら、止めないか」

 声をかけると少年たちはビクリと身体を震わせ、一斉に口をつぐんで動きを止める。

 恐る々顔を向けた少年の表情が一斉に強張った。

「エウ副団長だ」

「ヤバいぜ。逃げよう」

 少年たちは小声で言い合うと一斉に走り出し、エウの横をすり抜けて街の人混みに消えていく。

 逃げる際、少年たちの顔に笑みが零れていたのをセティは見逃さなかった。

 エウは去って行く少年たちの背を見送ると、うずくまった少年に手を差し出した。

「大丈夫か?」

 しかし、少年は顔を伏せたまま起き上がろうとはしない。

 エウは苦笑し、少年の肘を掴んで無理矢理立たせた。

 栗色のおかっぱ頭で線の細い少年。

 年の功は十一、ニ歳といったところか。

 細く垂れ下がった目は少年の気の弱さを表しているようだった。

 左眼には丸い青あざが出来ている。

「歩けるかい?」

「……」

 少年は俯きなが顔を逸らし、何も答えない。

「やれやれ。その様子を見ると一方的にヤラれたみたいだな」

 エウは極力穏やかな口調で言ったが、少年は顔を真っ赤にするだけだった。

 ただ、目には薄っすらと涙が滲んでいた。

「あんた、助けてもらったんだから御礼ぐらい言ったら?」

 後から来たセティが冷やかな口調で言葉を投げかける。

 すると少年はわずかに身体を震わせ、その後で小さく頭を下げると逃げるように走り去ってしまった。

「まったく、あれが将来の仕官候補?」

 少年が消えた方向に目をやりながら、セティは呆れたように呟いた。

「情けない話ですが、ああいう子はよくいるんですよ」

「よくいる? あの子のこと? それとも囲んでいた子たちのこと?」

 セティが首を傾げるとエウは小さく肩をすくめた。

「両方ですよ。子供というのは無邪気に人を傷付ける。で、餌食になるのはああいった気の弱い子です」

「大人の世界もそうよ」

 セティの反論にエウが両眉を上げた。

「確かにね」

 納得したように神妙な面持ちで頷くエウ。

 そんなエウをよそに、セティはきびすを返すとルーナの手を引き歩き出した。

「あ、ちょっと」

 その後をエウも慌てて追った……

 

 

 

 つづく

 

 


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