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63章  来訪者

 眩しい陽射しの中、石畳の通路を颯爽と歩いていた細身の男が足を止める。

 男は肩まで伸びた柔らかそうな栗色の巻き毛を掻き上げ、周囲に一度目をやった。

 通路の左右には青々とした芝生が生え揃い、その奥にある花壇の花々が優しい風に揺れている。

 男はその光景にしばし目を細めると、再び軽快な足取りで歩を進めた。

 男が目指す場所は通路の先に在る、白く塗られたレンガ造りの建物だ。

 適度な大きさで二階建てになっている。

 その建物の前まで来ると男は再び立ち止まり、木製の扉を数度叩くと返事を待たずに扉を開けた。

 建物の中は書物で溢れ返り、棚に入りきらぬ分は床にまで積み上げられている。

 そのせいで窓があるにもかかわらず、室内は埃っぽく薄暗い。

 男は顔をしかめると、刺繍の入った布を懐から取り出して口を覆った。

「先生。ルートリッジ先生。いらっしゃいませんか?」

 建物の主の名を呼び、しばし待つと頭上から人の足音が聞こえてくる。

「なんだ?」

「あっ、上にいましたか」

 男は室内に入ってすぐ左にある階段に向かうと、下から覗き込むように上の階を見上げた。

「エウです」

「エウか。毎日ご苦労なことだな」

 階上からの呆れたような声を聞き、エウと呼ばれた男は苦笑した。

「これも仕事の内ですから」

 エウがそう言って返すと、階上に建物の主が姿を見せた。が、書物を山積みに持っているため白いローブの裾と足しか見えない。

「持ちましょうか?」

 そう言いながら階段を昇ると、エウはルートリッジが持った書物をヒョイと受け取る。

「悪いな。助かる」

 ルートリッジはエウを見上げ、鼻にかけた眼鏡を人差し指で上げながらニヤリと笑った。

 見かけは若く背はかなり低い。エウの鳩尾程度しかなく、まるで子供並だ。

 多少クセのある赤みがかった金髪。

 その髪を頭の上で一本にまとめているが、所々に毛が跳ねている。

「あの、ルー先生。一応女性なんですから、もう少し身だしなみに気を遣ってはどうです?」

 ルートリッジはそう言われると片眉を上げ、茶色の瞳でエウを見上げた。

「お前は男のくせに気を遣い過ぎだぞ。香水の匂いが鼻につく」

 そう返して階段を降りるルートリッジに向かい、エウは肩をすくめた。

 一階に戻ると、机の上のわずかなスペースに手にした書物を置き、振り返ってルートリッジに尋ねる。

「で、今日は何をしてます?」

「農作業だ」

 ルートリッジは背を向け、何かをガサゴソと探しながら素っ気無く答えた。

 エウが様子を見てくることを伝えると、背をむけたままヒラヒラと手を振って返す。

 それを見てエウはタメ息をつくと、山積みになった書物を避けながら室内の奥へ向かった。

 途中、怪しげな液体の入った瓶やら、見たこともないような植物に頬を引きつらせる。

 怪しげな物を出来るだけ見ないように目を逸らし、やっとの思いで奥まで辿り着くと、簡素な木製の扉を押し開けて建物の外に出た。

 室内の薄暗さと、外の明るさのギャップに一瞬視力を失い目を細める。

 目が明るさに慣れると、視界には赤茶色と緑の世界が広がった。

 耕された土に生い茂る様々な植物――畑だ。

 エウは眉の前に手をかざして畑を見回し、その一角に人の姿を見つけ出した。

 麦わら帽子を被り、上下の繋がった農作業服でくわを振っている。

 その人物もエウの存在に気付いたようで、鍬を振り下ろした姿勢のままエウの方に顔を向けたのが分かった。

「やあ」

 陽気に手を上げて見せたが、相手はそれを無視して再び鍬を振り始める。

 エウは苦笑いを浮かべると、鍬を振る人物に近づいて行った。

 

 

  

「どうだい、もう慣れたかい?」

 エウがそう声をかけると、振り下ろされた鍬がピタリと止まる。

「慣れた? それはここの生活にか? それともこの作業にか?」

「う〜ん……その両方にだな」

 エウが顎に手を当てながら答えると、手にした鍬を横に投げつけた。

「こんな作業に慣れてたまるか!」

「そうかい? 中々堂に入って見えるよ。その格好にも違和感が無い」

 エウは笑いを含めながらそう言うと、背中を反らせて視線を上下させながら相手の姿を眺める。

 エウのからかうような言動に、相手は鼻を鳴らして腕を組んだ。

「で、今日も監視に来たのか?」

「ハハハ、ネイ君、そんなに邪険にしなくてもいいだろ。せっかくキミに客が来たことを伝えにきたのに」

 エウが肩をすくめながら両手を開いて見せると、ネイは横目でジロリと睨んだ。

「客?」

「そうだよ。なんとビックリ、ディアドのお姫様だそうだ」

 エウが大袈裟に驚いた仕草を見せると、ネイも目を見開いた。

「リーゼか!」

「そう。そのリーゼ王女が御忍びでこの街に寄ったそうだ。ルーナちゃんも連れて来るから、キミも中で待っていてくれ」

 そう言いいながら先ほど出てきた建物を親指で指し示すと、ネイは眉をひそめた。

「あんな所に呼ぶのか?」

 嫌そうなネイに、エウは肩をすくめた。

 

 

 

 此処はエインセ将軍の城、『シュヴァインス城』の敷地内にあるルートリッジの家屋。

 エインセ将軍の庇護を受けることとなったネイだが、その間に無償で生活を保障してもらえるわけではなく、仕事を与えられていた。

 それがルートリッジの助手……とは名ばかりで、実状は雑用係りだ。

 ルートリッジは幼き頃から天才とうたわれたほどの学者らしく、その探究心をエインセ将軍が無償で援助しているということだった。

 だが天才と何とかは紙一重とはよく言ったもので、ルートリッジもその類に漏れない変わり者だった。

 要はそういう人間の世話係りという面倒な役割を、ネイが押し付けられたことになる。

 そんな生活の中、すでに入城して三十日近くが過ぎよとしていた。

 ネイがシュヴァインス城に入城してから八日後、ヴェイセン帝国とディアドが開戦したことを聞かされた。

 そして五日前にディアドの使者が協力を要請するため、この街を抜けて王都に向かったらしい。

 その使者がリーゼだったということだ。

「どうやらキミが将軍に保護されていることを知っていたらしくてね。王都からかの帰りに寄る事にしたらしい」

 エウが建物に戻りながらそう言った。

 ネイにとってはリーゼがそのことを知っていたのは不思議でも何でもない。

 アシムとセティが無事にディアドに戻れたということだ。

「協力とは軍事的なことか? 上手く要請は通ったのか?」

 ネイがエウの背に質問を投げかけるが、エウは首を傾けた。

「さあ? 将軍もディアドの王女様と一緒に戻ったんでね、俺もまだ詳しいことは聞かされてないんだ。ただ、王家の人間が直々に使者として赴いたなら、我が王も無下には出来ないだろうね」

「そうか……」

 幾分険しい表情を浮かべるネイに、エウは笑みを零した。

「俺はあくまでも私兵団の副団長だからね。同時に情報が入るわけじゃない。団長がもうすぐ王女様を御連れするらしいから、そのときに直接聞いてみるといい」

 そう言ったエウに、ネイは頷いて見せた。

 

 

 

 書物のひしめく雑多な室内に戻ると、ネイは麦藁帽子を取り椅子にかけられた布で汗を拭った。

「じゃあ俺はルーナちゃんを連れて来るから。少し待っててくれ」

 エウはそう言うとルートリッジに一声かけて建物を出ていく。

 ネイは書物の散らばった部屋を見回し、ルートリッジに目を向けた。

 ルートリッジは一国の王女を迎えるというのに、部屋を片付ける様子もなく、黙々と書物を読み耽っていた。

 ネイはそんなルートリッジにタメ息をつくと、諦めたように椅子に腰下ろして天井を仰いだ。

 そこで不意にルートリッジが口を開いた。

「どうだ? 明日には種が植えられそうか?」

「ああ。大丈夫だ」

 ネイは浅く座りながら背もたれに背を預け、天井を仰いだまま答える。

 ルートリッジは最近薬草に凝っているらしく、連日農作業をやらされている。

「そうか。ところで、お前が言っていた『復活祭』ということについて多少分かったぞ」

「本当か!」

 ネイが弾かれたように身を起こすと、ルートリッジは眼鏡を下げて覗き込むように視線を向け、口許に笑みを浮かべた。

「現金なやつだな。関連書物を出しておいた。後で目を通してみるといい」

 ルートリッジが二階を指差しながら言うと、ネイが満足そうに頷く。

 それから少しするとエウがルーナを連れて戻って来た。

 扉に立つルーナの姿を見て、ネイはじっとりとした目でエウを睨む。

 その視線にエウは心外そうに目を丸くした。

「なんだいネイ君?」

「……なんでこんなに待遇に差があるんだ?」

 ネイはそう言うとルーナの格好に白い目を向ける。

 華麗な刺繍の入った桃色の服に、これまた刺繍の入った白い上着を着ている。

 そのどちらにも裾という裾にこれ見よがしにレースが施されており、まうで花びらを着込んでいるような具合だ。

 頭にも、大きな花を逆さにしたような頭巾を被り、左右から伸びた布が顎の下で結ばれていた。

 どれも上等そうな生地だが、そういった格好は今日が特別というわけではない。

 この城に来てからというもの、ルーナは毎日着る物を変えてネイの前に姿を見せる。

 その様は、まさに着せ替え人形のようだった。

 しかし当のルーナに表情が無いため、そういった華やかな格好も微妙と言えば微妙だ。

「ハハハ、将軍にはご子息がいらっしゃらないから、きっと我が子のように可愛いんだろうさ。将軍も人の子だったということだね」

 一人納得したように頷くエウを尻目に、ネイは小さくタメ息をついた。

「誰が人の子だって? 口が過ぎるぞ」

 不意に背後から声をかけられ、エウがギクリと背を伸ばす。

 アティスの声だ。

 扉を開けたまま入り口に立っていたエウは、恐る々背後を振り返る。

 そのエウの目に、アティスが通路を歩いて来る姿が飛び込んで来た。

「だ、団長。もういらっしゃったんで」

 エウは素早く外に出て、入り口の横に退くとアティスに向かい愛想笑いを浮かべた。

 アティスはそれを一瞥し、エウの向かい側に背筋を伸ばして立つ。

「どうぞ。こちらです」

 アティスが入り口を指し示しながら短く言うと、二人の間を通ってベールに顔を隠した人物が姿を見せた。

 そして入り口の所に立つとベールをそっと外す。

「リーゼ……無事だったんだな」

 ネイが名を呼び腰を浮かすとリーゼも笑顔を見せた。が、ネイの格好を見てすぐに顔をしかめる。

「ああ、この格好か? 色々あってな……。まぁ汚いところだが入ってくれ」

 ネイの言葉に、書物に目を落としていたルートリッジが顔を上げて横目で睨んでくる。

 しかし、リーゼはネイの誘いに首を振った。

「待って。あなたに会いに来たのは私だけじゃないの」

 そう言ってリーゼも一歩踏み込むと横に逸れた。

 その直後、明るい声が部屋に飛び込んで来る。

「ヤッホー……あら? ルーナったらずいぶん可愛らしい格好してるじゃない……って、あんたのその格好はなに?」

 姿を見せるなりネイを指差しながら腹を抱えて大笑いする。

 笑いを堪えていたのだろう、リーゼもつられて口を押さえながら肩を揺らした。

「……セティ。お前も来たのか?」

 ネイが嫌そうな表情を見せると、セティは目尻を吊り上げてネイを睨むが、言葉を返す前に再び吹き出し顔を背けた。

「やめてよその格好。あたしを笑い死にさせる気?」

「……お前、何しに来たんだ」

 今にも笑い転げそうな勢いのセティを、ネイは口許をヒクつかせながら睨みつけた。

 セティは腹を抱えながら手で制し、一度部屋から出て行く。

「ほら、何してんのよ! とっとと中に入りなさい!」

 建物の外でセティが怒鳴っている。

 ネイが怪訝そうにリーゼを見ると、リーゼは微笑んで小首を傾げて見せた。

 セティが入り口に再び姿を見せると、伸ばされた手が壁の向こうの何かを引っ張っているのが分かった。

「ほら、なに照れてるのよ。早くしなさいって!」

 セティにグイグイ引かれて姿を見せたのは、大きな身体の持ち主だった。

 その身体を一杯に縮め、部屋の中に入ってくる。

 その巨体にルートリッジも目を剥き、口を開けたまま見上げる。

「ビエリ!」

 ネイが驚いたように声を上げると、ビエリは照れ臭そうに毛の無い頭を擦った。

「傷は癒えたのか? だが、どうしてここに……」

「アウウ……ネイ、サミシガッテル……アシム、イッタ」

「俺が寂しいって? それで来たのか?」

 ネイが呆れたように言うと、ビエリは素早く数回頭を縦に振った。

 傷だらけの顔。その顔を朱色に染めて照れている様が不気味だ。

 ネイはタメ息と共に苦笑して見せる。

 そんなネイを見て、ビエリはぎこちない笑みを浮かべた……

 

 

 

 つづく

 

 


 名前を借りました。

 

 副団長エウと団長アティス。

 名前の由来は上下です。UEとSITA。

 立場は逆ですが……


 次回もよろしく!(11/18)

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